山ガール日記 / 初めて尾瀬を歩いた !
Ochi Koji
第1話 尾瀬ツアー 前編
今日は、クミコが教えてくれたジムの人達と尾瀬ツアーのバスに乗っている。
「初めての尾瀬だよね、ワクワクしない?」私はクミコに言った。
「本当!とても楽しみだわ」とクミコも喜んでいる。
みんなを乗せた小型バスは、大宮を出て東北道を北へ走っている。これから尾瀬の北からのルートの桧枝岐(ひのえまた)に向かっている。
私達は、ちょうど半年くらい前から山登りを始めた山ガールである。もともとクミコはジムに通っていて、筋トレやヨガをやっているスポーツウーマンである。
私は、スポーツは大の苦手で、縁がなく育って来た。クミコとは同じ職場の仲間で、とても気が合い、良く話す。
ある日雑誌の中で山に行く女性達の記事を見つけて「山ガールって面白そうじゃない?」ということで、二人で夢中になって読んだ。
そんなことから、早速秩父や高尾山に登り始めたのだが、これがすっかりはまってしまった。
青空の中でお弁当を持っていく山登りは、小さい頃の遠足やハイキングを想い出してとても楽しい。
普段スポーツとも縁がなかった私もすっかりはまってしまった。
ただのOLとはいえ、職場の人間関係や仕事のストレスもある。失敗もすれば上司からも怒られ、顧客からは苦情を言われることもある。
そんな折に山へ行くとこれがすっかり気分も一心し、再び元気が出てくる。どうやらクミコも、そうらしい。
そんなこんなの今日の尾瀬ツアーである。
尾瀬というと、山登りの初心者には少しハードルが高い。景色は素晴らしいのであるが、標高が1500メートルを超え、少々不安がある。
今日はクミコがいつも行くジムで仲良くなった、吉田さんという人にこのツアーに誘われたらしい。
「マリも行かない?」ということで、二つ返事で賛成をした。
今日は30人くらいのツアーらしい。吉田さんというのは威勢の良いおばさんである。今は、スーパーのお総菜売り場で働いているらしい。
今日はどちらかというと年配者が多い気がする。若い家族連れもいるようだ。
途中ドライブインに寄って、そのうちバスは東北道を降りて、国道に入って行った。
田舎道を進んできたが、そのうち家も少なくなり、山道に入って行く。右に左に登っていくと、ようやく終点の沼山峠(ぬまやまとうげ)の駐車場に着いた。
6月とは言え、ちょっとひんやりするのは高原まで来たせいである。初めての高い山に少し緊張してきた。
「やはりちょっと寒いね」クミコもそう思っているらしい。
ツアーの人達もバスを降り、なにやら話し合っている。みんなジムの顔なじみらしく話が弾んでいる。
話を聞いているとこのバスツアーは、今年が初めてではなく、毎年来ているらしい。
去年はどうだったとか、今年も頑張ろうねとか言って、お年寄り達が顔を寄せて話をしている。
「クミコ!私達大丈夫かね?」私は少々不安になって声を掛けた。
「ウーン。初めてだから、ちょっと心配。まあ、二人で頑張ろうよ」クミコもやはり同じように考えているらしい。
私達は、今日の尾瀬ツアーに備えて、ガイドブックも購入して内容を読み込んできた。初めての高い山なので、それ相応の心構えが必要である。
この会津桧枝岐(あいずひのえまた)からのルートは、尾瀬沼に一番近くそして高度差も少ない。初心者にはうってつけのコースである。一方で首都圏からは一番遠く、登り口の桧枝岐までは3時間以上かかってしまう。
今日は自分達で企画してきた訳では無いので、その点ではまことに都合が良い。
クミコが吉田さんに挨拶をしている。私も続いて挨拶をした。
「こんにちは。今日は初めて来ました。山登りの初心者なのでよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ。こんな若い人達に来て貰えて私達も嬉しいわぁ」
「そうそう。オジサン連中もみんな喜んでいるわよ」と幹事らしい人に言ってくれた。
「私は去年バテちゃって、悔しかったの。今日はしっかり頑張ろうと思っているのヨ」と吉田さんの言葉を聞いて、私は少々不安になった。
「クミコ!大丈夫かしら?」私は不安になって相棒に声を掛けた。
「大丈夫よ。今更ジタバタしたってしょうがないから。やるしかないって」クミコのこうした性格が大好きである。
実際にもう来てしまったのだから、後へは引けない。私も頑張ろうと気を引き締めた。
「それではみなさん行きますかぁ?」と幹事のオジサンが声を掛けた。
山登りの格好をした我々ツアー参加者が一斉に集まって、いよいよ出発らしい。私もクミコの後について、列に加わった。
我々のグループは、一斉に尾瀬沼を目指して歩き始めた。今日は6月の爽やかな青空に恵まれた、とても良い天気である。絶好の山びよりである。
クミコはスポーツマンだから大丈夫だろうけれど、私は先を思うと少々不安ではあった。
私達は、若葉の緑の樹林帯を少しずつ進んでいった。時折眼下に尾瀬沼が覗いた。沼が見えると「あぁ、これが尾瀬なのだ!」とため息が漏れた。
初めて見る尾瀬は、沼と一面の緑で、草がうっそうと茂った草原である。
我々を優しく、温かく迎えてくれているようでとても嬉しい。子供のように心が弾んだ。
ようやく展望の利く処へ出たのだが、このパーティは止まってくれない。絶好の写真撮影場所なのにと思いながら、諦めてついていった。
中には歩みを止めてカメラを抱えるオジサン達もいるにはいるが、写真を撮るや否や列に復帰するために小走りに駆け出している。
とても私達にはそんな余裕は無いので、それも出来ない。
「あぁ!やっぱり初めての尾瀬はキツイのかなぁ」とクミコに声を掛けた。
「そうねェ。でも大丈夫。マリは私が守ってあげるから。背中にしょってでも連れて帰ってあげるから」クミコに励まされて、私も元気を取り戻した。
そうこうするうちに尾瀬沼の見える頻度が増えてくると、ようやく尾瀬沼に到着した。
ここは尾瀬沼ビジターセンターで、登山客でにぎわっている。
見通しの良い辺り一面の沼と草原の景観に思わず、声が出る。
「スゴイ!キレイ!来て良かったね。写真で見た通りの景色よ」思わずクミコが声を上げる。
「本当ね。やはり尾瀬に来て良かった」
私も興奮して笑みがこぼれた。
若い人達から年配者まで、たくさんの人達が思い思いに楽しんでいる。写真を撮っていたり、お弁当を食べたり、お茶を楽しんで、話し込んでいる人もいる。
「ちょっと聞いて下さい。幹事からのお知らせです。みなさんここには午後3時に集合して下さい。ここから駐車場まで歩いて、バスは3時半の出発を予定しています」幹事のオジサンが説明した。
「なお、ここからも団体行動でお願いします。どうしても別行動をしたい人は、その旨を私までお知らせ下さい」
すると寝ぐせのボサボサ頭で、どう見てもダサい若い男が手を上げた。あれはどう見ても30過ぎのオタクに間違いない。
あの不潔感は匂ってきそうで、近づきたくない。
「お昼は自炊したいので、別行動にします。ここには3時に着くようにします。柴田です」
「わかりました。柴田さん、気をつけて下さいね。もし何かありましたら連絡を下さい」そんなやり取りの後、「それでは出発します」と言ってまた歩き始めた。
えっ、びっくりした。
「ここで休憩しないの?」と思わずクミコの顔を見た。彼女も驚いている。
我々は、山登りを始めた素人だけど、30分歩いて5分の休憩を取っている。
その時には水分を補給して、キャンディやチョコ等の行動食を取っている。山のガイドブックにはこまめに水分と栄養を補給するようにと書いてあった。
そして絶景スポットでは、途中であっても15分や20分の休憩を取っている。まぁ、これは時間の許す範囲ではあるが、何かこのパーティの行動はしっくり来ない。
私達は少々勝手が違うと思いながらも、懸命に歩いていた。歩くスピードだって、かなり速い。これでは追いつけない。
気が付くとさっきから、もう1時間近く歩いている。誰もが、黙々と、木道をじっと見つめながら歩いている。
どういうこと?全く理解が出来なかった。
ウチでガイドブックを調べた折には、さっきのビジターセンターからの尾瀬沼一周だから、コースタイム(普通の人が歩いて到着する予想時間)は180分の3時間である。
さっきのビジターセンターを出たのは9時40分だから、普通に歩いても午後1時には、到着してしまう。
何でこんなに休みも取らないで歩き続けるの?意味がわからなかった。
「クミコ、何かこのパーティは変じゃない?」
「ウーン、確かに変だ。正直、全然楽しくない」
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