第4話 秀頼の逆転勝利 始末 その四

 江戸の幕府では、豊臣家の兵が勝手に朝廷の警護をしていると問題になった。

 すぐ詰問する書簡が何度も送られてきたが、秀頼は取り合わなかった。こちらは朝廷の認可を受けているのだ、それに所司代とは言っていない、兵士の詰所である。その一点張りだ。

 徳川幕府により設置された京都所司代もあったのだが、それはごく少人数の組織で、豊臣の軍勢にはかなわない。結局影を潜めているしかなかった。

 このような問題が起きた時に豊臣家の所在地が生きて来た。何しろ御所の目と鼻の先に居るのだ。江戸からでは、何をするにも大事になる。軍を動かすのも大げさすぎるし、大御所が亡くなったばかりの今は、幕府にとって戦どころでは無いのだ。ついにうやむやになってしまった。




「殿」

「幸村か、どうした」

「百姓の代表だと申す者達が大勢集まって、殿にお目通りをと願い出ております」


 おれは化成肥料を配る際にも、直接百姓達に話し掛けていた。この先困った事などが起きた時は、大阪城のおれの所まで声を掛けて来るようにと言ってあった。


「お殿さまのおかげで今年はとんでもねえ豊作になりました」

「おおっ、そうか!」

「ただ……」

「ただどうした?」

「あの、出来過ぎてしまって……」


 あまりにも作物が出来過ぎて、このままだと国中各地で山積みとなって腐らせてしまうというのだ。


「幸村」

「はい」

「各城の軍からすぐさま必要な人員を選抜して輸送隊を組織しろ」

「…………」

「余った作物を直ちに宮中に運ぶんだ。すべての公家達の元にも運べ」

「はっ」


 日本で初めて使われた化成肥料は人糞堆肥と違い、とんでもない効果を発揮していたのだった。

 だからその余った作物の解決策を考えた。槍などを持たない兵士と、商人を同行させた商隊を幾つも編成させて、作物の輸送をする専門組織とした。畿内に配っても配り切れない作物は、さらに近隣の諸国にも配って回らせた。

 

「幸村」

「はっ」

「近隣の大名達に何かと理由を付けた挨拶状を回し、送られた作物は付け届けだとうまく説明せよ」

「分かりました」


 様々な作物を送り届けられた近隣の大名達は、皆当惑していたようだ。それはそうだろう、大阪の陣で大なり小なり敵対していた相手から作物が送られて来たのだからな。

 それでも余った作物は、乾燥させるか塩漬けにして保存するようにと教える。野菜などの切端は、土壌と混ぜればやがていい肥料になる。無駄にするなと言って聞かせた。

 さらに戻って来た商隊に付いて行った商人達を集めて、これからの日本は輸送が重要になってくるから、このまま独立した専門の組織にして、お前達が運用する事を考えるようにと指示を出した。

 そして運用に必要な資金を供給する為の銀行を増やして豊臣家が資金を出す。さらに支店を畿内各所に配置して、あらゆる商業活動を支援するようにした。

 ただし豊臣の資金が有効に活用される事はむろんだが、銀行は株を発行して一般の商人、民百姓からも資金を出させて、皆の商業意識を高める事も忘れなかった。

 江戸時代の貸金業者は年率一割五分程度でお金を貸して、幕府は年率一割二分を定めます。

 豊臣家の銀行は金融制度を広める為に思い切った金利を設定する事にした。年率五分だ。

 今は黎明期だからな。



「殿」

「どうした」


 幸村が少し難しい顔で声を掛けて来た。


「実は、領民の事なのですが」

「…………」

「近隣の領地からなのか、農民が押し寄せ来ておるようで御座います」


 豊臣の領地では年貢が半分に減らされている。これは大きいだろう。当時の為政者はいかに多くの年貢を農民からむしり取るか算段を重ねていた。そこに年貢は半分で良いと言われている領民が現れたのだ。この噂はあっという間に広まった。さらに今年はその豊臣の領地だけ、とんでもない豊作だというではないか。作物が腐るほどに出来ていると。これを知った近隣の領民百姓はこぞって豊臣の領地を目指したという訳だった。

 さらに商業流通が盛んになると流入する商人達が溢れて、ついに畿内は爆発的な人口増加を迎える事になった。

 おれはそれを知ってさらにダメ押しの政策を打ち出した。仏教もキリシタンも一切お咎めなしとした。キリシタン禁制を進める徳川幕府とは真逆の政策だ。これで迫害されたキリシタン達も豊臣領を目指すに違いない。しかし押し寄せる農民問題に関しては、今すぐ対処をする必要がある。


「幸村」

「はっ」

「主だった地主たちを呼べ」


 集まったのは畿内の大地主達だ、おれはその者達に土地を豊臣家に貸してくれと地代の交渉をした。借り上げた土地は押し寄せた農民に無償で貸し与える。もちろん年貢は他の領民とおなじに半分だ。

 さらに幸村には、


「通貨を新しく造るぞ」

「通貨で御座いますか?」

「そうだ」


 おれは幸村に、通貨を新しく造るための問題点などを審議する、委員会の設立を指示した。豊臣の財力を背景にした信用ある通貨にしなくてはならない。その為の準備を始めるのだ。信用ある貨幣を支配する者は、国を支配する者でもある。

 翌年になると、再び幸村が難しい顔でやって来た。


「どうしたのだそのような顔をして」

「はい、実は」


 幸村の話では、関東一円から東北に掛けて大規模な飢饉が発生しているというのだ。もちろんこれは日本の緊急事態だ。敵だの味方だのと言っている場合ではない。


「幸村」

「はっ」

「すぐ緊急輸送の準備をせよ」


 関東から東北に掛けて援助物資の作物を運ぶのだ。ただし生鮮野菜などは輸送中に腐ってしまうだろう。何しろ大阪から江戸まででも荷車を押して行ったら、一か月は係るだろうからな。

 おれは一人になるのを見計らって話しかけた。


「トキ」

「なあに」


 ――なんか、いつも色っぽいな――


「……実は」

「野菜を運ぶのね。いいわよ」


 流石トキだ、話が早い。

 畿内の余裕ある作物は全て、関東及び東北地方に運ばれた。新鮮な作物が豊臣の領内から届けられたという話に、受け取った者達は皆驚いた。それはそうだろう、一体どうやって運んだのかと。

 勿論それは誰にも分からなかったが、とにかく援助の作物がこうして届いたのだ。誰もが安堵し豊臣家に感謝したが、輸送に携わるごく一部の者達だけは、トキの洗礼を受けて肝をつぶした。

 ただこの快挙をもってしても、今回起こった飢饉が全て解決する訳では無かった。しかし、豊臣家が飢饉の犠牲者を限りなく減らした意義は、何も出来なかった幕府に比べてあまりにも大きい。

 徳川幕府もこれには何の反論も出来なかった。

 もちろん今回もトキの出番だったが、幸村はそのトキの事を一番聞きたいようであった。


「何度かトキ様のお話を伺っておりますが、私は未だに良く分かりません」

「そうか」

「一体トキ様とはどのようなお方なのでしょうか?」

「いや、それは」


 実はおれだって良く分からないのだ。とにかく天が豊臣に味方しているとだけ言っておいた。

 その後しばらくは静かな日々が流れていたのだが、ある日、さすがのおれもびっくりするような出来事が起った。

 

「秀頼様」

「んっ?」


 珍しく幸村が改まった態度でおれの前に進み出ると頭を下げた。おれは幸村にも時々現代流の接し方をしてしまう事がある。そのたびに少しばかり怪訝な表情を見せていたが、若干堅物と思われた幸村も、少しづつ軟化し始めていた。その幸村が今日はことさらに態度を改めて声を掛けて来たのだった。


「どうしたのだ」

「朝廷より勅使が参っております」


 その場の空気がぴんと張りつめた。朝廷から後水尾天皇の勅使が来訪したという。


 「なに、この私を関白にと!」


 秀吉は秀頼の成人を待って関白にと考えていたようだ。だが、関ヶ原の戦い以降は次第に天下の実権は徳川家に移り、豊臣家が関白職に復帰することはなかった。

 しかし後水尾天皇は様々な活躍をする秀頼の姿を見て、ついに関白にふさわしい者と考えたようなのだった。

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