【幕間 向日葵】

 だれかの声が聞こえる。悲しく泣いている声が聞こえる。

 小学一年のある日、俺はバットとグローブをもって公園に向かっていた。するとブランコに座っているひとりの男の子を見つけた。気になって近づいてみると、同じクラスの子だった。

「どうしたの?」

 それが俺と喜一の出会いだった。


 学校の昼休みに一緒に遊んで、登下校をともにした。俺は地元の野球少年団しょうねんだんに入っているため、遊べる日が限られていた。それでも暇があれば外で遊んだり、うちでゲームをした。俺が遊べない日はいつもお姉さんと遊んでいた。もちろん三人で遊ぶことも珍しくなく、俺はその人とも仲良くなった。学年が上がっても一緒に遊んだ。

「え! ふたりって姉弟じゃないの!?」

「そうだよ。でも、血はつながってなくても、喜一は弟みたいなもんよ」

 いつしかこの三人でいることが多くなった。夏祭り、海、バーベキュー、それから雪合戦ゆきがっせん。春夏秋冬、いろんなイベントを楽しんだ。

 しかし、千奈さんが中学に上がってから、その頻度は下がっていった。しかたがないことだって頭ではわかっていた。


 ある日、喜一が自由帳に向かって鉛筆を走らせていた。

「なにしたんだ?」

「せん姉の誕生日なにしようかなって」

 そこには箇条書かじょうがきにやりたいことが書かれていた。誕生日はまだ先なのに楽しそうにしている。喜一は昔からそうだ。普段は自己嫌悪で暗くなり落ち込むことが多い。学校ではいじめにもあっている。その都度、俺やせん姉が助けに入った。いじめられている理由はわからない。

 これだけは自信を持って言える。喜一は人のためとなると、全力で物事に取り組む。そしてまるで自分がされたように無垢むくな花を咲かせる。俺は喜一のこういうところを尊敬そんけいしていた。


   ◯


 高校に入って、喜一に初めての恋人ができた。よほどうれしかったのか、真夜中に電話がかかってきた。

“葵! ビックニュース!! 俺告白するって言ってたでしょ。なんと付き合うことになりました!”

「ん、あぁ……いいんじゃないか」

“おいおいなんか反応薄くねぇか?”

「今何時だと思ってるんだ……」

 睡眠を邪魔されたことに少しいらついたけど、喜一が自分のことでこんなに喜べるんだなってうれしくも思った。

 この日以降、以前と比べて明るくなった気がする。バイトも増やして彼女のために働く。やらされてる感が一切ないのが喜一らしかった。彼女もできたことない俺に恋愛相談したり、相引さんからも喜一の好きなものを聞かれたりと、ふたりのプライバシーを把握した俺がいた。

「やっぱ葵はすごいよ。なんでもできるし、ポジティブだし。俺も頑張らないとね」

 違う。別にすごくなんかない。いつも他人任せで周りに合わせることしか考えてない。自分から行動するのは勇気がいるし、他人に一生懸命になれる喜一のほうが充実した人間として生きていると思う。

 喜一に言ったらどんな反応されるかわからないけど、昔から喜一に感化かんかされてたんだ。俺にはないものを持っているあいつの背中を追っていたんだ。

「全国大会いったら応援しにいくからな。絶対負けるなよ」

「おうよ、約束だ」

 喜一が思っている以上に、俺はお前が必要なんだ。

「なにあげたらいいかな」

「あーミサンガとかは? 昔から作るの好きだったじゃん」

「それか! じゃあ玲奈は黄色だから……緑色のミサンガにしよっかな」

「どういう理論?」


   ◯


 しかし交わされた約束は果たされることはなかった。序盤から結果がみえるほど、見事な惨敗だった。そのあとも野球を続けたけど、以前のようなやる気は出なかった。

「会いてぇよお前に。どうやったら勇気が出るんだよ。なあ教えてくれよ」

 喜一と出会った公園のブランコに座ってひとり寂しく地面を眺める。

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