第5話 秀頼の逆転勝利 始末 その五
ここは大阪城だ。冬の陣で大きなダメージを受けた城郭もすっかり修復され、外堀も元通りに戻っている。うぐいすの鳴き声も聞こえて来るお穏やかな日で、秀頼関白就任の話には、淀殿も笑顔が絶えない、
そんな時、幸村がおれ秀頼に声を掛けて来た。
「殿、上杉景勝殿より書状が参っております」
「なに、景勝殿……」
先の飢饉では援助物資を送って頂き、大変有難かったとの礼状だ。さらにお礼の品として贈られて来たのが甘海苔で、佐渡国を代表する物産として珍重されている。さらに金細工の釜であった。格式の高い能登中居鋳の鋳物師は、正親町天皇の即位に際して祝儀を進納するなど畿内、京都と関係が深い。今回は能登釜として特別に加工されたものであった。
実はこれに前後して、伊達政宗殿よりも同じような礼状が届いていたのだ。
おれはふと妄想をした。上杉や伊達は権威の低下した徳川に従わない可能性もある。先の大阪夏の陣で家康殿は、磔台に縛られるという醜態を全国の大名や武将の前にさらしてしまったのだ。征夷大将軍の威信も何も無いではないか。もしもこの連合が成立した場合、両者は連携して徳川と対決する可能性もあるのではと。
「幸村」
「はい」
「上杉殿と伊達殿のお二人とは、これから何かと都合をつけて連絡を取るようにするぞ」
「……分かりました」
一を聞いて十を知る幸村がうなずいた。
やがて豊臣秀頼関白就任の式が行われる事になり、全国の大名には書状が送られた。もちろん徳川秀忠にも。だが秀忠自身は来ず、代理の者が来ることになる。
幸村などは、
「殿、秀忠殿は無礼では御座いませんか」
「まあ、そう言うな」
「しかし」
「ほって置け。大した問題では無い」
秀吉が関白になる前は、
1.関白・二条昭実
2.左大臣・近衛信輔
3.右大臣・菊亭晴季
4.内大臣・羽柴秀吉
このようになっていた。内大臣の秀吉がいきなり関白就任となったのは、五摂家に限るというこれまでの朝廷のしきたりを、何とか、ごねてねじ込んだ結果であった。強大な権力者となっていた秀吉の意向には、朝廷と言えども逆らえなかったのだ。
一方豊臣秀頼は大坂冬の陣の前の時点で、正二位・前の右大臣という官位を有しており、関白任官待ちの状態であった。秀吉が死に、関ヶ原の戦いの後も、朝廷は秀頼が関白に適任な存在であると考えていたようだ。だから秀次が秀吉の勘気に触れ解任されて以降空位が続いていたのは、秀頼の成人を待つ為であった。
ところが関が原の戦いで東軍が勝利すると、朝廷を懐柔したい家康は「朝廷の政が滞っているのを解消するために、元関白の九条殿を暫定的に関白とすることを容認する」として、豊臣家を黙らせ関白の役職を摂家に戻す事に成功する。さらにこの後九条兼孝が関白を辞すると近衛信尹、鷹司信房と短期間で立て続けに関白が変わり、もはや関白の役職が豊臣家に戻ってくる事はないと、秀頼は右大臣を辞めてしまっていた。
しかしこの後、秀頼は周囲の誰もが驚く変身を遂げる。
秀頼の率いる豊臣軍が大坂夏の陣で、ほぼ全国を支配していた徳川軍を破ったのだ。さらに畿内一円の支配権を瞬く間に確立、莫大な財力や武力を背景に見事な統治をしてしまう。この驚愕する事態に朝廷は驚いた。
だから徳川の朝廷工作に反発していた後水尾天皇の強い意向もあり、秀吉の時ほど朝廷内での抵抗も無く、秀頼の関白任官が決まったのだった。
やはり密かに豊臣家を押す天皇は、徳川家に対抗してもらいたいという考えがあったのだ。
それでもこの頃の秀忠は朝廷との結びつきを強固なものにしようと、当初は家康の遺言に従うつもりでいた。ところが京では朝廷を警護するのは豊臣家だという事が既成事実となってしまっている。
ある日幕府の使節が朝廷に向かおうとして、京の朱雀大路を通りがかっていた、
「待て!」
「――――!」
「その方達は何者で何処に向かっておるのか」
ばらばらと現れた兵士の群れに囲まれ、上から目線でいきなり誰何された。
「無礼者!」
幕府の使者達はいきりたった。自分達は天皇にさえ指示できると思い始めている、徳川幕府の代表なのだ。それを路上で無遠慮に取り囲み、いきなり誰何するとは。
「自分たちは徳川幕府の者だ。路上でいきなり乱暴に誰何するとは何事だ」
「いや、その方らが何人と言えども、豊臣家の許可が無い限りここを通す訳にはいかない」
「なに!」
「要件と行先を承ろう」
「その方ら下賤の者に何も話すつもりは無い。そこを退け」
ついに双方とも刀を抜く事態になってしまう。だが相手は圧倒的多数で、しかも使者の側は槍も突き付けられ、これでは勝ち目がない。
「我々は幕府の要件で朝廷に向かっているのだ」
仕方なく先ほど無礼者と叫んだ武士が理由を説明した。
このような出来事が何度か続いたので、五女の和子を後水尾天皇の宮中に入内させる予定だったのだが、豊臣家の影響力が大きな京に秀忠が行きたがらなくなってしまう。和子の入内に待ったをかけ、朝廷を揺さぶろうと考えていた頃とは状況が違ってきてしまったのだ。結局この入内話はうやむやになった。
また禁中並公家諸法度が公布される事も難しくなってしまう。秀忠と似たような理由で、幕府の者達も京の朝廷に来にくい状況となってしまったからだ。
明らかに朝廷に対する徳川幕府の発言力、立場が弱くなってきている。
しかしこの朱雀大路での顛末情報が江戸に伝わると、幕府内で大問題となった。徳川幕府の使者が、京の路上で豊臣家の兵に取り囲まれ詰問されたのだ。直ちに兵を繰り出すべきとの意見が噴出した。しかしお館様が亡くなったばかりで、しかも先の戦闘では手痛い目に会っているし、接収された武器の補充もまだだ。確かに豊臣家の許すまじき行為だが、今は未だ動く時ではない。それが幕府の出した苦しい結論だった。
「殿、また農民達の代表が参っております」
「そうか」
農民達は頂いた肥料が残り少なくなってきたと、心配してやって来たのだった。
「分かった。もうしばらく待て」
「ははっ」
おれはトキに頼んでまた現代に行く事にした。今度は化成肥料を山のように買って来た。これだけあれば当分間に合うだろう。
ただ心配なのは、農民達が化成肥料に頼りすぎるのも良くないなという事だ。彼らにしてみたら化成肥料はまるで打ち出の小槌ではないか。撒けば撒くほどいくらでも作物が出来る。そんな風に考え始めたらまずい。だから一人当たりの割り当て分量を、厳密に決める事にした。おれも肥料の事を詳しく知っている訳ではないが、無制限に使われては逆効果だ。肥料やけを起こし、枯れたりして面倒な事になる。
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