【第二駅 未熟】

 約束を忘れた彼は一年前に死んだ。


「またか……」

 脳裏のうりに浮かんだひとつの事実。目覚めが悪いのはしかたがないよね。突然この世から去った彼のことが忘れられない。たまにこんな風に悪夢を見る。そう、あのときから、私の世界は色づきを失ったの。カーテンの隙間から漏れる光が灰色の世界に差し込む。光が当たっている私の頬だけ人間の色をしている。重いまぶたを動かして瞬きをする。眠い……。

“ブーブー”

 携帯のバイブが鳴った。ゴロンと体勢を変える。機械的な光は顔を照らす。青白くて生きている感じがしない。メッセージを確認すると高校の友達からだった。夏休みなのにこんな朝早く連絡してくるなんて。既読つけちゃったし早く返信しないと。はぁ……面倒臭い。送信ボタンを押して、携帯を枕元に放り投げる。パタンと倒れてボーッと空間を眺める。

「喜一……」

 夢であったらどんなによかっただろう。そう思えば思うほどみじめになる。死者は生き返ったりしない。どうすることのできない自然の摂理だから。早く吹っ切らないといけないのに、記憶が邪魔するの……。

 むくっと上半身を起こして背伸びをする。気持ちを入れ替えよう。ふっと息を吐く。今日は多分、いい天気。


   ◯


 低い空、灰色のビル、通り過ぎる騒音。

 夏の暑さにくわえ、むっとした湿気が体感温度を上げる。最寄り駅まで徒歩十分くらいなんだけど、制服がびしょびしょになりそう。この時期は汗拭きシート必須よね。あと制汗剤も。まあ運動部じゃないし、汗臭くなることはない……かも。水筒にはキンキンに冷えた麦茶が入っている。出したならちゃんと補給しないとね。

 とことこ歩きながら持ち物を頭の中で確認する。あ、音楽聴くの忘れてた。イヤホンをポケットから取り出す。耳につけてランダムに音楽を選択する。ランダムに……か。音楽を聴くのが習慣になっているけど、別に聞きたい曲ないな。いつからだろう、こんなふうになったのって……。

 再生リストを眺めながらため息をつく。もう面倒臭くなって適当に押した。


 地下鉄のホームは冷蔵庫みたい、とまではいかないけど涼しかった。冷気がじわじわと私を包む。カタンカタンと階段を歩いていく。通勤つうきんラッシュはとっくに過ぎていて、ほとんど人がいない。ローファーの音がもわんっと駅に響く。

 定期券を取り出して改札にかざす。なんどもおこなわれた日常のひとつ。まつ毛ひとつ動かさないで淡々と歩いていく。いつもの場所で列車がくるのを待つ。反対側の車線も含めて二、三人いるのが目に入った。夏休みだからかな、やっぱり制服を着た学生はいないよね。部活生なら、もしかしたら会えそうだけど。

 携帯を眺めて朝連絡してきた友達に返信する。そして無意識にSNSを開く。下にスクロールして、たまに止めていいねを押す。それの繰り返し。

“まもなく、列車が到着いたします”

 暗く禍々しい地下鉄の穴から光が漏れてきた。次第に大きくなって姿を表す。携帯を一旦制服のポケットに入れて列車が止まるのを待つ。手持ち無沙汰ぶさたになった両手を体の前で握る。イヤホンから流れる音楽に耳を傾ける。けどちょうど曲が終わっちゃった。沈黙が始まる。次の曲が再生されるの待った。まだかなぁ。なんの曲かなぁ。その瞬間、突風とともに列車がやって来た——


 『え、えーっと……俺は後藤ごとう喜一きいち。君の名前は?』

 唐突に声をかけられた。なんなのこの人。目を合わせちゃっていいのかな。なんか危ない臭いがする。私にお構いなしに話をする。あ、同じクラスなんだ。それならって思って、ちらっと彼を見る。真新しい制服の着慣れてなさが目立つ。まだベラベラなにか話しているみたいだけど、正直いって気持ち悪い。え、一緒の列車に乗るのかな。つら。

『俺さ尾美苗おみなえからきてるんだ。都心の駅って広いよね。迷子になりそうだよ』

『あ、電車民なんだ。私乗ったことないや』

 相手の言葉を反復する。それってもうアンドロイドだよね。不幸中の幸いで、降りる駅が違う。数分我慢すれば乗り換えの駅に着く。登校初日でまさかこんな目に遭うなんて夢にも思わなかったな。気を紛らわせるために携帯を取り出して、適当にSNSを眺める。画面上のみんなは春だ新学期だって大盛り上がりしている。それにまた無作為にいいねを押す。

 そのとき、後藤くんの声がちらっと耳に入った。

『え、さっきなんていった?』

『え、いや……相引さんって黄色いなって。ご、ごめん。初対面なのに意味わかんないよね』

 その言葉を言われたのはこれが二回目だった。母の言葉と同じだった。

 彼のことが苦手だ。けどその言葉だけは心の奥に残っていた——


“……行きが発車します。ご注意ください”

 ホームにアナウンスが流れる。音のないイヤホンに気を取られていた私は慌てて飛び乗った。入ったとたん、プシュっとドアが閉まった。ガラガラになっている車両を見渡し、いつもの場所に座る。なんだろう、まだ頭がぼやぼやする。寝ぼけた体を叩かれたような目覚めの悪さが全身に広がっている。ちょっと音量あげよっと。曲のサビが鼓膜こまくを揺らす。ポップな曲調で、通学のときによく聴いているやつ。喜一と付き合い始めたころに、聴き始めた曲だ。カラオケで歌うくらい好きなはずなのに、今は体が受けつけない。

 画面を眺めてスキップをする。これも違うあれも違うとイントロを聞いて次々とプレイリストをさかのぼる。それでもしっくりくる曲がなかった。妥協だきょう案として一番最近追加した曲をかけた。英語の歌詞でなにいってるのかわからない。そもそもいつ追加したのかもわからない。けどそれを聴いていると脳内に紫苑しおんが咲き誇り、ゆったりと感傷に浸れる。

 無機質な車内でポツリとため息をついた。

——なにやってるんだろう私。

 顔を上げると壁に貼ってある広告が目に入った。

“目ざせ! 理想の自分になるために”

 普段なら気にもとめないただのポスターをまじまじと見る。特にそれに意味はない。すると友達から連絡が来た。

“ごめん、定期更新にいくから少し遅れるかも”

 それに返信をする。その流れで携帯に目を向ける。乗り換えの駅まで、そのままの体勢で運ばれていった。


 途中、地下鉄を乗り換えて五つ目の駅で降りる。改札を通って長い地下歩道を歩く。もわんって足音が響くのはどこの駅も変わらない。階段を上がる音が徐々に遠くなっていく。代わりに外の音が聞こえてきた。そして眩い光とともに都会の喧騒けんそうを全身で浴びる。眩しい……。たまらず手で目元に影を作る。空が低く見えるのはこれまたどこも変わらない。

 公園を横目に歩いて、道路を渡ってコンビニを過ぎていく。うちの学生に人気のある食堂の看板をチラリと見て、交差点で信号待ちする。ひとりだと心なしか足速になっている気がする。急ぐ理由なんてないはずなのに。


 学校のグラウンドでは野球部が練習をしている。

「いきまーす!」

 マネージャーの張り裂けそうな声が私に届く。そしてバッティングマシーンからボールが射出された。青春の風景をフェンス越しに眺めた。それでも心はピクリとも動かない。足は嫌というほど動くのに。

 学校の正門、白い塗装がところどころ色あせている校舎、少しずれた時計。ほかの学校と比べるとボロく見える。この校舎に通うのもあと半年。そう考えるとちょっと寂しいかも。

“ガタン”

 重たい扉を引っ張って下駄箱に向かう。電気がついていなくて全体的に青々と陰っていた。自分の下駄箱にフタに手をかけてゆっくりと開ける。キーっと情けない音が鳴る。

「あるわけないか」

 上靴を取り出して履き替える。ローファーを中に入れて下駄箱の奥を見つめる。光が届かず黒い陰で満たされていた。その角にもしかしたらあるかもしれない、そう思って無意識に手を伸ばす。

「玲奈おっはよ!」

「わっ!! びっくりしたぁ……。もうおどかさないでよ」

「ごめんごめん。つーか、どうしたの? なんか入ってた?」

「な、なんでもないよ。それより定期更新しに行ったんじゃなくて?」

「いったよー。思ってたより人少なかったから時間かかんなかったさ」

 今日私を起こした友達、小春こはる。リボンをつけてない首元。ボタンが外されて大きく開いている。シャツのすそはスカートに入れていない。涼しげにひらひらと舞っていた。もちろんスカートは膝上。部活のときの彼女はいつもこうだった。

 玄関を離れて階段を上がる。美術室の鍵を取りに、二階の職員室を経由しないといけない。

「先生いるかなぁ。知らない人しかいなかったらだるいわ」

「どうせ私が取りに行くんだから関係ないでしょ」

 カバンを廊下に置いて職員室に入る。案の定そこに顧問はいなかった。ほとんど関わりのない先生がひとりデスクワークをしていた。事情を説明して鍵を受け取る。職員室の居心地いごこちは決していいものじゃない。高校三年になった今でも緊張する。先生にお礼をいって足速に出てい行った。

 カバンを持って薄暗い廊下を歩いていく。蛍光灯がついていないだけで校内の雰囲気ってガラリと変わるんだね。ちょっとした非日常みたい。

「そういえば数学の宿題ってなんだっけ?」

「ワークと教科書の……って面倒だからあとで送るよ」

 響くのは女子高生の足音。手に持っている鍵が揺れるたびにジャラジャラと音を振りまいた。歩き慣れた美術室までの道はやっぱり青い陰をまとっていた。


“ガラガラ”

 教室のドアが開いて画材の匂いが漂う。電気をつけると、さっきまであった青い影はどこかに消えた。近くの机にカバンを置いて軽く背伸びをする。学校に行くだけで疲れたなぁ。

「相変わらず暑いなぁ。この学校立地悪すぎ」

 彼女は文句を垂れながら窓を開ける。けど風は入ってこない。窓から手を伸ばして確認しているけど、吹いてないみたい。

「やっぱ風ないじゃん。いいかげんクーラーつけて欲しいよ」

「この学校、扇風機すらないもんね。部費で買っておけばよかったかな」

 言葉を交わしながら準備を進めていく。机をずらしてイーゼルを持ってきて描きかけのキャンパスを持ってくる。今年の秋で、私の美術部生活が終わる。みんな引退してそれぞれの進路に向かう。今描いているこの絵は夏のコンクールに出すやつ。八月に一度部内で評価会があって、その一週間後に作品提出になっている。下書きはほとんど終わっているし、そこまで焦る必要はない。高校生最後のコンクール、気合いは入っていた……はずだった。

 横にいる彼女は椅子に座って机に突っ伏している。放置したスライムのようにデローンッと重力にしたがっていた。

「あーなんかもう疲れた……」

「まだ来たばっかでしょ」

 髪の毛を束ねて彼女の様子を見に行く。液状化した体の横にはスケッチブックと鉛筆が無造作に置かれていた。まさかね、そんなことないよね。学校祭終わってから十分に時間あったし、キャンパスに下書きくらいは描き始めているはず。恐る恐るそのスケッチブックを手に取った。そこには綺麗な白紙が描かれていた。

「え、もしかして……」

「あーそうですよ! まだなに描くか決まってませんよ!」

 自虐で元気を取り戻したと思えば、今度は椅子の背に深くもたれかかる。だらりと伸ばした腕と脚。太陽の日差しで焼けていなくて、真っ白だった。ずっと部屋にいたのかな。まあ外に出るときは日焼け止めしているだろうし、むしろここまで手入れしているならどこか遊びに行ってたのかもね。どおりで最近、彼女のSNSが豪華なわけだ。

 スケッチブックを机の上にそっと置いて、自分の場所に戻る。人のこと言うまえに、自分がちゃんとしないとね。気合い入れないと。気合い……入れないと……。すると今度は彼女がのろのろと私の背後にやって来た。

「さすがだね。今年も玲奈が受賞かな」

「そんなこと言ってもアイス買ってあげないよ」

「いやまじでそんなんじゃないって。褒めてるって」

 壊れた時計をモチーフにしたありきたりな構図こうずだった。部活の人や顧問の先生には好評なんだけど、私は納得いってない。一年や二年のときみたいな、作品に対する感情がまったく湧いてこない。審査員の目を気にした面白みもない作品を描いてしまってる。見る人が見れば、そんなこともわかっちゃうんだろうね。

——もうあんな絵は描けないよ……。

 鉛筆を持って下書きの続きを描こうとする。尖った鉛筆の先端がキャンパスに触れる直前にピクリと反応して手が止まる。描かなきゃいけない、そのためにわざわざ学校まで来たのに。そんなこと、説明しなくても頭では理解している。なにかが私の腕を引っ張る。つたに絡まったように、動こうとすればするほど絡まってしまう。私の心のさらに奥深くから伸びているみたいだった。

「玲奈どうしたの?」

「いや、ちょっと悩んでるだけ」

「悩んでいるついでに私のも考えて」

「どういう理論なのよ……」

 腕を下ろして鉛筆の先端を眺める。描きやすいようにカッターで削ってある。指でそっと撫でると黒い線が一本ひかれた。それを親指で擦る。指がちょっと黒くなった。鉛筆をカタンッと置いた。描くのを諦めた。無理だよ……。椅子にもたれかかって足を放り出す。また鉛筆で黒くなった指を見た。はーっと諦めたため息をついた。

 適当に絵を描こう。少しは気が紛れるかもしれない。机に置いてあったスケッチブックを開いて、楽な体勢で描き始める。小春が横目に見えて少し安心する。創作そうさくに悩んでいる彼女、椅子を傾けてぶらぶらする彼女、そして倒れそうになる彼女。本気で焦る顔が笑いを誘う。まったく、ひとりでいるときもこんなに面白いのかな。

 しばらく絵を描き続けた。だんだん疲れてきたなぁ。授業や仕事みたいな疲れじゃなくて、充実した気持ちのいい疲れだった。もちろんいま描いているのはコンクールとまったく関係のないもの。いいじゃん別に、私が描きたかったんだから。そういう約束だったから。

 ふと時計を見るとだいぶ時間が経っていた。集中するとあっという間に時間が過ぎる。

「もう十二時か。ねぇ玲奈どうする? 時間も時間だしどっか食べに行かない?」

「あーいいね。ってか、なに描くか決まったの?」

「い、一応題材だけは……。間に合えばいいの! 今日が二十五日でしょ。だから評価会まで二週間あるし、楽勝よ」

 バタンッと勢いよくスケッチブックを閉じた。作業しているときはあんなにだらけていたのに、帰ると決まった瞬間、俊敏しゅんびんになるじゃん。まあ私も同じだけどね。鉛筆やら練り消しを筆箱にしまってカバンに放り込む。窓をひとつひとつ丁寧に閉めていく。

 彼女に遅れを取らないように私も帰る準備をする。結局なにも手をつけられなかったキャンパスを運んだ。このまま永久に置いといてくれないかな。いっそ捨ててくれていい。

“ガタガタガタ”

 机を元に戻して教室を見渡す。忘れ物がないか確認して電気を消した。

“カチャン”

 鍵を閉める音が無人の廊下に響く。夏休み中にここにこないとだよね。じゃないと作品が描き終わらない。それが少しだけ心を締め付ける。絵を描くことがあんなにも好きだったのに。

——また嫌いになりそう。

 歩き出したふたりの足音は似て非なるものだった。弾むようにこだまするそれ、地面に落ちて潰れるそれ。小春の若々しさを真似ようと口で弧を描く。今までにないくらい、ぎこちなく惨めな花が咲いた。



「いきまーす!」

 帰り際、グランドを眺めるとまだ野球部が練習していた。私よりも早い時間から練習して、私らより遅くまで努力する。同じ高校生とは思えないね。つらいこともたくさんあるだろうに、毎日毎日頑張って、目標に向かう。尊敬なんて軽い言葉、言えないよ。

 小春はじっと一点を見つめていた。野球部のひとりがそれに気づいて満面の笑みで手を振る。

「なんか差し入れとか持っていかなくていいの? もうそろ昼休憩だろうし」

「べ、別にいいわよ! 恥ずかしいし……」

 赤らめて視線を逸らした。青春を目の当たりにして「ふふふ」と音を漏らす。地下鉄までの道のりはふたりの話で持ちきりだった。付き合うまえから彼女から相談を受けていた。こうして無事付き合った今でも愚痴ぐちやら惚気のろけを聞いている。

「どこまでが浮気なのさ。ふたりで出かけるのはアウト? 話すのもだめ? 連絡先あるくらいはいいよね?」

「まあそれは人によるんじゃないかな。彼氏さんはなんて言ってるの?」

「それがさー、幼馴染の子と映画見に行ったって話したら不貞腐れちゃってさ。アクション映画だし、まったくそんな雰囲気も気ないし。なんならあいつだって学校でマネージャーと距離近いし。年下で小さくて可愛くて、うちよりちょっと胸あるからって……」

 道端にポロポロと言葉をこぼしていく。地下鉄に入ってもそれは変わらず、声が反響している。

——だれかに聞かれてないといいけど。

 駅のホームで列車がくるのを待つ。小春が言うには、新しくできたカフェが評判いいらしい。昼食がてら、また惚気を聞かされるんだろうけど。

「これって束縛に入るのかな」

「入りそうだよね。私だって喜一にああしてほしいこうしてほしいっていったら嫌な顔されたもん」

「玲奈、ありがとう」

「あ、どうせまた変なこと考えたでしょ。大丈夫だって。もちろん喜一が死んで悲しかったけど、もうそろ一年経つし。くよくよなんてしてらんないよ」

 それでも小春は眉間にしわを寄せて難しい顔をした。言葉を詰まらせたように息を漏らすと、私に哀れみの瞳を向けた。納得していない様子だった。他人の死に踏み込めない気持ちはわかる。どんな言葉をかけても表面上でしかないから。同情なんてしなくていいしされたくもない。馬鹿にされるのは嫌だけど、気を遣われるのも、それはそれで申し訳ない。

 だからこそ私が花を咲かせないといけない。それがみにくくても笑うしかない。他人に気を遣わせないためと口実をつけて、自分の心を整理する。

「約束なんて綺麗事、言うもんじゃないよ」

「え? 今なんて?」

 心の奥底からい出した言葉は自分の耳に入るのがやっとだった。

 そして列車が彼女のセリフを巻き上げていく——


『約束だよ。いい?』

『ま、まあいいけど』

 付き合って十ヶ月くらい経った高校二年の五月末、私と彼との間に約束が交わされた。付き合っているなら自然なこと、そう思っている。


 その日の夜、彼からメッセージがきた。

“おやすみ”

 これが約束。一日の終わりに絶対連絡すること。寝るまえでもお風呂入るときでもどこでもいい。必ず夜に電話かメッセージをすること。普通のカップルもやっていることを約束としたまで。別に難しいことはない。喜一のことが好きだからこそ、失いたくないからこそ言葉に出しただけだった。けど約束をしたときの喜一はに落ちない表情だった。返事も渋った。

——喜一は私のこと、もう好きじゃないのかな。

 ざわつく心を宥めるように喜一からのメッセージをずっと眺めていた。


 次の日、その次の日、そのまた次の日も連絡を取った。

 二週間が経ったある日のこと、日付が変わっても喜一から連絡がなかった。既読すらつけていない。なんで、どうして。心配になってメッセージを連発した。

 翌日になっても返事は来ない。不安に押し潰されそう。心を引きずって学校に行くと、喜一はクラスメイトと笑顔で会話していた。喜一に近づいて『おはよう』と声をかけた。すると悪びれもせず『おはよう玲奈』と返してきた。いつもと同じ。それに関してはうれしかった。大好きな人の笑顔が見れて満足だった。でも、これとそれは別な問題。沸騰ふっとうしそうになる気持ちを抑えて口角を釣り上げた。

『ねぇ、なんで昨日連絡してくれなかったの? まさかほかの女の子と電話してたりとか』

『あ、あー……。ごめん、疲れて寝落ちしちゃった』

 私の気持ちも知らないで頭に手を当ててヘラヘラする喜一。周りのクラスメイトは『夫婦喧嘩か?』『朝から見せつけんなよ』とヤジを飛ばしている。その瞬間、ポキッと折れる音がした。

 私ひとりが舞い上がっていたのかな。ちゃんと約束したよね。うんって言ったよね。ひと口に約束といっても、人によってその重みは違う。喜一は結局その程度だったんだ。

『いいよ。気が向いたらでいいから夜電話しようね。それから——』


「君との約束に決まってるじゃん!」

 ここで泣いたら、理性が保たれなくなる。我慢して……我慢するの私! 溢れ出るものを懸命けんめいにせき止めた。どうしてこんなに泣きそうなのかな。どうして怒っているのかな。どうしてここに来たのかな。わからない……わからないよ……。

 心は雨雲あまぐもで満たされて、大粒の雫を落とす。周りの音すら聞こえないほど激しく地面を打つ。私の手には傘がある。けどそれをさそうとは思わない。せっかくセットした髪が乱れる。目から流れた黒い水が頬をつたう。ずぶ濡れになって下着まで濡れた。水を吸った布が全身を包み込んで、地面に引きずり込もうとする。それでも心の中の私は、どうでもよかった。

——どうせ聞こえないなら。

 自暴自棄にとらわれた瞬間、心の奥底でなにかが壊れる音がした。

「会わなきゃよかった」

 なんでだろう、涙が出ない。むしろさっきよりも冷静だった。怒りや悲しみがまとめてひとつの感情になった。それを呆れって言うのかな。行き過ぎた負の感情の果てに、単純でざわつきのない虚無が待っていた。周囲の音は耳に入らない。喜一の声は聞こえない。別に聞かせようとしたわけじゃない。でも喜一の、彼氏の反応はほんの少し気になる。

 待っても、彼からの返事はなかった。自分勝手な私に嫌気がさしたのかな。確かにちょっとひどかったかも。謝ろう。

「ごめん、言い過ぎた」


 しかし、そこに喜一はいなかった。


 血の気がひく感覚が全身を襲う。危うく倒れそうになる体をだれかが支えてくれた。

「喜一?」

「え?」

 手を差し伸べてくれた、いや偶然ぶつかったのはまったく知らない中年男性だった。「大丈夫かい?」と声をかけられたけど、たどたどしいお礼しかできなかった。そしてその場から逃げた。走った。どこまでも走った。祭り会場の人波をかき分けて走り続けた。現実から目を背けるように彼の背中を探した。人にぶつかっては謝って、段差につまづいて転びそうになる。

「喜一!」

「え、だれだよ」

「いた! どこいってたの喜一」

「お、おう。えーっと知り合いだっけ?」

「喜一だよね?」

「ま、まさか……あなたがこねまる氏でござるか。プレイングからは想像できないその……萌えでござるな。はすはす」

 苦虫にがむしを噛んだ。ゆっくりと後退りをして「人違いでした!」と叫んで逃げた。

 なんで、どこにいったの。さっきから人違いばっかりしている。冷や汗をかいて、ため息をつく。すぐに祭りの熱気に包まれて体は熱くなる。どうしよう……。結局また手当たり次第声をかけた。制服姿の男子学生、家族を連れて歩く男性、赤ちゃんを抱えた女性。どれも似ていなかった。冷静に考えればだれがどう見ても他人なのに、すでに冷静という言の葉を枝から落としてしまった。道ゆく人すべてが喜一に見えてしかたがない。

 十字路の中心で翻弄ほんろうされる私。あの人が、この人が、いやあの人が。体と頭を激しく動かして彼の背中を追う。徐々に心拍数が上がっていく。気づきたくない現実が目の前までやってきている。嫌……そんなの嫌!! そしてそれに反比例するように体は重たく動く。探さなきゃ……喜一を探さなきゃ……。探す……だれを……?

 ピタッと止まった。入口のほうをまっすぐ見る。大勢の人が私を避けて歩いている。その残像ざんぞうがゆっくりと線を引く。まるでタイプラプスみたいに全体が目まぐるしく動く。私だけ違う世界に取り残されちゃったのかな。

 あ、そうか……。心臓が大きく胸を打った。

「喜一は……消えた」

 耳鳴りが周囲の音をシャットアウトする。


   ◯


 祭りの賑わいがこもって聞こえる。厚いレンガの壁とガラスに遮られて、意識して耳を傾けないとただの雑音になる。公民館の一階に座れるところがあった。一旦冷静になろう。でもどうやっても心のざわつきが収まりそうにない。

「喜一、どこ行ったの……」

 膝の上に置いた巾着に真新しいキーホルダーがぶら下がっている。熊か猫かわからない得体えたいの知れないキャラクター。照明を浴びて輝いていた。その頭をそっと撫でる。けど彼は反応してくれない。私のことが嫌いなのかな。なんてね。暗く陰った彼の顔面に水滴が落ちた。

「あらあら、今日は満席かね」

 はっと顔を上げると、ハンカチを落としていおばあさんがいた。

——名前は確か……椿さんだっけ?

 とても優しく慈愛じあいに満ちた瞳。知り合いじゃないのに、その微笑みを見ていると親戚なんじゃないかって感じる。呆けた顔で眺めていた。綺麗な顔立ちだなぁ。今もだけど、昔は相当美人だったんだろうね。告白もいっぱいされて……。

「あ! すみません! どうぞお座りになってください」

「いいのよ。それより隣いいかしら?」

 慌てて椅子から跳ねて席を譲ろうとしたけど、まったりとした口調でいなされた。椿さんはその見た目に反してすっと腰を下ろした。何歳なんだろう。体が健康的なのかな、それともただ老け顔で実際はもっと若いとか? その座る動作だけでも美しいと思えた。

「ごめんなさいね急に。こうも歳をとると話し相手が欲しくなっちゃうの。嫌だったら遠慮しないでね」

「い、いえいえ……」

 ふっと息を吐くとしばらく腰を休めるように浸っていた。目を合わせるのも変だしここを離れるのも失礼になる。さっきとは別の意味で落ちつかない。仕方なく、ガラス越しの外を見た。待ち合わせをする人、たくさんお土産を持って帰る人、名残惜しそうに手をひかれる子ども。あの人たちは今来たばかりなのかな。まるで時間の概念が存在しないみたい。いろんな人で溢れている。

「綺麗でしょ」

 唐突に椿さんが口を開いた。不意をつかれて「え?」としか答えれなかった。

「あなた尾美苗の人じゃないでしょ。だてに長いこと生きてないんだから。ほら、あそこの屋台見えるかしら。私が小さいころからずっとあるの。健さん……あ、あの人健さんっていうんだけど、屋台を受け継いだ四代目なのよ」

 綺麗な声だなぁ。雨樋あまどいから漏れた雫が石に当たって、長い年月をかけてくぼみを作る。ポヨン、ポヨン。そのくぼみには水が溜まっていて、小さな滴が落ちる。そんな感じ。しとしとした繊細さがある声色に引き込まれていく。

 初対面での印象と喜一から聞いた話のせいで、関わらないほうがいい人なのかなって勝手に思っていた。こうして直接会話をしていると、その言葉の節々に椿の花が咲く。綺麗で立派な花びらはふわりと私も包む。ほとんどが椿さんの思い出話だったけど、飽きることはなかった。言葉を交わすうちに緊張も解けて、いつしかお互いに花を咲かせるほど親しくなった。

「そういえば、椿さんはおいくつなんですか?」

「さあ、もういくつになったのやら。自分の歳ですら忘れちゃったわ。でも……ちょうどあなたくらいの歳だったかしら。他人のために生きていたのって。それって本当に幸せだったのかしら」

 そういうと右の手のひらを左手でさすった。遠い目をした椿さんは儚くて花弁をつけたまま散りそうだった。私がなにか言えるわけもなくて、ただその手をじっと見つめているしかなかった。

「さてと、そろそろおいとましようかしら。もしかしたらあの人が来てるかも知れないから」

「あの人?」

 そのまま立ち上がって私のほうを向いた。背筋を伸ばした貴婦人きふじんのような姿で私を見つめる。

「本当に楽しかったわ。老ぼれの話に付き合ってくれてありがとう」

「いえいえこちらこそ楽しかったです」

「あなたも頑張ってね」

 すっと方向転換をして出入り口に向かって歩いていった。その背中は老人とは思えないくらいたくましかった。若い女性の純粋さが滲み出ていた。私もあんな女性になれるかな。引っ張られるように立ち上がった。そして椿さんのあとを追うようにゆっくりと前に足を運ぶ。彼女が歩いた場所には黄色い花が咲き誇る、そんな雰囲気を感じた。これをたどれば……。

「椿さん、私も一緒に……」

「いた! 玲奈ちゃん大丈夫?」

 花を荒らすように走ってきて、抱きついてきた。力が強くて、胸が苦しい。ちょっといきなりなにするの! てかこの人だれ? 確認したいんだけど、抱きしめられているせいで顔が埋まっている。

——苦しい……ってこの匂いは。

 鼻で感じ取ったのはライラックの香水だった。

「ほんと心配したんだから。なにがあったか知らないけど、お姉さんできることはなんでもするよ」

「……」

 張りのある胸に包まれて昇天しょうてんしそうになる。あ、もうだめだ……。やけにスタイルのいい天使が降りてきた。こういうのって子どもの天使とかじゃないんだね。私を連れていこうと手を伸ばす。犬の代わりにあの正体不明なキーホルダーがそばにいてくれた。私の体はふんわりと浮かんでそのまま天からの光に吸い込まれていく。

——ああ、なんかイメージと違うけどまあいいっか。

 黙っている私を不審に思ったらしく、「ん?」っと間抜けに声を出した。そしてやっと気づいた。パッと拘束を解いた。

「あ、ごめんごめん。気づかなかった」

「もう……千奈さんの胸で逝くところでしたよ」

「ごめんってば」

 冗談混じりの言葉を二、三度交わす。手で浴衣をちょこちょこ引っ張って直しているとき、千奈さんが本題に入った。

「玲奈ちゃん、大丈夫かい?」

 “大丈夫”という言葉に反応した。まるで私が異常者みたいじゃん。大丈夫かどうかって聞かれれば、大丈夫じゃないかも。好きな人が目の前から消えて、正気を保ってられるほど薄情じゃない。でも心はなんだか落ち着いている。喜一が消えたことに対して焦りとか寂しさとかは感じている。でもそれは薄くぼやけてしまっている。なんでだろう……さっきあんなに走って喜一を追いかけていたのに、今は探そうって気が起きない。どうして……。

 千奈さんの質問に答えることができなかった。もどかしく感じる胸に手を当てた。

 すると千奈さんは私の頭に手を乗せて大人の笑みを作る。

「玲奈ちゃん、ついてきて」

「え?」 

 戸惑っていたけど、私がなにか言うまえに足速に歩き出した。考えるのをやめて、ついていく。頼れる背中は大きかった。お姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかな。ひとりっ子だし、お母さんのほうが似ているかも。小さいころ、よくお母さんの後ろについていったのを思い出す。あのときと同じ暖かみを感じた。

「ここで待ってて」

 そう言うと事務室の窓口に歩いていった。受付のおばさんと仲良く話しているのがここからでもわかる。田舎ってやっぱりどこ行っても知り合いがいるのかな。カウンターに肘をついて腰をかかめている。地元だからっていうのもあるけど、手慣れた様子にちょっとだけ惚れた。

「お待たせ、早速いこっか」

 手には鍵を持っていて、それを見せびらかすようにチャラチャラと鳴らした。彼女の笑顔と鍵の重みのコンストラストがはっきりしていて正直恐怖を感じた。どこに連れていかれるんだろう。千奈さんに限って変なことはしないだろうけど……。でも鍵の重厚感がやけに目につく。不安と好奇が心の中で渦巻く。とりあえず行くしかないか。


 階段を上って二階にたどり着いた。そこは吹き抜けになっていた。手すりに駆け寄り下を眺める。さっきまで座っていたベンチが小指で隠れるほど小さく見えた。そのまま首を上げるとレンガの壁に奇妙な装飾が施されていた。扇子せんすと鈴を持った黄色い巫女の衣装を着ている女性、あごひげもじゃもじゃのスキンヘッドおじさんが壁の中心に居座っていた。舞を踊っているシーンを切り取ったみたい。

“ガガガガガガ”

 突如後ろのほうで機械音がした。体をビクッとさせて見てみると、シャッターが動いていた。しばらくするとガタンっと音をたてて静かになった。

「開いたよー」

 入り口前でにこやかに待機している千奈さん。恐る恐る近づいてみると、知っている匂いがした。中は外の明かりが入ってきて、青白く影を作っていた。千奈さんが電気をつけようとしたけど、「あれ、おっかしいな」と言葉を漏らした。パチパチと音を鳴らすだけ。もしかしてブレーカーが落ちているのかな。「まあいっか」、「そうですね」と言葉を交わす。電気がついていない部屋に入る。紙の香り、木の香り、カーペットの香り。やっぱりそうだ、図書室だ。

「うわ、懐かしいなぁ。ここ入ったのいつぶりだろう」

 故郷に帰ってきたみたいに大きな独り言を言う千奈さん。綺麗に並べられた本、折り紙の装飾、手書きの看板。まるで小学校の図書室みたい。小さいころ学校の図書館とかよく行ってたなぁ。懐かしすぎて鳥肌が立ってる。カーペットタイルを一枚一枚踏んでじっくりと眺める。そこまで広くないのがまたいい。ジャンプしたら天井に届きそう。フロアの一部を図書室にしているせいで、部屋の一部が緩やかなカーブを描いている。おとぎばなしの雑貨屋みたいでちょっと心が弾む。

 カウンターみたいなところには子供たちからのメッセージが書かれていた。一生懸命書いたんだろうね。それを想像して、つい微笑む。

「なかなかいいでしょ。ここは分館だからそんなに広くないけど、児童書以外にもちゃんとビジネス書や小説もあるのよ」

「そうなんですね。あ、これ読んだことある。小学校低学年くらいだったかな?」

「玲奈ちゃんは普段から本読んでそうね」

「そんなことないですよ。絵ばっかり描いてるから全然。読んでもデザインの本とか。あーでも……小説を読んでた時期もありましたよ」

 また別の本を取ってペラペラっとめくる。普段なんて全然興味ないのに、次から次へ本に目を移す。中身までは読まないけど、手に取るだけで満足した。内容を知っている本、タイトルだけ知っている本、絵柄が好みの本。私って意外と読んでたんだね。それとも見たことあるだけかな。どっちにしても、なんだか頭がよくなった気分。

 「これも読んだことある」、「この表紙好きかも」と感想を述べていると千奈さんが妖麗ようれいな笑い声を出した。スタスタと歩き始めて部屋の奥に消えていった。本を戻してあとを追う。

「やっぱり連れてきて正解だったわね」

「疑問なんですけど、どうしてここに来たんですか?」

 千奈さんは棚に並べられた本の背表紙を眺めてたまに手に取る。私とは一切目を合わせないで棚から棚へ興味を移していく。まるで千奈さんが独り言を言っているみたいだった。わざと聞かせるような、思い出を振り返っているような。空間にぽたりぽたりと波が広がる。

「私が来たかっただけだよ。あまり深い意味はないさ」

 窓の外は真っ暗で部屋の中が反射している。祭りのノイズもここでは意味はなかった。図書館らしい静けさが私たちを包み込む。

 棚に目をやる。千奈さんの言うとおりに小説が置いてあった。知らないものだらけ。あ、これはタイトルだけ知っているかも。アニメ化もしたはず。見よう見ようって言って結局見てないんだよね。

「あ、これ懐かしいなぁ」

 一冊の本を手に取って眺めている千奈さん。それが気になって彼女の隣に滑り込む。手に持っていたのはライトノベル。異世界に行って勇者になるお話だ。ああ、なんか最近流行ってるやつね。やたら長いタイトルで覚えれないし、似たようなの多いし。もちろん作品自体は否定しない。高校生だけど画家だからね一応。次流行るのがどんなものなのかちょっと楽しみ。それにラノベはラノベで思い出が……。

「私も知ってます。喜一が好きで読んでたんですよ」

「そうそう、あいつこういうベタなストーリー好きなんだよねぇ。一応借りたけど全然読まなかった気がする。へぇこれってまだ最新刊出てるんだ」

 感想をぽろっと言って、すっと元あった場所に戻した。案外あっさりなんだ。ってきり高校時代に読んでいたとか、映画を見たとかそういうのかと思った。喜一から借りたってことは興味があったってことかな。喜一から読んでみないかって聞かれたけど、私は借りることすらしてないや。あのとき、一巻でもいいから借りておけばよかったかな。

 歩く音、ページをめくる音、本を棚に戻す音。現実、記憶、現実。それらを行き来しながら、図書室の奥に進んでいく。日中とはまた違う、大人の空間がそこにあった。

「これは確か中学校のときかな。あ、やっぱりそうだ。喜一が主人公の名前読めなかったやつ」

「これは割と最近かな。暇だって言ってたから喜一に勧めたんだけど、あいつどハマりしちゃって」

「これまだあったんだ! 小学校のときだよ。ここペンで描いたの私と喜一なんだ。このシリーズよくふたりで読んでたなぁ。絵本の中だったら一番好きかも」

 そうなんですね。

 終始とろけた顔で本を眺める千奈さん。その口が語っているのは喜一との思い出で、私の知らない彼だった。新しい発見っていうより、他人の話を聞いているみたいだった。喜一のこと知れるのは嬉しい。でもそれって生きているときだけだと思う。喜一がいない今になって、そんなこと言われても寂しくなるだけ。千奈さんのことが思うだけ。

 私が喜一と付き合ってたのは大体一年間、出会ったころからでも一年半くらいしか彼を知らない。千奈さんと比べること自体が間違っているんだ。きっとそうだ。

 深く息を吸った。落ち着け私。しゃがんでいる彼女に上から言葉を撒き散らした。

「千奈さんは色々と知ってますね。喜一のこと」

「あ、ごめんね。ここに来るとつい思い出しちゃって。でもあいつとはただ腐れ縁なだけだったよ」

 いつもよりまぶたを閉じて、ゆっくりその場に腰を下ろした。棚にもたれてさっき眺めていた絵本を抱いた。膝をピタッとくっつけて目線を落とした。そして絵本の最初のページを開いた。題名と著者が書かれた白いページ。朗読でも始まるのかな。でも、それにしてはなんか暗い雰囲気。外の明かりしか入ってこないこの図書室がいっそう色を失った。

「喜一が死んだって聞いて正直信じられなかった。ほんの数分まえまでは一緒に笑ってたのに。自殺なんて……」

 初めて自分を見た気がした。

 話にひと区切りつくとページをめくってまたしゃべり出す。記憶を朗読ろうどくしているみたいだった。もしかしたらその絵本を懐かしんでいただけかもしれない。けど、千奈さんの周りに降る言の葉はどれもこれも虫食いだった。痛々しいほど拒絶という虫に食われた穴あきだった。私も同じだった。

 どっちが彼女だったのかわからなくなっちゃった……。

「一年前の今日、バイト終わりに葵くんから連絡があって合流したんだ。いつもどおり一緒に楽しんだ。まあ前日も祭りに行ってたから、ほとんどだべってただけだけど。でもうれしかったんだ私。あいつ、てっきり玲奈ちゃんを誘って花火見るのかと思ってたから」

 私はほぼ空気と化して聞いているしかなかった。祭りのノイズやここに並べられている本と同じように、本来の意味をなくして、としてそこに突っ立っていた。

——喜一、やっぱり忘れてたんだ。私との約束を。

 ぺらっと紙の音がした。千奈さんは話を続ける。

「もしあのとき喜一に頼まなければ、もしみんなで一緒に買いに行ってたら、自殺を止めれたんじゃないかって。まあそれよりも追い詰められてた喜一に気づけてやれって話だよね。幼馴染ならさ」

 そう言って笑った。それが作りものだってだれでもわかる。痛々しいくらい枯れた笑顔だった。言の葉がいばらに変化して胸を抉る。多分、みんなこう思ったんだろうね。彼女なら寄り添えって。お前が悪いって。私も……そう思うよ。

 喜一が自殺するくらい追い詰められていたのに、私は事故があった翌日のニュースで詳細を知った。もちろん名前は報道されていない。でも、場所、時間、そして向日くんからの通知が喜一であることを推測させた。怖かった。メッセージも来ていたけど、それを見る勇気がなかった。意識不明の重体、喜一は今病院にいる。行かないと。そう頭では理解しているのに、学校から出ようとしなかった。そしてその日の夕方、向日くんからメッセージが届いた。喜一が息を引き取ったって。

 彼女だったのに、好きだったのに、こんなにも無関心だったの……。会いに行ってよ……私……。

 一年たった今でもニュースキャスターが言っていた「自殺」という言葉が耳にこびりついている。

——私が悪いんだ。もう自殺しないって、根拠のない自信が招いたんだ。私が……喜一を殺した……。

“パタン”

 本を閉じた音が静寂せいじゃくに響き渡った。それにピクッと反応する。そっか、図書館にいるんだった。音がしたほうを見ると、千奈さんが本におでこをつけていた。聞こえなかったため息が聞こえる。左手首をかえして時間を確認する。

「八時二十分。喜一が自殺するまであと一分。玲奈ちゃんはなにも悪くない。だれも悪くないさ。ただちょっとだけ未熟なんだよ。私もみんなも」

“未熟”。その言葉のときだけ目が合った。半開きな目に輝きはなかった。人形みたいに生命を感じない。体を捻って絵本を元に戻すと、重たそうに腰を持ち上げた。お尻のあたりを手で払って背伸びをする。

“八時二十一分”

 室内の掛け時計が時刻を知らせてくれる。千奈さんは本棚に近づいて軽く手を添える。喜一との思い出がこの場所に詰まっているんだね。私なんかよりずっと……ずっとたくさんの想いがそこにある。喜一のお姉さん……いや違う。なんでこんなに鈍感なんだろう私。千奈さんの気持ちを考えないで、一緒に遊んだり、プレゼント選んでもらったり、惚気たり。ここに私の居場所はない。小道具にもさせてくれない。喜一の彼女としても……。

 千奈さんはこの図書室全体をいつくしむように本棚の枠を上から下へ撫で下ろす。逆光で表情が見えにくい。かろうじて顔のふちに瞳がうっすら見えた。潤って光っていた。その光景は悔しくも美しかった。小さな花を咲かせて口を開く。


「おめでとう、喜一」


 約束を忘れた彼はちょうど一年前に自殺した。そして一枚の絵が完成した。彼はもうこの世にいない。明日は一周忌いっしゅうきの法事がある。時間の流れはときに残酷で、悲しかった出来事もうれしかった出来事もすべて過去のものになる。心の深いところが震えていたのに、そのリアリティは再現不可能。夏の蒸し暑さ、セミの声、じとっとした汗の臭い。ライブだから感じられる鬱陶うっとうしさと季節の趣がある。人はそれを“実感”って言うのかな。

 喜一が死んだと実感したのはいつだろう。私とて恋人が死んですぐに受け入れられるわけじゃない。むしろ実感が湧かなかった。記憶を巡らせようとした瞬間、激しい耳鳴りと頭痛に襲われた。

「うっ!! いたっ……ってあれ?」

 さっきまで痛かったはずなのに、手で押さえた瞬間に痛みがひいた。今は痛かったという感覚しか残っていない。今のなんだったんだろう。

「どうしたの玲奈ちゃん? もしかして具合でも悪い?」

 頭に手を当ててきょとんとする。そんな私に優しい声で心配してくれた。なんか無性に小っ恥ずかしい。慌てて手を振って空気をかき混ぜた。まあなんか寝違えたとかそういうやつなんじゃないかな。大丈夫、大丈夫。

“グー”

 え! こんなときにお腹鳴る!? 

 体か完全に硬直してしちゃって、顔はだんだん赤に染まっていく。

「あらあら、お腹空いたのね」

 ポフッと頭から煙を吐き出す。口はすでにギザギザになっている。千奈さんは小さい子をあやすように笑った。もう恥ずかしい……穴があったら入りたい。

 とことこ近づいて私の頭に手を置く。

「かわいい」

「もう茶化さないでください!!」

「ごめんって。ほら、せっかく祭りきたんだし屋台でなにか食べよう。お姉さんの奢りだ」

 チャランッと鍵を鳴らして出口に向かう千奈さん。大学生ってこんなに大人なのかな。まじまじとその姿を見てしまう。カーディガンをなびかせて去っていく彼女はおとぎばなしの王子様のみたいに堂々かつ威厳いげんがあった。女の私も惚れそうなくらいかっこいい。胸のあたりがキュッと苦しくなる。心臓の音が聞こえちゃいそう……。その音を誤魔化すように足速にその背中を追いかけた。下駄の音でかき消されないかな……ってカーペットタイルだから鳴るわけないか。

「玲奈ちゃーん、閉めちゃうよー」

「い、今いきます!」

 祭りが終わるまでまだ時間がある。どうせなら最後までおみなえ祭りを楽しみたい。その気持ちが体を弾ませる。足取りは今日一番軽い。自然と頬が緩んでくる。

“ガラガラガラガラ”

 シャッターが徐々に閉まっていく。それをふたりで眺める。

「おすすめの屋台があるの。玲奈ちゃん絶対好きだから期待しててよね」

「さすが地元民ですね。楽しみです」

 ——あれ、そういえば私……。

 シャッターの音が止まって静寂が戻る。タトンタトンッと千奈さんが歩いている。その音に合わせて首を傾げた。

「どうして祭りに来たんだろう」

「どうかした?」

——まあいっか。

「なんでもないです」


   ◯


 浴衣姿の女子高生と大人びた大学生が祭り会場を歩く。気のせいかもしれないけど、男性からの視線を感じる。まあ十中八九じゅっちゅうはっく、横にいる千奈さんを見ているんだろうね。虎の威を借る狐みたい。悪い気はしないけど。

 千奈さんって昔はロングだったって本人から聞いたことある気がする。今の髪型しか知らない。短髪は短髪でクールな女性のイメージがある。ロングだったらどうなるんだろう。ちょっと気になる。

「ん? 私の顔になにかついてる?」

「いいえなにも!」

 微笑む顔に大人の余裕を感じる。私と正反対な女性だなぁ。見た目も綺麗だし知識人だし、おまけにトランペットが吹ける。トランペットだよ?? 私なんてリコーダーですらひけないのに。やらしい意味を抜かして、プラトニックな恋愛でも引く手数多だろうなぁ。それなに彼氏ができたことないんだってね。……なんでだろう。

「あそこだよ。今は客いなさそうだね」

 千奈さんが指を差した先には年季の入ったのぼりが掲げてある屋台があった。

“本場はしまき「ハシマキング」”

「ハシマ……キング?」

「そうそう。ださいネーミングだよね。玲奈ちゃんははしまき食べたことある?」

「ないです。そもそも初めて聞きました」

 屋台に近づくにつれてその香りが濃くなってくる。見たことがない食べ物のはずなのに、その香りだけは嗅いだことがあった。お好み焼きのような、たこ焼きのような。自然と味が再現されるほど鮮明だった。

「やあおじさん。客全然いないね」

「おう千奈じゃねぇか。もうピークは過ぎたんだよ。次の波は花火後だべな」

 店主と思われるおじさんが千奈さんと会話している。タオルを首に巻いて汗を流している。おすすめの屋台って言ってたけど、知り合いだったんだね。名前を呼んでるし、千奈さんが声をかけたときパッと表情を変えたし。疲れが吹っ飛んだような、そんな笑顔だった。

 屋台の左側には大きな鉄板と机がある。その机の上にはすだれがてろんっといてあった。簾の上にはソースのかかった物体が密着して並べられていた。これがはしまきなのかな。はしまきっていうくらいだから、なにかを箸で巻いているんだろうけど。なんだろう。ソースがかかってないのもあって、クレープみたいな淡い小麦色をしていた。初めて見る食べ物に興味津々。屋台の中をジロジロと観察する。

「こっちは千奈の知り合いかい?」

「そうよ、私の友達。かわいいでしょ」

「さらってきたんじゃないだろうな。濃口醤油こいくちしょうゆ

 ドスンッと箱を地面に置いて、ひとりの男性が視界の下から現れる。シャツを汗で濡らしてタオルを首にかけている。屋台のテンプレファッション、そしておじさんとペアルック。黄唐茶きがらちゃに染まった髪は湿気で数本の束になっていた。見るからに高校生じゃないし、かといって社会人の風貌ふうぼうでもない。そんな彼に千奈さんはため息混じりに物申した。

「よくもまあ覚えているわねそんなあだ名。だから単位落とすのよ、雪斗ゆきと

「うっせぇわ」

 言葉自体にトゲはなかった。とても滑らかで耳に優しかった。性別とか、歳とか、すべて関係ない。幼馴染っていればそれで解決する。それを見せつけられた気がした。仲睦まじいってこういうことなのかな。幼馴染とか昔からの友達なんていないからちょっと羨ましいな。

「こいつは雪斗っていうの。このださいネーミングをした人」

「ださいとはなんだ。かっこいいだろハシマキング。キングだぞキング」

 雪斗という人はソースのかかっていないはしまきを手に持って、千奈さんに向ける。

「どっかのアーケードゲームのパクリでしょ。私はシンプルに“九州はしまき”って書いてたのが好きだったけどね」

 雪斗さんがなにかいい返そうとしたとき、屋台のおじさんが彼の頭を小突こづいて「商品で人を差すな」と叱った。三文芝居を見ているみたいで思わず失笑する。

「あはは……あっ! すみません、つい」

「こいつにそんな気はいらねぇよ。それより嬢ちゃん、はしまき初めてだろ」

 屋台のおじさんにそう言われて頷き返す。するとニカッと笑って、両手に持っているヘラを擦り合わせた。決め顔でヘラを使って鉄板を綺麗にする。生地が入っているボウルとおたまを持って目線を私に合わせた。

「初めてなら俺も気合い入れねぇとな。雪斗、仕上げは任せたぞ」

「はいはい」

「よっしゃ! いっちょやったるかっ!」

 掛け声とともに生地が熱々の鉄板に敷かれる。丁寧にかつ豪快ごうかいに楕円を複数描く。鉄板にひかれた油がピチピチと跳ねている。クレープより少しだけ分厚い生地からは小麦の香ばしい香りが漂う。この時点でおいしそう。おじさんはこことぞばかりにキャベツと天かすをひとつずつ盛りつけた。生地を追加してしばらくすると、つながった生地を切り分けてひとつずつひっくり返した。

「速い……!」

「まだまだ、ここからよ!」

 薄く焦げ目がついた生地から白い湯気がもくもくと出ていた。ヘラで押しつけてその焼き加減を確認する。割り箸を取り出してとトトンッと鉄板を叩いた。瞬きをした瞬間、目にも止まらぬ速さで生地を割り箸に巻きつけていった。挟んで巻きつける、挟んで巻きつけるを繰り返す。その技に目を奪われていると、あっという間に十個以上のはしまきができた。職人技だ……!

「あとは任せた」

「あいよ」

 雪斗さんは鉄板の上に乗ったはしまきを手に取った。ソースで満たされている容器にちょんっとつけて簾に置く。置かれたはしまきを見てみると、絶妙ぜつみょうな加減でソースがつけられてれていた。多すぎず少なすぎず。手早く終わらせると仕上げにマヨネーズをまとめて一気にかける。

 一連の見事な流れに思わず拍手した。

「喜んでもらえてなによりよ」

「おやじ、キャベツ多すぎ」

「堅いこというなよ」

 ふたりの信頼関係が言葉や動作に表れている。師弟のような親子のような。いいなぁ。かっこいいなぁ。

 千奈さんが財布を出して指を折っていると、雪斗さんが急になにか思い出したらしく、パッと彼女を見る。

「あ、そうだ。あいつらもいるからちょっとよっていけよ。そこの……浴衣の子も一緒にさ」

 雪斗さんが親指で後ろを差した。私と千奈さんは上半身をひょこっと傾けて屋台の奥を見る。薄暗くよくわからない。よーく目をこらしていると、そこにいたひとりがチラッとこっちを見て目が合った。

「あ! 千奈じゃん! やっほー」

「ツッキー! やっほー」

「僕もいるよー」

花音かのんも来てたんだ!」

 屋台を挟んで盛り上がる千奈さんに対して、私の場違い感が否めない。それでも千奈さんは私の手を優しく掴んで「行こっか」と至極当然しごくとうぜんのような笑みをした。気をつかっているわけじゃないのがこの人の悪いところなんだよなぁ。邪魔になりそうで不安だった。そのとき、屋台のおじさんが後ろに向かって「そこの椅子持ってきてやんな。梅夫うめお、お前はびんケースに座っとけ」とあれこれ指示したせいで後ろが忙しなく動いている。

 引くに引けないよねこれ……。まあ別に悪いことするわけじゃないし、断るのも申し訳ない。手をぎゅっと握り返して、千奈さんに身を預けた。屋台と屋台の隙間を進む。人の肩幅ほどの隙間しかなくて、体を横にして慎重に歩いた。

「下にコードあるから気をつけて」

 電気が通るコードを跨いで開けた場所についた。といってもそこは歩道で、アウトドア用のテーブルと椅子がほとんどの面積を取っている。テーブルの上にはビール瓶や缶酎ハイ、屋台で買った焼きそばや焼き鳥で豪華に彩っていた。椅子は人数分なかったのね。みんな違う椅子に座っている。

「おふたりさん、突っ立ってないで座った座った」

 千奈さんと同い歳くらいの女性が缶ビール片手に手招きする。彼女の座っている長椅子は片側が空いていた。千奈さんを座らせようと一旦退けようとする。

「玲奈ちゃんそこ座りな。私はこっちに座るから」

「え、でもそんな悪いですって」

「いいのいいの。若者は遠慮しない」

 そういって両肩を掴まれて半ば強引に座らされた。千奈さんはほかの人から椅子を受け取ってそれを広げた。アウトドア用の小さな折りたたみ椅子にゆっくり腰を下ろす。周りを見渡すと、さっき声をかけてきた若い女性と男性、お酒がまわったおじさんが三人いた。申し訳なさと気まずさで体の筋肉が萎縮する。勝手がわからない。黙っていることしかできない。

 すると隣に座っている女性が缶ジュースのフタを開けて私に渡してくれた。ぎこちなくお礼を言うといつの間にかみんながコップを持って準備している。え、あ、そっか。慌ててそれを掲げると千奈さんが音頭をとった。

「みんなお疲れさん。かんぱーい」

「「かんぱーい!」」

 みんなの飲み物が一点に集結する。

 人の数だけ飲みっぷりが違う。一気に飲む人、ちょっとだけ口をつける人、クーッと喉越しを楽しむ人。いい意味で他人を気にしてない。千奈さんもさっきと同じように喉を鳴らしてビールに浸る。本当にお酒好きなんだね。今日で何杯飲んだことやら。酔っ払ってないのが、またびっくり。今はまだ無理だけど、二十歳になったら一緒に飲みたいな。

「紹介するよ。隣に座っているのがツッキーこと月夜つくよ、向こうに座ってるのが花音かのん、そしてその他大勢」

「おいおい千奈、俺たちの説明雑じゃねぇか?」

「じじいは黙ってろってことだろ。ほら、飲んだ飲んだ」

 おじさん三人組は屋台のおじさんの友人らしい。生まれてからずっとこの町に住んでいるらしく、昔からよく集まって遊んでいたと、酔いの口で説明してくれた。瓶のケースに座っているのが梅夫さんだよね。さっき屋台のおじさんが名前呼んでた。ほかの人は……。

「俺の紹介はなしか?」

 振り返ると後ろに雪斗さんが立っていた。身をかがめて、手に持っていたものを私と千奈さんの間に置く。それはさっき作ったはしまきだった。容器には二本入っていて、湯気が立ち込めていた。顔を近づけて香りを嗅ぐと、口元が自然に緩くなって唾液だえきが出てきた。おいしそう、できたてだから想像よりももっとおいしいんだろうなぁ。って勝手にハードル上げるのもよくないか。

「俺は雪斗ゆきとだ。千奈と幼馴染で、おやじとふたりで屋台をやってる」

「あと動画投稿もね。登録者三八二人」

「うっせいわ。余計なこというなよ」

 雪斗さんはタオルで顔を拭いて「冷めないうちに食いな」と優しく言ってくれた。最初はちょっと怖い人かなって思っていたけど、そうじゃなかったみたい。せっかくだし、お言葉に甘えて、熱々のうちに食べよっと。千奈さんもビール片手にはしまきを取って口に頬張る。その姿を見て真似るように私も大きく口を開けてかぶりついた。

「あっふい」

 口から湯気を出してほくほくと動かす。冷めたところで飲み込むとお腹あたりがじんわりと暖かくなるのを感じた。これがはしまきなんだ。クレープって思ったのあながち間違いじゃないかも。もちもちした食感はお好み焼きとは違う。たこ焼きでもない。初めて食べるけど、これ……ハマりそう。

「おいしい」

「そうだろ。お代はいらないし、そこら辺にあるの適当に飲み食いしていいから。それと、千奈に嫌がらせされたらガツンッといってやれ」

「きーこーえーてーまーすーよー?」

 雪斗さんは千奈さんの肩をポンッと叩いて作業に戻っていった。そんな彼を見送って私はまた食べる。生地の香りとソースの塩気が口いっぱいに広がってキャベツの歯応えが食欲をそそる。こんなにおいしいものがお祭りで食べられるなんて夢にも思わなかったよ。もうひとつくらい食べたいかも……。

「食べっぷりがよくて可愛い! 玲奈ちゃんだっけ? 千奈からちょくちょく聞いてるよ」

 すると月夜さんが声をかけてきた。口に手を当てて、とりあえずコクリと頭を動かした。もぐもぐ、もぐもぐ。カールがかかっているロングの髪と弾けるような明るい声。まさに大学生を謳歌してますと体現していた。千奈さんみたいなクールな女性っていうより、女の子って感じ。月夜さんも月夜さんでモテそう。美人には美人の知り合いがいるんだね。

「月夜さんって千奈さんと同じ大学なんですか?」

「そんな頭良くないよ。一応国立受けたけど落ちたから、滑り止めの私立に通ってる」

「ちなみに僕も一緒だよー」

 ひょこっと花音さんが頭を出す。声の柔らかさと細身の体で大人しそうな人だった。

 月夜さんはとてもおしゃべりが好きらしい。思い出話や最近の出来事をころころとサイコロを転がすように話している。口数の少ない花音さんは合間にひと言そえる程度だった。

 クールな千奈さん、可愛い系の月夜さん、おっとりそうな花音さん、そしてやんちゃな雪斗さん。四人全員性格が違って、みんな繋がっている。まるで四人でひとつみたいな、そんな絆を感じた。

「月夜さんって面白いですね。笑顔も素敵ですし」

「まじ! 初めてそんなこといわれたよ。え、玲奈ちゃん持って帰っていいかな? 妹にしちゃおうかな」

「月夜が世話されるんじゃねぇか?」

「そうそう。それならうちの店で看板娘やってほしいよ」

 おじさんたちが酒を注ぎながら話に入ってきた。顔を真っ赤にしてよく笑い、たまにお茶を飲んでまた酒を飲む。別に気まずそうな雰囲気でも境界線きょうかいせんがあるわけでもない。おじさん三人組もこの空間に混ざり合っていた。彼らからしたら日常なんだろうね。都会に住んでいると、人の絆なんて感じない。支え合いもなにもない。だからこういう雰囲気に慣れないけど、憧れてもいた。

「看板娘なら私だってやれるよ」

「いや、そっちの嬢ちゃんのほうがめんこいわ」

「ひどい! おじさんにいじめられたぁ」

 ぎゅっと抱きしめる月夜さん。髪からはローズの香りがする。この人は特段とフレンドリーな性格なのかな。顔の距離が近い。猫のように体を柔らかく擦り付けている。な、なんでだろう、なんかドキドキしてきた……。

 そのとき、横からプハッという音が聞こえた。豪快に飲み終えた千奈さんは頬杖ほおづえをついてこっちを見ている。

「ツッキー、そろそろ離れなって」

「あ、ごめんごめん。つい癖で。というか千奈嫉妬してるの?」

「してないわよ。変なこといってないでそこのビール取ってちょうだい。あと鮭とばも」

 あっさり離れた彼女は頼まれたものを滑らせて渡した。手慣れた様子に「おお」と小声で歓喜した。そしてはしまきに口をつける。

——本当においしい。

 お腹が満たされるまえに別なものが満たされた気分だった。改めて周りに目をやる。おじさんにお酒を注ぐ花音さん、いろんな写真を見せてくれる月夜さん、ピーナッツを手で跳ね上げて口でキャッチしようとしているおじさんたち。個性豊かで、それでいて調和ちょうわもある。年齢や男女の境界線はここにない。親戚と同じつながりを感じる。これが絆っていうんだね。

「おじさん下手くそ。私のほうがうまいよ」

 月夜さんがおじさんたちの真似をし始めた。けど全然上がらなくそのままテーブルに落ちた。思わず「ふふふ」と笑ってしまった。すると千奈さんが椅子を近づけてきた。

「面白い連中でしょ。昔とちっとも変わってないの」

「ですね。今日初めて会ったのにそんな気がしないというか。私、幼馴染いないし親戚付き合いもほとんどないんで、正直羨ましかったんですよ。だから今がとても楽しくって。こう思ってるの私だけかもですけど」

 おちゃらけて笑ってみせた。不安な気持ちはもちろんある。けど今この瞬間に多幸感を抱いているのも事実。口に出すと恥ずかしくて顔が熱い。お酒飲んでないのに、雰囲気に飲まれて変なこと言っちゃった。そう思ったのも束の間、頭頂部に柔らかなものが乗っかる。傷ついたものを癒すような暖かいものだった。その正体は千奈さんだった。

 そっと頭を撫でると私を見つめた。大きな黒目の綺麗な目で。

「みんなも同じ気持ちだよ。ここはもう玲奈ちゃんの居場所だよ。だからいつでも遊びにおいで」

 はっと覚めるように目を見開いた——


『絵の具の臭いがする。玲奈、お前また絵を描いたのか。頼むからやめてくれ』

『でも……』

『でもじゃない。そんなに描きたいなら家から出てけ』

『そこまで言わなくても……』

『それと、明日も仕事で遅くなるから適当に食べなさい』

『いつもと同じじゃん。どうせほかの女性と——』


 鼻をすすった。千奈さんの言葉をなんども心の中で繰り返した。“私の居場所”、ここにいていいの? ここに帰ってきたいって思っていいの? 目からこぼれる汗を見せないように下を向いた。いろんな感情が混ざり合う。そのなかで、一番深いところにある言葉を口に出した。


「はい!」


 花びらが散る勢いの花を咲かせた。

 千奈さんは実の妹のように私に微笑みを返した。そして私たちは静かに乾杯をした。

“カンッ”

「ねぇ玲奈ちゃん! 連絡先交換しよ!」

 傍から飛んできた月夜さんは猫のように顔を擦り付けて携帯を差し出した。千奈さんがため息をつく。びっくりしたけど、もう慣れたよね。私もちょうど連絡先ほしかったし、SNSでどんな写真をあげているのか気になっていた。きっとおしゃれな服とかおいしそうなスイーツなんだろうなぁ。そんな妄想をして、スクリーンに映っているQRコードをスキャンした。すると早速メッセージが来た。

「私のSNSと動画サイトのURL送っといたから。興味があったら追加してね」

「動画サイト? って確か雪斗さんもやってますよね?」

「僕たちグループでやってるんだ。全然再生回数伸びないけどねぇ」

「まずグループ名がださいんだよ。どうせ雪斗の案でしょ」

 千奈さんが笑いながら呆れ半分でものを言う。言い終わるかどうかのとき、屋台のほうから「かっこいいだろ!」という叫びと「ちゃんとやれ!」という叱り声が聞こえた。

 あー仲いいなぁ。おじさんたちは親子の仲睦まじい姿に笑いを添える。そういえばこの人たちって子どもいないのかな? もしいたら雪斗さんと同じくらいだよね。ちょっと気になっただけだけど。

 飲み物を飲みながらそんなことを考えていると、おじさんが日本酒の瓶を持ってきた。

「うわぁ日本酒だぁ……」

「月夜にはまだ良さがわからないだろうな」

 するとまた屋台のほうから「俺の分も残しておいてくれ!」という懇願こんがんと「おやじ焦げてる!」という突っ込みが聞こえてきた。

 あー本当に仲いいなぁ。気がつくとみんなそれぞれの飲み物を新たに用意していた。缶を振ってみたけど中身がない。それを知っていたのか、千奈さんが缶ジュースのフタを開けて手渡してくれた。みんなと目が合う。私は下から湧き上がる感情をありったけ言葉に込めた。

「かんぱい!」

「「かんぱーい!!」」


   ◯


 しばらく雰囲気に浸っていると千奈さんからビニール袋をもらった。中にははしまきがたくさん入っていた。

「こんなにたくさん……いいんですか?」

「もちろん。残った分は冷蔵庫に入れとけば大丈夫だから。私らからのお礼」

 周りのみんながこぞって私にお礼をいった。「楽しかったよ」、「また来てな」、「今度ご飯いこうね」、私のうつわに収まりきらないよ。

——お礼をいうのは私のほうだよ。

 すっと立ち上がって深々とお辞儀をした。それが今できる最大の表現方法だった。

「またね」

「はい。千奈さんもお元気で」

 屋台と屋台の隙間を抜けて祭り会場に出る。振り返るとそこは薄暗くて中の様子がわからなかった。しかし手を振っているのはなんとなくわかった。屋台のふたりにお礼を言って去っていく。

「楽しかったなぁ」

 浴衣を弾ませて帰宅する。出口までそんなに遠くないから道に迷わないはず。最悪、出口に向かっている人についていけばなお問題なし。今度はちゃんとおみなえ駅から乗らないとね。駅のホームで迷子にならなきゃいいけど。

 依然として賑わってる屋台を眺める。帰宅したあとのことを考える。家に帰ったらまずお風呂に入るでしょ、それから千奈さんに連絡する。月夜さんにもお礼言わないと。ついでに友達に今日の出来事を話そっかな。あとはテレビを見ながらまったりアイスを食べよう。そんなこんな考えているうちに出口が遠くに見えた。寂しいなぁ……。あそこから出たらもう現実だもんね。帰る……というより家にのほうが正しいかな。あんな無色の家に帰りたいと思うわけがない。この祭りの彩を見ちゃったらなおさら。本当に、暖かい。

 そんな思い出に浸っていると、現実が訪れた。まだ祭り会場の中、出口にはついていない。前に立ちふさがる大きな影が見えた。

「すみません。警察ですが、少々よろしいですか?」

「な、なんですか?」

 ふたりの警官は威圧的で無意識に血の気が引いた。目を合わたくないって本能が言っている。けど下を向いても腰には警棒と拳銃が見えた。それがよりいっそう恐怖をかき立てる。別に悪いことをしたわけじゃないのに。

「実は覚醒剤かくせいざいを使っている人がいると直接言いに来た人がいてね。君の写真を渡されたんだよ。だからちょっと話だけでも聞かせてくれないかな?」

 警官は携帯の画面を見せてきた。そこには私が映っていた。絶対これ、この祭りで隠し撮りされたやつじゃん。もちろんそんなものはやっていないし、趣味の悪いイタズラに付き合う理由もない。さっさと無実を証明して駅に行こう。

 巾着の中身を見せて潔白を示そうと、紐を引っ張る。

「ちょっとここだと人が多いから交番まできてくれないかな? もしもがあるかもしれないから」

 その瞬間、頭が真っ白になった。全身の筋肉が萎縮した。周りの音が次第に聞こえなくなる。息が荒くなる。息を吸うよりも吐く量が多くなった。酸素が足りない。

 警官はなにか言っているみたい。でも水の中にいるみたいに声がこもって聞き取れない。私の視界も暗く狭くなっていく。

「君、大丈夫?」

 警官が私の肩を掴んだ。もう手遅れだった。反射的に拒絶した。両手で腕を引っ叩いて距離を取る。警官が顔をしかめて近寄る。手を掴もうとする。けど腕を闇雲やみくもに振り回した。

 そのとき、鈍い音を立てて巾着袋が警官の顔に当たった。付けていたキーホルダーが外れるほどの威力だった。荒ぶった私は震える声で叫んだ。

「こないで!!」

「待ちなさい!」

 警官が必死で手を伸ばす。掴んだのはビニール袋だった。強い力で引っ張られたそれは瞬く間に弾けた。飛び散るはしまき、反動で後ろに倒れる警官。それらがスローモーションに見えた。

——千奈さん……。

 その場から逃走するしかなかった。


 後ろを振り返らないで、必死に走った。祭り会場を抜けて屋台のない道に出た。膝に手をついて息を整える。ここまでくればもう大丈夫かな。後ろを確認すると、警官は追ってきてなかった。ふーっと大きな息を吐いて安堵する。心臓の鼓動は激しいままだった。

「どうしよう……」

 一旦落ち着こう。まずはだけだ着物直してっ……ん!?

 口元を後ろから強く押さえつけられた。そのまま強引に引きずられる。抵抗しようと足元を踏ん張るけど、全然力が入らない。なんなの急に……だれなの! 地面を蹴った瞬間、下駄の鼻緒はなおが切れてしまった。片方が素足の状態で口や腕、帯を引っ張られて路地裏に吸い込まれた。

“バンッ!”

 勢いよく壁に押し付けられてむせる。それすら自由にさせまいと首元を掴んで私を壁にビタッと貼りつけた。くっ……息が……ってこの人たち……!

「ようさっきぶりだな。忘れたとはいわせねぇぜ。このビッチが」

 見覚えのある顔と声だった。私が空き缶のポイ捨てを注意したあの暴走族だった。仲間もちゃんと周りにいた。もしかして私に仕返しするつもり!? 逃げないとっ……うぐっ!

 逃げたい気持ちを嘲笑あざわらうかのように膝でお腹を圧迫する。

「そう喘ぐなよ。お前が大人しく察に捕まってればこうはならなかったんだからな」

「早くやっちゃおうぜ。俺もう我慢できない」

「そうだそうだ」

 私の体を拘束しているこの人がリーダーなのかな。手を挙げてほかのふたりを制止する。私を地面に放り投げて髪の毛を鷲掴わしづかみする。

 痛いという言葉すらでなくて、涙目になるしかなかった。怖い……助けて……。

「助けて欲しいか? なら呼んでみたらどうだ? 喜一喜一って。馬鹿みたいにひとりでしゃべってよ。いかれビッチだなお前」

 心臓が破裂するほど大きく動いた。

 私ことなんて気にかけるわけもなく、ひたすらに忘れていた記憶を掘り返して痛めつける。喜一……あれ、どうして忘れていたんだろう。そうだ、約束を果たすために、ここに来たんだった。約束……なんだっけ。わからない……怖い……助けて……!

 だれも通らない道のだれも見向きもしない路地裏で花びらをむしり取られていく。光が差さない冷たく重たい陰がそこにある。体を包み込んでまとわりつく。そこで真実に辿り着いた。

——喜一はいない。

 糸が切れる音がはっきりと聞こえた。そして私は無気力になってだらりと表情をぶら下げる。

「なんだこいつ。やっぱビッチだな」

 暴走族は私を立ち上がらせた。ひとりは後ろから羽交はがめをして、ひとりは浴衣に手をかける。そしてもうひとりによって口を塞がれた。


 私は無情の涙を流した。


 太ももから腰へ、腰から胸へ手を滑らす暴走族は私の胸を触ろうとする。枯れた私はなにもかもどうでもよくなった。陽など二度と浴びることがないだろうと諦めた。二度と喜一に会えないって悟った。あ、もういいや。なんでもいい。もうなにも考えたくない。

 指がまさに触れようとした瞬間、眩い日光が私たちを照らした。

「なにやってるんだ! その子から離れろ!!」

 正義の光は暴走族を怯ませる。虚な顔を声のするほうに傾けた。そこにいたのは向日くんだった。

「さっさと失せろ。警察を呼んでもいいんだぞ」

「うっせいな! いきってんじゃねぇ!!」

 暴走族は一斉に殴りかかっていった。それをすべてかわした向日くんはカウンターを食らわす。それがもろに入ったらしい。威勢のよかった彼らは呆気あっけなく地面に這いつくばった。

「もう一度言う。失せろ」

 暴走族は体をふらつかせて路地から飛び出していった。その光景はあまりにも滑稽こっけいだなって他人事のように思った。

 体に力が入らなく倒れそうになる。それを向日くんがとっさに受け止めてくれた。人の暖かみを感じる。引いた血が全身を巡り始めたのがわかった。

「ごめん相引さん。さっき走ってるのを見かけて追いかけたんだけど、途中で見失ったんだ。助けにくるのが遅くなってすまなかった」

 口が動かなかった。お礼のひと言も言えない。ただ向日くんの体に身を任せていた。呼吸が荒い。まだひとりで建てそうにない。そのまま彼の胸の中で深呼吸をした。ゆっくり息を吐き、彼の鼓動を聞いて落ち着きを取り戻す。そして首を動かして彼の目を見る。

「ありがとう」

 精一杯花を咲かせた。みすぼらしく枯れかけの小さな花を絞り出した。向日くんは優しく微笑み乱れた髪を撫でてくれた。それは故意でも恋でもなく、兄としての慰めみたいだった。おかげで気持ちが楽になった。

 よし、もう大丈夫。きちんと自分で立って胸に手を当てる。心臓は落ち着きを取り戻している。向日くんが「相引さん……」といって指を差す。首を傾げてよく見ると浴衣が盛大にはだけていた。え、えぇぇぇ!! まずいよこれは!!

 急に恥ずかしくなって、彼に背中を向けて直した。髪の毛は……まあいいっか、一度解いてから簡単にまとめよう。くるりと回って向日くんに見せる。

「ど、どう?」

「い、いいんじゃないか?」

 たどたどしい返答に一瞬あたりが静かになった。笑いが込み上げてきてたまらず吐き出す。緊迫した状態がやっと消えたと思った。私に釣られて向日くんも笑い出す。ふたりの声は路地裏奥まで響いたんじゃないかな。

「まあもう大丈夫そうだし。俺はこれで」

「ねぇ向日くん、一緒にお祭りまわってもいいかな?」

 帰ろうとした彼を呼び止めた。

「え……でも、その……喜一とデートだって」


「なにいってるの。喜一はとっくに死んでるでしょ」


 向日くんを置いて歩いていった。そして路地裏の出口にあたる場所で止まって振り返った。無感情の街灯とチシャ猫が笑う月が私を照らす。

「早くいこ、葵くん」

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