アルパカ令嬢は婚約破棄を乗り越えもふもふされて幸せになる

瘴気領域@漫画化決定!

アルパカ令嬢は婚約破棄を乗り越えもふもふされて幸せになる

「アルカ……お前との婚約、なかったことにさせてくれないか?」


 わたくしがモフリスキー殿下からそう告げられたのは、あるうららかな初春の午後でした。学園の中庭で、お友達とのんびりティータイムを楽しんでいたときのことです。


「どうしてですの……? わたくしたちは一生の愛を誓い合った仲なのに?」


 弱々しく声を振り絞るわたくしに、殿下はこう言いました。


「いや、だってさ、さすがにそれはないよ……」


 殿下はわたくしを囲むお友だちを指差しました。

 わたくしの周りには公爵家長子のイヴァンや、子爵家次男のミハイル、若くして一代騎士に任命されたゲオルクや、それからたくさんの方たちがいました。


 この学園にいる以上、みなさん血筋もしっかりして、素行にも問題のない紳士ばかりです。一体何がいけないのでしょうか?


 わたくしの毛並みをもふもふするみなさんの手をそっと振り払い、殿下のもとに歩み寄ります。

 きっといつもの気の迷いでしょう。

 わたくしは殿下の手の甲にそっと首筋を寄せてすりすり、もふもふとします。


「あああああああ……そういうとこ! そういうとこなんだよぉぉぉおおお!!」


 モフリスキー殿下は泣きながらどこかに走り去ってしまいました。

 これは一体……本当にどうしたことなのでしょうか?


 すっかり混乱してしまったわたくしは、席に戻って紅茶の残りを味わいました。

 もふもふ、もふもふとわたくしの毛並みを撫でてくださるお友だちたちのおかげで気持ちが落ち着きます。


 もふもふされながら、考えを巡らします。

 なぜ殿下はわたくしとの婚約を破棄したいとおっしゃったのでしょうか……。


 そのとき、わたくしをもふもふする手の動きがときどき途切れ、お友だちのみなさんがしきりに手を払っているのに気が付きました。

 なぜでしょう? わたくしが360度近い視界を駆使してその動きを観察していると、手先から白い毛がぱっぱっと散っているのが見えました。


 ――これは、まさか!?


 殿下が婚約破棄を言い出した理由に思い当たり、わたくしは全力で殿下の後を追いました。

 わたくしの全力は約時速40km。

 ふらふらと歩いていった殿下に追いつくことなど造作もありません。


 廊下の先に殿下の背中が見えました。

 さらに加速し、腰のあたりに全力の頭突きをしてなんとか殿下を止めることに成功しました。


「ごふっ……がっ……あっ……あ、アルカ、君か。まあこういうことするのは君しかありえないよな」

「そうです、アルカです! 殿下のご不安を払いに来たのですわ!」


 わたくしはモフリスキー殿下の四肢をひづめで押さえつけ、顔面を頭でこすりつけながら叫びました。


「これは換毛期ですの! 季節の切り替わりで一時的に毛が抜けますが、すぐに夏毛に生え変わりますの! わたしのもふもふはなくなりませんのよ!」

「ちがうっ! アルカはわかってないんだ! 換毛期のことなんてもう何年も付き合ってるんだから知ってるに決まってるだろう!?」


 そんな……わたくしの毛がなくなってもふもふでなくなることを嫌がっていたわけではないんですの?

 そういえば、殿下は換毛期のときでもわたくしを変わらずにもふもふし続け、抜け毛を振り払うような仕草を見せたことがないことに思い当たりました。


 1年に2回やってくる換毛期。

 そのたびに殿下の手はわたくしの抜けでもさもさになっていたはずなのに……なぜ……?


「それはね、アルカ、ぼくは君の抜け毛の一本一本まで愛おしいからだよ」

「ならどうしてっ!?」


 それから先は言葉にならず、殿下の胸に頭をこすりつけました。

 帝国でも一番の仕立て屋が作った服が、わたくしの抜け毛で白く染まりました。


「それはね……アルカ」


 殿下はわたくしの蹄で押さえられた腕を強引に引っこ抜き、わたくしの頭を抱えてやさしくもふりました。


「ぼくは、きみを独り占めしたいんだ。きみがみんなにもふられているところを見るのにもう耐えられないんだよ。そんな心の狭い男、きみだって嫌だろう?」

「そんな……そんな……」


 わたくしの安易なもふられ癖が殿下の心を傷つけていたなんて!

 もう胸がいっぱいで、冬毛が一度に抜けてしまいそうな心持ちでした。


 わたくしは、勇気を持って叫びました。


「わたくしが一番もふられたいのは殿下です! 殿下だけです! わたくしの一生のもふもふを、殿下だけに捧げることをいまここに誓いました」

「ああ……アルカ……。ぼくも君だけを一生もふることを誓うよ」


 わたくしは感極まって殿下のお顔を舐め回してしまいました。


 いつの間にか周囲に集まっていたギャラリーが、わたくしたちを囲んで一斉にスタンディングオベーションをはじめます。

 わたくしの白い毛が真っ赤に染まりそうになったのが、恥ずかしさのためだったのか、うれしさのためだったのか、それはいまでもわかりません。


(了)

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