適当にできない魔女の弟子~最強魔女は着の身着のままアマゾンに放り出されても無双します~

瘴気領域@漫画化してます

適当にできない魔女の弟子

 ぼうぼう、おうおう、と密林の奥から聞き覚えのない動物の鳴き声が聞こえる。

 いや、これは動物の鳴き声なのか?

 枝葉えだはが風で揺れたのか、川のせせらぎなのか、あるいは私の知らない何らかの魔物の遠吠えなのか……それはまだわからない。


 師匠から与えられた最終課題は、この密林アマゾンで『適当に』1週間生き抜くことだ。

 身につけてよいものはいつもの衣服ローブのみ、持ち込んでよいのは魔女の杖のみ。

 要するに、己の魔力と魔法の技量だけが頼りというわけだ。


 そのため、魔力の無駄使いはできないが……防虫アンチインセクト空調エアーコントロールの魔術はすでに使用している。

 とにかく虫だらけだし、蒸し暑いしでとても我慢ならないのだ。

 いや、毒虫に刺される恐れもあるし、熱中症対策にもなる。

 これは魔力と体力の消耗を天秤にかけた合理的で正しい判断なのである。


 師匠は、「自分の教えは一言一句忘れるな」と言っていた。

 その師匠も暑くて寝苦しい日や、気持ちの悪い虫がわいたときには同じ魔術を行使していたので、この判断に間違いはないだろう。


「ぐぎゃぉぉぉおおおう!!」

砂塩の雫ソルティライチ!」


 頭上から飛びかかってきた怪物を攻性魔術で迎え撃つ。

 獅子の頭に猿の身体の怪物だった。すぐさま塩に変えたから姿はあまり見ていないが、おそらくキメラゴブリンの一種だろう。

 ゴブリンはどんな異種とも交雑するため、このような生物多様性のある環境ではわけのわからない姿をしていることが多い。


 卒業試験を迎えるにあたって、不安がなかったといえば嘘になる。

 もう何百年も師匠のもとで修業を重ねてきたが、卒業できずに命を落とした先輩は数え切れないほどだと聞いている。

 それほどに危険の多い試験なのだ。とても油断してかかってよいものではない。


 まずは安全に身を隠せる拠点を確保する必要があるが……なかなか良い場所が見当たらない。

 地面は湿った腐葉土ふようどが積もりじゅくじゅくとしている。

 こんなところでは火も起こせないし、眠ればずぶ濡れになってしまうだろう。


 時折襲ってくる異形の怪物を魔術で退しりぞけながら、密林の中を進んでいく。

 もう何時間歩いただろうか。


 高度跳躍ハイジャンプで周囲も見たが、地平線も見えないほどの広大な森だ。

 これほどの空間が師匠の手のひらに乗る水晶玉の中に収まっているなど到底信じられない。


 おそらく、あの水晶玉に込められていたのは手のひらのコンパクトサイズ異界ワールドではなく、転移門エニウェイドアの術式なのだろう。

 世界のどこかに実在する場所へと転移されたのだろうと予想する。

 明らかに水霊と火霊が強い土地柄から察するに、大陸南西に走る『地を分かつ大河』のほとりのどこか……といったところか。


 しかし、そんなことがわかったところで仕方がない。

 まともな寝床がなければ魔力の回復もむずかしい。

 落ち着いて瞑想ができる安全地帯の確保が最優先事項だ。


 当てもなく密林を歩いていると、樹々きぎの隙間にぼんやり漂う光が見えた。

 大人の拳くらいの何かが青い炎をまとってふらふらと飛んでいる。


 光邪霊ウィスプだ。

 森で迷った人間を底なし沼に引き込んで取り殺すともいわれる精霊の一種だが、いまの私にとってはありがたい。


 うってつけの道標みちしるべができたと素直にそれについていくと、踏み込んだ右足がずぶりと湿った土にめり込んだ。

 周囲には無数の光邪霊ウィスプが浮遊している。


 なるほど、この眼の前に広がる場所が彼らの巣なのだな。

 降り積もった枯れ葉に覆われて一見ではわからないが、その下には底なしの泥沼が存在しているのだろう。


 底なし沼の真ん中には小高い岩山がある。

 おそらくは、アレがこの沼のぬしだろう。

 かなり強力な存在だろうから、念入りに術式を練る必要がある。

 足下の枯れ葉を払い、地霊に命じて足場を頑丈に固める。


 準備が整ったところで、本番開始だ。

 複雑なステップを踏んで魔導回路を描きながら、精霊への呼びかけを行う。


 ――乾き渇きし火鼠かその革

  ――枯れてれゆき仮初かりそめ

   ――日干ひぼ彼岸ひがん緋色ひいろひづめ

    ――旱魃かんばつ濫伐らんばつ、森は枯れ

     ――刈れし枯れ木が彼を


 決まった回路を描けばいい魔術と違って、精霊術は毎回が即興詩だ。

 同じ文句では精霊に飽きられるし、状況に合わせた召喚詩サモンワードを捻り出す必要がある。

 はっきり言って言葉遊びに過ぎないのだが、魔女として高みを目指すなら避けられないことだ。


『キャーァァァアアアハハハハハハ!! おっひさー!』


 よかった、今回の詩もお気に召したらしい。

 目の前に現れたのは私の契約精霊の一体である巫山戯た火霊ジャックオーランタンだ。


 炎をまとい、おどけた仮面をかぶった幼児の姿をしている。

 いかにも軽薄そうだが、なかなか呼びかけに応じない面倒な精霊なのだ。


 通常の火霊……というか精霊全般は人格を持たない自然現象そのものだが、魔女の契約精霊となるものは性質が異なる。

 おもとして、死んだ加護持ちの人間や亜人の魂魄こんぱくと結びつき、あたかも人格があるかのように振る舞うのが契約精霊の特徴だ。


『あれ、焼いていいの? 焼いていいんだよね? 焼き尽くしていいんだよね?』

「うん、いいよ。徹底的に焼いて、乾かして。でも沼の周りの木を焼くのはダメね。私まで焼けちゃうから」

『火に巻かれて死ねるなんてサイコーじゃん!』

「そんな特殊性癖は私にはないの」

『ふーん、変わってるね。ま、趣味は人それぞれだもんね。じゃあっちゃうよー!』


 ジャックの声とともに泥沼全体が紅蓮に包まれる。

 空調エアーコントロールの術式を通り抜けて頬を打つ熱気。

 周辺に高温の蒸気が満ち、視界が白に覆われる。


 さて、相手が並ならこんなところで片付くだろうが……。


 充満する白煙の向こうから、ずしりずしりと震動が近づいていくる。

 やはり、ジャック一匹に任せて済む雑魚ではなかったようだ。

 まあ、師匠の課題なのだから当然だろう。


 蒸気の中から現れたのは、岩石亀竜アースドラゴンだった。

 泥沼の真ん中にあった岩山の正体だ。

 燃え盛る炎を割って、文字通り山のような巨体が近づいてくる。


 竜種の中では低級であり、獣並の知能しか持たないとはいえ油断はできない。

 仕掛けるなら様子見なし。戦うときは初手から全力というのが師匠の教えだ。


 ってわけで。


「ジャック、合体」

『おおっけぇぇぇえええ!! 燃えるねぇぇぇえええ!!』


 ジャックを己の魂魄に招き入れ、流れ込んできた火の霊素を体内に巡らせる。

 霊素は基本的に人間を活性化させるものだが、過剰であれば毒になる。

 常人が強大な火霊と一体化すれば一瞬で灰になり、水霊と一体化すればどろどろの粘液しか残らないだろう。

 それを対抗する属性の霊素と魔素で中和し、己に取り込む、それこそが――


 ――精霊合体スピリッツアームズ


 全身の血が沸き立つ。文字通り沸騰している。肉が焼かれる。全身の穴という穴から炎が噴き出そうとするのを魔力で抑え込み、全身を巡らせ、力と変える!


「一撃! 必殺! 灼熱の! 魔女が与える鉄槌ウィッチストレートぉぉぉおおお!!!」

「ゴァァァアアアアアア!!!!」


 足裏の水分を加熱し、水蒸気爆発によって加速した私の右拳うけんがアースドラゴンの甲羅に炸裂する!

 衝突の瞬間、円形のクレーターが生じ、続いて甲羅岩山が2つに割れる!

 貫通した衝撃波が森を割り、地平線まで一直線に大地をえぐっていく!


『キャハハ! 相変わらずやっばぁい! ボクの力を貸したって、ここまでできる人はそうそういないよ!』

「おだてたって何も出ないよ。ともあれ、今日の寝床と晩ご飯は手に入ったね」


 私の前には、巨大な亀肉の丸焼きが乾いた地面に残されていた。


 ――――――


 ――――


 ――


『あーあー……マイクテス、マイクテス、聞こえますかー?』

「あっ、師匠。聞こえてますよー」

『あーあー……あっ、映像もつながった。えっ!? アースドラゴンの肉とかごちそうじゃん! 持って帰りなさいよ!』

「えっ、もう半分食べちゃいましたけど……」


『マジかよ……相変わらずの食い意地……。って、そうじゃなくて!』

「そうじゃなくて?」

『なんで全力出してんのよ?』

「え? だって最終試験でしたし」


『だから! 『適当』にやれって言ったでしょ!』

「適当とは、状況に応じて最適な行動を取ることだと思うのですが……?」

『ちがーう! いや、合ってるんだけどちがーう! 加減をおぼえろって言ってんの! あんたの魔力も精霊の加護も前代未聞のレベルなんだから、雑魚相手なら指先ひとつでダウンできるでしょ!?』


「しかし、師匠の教えでは初手から全力でいけと……」

『何百年前の話してんのよ!』

「しかし、師匠の教えでは『師匠の教えは一言一句忘れるな』と……」

『それも何百年前の話してんのよ! あー、でも、下手に忘れられて野放しにしちゃうのはやっぱ怖いな……』


「たしかに世間は怖いものだとおっしゃってましたね」

『そういうとこ! あたしが怖がってるのはそういうとこ!』

「やはり……まだ私には世間の荒波なるものに耐えられる力がないと……」

『あー……もう、まあ、うん、そういうことでいいや。試験終了、帰ってきて』


「おお、なんと初日で卒業試験合格ですか!」

『不合格に決まってんだろ! 話の流れでわかれよ!?』

「会話とは流体なのでしょうか?」

『……ううん、人間同士の会話ってやつは物理法則には囚われないのだよな』

「量子力学的な?」

『そういうことじゃない』


 師匠の教えは相変わらず哲学的過ぎて私には理解しきれなかった。

 だが、今回の卒業試験に落第してしまったことは間違いないらしい。

 私はがっくりと肩を落とし、地霊の力を借りて四分の一ほどに減ったアース・ドラゴンの肉を担いで師匠の元へと空間転移テレポートした。


(了)

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