第10話 秀頼の逆転勝利 始末 その十


 佐渡は江戸時代初期、当時としては世界最大級の金山であったようだ。


「殿」


 幸村がおれに聞いて来た。


「なんだ」

「佐渡の金山には江戸から無数の無宿人や罪人などが強制連行され、過酷な労働を強いられていると聞き及んでおります」

「…………」


 無宿人は主に水替人足の補充に充てられたが、これは海抜下に坑道を伸ばした為の、湧き水対策だった。その労働は極めて過酷で、江戸の無宿者は皆この佐渡御用を何より恐れたといわれる。人足を収容する小屋では、差配人や小屋頭などが残忍な仕置きをして、その過酷さは牢獄以上。期限はなく死ぬまで重労働が課せられた。


「佐渡を領国としましても、その後の統治や金山の維持が難しいのではありませんか?」


 幸村はそのように大量の人足をどう補うのかと、心配しているのだった。


「幸村」

「はい」

「私が佐渡を次の目標にするのは、金の採掘が目的だと思うのか?」

「…………」

「まあ見ていろ」


 



 土佐の両津港に七百五十名の豊臣軍第一陣が到着した。その知らせが直ちに奉行所の下に届けられると、すぐに佐渡奉行以下数十人の配下の者達がバタバタとやって来た。


「その方らは何者だ」

「私は豊臣秀頼である。これよりここ佐渡国は豊臣の支配下となる」

「なに!」


 佐渡奉行はいきり立ったが、おれは構わず、


「構え!」


 その号令で五百丁以上の鉄砲が奉行一行に向けられる。


「合図を待って撃て。まだ撃つなよ」

「ちょっ、ちょっと待て、いや、待ってくれ」

「なんだ」

「その、いきなり豊臣領になると言われましても……」


 しかし多勢に無勢だ。ついに奉行は抵抗を諦め、おれに島内を御案内致しますと言い出した。

 その後、使役に駆り出されていた無宿人たちの悲惨な状況が分かってきた。


「奉行」

「はい」

「この者達を全て解放しろ」

「えっ、しかし」

「聞こえないのか、今すぐにだ」


 おれは佐渡の金山を閉鎖すると宣言した。すると今回は一緒に来ていた幸村が聞いて来た。


「殿、それは一体どういう事ですか?」

「幸村、金山を閉鎖するのはな、徳川の資金元を断つためだ」

「…………」

「その為に佐渡を豊臣領としたのだ。大勢の無宿人達を無理に使ってまで金を掘る必要はない」


 ところが無宿人達が解放されたその後は、ちょとした騒動が起こった。虐げられていた者達が差配人や小屋頭を追い掛け回し始めたのだ。


「やっちまえ!」


 極限まで抑えつけられていた無宿人達の怒りが爆発したのだった。


「殿」

「かまうな、ほって置け。散々好き勝手をしたあの役人共の自業自得だ」


 結局何人かがリンチに遭い、何処かに消えたようだった。

 やっと騒ぎが収まると、無宿人達全員を前におれは話し出した。


「お前達は既に、ここでの過激な労働でその罪を償っただろう。これからは何処にでも行っていいぞ、好きに暮らせ。この秀頼がお前達の自由を保証する」


 一瞬何の事かといぶかしげだった者達から、やがて歓喜の声が沸き上がった。

 さらに豊臣軍の第二陣が来ると、当面千五百人の部隊が佐渡を守る事になる。幕府が佐渡を奪還にやって来るはずだから、それに備えなくてはならない。

 おれはここで奥の手を使った。


「トキ」

「なあに」

「この佐渡に大砲を運んでもらえないか」

「お安い御用よ」


 二門の大砲が両津港に設置された。これで幕府の船を撃退出来るだろう。

 さらに無宿人達の中から、行き場もないので軍に入らせてほしいと言う者が次々と現れ、全て受け入れた。

 佐渡に渡る豊臣の兵士には、皆特別な対価が支払われる事になったのだが、それでもここは寂しい所だ。兵士達の任期は二年として、毎年本土の新しい兵と半数ずつ交代する制度を幸村に考えさせた。




 これで徳川の最大資金元は絶った。次の目標は駿府城だが、外堀から外堀まで、六百から七百メートルくらいで、江戸城は狭い処でも一キロ以上はある。だがさすがにここを攻撃すれば徳川軍が総力で出て来るだろう。

 駿府を落とせば近畿から中部まで、豊臣の領土は日本全体の約四分の一くらいは占めるか又は視野に入る。日本で最大の平野は関東にあるが、岐阜から愛知県にまたがる濃尾平野、さらに気候の温暖な中部地域の平野が農地として豊臣の手に入る。これなら人口が幾ら増えても養っていけるだろう。さらにこの頃の大阪は既に日本一の金融都市に変貌しつつあった。貨幣革命が起り、大阪はその中枢機能を果たしていた。米の値段は大阪で決まり、全国の仲買人達が集まって来ている。これには豊臣も徳川もない。また豊臣の領内より指令を出す神屋宗湛は財界の天皇とまで囁かれ、その手腕がさえ渡る。既に中央銀行となっている豊臣の銀行から総合商社と飛び歩き、とても七〇を越えているとは思えない働きぶりだ。彼の活躍で生み出される利益の大半は豊臣家のものとなる。もう秀吉の残した黄金に頼るだけの豊臣家ではなくなっていた。

 経済力の伴わない武力は半減する。総合的な商業活動をする豊臣と、佐渡を取られて年貢米だけに頼る徳川の勢力が逆転する日は近いのだ。


 そこで上杉殿と伊達殿に書状を送り、改めて徳川に敵対する事を明確にした。

 さらに九州の島津義弘殿にも豊臣の意思を伝えて協力をお願いした。


「幸村」

「はい」

「秀則を呼べ」


 織田秀則はキリスト教に入信し、パウロという洗礼名も得ている。

 そしてキリスト教の布教もしているという明石内記、明石全登の息子。さらにキリシタン明石全登の麾下小笠原権之丞を同行させる。


「お呼びでしょうか」

「その方ら九州に行ってはくれぬか」


 九州のキリシタンの現状を見て来て欲しいと伝えた。東の次は西だからな。

 勿論神屋宗湛殿には、名古屋城周辺にも新規の銀行網を構築する事を提案した。豊臣の商業圏を新しい領国にも広げるのだ。



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