第2話 尾瀬ツアー 後編

 せっかく尾瀬まで来たのに、これでは全く意味がない。


「さっき変なのが言っていたけど、たっぷり時間が有るのだから、私達もこのパーティを離れない?」私はクミコに自分の思いを伝えた。

「異議なーし!」クミコも同意をしてくれた。クミコが幹事に伝えてくれることになった。


 クミコは小走りに先へ行って、幹事に伝えてくれた。戻ってくると、次のように言った。

「わかりました。では、集合時間に遅れないようにして下さいね。だって!」

「ああ、良かった。やっと解放されるわ」

私は、クミコに笑顔を向けて応えた。


「本当。信じられないわ。あの人達、何が楽しいのかしら。お弁当をどこで食べるのかしら?」

「ひょっとして、あの長蔵小屋で昼ごはんを食べるのかしら?お弁当をもって来ていないのかなぁ」理解が出来なかった。


 こちらは団体から解放されて、ゆっくり歩くことにした。

 ひときわ青い空や草のしげる尾瀬、心まで解放されるゆったりした自然。本当に至福の時間だ。


 爽やかな空気にふれ、大きく息をすると心までが喜ぶのがわかった。

「クミコ、尾瀬へ来て良かったね。本当に連れて来てくれてありがとう」

「本当ね。スゴイ!さっきから何度もスゴイって言っているけれど、今まで行った山とは全然違うわ。日本にもこうしたヨーロッパのような景色があるのね。正直驚いた」


 私達はまだ山登りを始めたばかりだから、ひよっ子だ。これからも色んな山に行くぞ。北アルプスだって、冨士山にだって登るのだ。そのくらいこの尾瀬は衝撃の連続だった。


 木道の道を歩くと、黄色いニッコウキスゲが到るところにあり、とても美しい。この尾瀬高原はお花畑の宝庫である。また水辺には白い水芭蕉の花が咲いている。正直こうして水芭蕉やニッコウキスゲを見るのも初めてだ。


 こうした花を愛でながら、自然の中を歩いて行くのはとても楽しい。小さな子供になったようで、スキップでもしたくなる。


 木道を過ぎると、広い原っぱのような所にぶつかった。

「マリ!ここでお弁当を食べようよ」

「そうね。景色もきれいだし、最高だね」


 そうと決まれば、ここでリュックを下ろしてゆっくりすることにした。

先ずは、二人で写真を撮り合った。色んなポーズや周りの山の写真も撮った。

草地には、先のニッコウキスゲやアザミの花も咲いている。こうした花があるのは、今までに行った里山とは違うところである。


 樹木も白樺やタケカンバが生えていて、とても美しい。

 そして向こうには、至仏山があり、こちらには燧ケ岳が澄んだ空に高くそびえる。どちらも2千2百メートルを超える山である。


 いつかそれらの山にも登れるかなあと考えてみた。ファイトが湧いてくる。

そんな風に時間を過ごしていると、直ぐ近くにバスの中で見かけたちょっと年配のご婦人を見つけた。


「アレッ!どうかされたのですか?ジムの方ですよねえ?」

クミコが問いかけた。

「そう。ちょっと疲れたので休んでいるのよ」長い髪を後ろにまとめ、上品な顔立ちではあるが、言葉は少々冷たいように感じた。


「そうですか。私達もついて行けないので、置いてって貰いました。そしたら、一緒にお昼を食べないですか?」

クミコがにっこりと笑顔で話しかけた。

「ええ、お願いします」と言ってくれたので、一緒にお昼を食べることにした。


 この婦人は、センスの良いウエアを身につけていた。特にその白い麻製の小さな帽子と、髪を留めているブルーとグリーンのスカーフはとてもしゃれていた。


 私は、山へ来る時でもこうしたオシャレが出来るのだとすっかり関心をした。私もこんな風にして、山に来る素敵な女性になりたいと思っていた。


 私達がシートを広げて昼食の準備をしていると、向こうから朝見たボサボサ頭がこちらへ歩いて来た。


「こんちわァ」

ボサボサが無邪気に声を掛ける。

「はい。こんにちは」

長身の美人のクミコが愛想良く応じている。


こんな清潔感の無いヤツに、返事を返すのも勿体ないよ。私は心の中で反すうしていた。そしたら、いきなりボサボサはこう言った。

「ここでお昼ですか?いいですねえ。ボクもご一緒していいですか?」

とあろうことか、遠慮なくシートを敷き始めた。ええー!イヤだあと思っていたら。


クミコは「ぜひ一緒に食べましょう」と満面の笑みで答えている。

「たくさん人がいた方が楽しくなるわ」というクミコの言葉を聞いていた。


 せっかくの女子会だと思っていたのに、スポーツマン美人はこういう分け隔てのない平等精神で、ダメな男に誤解を与えてしまうのだ。


 私はやれやれと思いながらも、諦めることにした。まあ、自分とは関係のない置物がそこにあると思えば腹も立たない。


 ダサ男は、リュックからシートの上にコンロやコッフェル(山の調理器具)や食料を出し始めた。


「あらッ。今から何か作るのですか?」

クミコが、興味を出して声を掛ける。

「私、そういうのやってみたかったの」

またまたそんな事を言うとダサ男が調子に乗ってしまうのに。


 本当にダメだわ、このスポーツ美人は。全くこの状況がわかっていない。

「今日のお昼はパスタにしようと思っています。一緒に作って貰えますか?」

「ええ、イイですよ。ぜひやらせて下さい。私も前からこういうのをやってみたいと思っていたの」

「ねえ、イイよねマリ!」


 イイワケ無いだろうと思っていたが、そうもいかず「ええっ」と返事を返した。

「今日はカルボナーラと明太子と、どっちにしようか迷ったので」迷うなよ(怒)

「両方をミックスすることにしました」エッ、これだよ!これっ!これだからこの手の男は嫌なのだ。


 クミコも一瞬顔を曇らせたが、そこは全方位美人。「わあ、何か素敵ですね」と調子を合わせている。


 ダサ男も得意になって「そうでしょう。僕もかつて、苺ショートとチーズケーキを選ばなければいけない時に、どうしても決められなくて困ったことがありました。その時、そうだとひらめきました」


「エッ、どうしたのですか?」クミコが身を乗り出して聞き返した。

「そうだ!両方食べれば良いのだ」ダサ男は得意満面で、そう答えた。


 思わず私と松岡さん(そうそうあの上品なおばさんの名前)は噴き出してしまった。

クミコはクミコで「なるほど」と神妙に頷いている。


 本当に今日という日はどうなっているのだろう?ダサ男は、それから決めきれない時には、悩まなくなったらしい。


 ダサ男は松岡さんに大葉をナイフで切らせ、クミコにもマイタケとシイタケをラン切りにさせている。下ごしらえとして食器に卵を割り、それに粉チーズ入れてかき混ぜた。


 鍋を火にかけてキノコをバターで炒める。それとは別に沸騰させたお湯でパスタを茹で、お湯を棄てると中にキノコと先ほどのチーズ卵を入れて、塩コショウをして、チューブの明太子を絞った。


 最後に先ほどの大葉と残りの明太子を上からかけて出来上がり。


 結構手馴れていて、驚くことに15分ほどで完成した。クミコはもうすっかりリスペクトの眼差しで、スゴイを連発している。


 私達は、おにぎりやサンドイッチ、それから松岡さんの作ってきた唐揚げや卵焼きをみんな並べて頬張った。


 楽しいピクニックである。


 悔しいけれど、このパスタは実に美味しかった。みんながその味に驚いたのである。麺もモチモチで、カルボナーラと明太子のコラボレーションもなかなか悪くない。大葉の香りも効いている。


 そんな訳でことのほか話が弾んだ。松岡さんは70才で、商社勤めの旦那さんがいて海外にも長く住んだらしい。1年ほど前にその旦那さんを失ってオイオイ泣き暮らしていた。しかしこれではダメだと一念発起してジムに通い、今回の尾瀬も初挑戦らしい。


 ダサ男は、コンロでお湯を沸かし、コーヒーをドリップで、すごく丁寧に淹れてくれた。辺り一面にコーヒーの豊かな香りが漂い、味も酸味と苦みのバランスが良く、コクもあるコーヒーで思わず驚きの声が出た。


 松岡さんがご自分で焼いたというクッキーもそんなに甘くなくて、コーヒータイムはとても楽しい時間になった。


 松岡さんがこんな話をしてくれた。

「私達は一杯のコーヒーで幸せになれるのですよ。幸せを感じるのは、私達の心の感度の問題だと主人は良く言っていましたわ」

「幸せを感じる心の感度が鈍っていると、幸せを感じられなくなるの。こうして尾瀬の景色や自然に触れて幸せを感じることが出来ること。それは本当に素晴らしいことだわ。いくらお金を持っていても、渇望感のある人達もいるらしいわよ。寂しい事よね」


 そんな話を聞くと今日の出会いにも何か意味があり、大切な事のように思えてきた。


 ダサ男が「そろそろ時間ですから行きましょうか?」とみんなに声を掛けた。

 その声に合わせて身支度を整え、出発をした。いつの間にか心の通う4人のパーティになっていた。


 先ず先頭をクミコが歩き、そして私、その後を松岡さん、最後尾はダサ男である。


 歩き始めると直ぐにダサ男がストップを掛けた。「ちょっと待って貰えますか?」みんなは驚いて思わず振り向いた。


「松岡さん、足を見せて貰っていいですか」

 ダサ男は松岡さんに声を掛け、自分のリュックの上に座らせた。そしてかかとを持って左右にゆっくりとねじっている。「痛ぃ!」と松岡さんは顔をしかめた。


「ねじっていますね。多分大丈夫だとは思いますが、無理をしない方が良いと思います」


 ダサ男はリュックからシップを取り出すと、松岡さんの足首に貼り、するすると包帯を巻いていった。


 そして松岡さんに、荷物を全て広げて貰えませんか言うと、それらを私とクミコに振り分けた。リュックも折り畳んで私が持つことになった。

エッ、お前は持たないのか!普通男が一番持つだろう?と思わず口をついて出そうになった。


 信じられん、やっぱりひどい奴だ。さっき足首を持っていた時には手馴れた様子に「エッ、こいつは医者ではないのか?」と口に出しそうになった。


 それは自分で否定していた。たまにアスリートのけがを見ているとか言っていたが、ちょっと怪しい。


 そんな訳で私とクミコの荷物は、それぞれ倍くらいに重くなった。


 松岡さんは、注意をしながら、ゆっくりと歩くことになった。歩けない訳ではないし、荷物も無くなったので、時間的にはまだ十分に余裕がある。


 後ろからダサ男が、松岡さんの足元に気をつけながら、その根っこは気をつけて下さいとアドバイスをしながら、励ましている。


 そう言えば朝のジムの一連の行動が、彼女のケガにつながったかも知れない。松岡さんも長く運動をしていなかっただろうから、それで焦ったように思う。正直我々も、なぜそんなに急いで歩かなければならないのかが、理解が出来なかった。


 そうやって松岡さんのことを気遣いながら木道を進んで行った。松岡さんは、最初は申し訳ないと遠慮をしていたのだが、しばらくすると、先ほどの気丈を取り戻した。

 おそらくこれではいけないと思い直したのかも知れない。ご主人を失ってから、一人で誰にも迷惑を掛けないようにしようとしたのかも知れないが、所詮我々だって一人では生きてはいけない。みんなそれぞれお互いに協力をしながら、支え合って生きている。遠慮はいらない。


 ようやく朝出発したビジターセンターが見えて来た。後30分位で到着するだろう。色々あったけれど、もう終着点である。


 我々は、時間通り3時に到着した。みんなもそこで待っていてくれた。何時に着きましたか?と聞いてみると、案の定1時前には到着していたらしい。

 お昼もここで食べたようだ。こんな駅前のような場所で、3時間近く待っていたらしい。


 私達には、意味がわからなかった。なんでこんな所で食事をして、その後3時間も待っているのだろうか?


 そう言えば、思い当たるふしがある。

 吉田さんが、去年はバテてしまって、みんなに追いつけなかったと言っていた。なるほど、そういうことかと合点がいった。


 ここのメンバー達は尾瀬には来たけれど、ジムの長距離走と同じだったのだろう。私達のように山登りをして、楽しもうというのとは全く違う。長距離走だから、バテないで歩ききり、早く到着することが重要なのに違いない。


 同じ所へ行くからと言って、同じ気持ちとは限らないのだ。それにしても人というのは、色々あってとても楽しく、興味が尽きない。


 今日はメアドも交換して新しい友達も増えた。本当に楽しい尾瀬ツアーであった。

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山ガール日記 / 初めて尾瀬を歩いた ! Ochi Koji @vietnam

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