急接近

「付き合ってくれない?」


 部屋に来てから自爆していた水希が、ちゃんと言葉として伝えてくれた想いに僕は、どう答えるべきなんだろう。


「ごめん、水希の思い描いてる愛をあげられる気がしない」


 隠しても仕方ないと思ってそう伝えると、水希の目が潤みだした。もちろんさっきとは違う意味で。

「僕の家って複雑で、高一のときに離散するぐらい酷くって」

 口にするだけでいろいろと思い出して泣きたくなってきた。


 ✕ ✕ ✕


 父は定職つかずふらふらしていて、母はパートという典型的なクズな家庭に生まれた僕は、小学校の高学年になってから父親からDVを受けるようになった。

 中学校の頃が一番酷く、一升瓶で右腕を殴られた際には骨折したこともあった。

 その時期から母には離婚しないのかと言い続けていたけど、聞き入れてはくれず、そのことを知った父は激昂して包丁を突きつけてきた。

 命の危険を感じた僕は警察に駆け込んで、いまでは支援団体のサポートのもと、一人暮らしをしている。


 ✕ ✕ ✕

「そんな僕でもよかったら、付き合ってもいい」

 でも、嫌でしょ? と自嘲気味な笑みを浮かべると、静かに話を聞いていた水希はポロポロと涙を流していた。

「だ、大丈夫?」

 テーブル横にあったティッシュ箱を手に取って水希に渡すと、数枚取って涙を拭う。

「だ、大丈夫」

 それよりも、と鼻声の水希が口を開いた。

「いま、肉親もいなくて寂しくないの? 私は寂しいのに」

「水希とは状況が違うからさみしくはないよ」

「それでもっ! 絶対どこか心が綻んでくるよ? 私だってそうだったし」

 状況は違えど、似ている境遇だからこそ心配してくれていた。

「……もう諦めてるから」

 だから、あまり関わらなくていい仕事を見つけて学校でも最低限、信用できる友だちを作ってこの環境を築き上げてきた。

 気づくとうつむいていた僕の頭を身を乗り出して抱きしめてきた。

「そんなのダメ、私が許さない」

 抱きしめていた力が強くなる。

「私たちで幸せになろうよ、ずっと一緒にいるから」

 そう言って、僕たちは少しの間泣いていた。


「……恥ずかしい」

 あれからちょっとして冷静さを取り戻すと、微塵の縁もなかった青春というものを実感していた。

「僕も恥ずかしい、死にたい」

「死んじゃダメ」

 即答で却下された。

 いまも向かい合ったままで、話をしていた。

「ごめん、なにか飲み物もらってもいい?」

 泣きすぎたのか、のどが渇いていたらしい。

 はい、と差し出されたペットボトルの水に口をつける。

 そこで気づいた。

「これ、さっき飲んでたやつじゃ……?」

 ゆっくりと確認するように聞くと、水希はコクリとうなずいた。

「夫婦になるんだからいいんじゃない?」

 吹いた。

「ちょっと、どうしたの!?」

「水希が変なこと言い出すから」

 ケホケホ言いながらティッシュでテーブルを拭いているとその手にそっと水希が手を重ねてきた。

「そうだよね、返事もらってないし」

 身を乗り出していて、顔の距離が近い。

 それに返事をするまで手を離してくれないらしい。

「……ぼ、僕で良ければ」

 返事をした瞬間、頬に柔らかいものが触れた。その感触はすぐに離れていったが、形がわかるぐらい熱くて、余韻がすごかった。

 元の位置に戻った水希と目が合う。

「私も、死ぬまでずっと一緒にいようね」

 そこでふと壁に掛かってあった時計に目が留まった。時刻は二十時を回っていた。

 やばい。

「話変わって悪いんだけど、楽譜返してもらっていい? 〆切、今日までで……」

 急に現実に返すようでごめんと思いながらお願いすると、意外な答えが帰ってきた。

「帰ってからで間に合いそうになかったら、ここでしていく? パソコンあるし」

「それは嬉しいけど、いいの?」

「いいよ、私のせいでもあるし」

「ありがとう」

 伝えると、水希は言いづらそうに口を開いた。

「……そ、そのまま泊まっていってもいいし」

 そういうことか。

 いろいろすっ飛ばしてる気もするけど、ここは水希に流されようと思う。

 決心のついた僕は楽譜を受け取って、歌詞を書き始めた。

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