スク水に包まれた秘密

 玄関から二階に上がると水希の部屋があった。中に入ると広めで、ベッドにファッション誌の置かれたテーブル、大きめのタンスがふたつにドリンク用の小さな冷蔵庫があった。フレグランスのせいか、柑橘系の良い匂いがしている。

「どこでもいいから座ってて」

 と、いって目の前でブレザーを脱ぎだす水希。すぐに目をそらし注意した。

「自分の部屋だからって、目の前で脱ぐのは」

「別にいいよ、岬しかいないし」

 そう言いながら脱いだブレザーをクローゼットの中からハンガーを取り出して掛けた水希は、何故か隣に座ってきた。瞬間、ふわりとバニラのような匂いがしてドキッとした。

「私、愛がほしいんだよね」

 急に耳元で囁かれた声に脳内処理ができなくなった。

 愛がほしいってどういうことだ? 人肌恋しいとか、子どもがほしいとか?

 違う違う! すぐにそっち方面に考えてはいけない。

 思考をリセットするために頭を左右に振った。

 そんな僕の行動を見ていた水希が口元に手を当ててクスクス笑い出した。

「耳まで真っ赤だね」

 またもからかわれる。ただ、水希の目を見るとからかっているというよりこういうやり取りが好きなだけかもしれない。

「そ、それはいいから、早く秘密を教えてくれ」

 脱線しそうな話を無理やり戻す。

「そうだよね、ここまで誘ったのってそれが理由だし」

 そう言って、三角座りになる水希はフローリングに視線を落とした。

「さっきのなんだけどさ、実は嘘じゃなくて、本当に愛がほしいんだよね」

 それから顔を上げた水希は、語るようにその愛について話しだした。


 ✕ ✕ ✕


 幼少期の頃の私は両親が大好きだった。

 一人っ子ってことも理由かもしれないけど、幼稚園でのかけっこで一位を取ったり、なにか良いことがあるたびに可愛がってくれた。

 それは小学校に上がってからもそうだった。描いた絵が警察署のキャンペーンに採用されたり、習っていたピアノで優秀賞をもらったり、そのたびに褒めてくれた。

 何より、私のことで喜んでくれる両親の笑顔がどんな賞や評価より嬉しくて、どんなことでも結果が出るように頑張っていた。

 難関といわれてる中学校にも必死に受験勉強して入学もした。

 でも、その幸せな日々は続かなかった。

 中学二年の夏休み明け、お父さんの経営していたI会社が経済ショックの波を受けて立ちいかなくなった。

 結果として倒産、あれだけ優しかったお父さんは酷く荒れていった。

 毎日お酒に溺れて、外にも出なくなって、それから程なくして自ら首を吊って命を絶った。

 最悪なことに、変わり果てたお父さんを第一に見つけたのがお母さんだった。

 なんとか私だけは苦労かけないようにって、パートを掛け持ちして頑張ってくれてたんだけど、鬱になっちゃって。

 中学の卒業の目処がたってすぐに、後を追って亡くなった。

 そういう私は両親のいないこの世界に生きる意味を見いだせなくて、よくわからないまま、いまも生きてて……。


 ✕ ✕ ✕


「だから、私は本物の愛がほしいんだよね」

 すべてを話し終えると胸と足の間に頭を入れるように背中を丸めた。

 僕は何も言えず、その様子を見ることしかできない。

 少し落ち着いたのか、顔を上げ僕に振り向く。その顔は寂しそうで、なのに気丈に笑顔を浮かべていた。

「じゃあこの家には?」

「いまは一人だよ」

 玄関に入ってすぐに違和感があったのはそういうことらしい。

 なんというか、一言でいえば生活感がなかった。

「遺族年金のおかげで生活はできてるけど、読モしてるのは将来不安だから」

 急に立ち上がる水希。

「あ〜あ、話しちゃったなぁ〜」

 そう言って両腕を突き上げて背伸びをする。スカートからブラウスが引っ張られて、体のラインが強調されて、目のやり場に困る。ブレザーでわからなかったけど、胸が大きいことは確認したけど。

 そこで、ふと疑問が残った。水希がどういう人生を送ってきたのかはわかったけど、それとスク水でいることが結びつかない。

 僕は視線を逸しながらそのことを聞いてみた。

「スク水でいるのはどうして?」

 その問いに首を傾げている。

「話が繋がらないというか、秘密ってスク水のことって思ってたんだけど」

「あぁ、それね」

 すると、体を戻して目の前まで来ると、前かがみに顔を近づけてきた。

「知りたい?」

 いたずらに口角を上げている表情は普段のクールな感じと違い年相応というか、可愛かった。

 初めて異性の部屋にいるということも相まってか、心臓が保たないかもしれない。

 それぐらいドキドキさせられていた。

 黙ったままうなずくと、水希はその場にしゃがみこんだ。隠す気もないのかスカートの中は丸見えで、これまた目のやり場がない。

「いつも見てるんだから、見ればいいのに」

「そんなことしたら理性がなくなる」

 すると、両手で顔を挟まれ無理やり振り向かされた。

「問題、私はどうしてスク水を着ているでしょうか?」

 わかるかっ!

 ヒントもないのにどう答えろというのか。ということで、わからないと目で訴える。

「じゃあ覚えてる? クラスが一緒になってすぐに岬が朝礼前に本を見ながら言ってたひとりごと」

 いや、そんなこと覚えているわけがない。

 一体いつのことだろう?

 まだ挟まれたままの顔を横に振る。

「覚えてないんだ。急につぶやきはじめたから、聞いてたんだけど」

 そこで手を離してくれた。頬が湿っぽいことに変に意識してしまう。そんな僕に構うことなく続きを話していく。

「スク水いいなぁって、本に穴が空きそうなぐらい食いつきながら」

 それを聞いて思い出す。

 確かにそんなことがあった。でもあれはスク水が好きなんじゃなくて、資料として読んでいた際に趣味に使用できると思っただけで……。

「あれ、性癖とかじゃなくて、僕の秘密に関わることに繋がってるというか……」

 ごめん、と何故か僕のほうが謝っていた。

「ち、違ったの!? てっきり好きだと思ったから次の日から下着着るの止めたんだけど」

 いろいろ自爆している水希が耳まで赤くなっていく。

「ちょっと待って、じゃあ、ずっと前からスク水着てるやばい人って思われてたってこと? いや、えっ、ちょっと待って!」

 軽くパニックを起こしている水希の言うとおり待っていると、急に目を合わせてきた。

「岬って、スク水は嫌い?」

「まぁ、嫌いではないけど」

 現にサブカルではジャンルとして定着しているぐらいだから、好きな人は一定数いるとは思う。

 僕自身、好きか嫌いかで聞かれれば、嫌いではない。特に水希のせいで男性にはない魅力があると思ってるし。

「だ、だったらいいんだけど」

 あちゃ〜と、両手で顔を隠す水希もまた、学校では見ることはなくて、可愛い。

「スク水だった理由はそれだけ?」

 顔を隠したままぶんぶんとうなずく水希は急に四つ足歩行になって小さな冷蔵庫を開けて、水の入ったペットボトルを取り出した。

 その場にペタンと座ると蓋を開けて水を飲む。

 ようやく落ち着いた水希は、テーブルを挟んで向かい合うように座った。

「おかえり」

 そう声をかけると、視線を外しながら、ただいま、と小さく返事をしてくれた。

 そろそろ楽譜を返してほしい僕は、水希のスクールバッグに一度見てから秘密を明かした。

「僕の方だけど、あの楽譜は仕事に使ってるんだ」

「仕事? もしかして読モみたいな感じ?」

 興味があるみたいで少し前かがみに聞いてきた。

「似てるかも。ただ水希と違って学校にも言ってないから絶対厳守、いい?」

 ここは念を押さないと、漏洩の観点で僕自身の立場が危うくなる。

「実はこういうことをしているんだ」

 そう言って自分の鞄からイヤホンの巻き付いたウォークマンを取り出してテーブルに置いた。

「これは?」

「僕の作詞した曲が入ってる。制作用のはさすがに聞かせられないけど」

 ウォークマンに手を伸ばす水希に曲名を伝えると、イヤホンを耳にしてから曲を聞き始めた。

 その間に水希の不器用ながらぶつけてくれた気持ちのことを考えていた。

 もしかしたら一家離散で両親を嫌っている僕では応えられないかもしれないけど、それでもいいなら……。

 あるかもわからない未来を考えながら聞き終えるのを待っていると、水希がイヤホンを外した。

「この歌詞書いたの?」

 うなずくと、僕を見ながら固まっていた。

「どうした?」

 あまりに見つめられたままだったので、声をかけるとハッと、戻ってきてくれた。

「すごいね」

「そういう水希もすごいと思うよ」

 そういって置かれていたファッション誌に目を向ける。

「この裏表紙、水希だよね」

 次は水希が黙ったままうなずく。

「僕はすごいと思うよ」

 心から思ったことを伝えると、うつむいたまま震えだした。

「……なの、久々」

 聞き取れなくて耳を澄ませると、こんな気持ちになったの、久しぶり……、と声を潤ませていた。

 ゆっくりと顔を上げた水希が僕をまっすぐに見つめてきた。

「岬……、私と付き合ってくれない?」

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