第13話 九圏
昇降盤が下降する。連なる灯火に引かれて奈落に落ちる。剥き出しの黒い岩肌、化成樹脂の白が交互に流れて灰色に混ざった。シグルドの脳裏に浮かぶのは、銀色に滲む人の似姿だ。それに意識を向けるだけで、恐怖が喉を迫り上がった。
「そんなのが中に入ってたのか」
空気を読まない男がシグルドを見上げる。口許には意地の悪い笑みがあった。
「声も変だし、弱っちい感じだな」
今の内鎧のシグルドは、背丈も目線もクラウンと頭ひとつ変わらない。
「戦力は十分だ」
言葉少なにそう応えると、クラウンは馬鹿にしたように鼻を鳴らして見せた。
「まだ戦う気でいるのか? そんなものに期待するもんか」
腹は立ったが、クラウンの言葉は皮肉でも冗談でもない。最下層に待つ巨人は人の手に余る代物だ。端から戦力では抗し得ない。やがて格子の向こうに反り上がる壁が覗いた。穹窿の天蓋は化成樹脂、対して底は剥き出しの岩場が拡がっている。
見下ろす荒野に星が散っていた。ここは天より地に光が射している。その中心は光の坩堝だ。見つめるほど境界が曖昧になった。昇降の上下すら錯覚しそうだ。意識を現実を繋ぎ留めようとして、シグルドは無意識にクラウンに話し掛けた。
「おまえは置いて来てよかったのか?」
クラウンがきょとんとシグルドを見上げる。ひらひらと手を振って笑った。
「ザハートのことか。見つけるのに苦労したが、どうせまたどこかで会うさ」
「
「あれは
「適当にって」
シグルドは思わずクラウンを振り返った。早くも話に付いて行けない。クラウンは説明しようと口を開いて、口籠もる。どうやらまた忌語が関わっているらしい。シグルドは覚悟を決めて促した。クラウンが躊躇いながら話を続ける。
「ザハートは
真っ青になって竦むシグルドを甲冑の外から見て取り、クラウンは肩を竦めた。
「あいつらは同格を認識できないからな。故障したのだとでも思ったんだろう。まあ実際、見つけたのはたまたまだ。まったく、俺にしては運が良すぎる。呪いのせいで幸運だけは人に頼るしかないからな。おまえがいて良かったよ」
愚痴のような言葉の端はよく聴き取れなかったが、聴こえてもシグルドに意味はわからなかっただろう。ただ、ちくちくするほど頬が熱い。クラウンは前にも増して得体が知れないが、彼はそういうものなのだろうとシグルドは諦めることにした。
「何せ塔の魔女を引っ掛けたほどだからな」
「アリシアのことか?」
「禁呪を任せられるなんて、幸運以外の何事でもない。おまけに美人だし」
「彼女をいやらしい目で見るな」
シグルドが映写盤を睨む。クラウンは口許を吊り上げて笑った。
「何だ、残ってもよかったんだぞ」
「そんなんじゃない」
昇降盤が地に着いた。防護柵が開くなり、二人は荷運びの
折り重なる壁が幾重にも立っている。それが黒々と陰るほど、その中心は眩しかった。ひとつの光源ではなく砕いた硝子に撥ねるように、辺りに光が乱舞している。無造作に立てられた壁の一群は、まるで光を閉じ込めるための盾のようだった。
目指すべきは地上に続く中央の昇降塔だ。恐らく外縁のそれらには、運び上げる機能はないだろう。否応なく中央に、光の散乱する階層の中心部に向かう必要があった。
気合の一呼吸をクラウンに聞かれないよう抑え、シグルドは思案する。辺りには下位の機獣が、遠目には高位の巨人と思しき姿もあった。走って身を隠すべきか。それとも歩調を保って進むべきか。少し迷って開き直り、そのまま前に歩き出した。
風が辺りに吹く音は乱舞する光の錯覚だ。気づけば辺りには音がない。無音を意識すると、呼吸、動悸、甲冑の駆動音が重なった。クラウンは気にした風もなく傍を歩いて行く。無音を声で打ち消そうとして、シグルドは喉を詰まらせた。
「番兵が飛んで来ないってことは、無視を決めたか、興味を持ったか、どっちかな」
先にクラウンが話し掛けた。
「いきなり戦闘になるよりはましだ」
答えてシグルドは口の中で呟く。どう足掻こうと戦力差は歴然だ。
「まあ、
クラウンは嫌味なほど忌語を口にする。
「ここはマグナフォルツじゃない」
シグルドは憮然とそれだけ言い返した。
勿論、忌語に慣れるどころか聞くたび冷えた手で胸を握られる思いがする。しかも今、それは言葉だけでなく光の向こうに実在していた。シグルドの歩調に同期した内鎧は、ともすれば竦んで動けなくなる。震えを堪えるのも必死だった。
「どうした、手を繋いでやろうか?」
「ふざけるな」
悟られて頬に血の気が戻る。反射的に言い返すとクラウンは小さく笑った。
「この先おまえが要るんだ。しゃんとしろ」
そう言ってクラウンは歩いて行く。機動甲冑の一着で今さら何をさせようというのか。開き直りに過ぎないものの、それでもシグルドの震えは止まった。
光を遮る壁を渡るように二人は荒地を深部に向う。漏れ出た光に浮かぶ景色は、歪んだ樹、蹲る塊、機械かあるいは建物の一部。見悶える人に似たものもある。地面から生え出た奇怪なそれは、すべて氷でできており、見渡す限り至る所にあった。
崩れ落ちる柱、飛び散る炎の軌跡、吹き転がる岩の一片。彫像の佇む背景もまた、まるで今おきた瞬間を切り取ったかのように生々しく滑稽だった。例えどれほど不安定であっても、地に繋がったものはすべて、そのまま宙に凍りついている。
シグルドが足下の違和感に爪先を滑らせれば、そこに自分が覗き返した。土塊の下に鏡がある。気づいて辺りを見渡した。氷に見えた彫像の表面には万華鏡のように景色が映り込んでいる。氷ではなく鏡だ。薄く土埃の張った鏡の像だった。
シグルドはふと、アリシアの融けない氷を思い出した。確かに見目は氷に似ている。だがシグルドは首を捻った。なおのこと、それが鏡なら融かせとはおかしい。
「また面倒なものを掘り当てたな」
困った調子で呟くクラウンは、それが何かを知っているような口振りだ。彼が本当に自分と同じ世界にいるのか、今さらながらシグルドは少し不安になる。通りすがり、クラウンは針のように尖った鏡の一枝を掴むと、何気にそれを折り取った。
一瞬、それは赤く焼けた鉄の雫に変わって見えたものの、瞬きよりも早く、再び元の鏡面に覆われた。甲冑の眼が追い切れなかったのか、それともただの雑像かはわからない。指揮棒のように二、三度振って、クラウンは小さく鼻を鳴らした。
シグルドが真似て手を伸ばすそうとすると、クラウンが胸甲を叩いて制した。
「これは硬くてコツがいるんだ。素人がやると甲冑が壊れて穴が開くぞ」
そう言って、クラウンは折り取った枝を無造作に懐に仕舞い込んだ。
いつもならシグルドは反撥した。むきになって枝を折ろうとしたはずだ。素直にクラウンに従ったのは、正直、自分でもよくわからない。クラウンの声が思いのほか優しかったからだろうか。時間差で生じた妙な焦りに、シグルドの頬が熱くなった。
「あれだ、シグルド。後の交渉は任せた」
壁の縁に覗く広間に目を眇めクラウンは言った。巨木のような鏡の柱があり、奥には昇降塔の基部も見て取れる。あれが恐らく巨人の玉座だ。大きく息を吸って震えを抑え、クラウンに頷きかけたシグルドは、すんでのところで我に返った。
「待て、交渉って何だ」
気づいたか、とばかりにクラウンは目を逸らして舌打ちした。
「まあ、聴けシグルド」
胸ぐらを掴もうとするシグルドの拳にクラウンが慌てる。
「何でもいいからとにかく相手の興味を引け。それだけでいい。おまえに気の利いた会話なんて期待しやしない。怒らせても、笑わせても、何だって構わない」
巨人の王の前にシグルド自身が切れそうだ。
「巨人に因縁があるんだろう?」
クラウンは映写盤の向こうからシグルドの目を覗き込んだ。
「それだけで話す切っ掛けは十分だ」
「興味を引かなければ?」
クラウンは口許をへの字に顰めて見せた。
「その程度の話ってことだな」
突き放すようにクラウンは言って、感情のやり場に迷うシグルドの胸甲を叩いた。
「あいつらの尺は人とは違う。話に乗って人に合わせたら、後は俺が何とかしよう」
「いい加減なことを」
「ここまで来たんだ。俺に賭けろ」
口が裂けたようなクラウンの笑顔に、シグルドの反論は喉で詰まった。
「なに、運が悪けりゃ死ぬだけだ」
乱雑に見えた単独の壁は、彫像を隔てるよう同心円上に配置されていたらしい。広間の内側に入って振り返りシグルドはようやくそれに気づいた。光の集う中央の空隙は広く円形に囲われている。そこにあるのは異形の玉座と謁見の間だった。
空に鏡の葉を茂らせた、ひときわ高い鏡の樹がある。周囲に整然と並ぶのは人とも獣とも植物ともつかない異形の群れだ。シグルドも知らないその巨人たちが、眼さえ判別のつかないものも多数だが、玉座に進むシグルドを凝視しているのを感じる。
今のシグルドは生身と同じだ。あるいはそれ以下かも知れない。そんな心情もお構いなしに、クラウンは隣りをのほほんと歩いている。アリシアは彼を切り札だと言ったが、微塵もそんな気配はなかった。ただ、独りきりの不安だけはない。
惚けた顔に溜息をひとつ、シグルドは考えるのを止めた。
クラウンはシグルドに指先を振って眼前の鏡柱を促した。巨木に似た何か、その樹皮の紋様に甲冑の眼が迷う。クラウンの指す方を辿ると、光の乱舞を選り分けて、逡巡する焦点の先に人影を読み取った。瞬間、シグルドの呼吸が止まった。
蜘蛛の巣のように吊り拡がった細い髪、憂う頤、流体の如き肢体、指先は伝う雫が凍ったかのよう。巨人の王は艶やかな銀色の裸体を晒し、鏡柱に撥ねた光を分け合っている。それは巨大な少女の似姿でいて、決して人ではあり得なかった。
シグルドは喘いだ。吸気が肺に届かない。あれがエルフ、
『ほら、胸を張れ』
絶叫の寸前、クラウンがシグルドの胸甲を小突いた。そう唇だけを動かして囁く。瞬間、シグルドの喉の閊えが溶けて失せた。シグルドは貪るように息を吸い込んだ。
「おまえに訊きたいことがある」
シグルドの声に微睡を破られたかのように、それはゆっくりと瞬いた。銀の裸身が身動いで人を倣って小首を傾げる。問うようであり、非難するかのようでもあり。それはシグルドを見つめ、冷たい水面を探るように爪先でそっと土の高さを確かめた。
〈九つの眼のが不明の雑像に霞んでいる。不全を問う。なぜに人がいるのか。〉
シグルドはただ魅入られていた。銀の雫の肢体には無骨な継ぎ目など見当たらない。微かな四肢の動作の際に無数の帯の筋目が入り、すぐに溶け合い消えていまう。姿は人より人に似て造りはまるで異なっていた。人を真似て動く傀儡のようだ。
気がつけばシグルドの眼前にいて、身を屈めて顔を寄せる。幼い少女を模っていても、それはシグルドを見おろす大きさがあった。双眸に蠢く幾重の光彩を見て、シグルドの腹から怖気が這い上がる。嘔吐くように何度も震えが込み上げた。
「人よ、約束の刻は未だだ」
その声は全身から聞こえた。遅く、速く、鈴の鳴るような余韻を残して大きく響いた。シグルドは縋るように傍らのクラウンを意識する。彼を重石に辛うじて正気にしがみ付いていた。目の前に向かって声を絞り出せたのも自分では奇跡に等しかった。
「父と腕と脚を奪ったのはおまえか」
銀の少女はシグルドを見つめたまま動かない。問いが遅い、答えが早い。人と異なる尺で言葉を紐解いている。恐怖を堪えてシグルドは待った。時計の動きを合わせるように、噛み合う歯車を探すように、巨人の王の内側で何かが動いている。
「おまえのコードはヴィクトルカルネウスに相似するが、損耗は私に起因しない」
「ヴィクトルは父だ。おまえに殺された」
シグルドは思わず声を上げた。指先から自由になるように、心が動きを取り戻して行く。
「ヴィクトルカルネウスの死は記録にない」
怒りがシグルドの怖気を払った。蠢く虹彩を真っ向から睨み上げる。
「その瞬間をこの目で見た、おまえがその手で、」
不意に横から伸びた手が、シグルドの目の前で銀色の鼻をきゅっと摘まんだ。まるで本物の少女のような悲鳴に、一瞬、皆が呆気に取られた。周囲の巨人が一斉に身を起こし、四肢やそれに類するものを振って、惚けた顔で笑うシグルドを威嚇する。
「やあやあ、横から悪いがね。思い掛けず面倒な話になったものだから」
まるでその声を辿るように、巨人の王は人に似た仕草で頭を巡らせる。
「俺が見えないのは勘弁してくれ。論理迷彩というやつだ。おまえの同類にちょっとした呪いを掛けて貰った。頭の良い奴ほど騙されると聞いたが、意外と効いたな」
しゃあしゃあとクラウンはそう言った。
同類とはザハートのことだろうか。銀の少女に劣らず呆然とするシグルドは、必死に思考を巡らせた。クラウンの言葉に理解は及ばないが、最初から身を隠していたのだとしたら、その態度が信じられない。眼前の異様に動じるどころか、笑っている。
「何者か」
「何か文句のひとつもあればと思ったんだが、とんだ因縁だ。大当たりだな」
誰何する巨人の王を無視して、クラウンは堂々とシグルドに話し掛けた。
「こいつらは人に尺を合わせないと話すのも面倒だからな。うん、上出来だ」
つまり自分は姿を隠し、シグルドを囮に御膳立てを目論んだのだ。つい一瞬前のシグルドの巨人への怒りは、クラウンに対する呆れと腹立ちに消し飛んでいた。
「何者か」
「クラウンだ。今はそう呼べ
鬱陶しげにそう言って、答えてやったぞとばかりにクラウンは鼻を鳴らした。
横目に見たシグルドをどう解釈したのか、怒りに震える先を誤解してクラウンは巨人の王に向かって訊ねた。こんな状況でなければシグルドに殴られていたところだ。
「まあいい、ついでに訊こう。そのヴィクトルはお前の何だ」
「ヴィクトルカルネウスは血肉の契約者だ。それは未だ果たされていない」
「まったく、人の身体が欲しいとは
クラウンの態度は
「私の一部と引き換えに、ヴィクトルカルネウスの血肉を得ることである」
「未だ果たされていないと言ったな」
「ヴィクトルカルネウスの代行者が不履行を訴え、私の要請に従い魔術師の提供を申し出た。だがその契約は未だ果たされず、彼らは私の
「心から同情する。そんな人類に憧れるおまえが悪い」
シグルドでさえ鼻白む台詞を堂々と吐いて、クラウンはシグルドに向き直った。
「シグルド、残念ながらここにおまえの因縁はないぞ。人の世界に戻ろう」
再び銀色の少女を見上げ、クラウンは耳元まで口が裂けたような笑顔で言った。
「聞いた通りだ
銀色の少女が未だ姿を捉えられないクラウンを探して眼線を彷徨わせる。
「おまえはいったい」
「クラウンだ」
名を被せてそう言うと、クラウンは手を伸ばして銀色の頬に触れた。その表情を横目に見て、畏れや恐怖と異なる情動がシグルドに湧いた。
「理の外でおまえの道楽に付き合えるのは俺だけだ。盟約を果たせ
クラウンの言葉は呪文のように巨人の王はおろか居並ぶすべての未知の巨人を凍りつかせた。
「上位意思に従い
まるで異界の言葉がシグルドの頭上を飛び交う。その意味も追えぬ間にクラウンはシグルドを促して歩き出した。巨人の王がいじけた少女のように、つんと口を尖らせている。
「構わないよ。そんなのは俺の相棒が何とかしてくれるから」
鏡の大樹を通り過ぎ昇降塔に至るまでの短い往路は、これまで歩いたどの路よりも長く感じた。巨人の王の視線が血の一滴まで走査している気がする。クラウンは手を振るほどに陽気だったが、シグルドは口から臓腑が転び出るのを必死に堪えていた。
「おまえはいったい何だ」
押し殺した声で詰め寄るち、クラウンはきょとんとした顔で肩を竦めた。
「おまえまで同じことを訊くな。言ったろう、これが俺の飯の種だ」
最下層の中央に聳える昇降塔は、外縁のそれより小ぶりだが頑健だった。昇降盤自体にも保護柵があり二重に外界を遮断している。最下層の光景がやがて隙なく閉ざされるや、突然、二人は床に圧し潰された。視界が真っ黒になって意識が飛んだ。
アリシアの工房、黒い巨人の博物館、工場都市と地底湖を越えて空に落ちる。
身体はおろか右手の指先さえシグルドは動かせない。肺の空気が、体液が、容赦なく身体から潰し出されて行く。そんな時間が延々と続いた。クラウンの軽口が途絶えたのは幸いだが、このままでは二人とも圧死しかねない。何度も意識を失った。
この責め苦が永遠に続くかと思われた頃、唐突に身体が天井に跳ね上がった。床に落ちたシグルドが身悶えする間に二枚の保護柵が開く。傍らで伸びたクラウンを引き摺りシグルドは昇降盤を這った。クラウンを外に投げ出し、転がり出る。
シグルドは土の感触に息を吐いた。その鼻先に格子が競り上がる。突風に目を閉じると土埃が身体を打った。咄嗟に手探りでクラウンを庇う。凪いで後、息を詰めて目を開ければ、そこにはすでに何もなかった。跡さえ残さず昇降機は消えている。
シグルドは肘を突いて半身を起こし、クラウンの傍に転がった。しばらくぼんやりと頭上の岩盤を見つめる。あるいは少し気を失っていたかも知れない。指先から身体を確かめると、まだ覚束ない身体を甲冑に引かせ軋む身体に鞭打って起き上がった。
広い円形の地下洞だった。二人を運んだ昇降機は岩盤を迷彩に溶け込んでいる。一見、機獣の姿はおろか加工の跡もない。クラウンはまだ伸びている。だが無事だ。体力はないくせに耐久性は高い。問いたいことは山ほどあるが、それは後だ。
重くはないが、無暗に詰め込んだガラクタのせいでゴツゴツとして抱き難い。
抱えたクラウンに舌打ちしつつ、シグルドは地下洞を出る。横穴はひとつしかないが、昇降機と同じく他の路は隠されているのかも知れない。誘導されているにせよ、他に選択肢はない。シグルドは横穴に踏み込んだ。先は仄かに明るかった。
横穴に入り込んでいるのは自然光のようだ。幾度か路を折れるたび、射し込む光は強くなった。シグルドの歩調も知らず早くなる。不意に真っ白な開口が現れた。空がある。天中に陽の射す本物の空だ。シグルドは思わず息を洩らした。
不意に胸元でくしゃみの音がした。
いつから気がついていたのだろうか、クラウンが惚けた顔でシグルドを見上げる。
「いい天気だな」
ごまかすように空を指した。
映写盤ごしにその惚けた顔を眺め、シグルドはクラウンを地面に放り出した。潰れた蛙のような呻き声を聞き流し、外に向かってシグルドが踏み出す。風の音が鳴っていた。空は青く突き抜け、天中には久しく見ない陽があった。
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