悪の組織を退職したのでダンジョンに逃げ込みます

瘴気領域@漫画化してます

悪の組織を退職したのでダンジョンに逃げ込みます

 ――杉並第二ダンジョン入場口


 金属鎧やローブなどを身に着けた人々でごった返すダンジョンの入場口。 

 俺はスマホをいじって送信する文言を考えていた。


「一身上の都合により、本日を持って退職させていただきます……うーん、普通だなあ」


 中学を出て5年も勤めた組織を辞めるのだ。

 もう少しドラマチックな何かが欲しい。


 スマホを片手に考え込んでいると、遠くで爆発音が轟いた。

 そちらの方向を見ると、青空に一筋の黒煙が立ち上っている。


「あ、やべ。もうこんな時間か。急がなきゃ」


 アジトに仕掛けた時限爆弾が作動したようだった。

 俺は退職の文言に「追伸:ばーかばーか」と書き足して送信し、スマホを握りつぶした。


 組織支給の品なのだ。

 位置はGPSで常に補足されているし、盗聴器や自爆装置がついている可能性もあるので油断できない。


 俺はスマホの残骸をゴミ箱に捨て、生まれてはじめてダンジョンに潜った。


 * * *


 ダンジョン。

 それは約20年前に突如発生した異空間である。


 発見以降、各地で発生と消滅を繰り返しているため、正確な数は把握されていない。

 ダンジョンからは通常の科学技術では製造できない魔法の品や、特殊な性質を持つ素材、未知の動植物などが手に入る。

 レアメタル鉱山も油田も相手にならないお宝の山に、一獲千金を夢見た人々が「冒険者」となって殺到した。


 大金の動くところ、徴税の機会あり。

 というわけで、公的機関に捕捉されたダンジョンは政府の管理下とされた。

 入場する冒険者から料金を徴収し、財源としているというわけだった。

 おかげさまで、ただでさえ薄かった俺の財布は空っぽだ。


 もう地上に戻るつもりはないから無一文でも問題はないのだが……金がないというのはなんとも心細いものである。

 給料日前になるともやし炒めばかり食べていたことを思い出してしまう。


 ……っと、悲しい思い出に浸るのはやめよう。

 まずは目の前のダンジョンに集中しなければ。


 先ほどからでかいコウモリや半透明の水球のような生き物が襲いかかってくるのを素手ではたき落としながら石畳を進む。

 入場口で無料で配られていたパンフレットによると、吸血蝙蝠ヴァンパイアバットとノーマルスライムというモンスターらしい。


 どちらも持ち帰って売れば金になるらしいが、いまの俺には関係ない。

 食用も可能だというコウモリの死骸だけ何匹か拾ってバッグに詰め込んでおく。


 床だけでなく、壁や天井まで長方形の石で覆われた通路を進んでいくと、すれ違った冒険者たちからぎょっとした目で見られた。


「あの、君、そんな装備で大丈夫か……?」


 心配げに声をかけてきたのは金属鎧に身を包んだ中年男だった。

 俺の給料半年分はしそうな立派な鎧である。


「あー……たぶん大丈夫じゃないっすかね?」


 一方、俺が身につけているのは量販店で買ったジャージの上下にスニーカーだ。

 下着込みでも3000円ってところだろうか。


「余計な心配かもしれないが、2層には下りるんじゃないぞ? 1層より危険なモンスターがたくさん……」

「あざっす! 大丈夫っす! 気をつけるっす!」


 心配してくれるのはありがたいが……1層に留まっていてはすぐに組織の追手に見つかってしまうだろう。

 危険だろうがなんだろうが、どんどん進んでいくしかないのだ。


 おっさんと話している間にも襲ってきたコウモリをはたき落とすと、またしてもぎょっとした目で見られた。


「もしかして、武器も持っていないのかい?」

「あー、大丈夫っす。俺の武器はこいつっすから!」


 拳を握ってガッツポーズを見せると、おっさんは納得したようにうなずいた。


「なるほど、モンク系統のジョブなんだな」

「そーっす、そうなんす」


 職といえば、ついさっき無職になったばっかりなんだよなあ。

 文句ばっかり言われる職だったのは間違いないけど。


 引き止められても困るので、適当に受け答えをして先へ進む。

 パンフレットの地図によれば、もうすぐ第二層へつながる階段があるはずだ。


 * * *


 ――杉並第二ダンジョン第二層「白骨エリア」


 ひっきりなしに襲いかかってくる白骨をべしべしと素手で砕いていく。

 おこつを砕くなんて罰当たりにもほどがあるが、これはダンジョンから生成されるモンスターであって、人骨ではないらしい。


 スケルトンという名前で、簡単な武装もしている。

 ダンジョン初心者は要注意……とパンフレットに書かれている。


 だが、俺にしてみれば苦戦するような相手じゃない。

 組織の下級戦闘員でも楽勝なんじゃないだろうか?

 俺も階級で言えば下級戦闘員だったのだが、それは実力に見合った評価じゃない。

 中卒という学歴が足を引っ張ったこともあり、昇級考査でいつも落とされ続けたのだ。


 高卒や大卒の後輩たちがあっという間に俺を追い越していくのをうっかり思い出して落ち込みそうになる。

 いや、そんなことはもう忘れろ。

 もう組織を捨てて自由になったんじゃないか。


「俺は自由だぁぁぁあああーーーー!!!!」


 テンションを上げるために叫んでみたら、周りの冒険者達から変な目で見られた。

 あ、すんません。ついうっかりですね……。


 俺は涙をこらえながら、スケルトンたちをなぎ倒して三層へ向かった。


 * * *


 ――杉並第二ダンジョン第三層「草原エリア」


 階段を降りると、そこは草原でした。

 第二層までとはがらりと風景が代わって、見渡す限りの草原が広がっている。

 見上げれば青空に太陽が輝いている。


 こんな空間が地下にあるはずがないのだが、現実に存在するのだから仕方がない。

 そういうものだと思って受け入れるしかないのだろう。


 無料パンフレットに案内があるのはこの第三層までの情報だ。

 そこから先の情報は有料のガイドブックにしか書いていないらしい。

 文無しの俺は当然買っていない。


 立ち読みで済ませようと思ったのだが、きっちりビニールテープで封印してあった。

 なんともまあ、さもしい商売をしやがる。


 ともあれ、この第三層では南西に見える森の奥に階層ボスとかいうのがいて、それを倒すと第四層に進めるそうだ。

 ぐずぐずしていると追手に捕まるかもしれない。

 とっとと進むとしよう。


 * * *


「くっそ広くねえか……第三層……」


 時折草むらから飛び出してくる狼型モンスターを殴り飛ばしながら歩くこと数時間、太陽が地平線に消えそうになってようやく森の入口についた。


 このあたりまで来ると冒険者の数もまばらだ。

 夜間に森に入るは危険だと判断しているのか、野営の準備をしているパーティの姿がいくつか見える。


「うーん、くたびれたし、俺もここで野宿するか」


 追手を警戒してここまで急いできたが、爆破の混乱もあるだろうし、すぐに追いかけては来れられないだろう。

 一度入社したら死亡以外に退職が許されないとか、ブラックにもほどがあると思う。


 スポーツバッグからダンボールを取り出し、地面に敷いたら寝床の完成だ。

 晩飯として確保していたコウモリだが……これはどうやって食ったらいいんだ?


 とりあえず、森から枯れ枝を拾ってきて焚き木の用意をする。

 乾いた枯れ葉に百円ライターで火をつけ、徐々に大きな枝に火を移していく。


 ヒーローとの戦いではろくに弁当も支給されないから、こういうことばかり妙に上達してしまった。

 ヒーローや上級怪人たちが差し入れのロケ弁を美味そうに食ってるのを見ながら、炙った野ネズミやアオダイショウをかじるのは惨め極まりなかった。


 いや、そこまでひどいのは俺くらいで、同じ下級戦闘員でもよその組織の人はコンビニ弁当くらいは食べてたけど……。


 どうしてそこまで貧乏を強いられていたのかといえば、俺の就職した組織が超ド底辺の戦闘員派遣会社だったからだ。

 戦闘員派遣会社のビジネスモデルは単純だ。

 ジャークダーやらワルイゾーなどの大手悪の秘密結社からの依頼を受けて、所属の戦闘員を貸し出すのである。


 といってもそういった大手が直接依頼をしてくるわけじゃない。

 たいていは戦闘コンサルティング会社が間に入っており、そこが複数の戦闘員派遣会社に声をかけて必要な頭数をかき集めるのだ。

 そして戦闘員派遣会社にもランクがあり、自社の人員が足りないときや、危険過ぎる現場の場合はさらにその下請けから戦闘員を調達……というピラミッド構造になっている。


 中抜きにつぐ中抜きのせいで、ピラミッドの最底辺にいる戦闘員派遣会社の実入りはごくわずかだ。

 おまけのその最底辺の中でも最底辺である俺の給料など雀の涙がペットボトルに感じられるレベルである。

 まったく、世知辛い世の中だ……。


 焚き火が大きくなってきたので、コウモリをそのまま中に突っ込んでみる。

 動物の皮は強いから、こういう雑なやり方でも中の肉まで黒焦げになることはそうそうない。

 仮に多少焦げてしまったとしても、生焼けを食って腹を壊すよりはマシだろう。


 元から黒いコウモリがさらに真っ黒に焼けたところで火から引きずり出す。

 皮をむしると白い肉が露出した。

 ほかほかと湯気を立ててなかなか美味そうだ。

 塩を振ってかじると案外悪くない。

 コウモリを丸ごと平らげるころにはあたりはすっかり暗くなっていた。

 焚き木の始末をして、ダンボールに寝転がることにしよう。


「あの、退魔香たいまこうも焚かずに寝るんですか……?」

「たいまこう?」


 おやすみモード直前の俺に話しかけてきたのはメガネをかけた女の子だった。

 白いローブを着て、三編みのおさげを垂らしている。


「……退魔香ないと、モンスター来る」

「蚊取り線香みたいなもの?」


 ぼそぼそと小声でしゃべったのはメガネちゃんの後ろにいる女の子だった。

 長い前髪に目が隠れており、黒いローブを着ている。


 年齢は二人とも女子高生くらいだろうか。

 俺も高校に通えていたら、こんな子たちとワイワイキャッキャする青春が送れていたのだろうか。

 くっ……急に目頭が熱くなってきた。

 こらえろ! ここで泣いたら、ここで泣いたら……なんというか……いたたまれない!


「蚊取り線香ですか。まあそんなようなものと言えなくもないですけど」

「……蚊に刺されても死なないけど、モンスターに刺されたら死ぬ」

「上手い!」


 脳天気な受け答えをする俺に女の子たちは呆れ顔だ。

 まあ、言われてみれば俺もたしかに油断が過ぎたかもしれない。

 ここまで遭遇したモンスターが雑魚ばかりだったから、警戒心というものがすっかりなくなってしまっていた。


「とはいっても、持ってないもんは持ってないんだよなあ」

「それなら、私たちが近くに野営してもいいですか?」

「……数がいた方が、襲われにくい」


 なるほど、そういう思惑で近づいてきたのか。

 でもそれなら他のパーティの方が数が多くて安心じゃないの?


「男性ばかりで人数の多いパーティはちょっと……」

「……別の意味で、危険」


 あー、そりゃそうか。

 ダンジョンに潜ってるから、か弱いってことはないんだろうが、男ばかりのパーティと合同で野営では物騒だろう。

 そこにおあつらえ向きに男一人の俺がいたってことなのか。


 俺は二人の提案を受け入れ、一緒に野営をすることに決めた。

 退魔香とやらのお礼にコウモリ肉を差し出したら、すっごい微妙な顔で感謝された。

 なんでや。


 * * *


 翌日、まばゆい太陽の光で目を覚ますと、二人の姿がなくなっていた。

 太陽の位置から察するに、昼過ぎまで眠りこけてしまったようだ。


 組織にいたころは日の出前に起きて始発で現場へ出勤とかしょっちゅうだったから、眠れるときにはなるべく長く眠る癖がついてしまっているのだ。

 ヒーローや怪人たちは前泊しているというのに……下っ端の辛いところだった。


 退魔香の燃えカスの横に、メモ用紙が1枚置いてある。

 そこには丸文字で「昨日はありがとうございました。おじさん!」と書かれていた。


 おじさん……おじさん……まだ十代なんだけどなあ、俺。

 長年の貧乏暮らしのせいで老け込んでしまっているのだろうか。


 メモと一緒に、チョコ菓子がひとつ置かれていた。

 チョコなんてめったに食べられなかったから素直にうれしい。

 包装をやぶいて口に放り込むとたまらない甘みが口の中に広がる。


 前にチョコ食べたのはいつだっけ……。

 たしか、斬殺怪人キルレインさんが差し入れにくれたのを食べたのが最後だな。

 あの人は年に1回チョコをくれる、業界では珍しい親切な人だった。

 どうせ爆破するくらいならとアジトにあった忘れ物を拝借してしまったが、いまさらながら申し訳ない気持ちになってくる。


 まあ、いい。

 とにかくリセットだ。

 人生を取り戻すのはこれからなのである。

 ダンジョン深層の亜人の都市や、異世界までたどり着ければこちらのものだ。

 組織のことや日本のことは一切忘れて新たな人生を歩むことにしよう。


 そのためには、まず組織の追手から逃げ切らなければならない。

 寝床のダンボールを畳んでバッグにしまい、第四層への階段がある森の奥へと向かうことにした。


 * * *


 ――杉並第二ダンジョン第三層深部「森林エリア」


 森の奥は薄暗かった。

 鬱蒼と折り重なった木の葉に陽光がさえぎられているせいだ。

 地面まで日光が届かないせいか下草は少なく、歩きやすい。


 ニホンザルから全身の毛を抜いて、赤黒いラッカーを塗りつけたような気持ちの悪い生き物が襲いかかってくるが、相変わらずワンパンで処理である。

 こちとら毎日のように垂直跳びが10メートルを超えるような化け物ヒーローと殴り合っていたのだ。

 この程度で怪物モンスターとか言われてもピンとこないのである。


 緑の猿――パンフレットによるとゴブリン――を殴り倒しつつ進んでいくと、少し拓けた場所が見えてきた。

 おそらくあそこが第四層への階段がある場所なのだろう。


 逸る気持ちに身を任せ、早足で向かっていくとなにやら争う音が聞こえてきた。


「聖なる障壁よ、邪悪を防げ! 聖なる壁ホーリーウォール!」

穿うがてっ! 魔力の矢マジックボルト!」


 見ればそこにいたのは一夜を共にした女の子二人組だった。

 っても決してえっちな意味じゃないけど。


 メガネの子が両手を前に突き出し、半透明の壁を展開させている。

 その後ろで、前髪の長い子が杖を振るって白く輝く矢を発射していた。

 おお、これが魔法ってやつだな。


 相対しているのはでかくてマッチョなゴブリンだ。

 パンフレットによるとエリートホブゴブリンというらしい。

 木を削り出しただけの大きな棍棒を振りかぶっている。


 棍棒が振り下ろされると、半透明の壁はあっさりと砕け散った。

 その間も前髪の子が放つ魔法がエリートホブゴブリンに突き刺さっているが、まるで効いていないようで意にも介されていない。

 うーん、こりゃマズそうだな。


 続く棍棒がメガネの子に直撃しそうだったので、割り込んでそれを蹴り飛ばす。

 バランスを崩したエリートホブゴブリンがたたらを踏んで後ろに下がった。


 普通の木材なら粉砕できる強さで蹴ったのだが、棍棒は折れもせず健在だった。

 ダンジョン製だけあって、地上の木材より強いのだろうか?


「おじさん!?」

「……なぜ?」

「え、なんか危なそうだったから?」


 なぜと言われても困る。

 赤の他人であれば知らんぷりもしたかもしれないが、多少でも関わりのある人がピンチだったら助けに入るのが人間として普通なのではないだろうか。


 ……いや、中卒で悪の組織に就職した俺が言えた義理じゃないけど。


「それで、これは倒しちゃってもいいんだよね?」

「は、はい」


 よかったー。

 職場の先輩からの聞きかじりだけど、他のパーティーがモンスターと戦ってるところに勝手に加勢するのは横入りといって嫌われる可能性もある行為なのだそうだ。


 体制を立て直したエリートホブゴブリンが振るってくる棍棒をいなしつつ、これはそろそろあの借り物の試しどきなのではないかと考える。

 余裕のない状況でぶっつけ本番をするよりも、雑魚相手で具合を確かめておいた方がよいだろう。


「『邪刃解放リベレイション――人喰い雄呂血おろち――』だっけ?」


 キーワードに反応し、左手の薬指にはめた指輪が黒いオーラを放つ。

 それが収束し、手の中に闇よりも黒い刃を持つ日本刀が現れた。

 一切の光を吸い込むようなそれこそが、斬殺怪人キルレインさんの持つ武器のひとつ、『邪刃じゃじん人喰い雄呂血おろち』だった。


 キルレインさんは最大手の悪の秘密結社であるジャークダーに所属するエリート怪人にも関わらず、うちのような零細の戦闘員派遣会社にもよく顔を出してくれる人格者だった。


 用事が済んでも、ちょくちょく忘れ物をしてまたやってくるのはご愛嬌だ。

 世の中に完璧な人などいないんだなと安心させてくれる。


 俺が使っても発動するものか不安だったのだが、ちゃんと成功してよかった。

 後は目の前のなんちゃらゴブリンで試し切りをさせてもらおう。


「暗黒刀技――邪刃一閃じゃじんいっせん――!!」


 人喰い雄呂血を水平に振るうと、何の抵抗もなくゴブリンの身体が上下に両断される。

 黒いオーラが放出され、後ろに生えていた樹々まで切り倒していった。

 うっひょう、すげえ威力だ。


 刀身を確認するが、傷んだ様子は見られない。

 これなら長く使えそうだ。

 だが、武具とは消耗品である。

 試し切りもできたし、ここぞというとき以外は温存することにしよう。


邪刃封印ヒドゥン


 収納用のキーワードを唱えると、人喰い雄呂血は黒いオーラに分解されて指輪に吸い込まれていった。

 ホント便利だなあ、これ。

 戦闘員にもこういう武器を支給してくれればヒーローにも勝てるかもしれないのに。


 いまさら思ったところでしょうがないことを心の中で愚痴っていると、ゴゴゴゴと低い音を立ててゴブリンの後ろの地面がスライドし、階段が現れた。

 なるほど、階層ボスとやらを倒すとこうやって隠し階段が現れる仕組みなのか。


「あ、あの、ありがとうございました」

「……おじさん、ありがと」


 振り返ると、腰を抜かした二人が地面にへたり込んだままお礼を言ってくれていた。

 ごめんよ、急にあんな大技じゃびっくりしちゃうよね。

 あと俺は十代だからね、おじさんじゃないからね。


 * * *


 階段を降りていくと、二人も後ろからついてきた。

 階層ボスが守っている階段は、一定時間がたつとまたふさがってしまうらしい。

 そしてまた同じボスが出現するのだそうだ。

 なんとも不思議な仕組みである。


「あの、おじさんは何者なんですか?」

「何者っていわれてもなあ……。あと、お兄さんでお願いします」

「あっ、ご、ごめんなさい。お兄さん」

「……お兄さん」


 若干涙目で訴えたらお兄さんに訂正してくれた。

 なんだかすごく悲しい気持ちになるのはなぜなのだろうか。

 まあそれはともかく、ごまかすメリットもないし正直にぶっちゃけてみよう。


「うーんと、いまの立場で言うなら無職です」

「「無職……」」

「前職は悪の組織の戦闘員でした」

「「悪の組織?」」

「退職を機に職場を爆破して、ダンジョンに逃げてきました」

「「爆破!?」」


 二人のリアクションが想定通りでうれしくなってしまった。

 社則では悪の組織の戦闘員だってことは秘密にしなきゃいけないから、こうやって一般人にぶっちゃけたのははじめてのことだ。

 なんだかすごい気分がいいな。


 歩きながら、つい調子に乗って前職の愚痴を色々話してしまった。

 悪の組織の悪辣な中抜き構造にはじまり、いつまでも認められない昇給、ヒーロー団体との癒着、ああ、そういえば人気のイケメンヒーローが4股かけて女性ファンに刺されてたな。あれはジャスティスパープルだったっけ?


「悪の組織も大変なんですね……」

「……ヒーローもえげつない」

「本当にどうしようもない業界だよ。おまけに死亡以外の退職は認められず、逃げたら追手を差し向けて処分するって、忍者かっつーの」


 ここまで話して俺の方はかなりすっきりしたのだが、二人の表情は引きつっていた。

 いかんいかん、一方的に話しまくるのはモテない男のムーブだと先輩が言ってたな。

 こちらから質問して二人にも話をさせないと。


「そういえば、二人は学生さんなの?」

「はい。正確には学生だった、というべきですかね……」

「……私たちも、逃げてきた」

「へ?」


 逃げてきた?

 小遣い稼ぎでダンジョンに潜る学生もいるっていうから、その手の子たちなのかなと思ってたんだけど、もしかして二人も悪の組織の戦闘員だった?


「いえ、違います。私たちはいわゆる魔法少女というもので……」

「……皇立桜花蘭おうからん魔法少女中等学校。略してマジョッコ」


 あー、あー、なんか聞いたことがあるな。

 魔法少女を専門に育成する学校だっけ。

 業界が違うから俺が戦うことはなかったけど、異次元から攻めてきた暗黒生命体から世界を守ってるんだっけ?


「はい、そのとおりです」

「……戦いは日曜の朝に中継されてる」


 知ってる知ってる。

 俺の勤務戦ってる時間とかぶるから見たことはないけど。

 でもなんでわざわざ逃げてきたの?

 魔法少女とかカッコいいじゃん。


「それは……」

「……卒業試験で、相棒バディと殺し合いをさせられる」

「へ?」


 今度は俺の方が引きつった顔をする番だった。

 卒業試験で相方と殺し合いをさせるとか、それこそ忍者じゃない?


「だから逃げてきたんです」

「……シオリは殺せない」

「いやー、それは逃げるよねえ」


 魔法少女業界はこっちと違ってもっとキラキラしているものだと思っていたのだが、蓋を開ければこちら同様真っ暗闇だったようだ。

 ひょっとしてヒーロー育成学校でも似たようなことやってたりするんじゃねえか……。

 あいつら明らかに格下の戦闘員でも容赦なくぶん殴るし、人の心を無くしているとしか思えないところあるし。


 いかんいかん、話題がすっかり暗くなってしまった。

 何か他の話題を探さねば。

 あっ、そういえばシオリってメガネちゃんの名前なの?


「メガネちゃんって。はい、私の名前ですよ」

「……ボクはトウコ」

「ごめんごめん。俺はマサヨシだ。正義って書いてマサヨシ」

「悪の戦闘員なのに正義?」

「……悪の戦闘員なのに」

「そ、悪の戦闘員なのに正義なんだよ」


 二人がくすくすと笑っているのを見て俺は心の中でガッツポーズをする。

 これは鉄板ネタなんだよな。

 現場に入るときの自己紹介でこれをやると大抵ウケた。

 顔も知らない両親よ、この名前を与えてくれたことだけは感謝するぜ。


 くだらない雑談をしながら長い階段を降りていくと、第四層にたどり着いた。

 今度の階層も草原らしく、ゆれる葉の海が夕日を照り返して黄金色に輝いている。


「マサヨシさん、提案なんですが」

「何?」

「よかったら、一緒に深層を目指しませんか?」

「……旅は道連れ」

「あー、お互いにお尋ね者だもんね。やっぱり二人も亜人の都市だとか、異世界を目指してるの?」

「はい」

「……うん」


 そういうことなら断る理由もないかなあ。

 率直に言って、俺は腕っぷしには自信があるが、おつむの方には自信がない。

 二人とも魔法使いってことは頭もいいのだろう。


 ダンジョンには謎解きリドルもあると聞いたし、自分だけでは突破できない関門も二人がいればなんとかなるかもしれない。

 それに、男の一人旅よりも女の子と一緒の方が楽しいに決まってる。


「よし、それじゃ一緒に行こうか」

「やった! よろしくお願いします!」

「……よろしく」

「こちらこそよろしくね」


 というわけで、三人パーティになって迷宮探索の再スタートだ。

 もう日が暮れそうだから、とりあえず野営の準備をしなくちゃだけど。


 * * *


 ――杉並第二ダンジョン第十層深部「岩山エリア」


「十層まで来るのに1週間か。思ったよりかかったなあ」

「普通の冒険者に比べたらずっとハイペースですよ」

「……実習で潜ったときは、2週間かけた」


 旅の道連れができた俺たちは、さらに速度を上げてダンジョンを潜っていた。

 潜ると言いつつ、いまは岩山を登ってるんだけど。

 ダンジョンの地形はマジでわけわからん。


 急坂続きでなかなかしんどいが、俺だけでなく、マジョッコを逃げ出した二人にも追手がかかっているそうなのでのんびりはできないのだ。

 俺の方はアジトを爆破しているからその分で時間稼ぎができていると思うのだが、マジョッコの方はフリーハンドだ。

 二人の予想になるが、門限通りに寮に帰っていない時点で探査魔術が使われている可能性が高いらしい。


「……右上、岩場の影に何かいる」

「りょーかーい。チャー、シュー、メーンっ!」


 棍棒で足元の石ころをゴルフスイングで殴りつけ、散弾のように岩場に浴びせる。

 すると岩陰から2枚の羽をはやした人型が飛び立っていった。

 棍棒は第3層のボスから頂戴した代物だ。

 リーチも長いし、やたらに頑丈なので重宝している。

 あの戦闘以来、人喰い雄呂血も温存できているのでありがたいことだ。


「ガーゴイルもどきですね」

「またかー」

「……ガーゴイル天国」


 シオリちゃんがメガネをくいっとさせてさっきのモンスターの正体を教えてくれる。

 本来のガーゴイルは魔法生物ゴーレムに分類され、人工的な建造物に警備として備え付けられていることが多いそうだ。


 そして先ほど逃げていったのはガーゴイルもどき。

 岩のように硬い皮膚を持ち、背中にある2枚の羽で飛び回るという点はガーゴイルと変わらないが、血の通った肉のあるれっきとした生物なのだそうだ。

 食用も可能らしいのだが、臆病ですぐに逃げるせいで先ほどから捕まえられていない。


「食料も乏しくなってきましたし、そろそろ何か捕まえたいんですが」

「携帯食はまだまだあるけどね」

「……それは最後の手段」


 なんでモンスターの正体にこだわっているのかと言えば、手持ちの食料が少なくなってきたせいなのだ。

 1層のコウモリや3層のオオカミのように好戦的なモンスターであれば狩るのに苦労はしないのだが、9層以降は逃げ回るモンスターばかりで追加の食料を確保できていないのである。


 食料が切れたら地上に戻る、というごく当たり前の対策が取れない俺たちにとって食料の確保は重要な問題だ。

 時間をかけて保存食を作る余裕もないし、行きあたりばったりにモンスターを狩って食うのがメインの食料調達手段になるのは避けられないのだが……。


「まあ考えても仕方がないし、ひとまず10層ボスまで進んじゃおうか」

「そうですね」

「……致し方なし」


 * * *


 二人が持っていた有料のガイドブックの地図に従い、10層ボスのいる近くにまで辿り着いた。

 道中で問題になるようなモンスターには出会わず、また食料として捕まえられるモンスターにも出会わなかった。


 10層のボスは岩山の山頂にある岩戸を開けると中で待ち構えているらしい。

 なかなか貴重な素材を落とすらしく、再発生を待つ冒険者達が周辺でキャンプを張って待機していた。


 これ、順番待ちしなきゃいけないのかなあ。

 素材は譲るから、割り込みさせてもらえないだろうか。


「すんませーん、そこのお兄さんたち」


 というわけで、さっそく交渉だ。

 岩戸の一番近くでたむろしているお兄さんたちに声をかけてみた。

 顔中傷跡だらけの強面で、いかにもベテラン冒険者って感じだ。


「ああン? なんか用か、兄ちゃ……え、ジャージ?」


 使い込んだ革鎧を着たスキンヘッドの兄ちゃんが振り返り、俺の姿を見て固まる。

 うんうん、わかるよ。

 なんか5層から10層は中堅冒険者向けで、そっから先は上級冒険者向けだって話だ。

 俺みたいな、近所を散歩してるような格好の人はまったく見かけないもんね。


「あの、実は俺たちですね、先を急いでまして。分け前はいらないので、次の順番が来たら交ぜてもらえないっすかね?」

「ダメに決まってんだろ。そうやって経験値を吸おうなんてしても、受けてくれるやつなんていねえよ」


 経験値? 経験値とはなんぞや。

 すげなく断られてしょんぼり戻ってきた俺に、シオリちゃんとトウコちゃんが教えてくれる。


「経験値というのはですね、ダンジョンのモンスターを倒すと手に入るもので、一定以上入ると魂の格レベルが上がって、身体能力や魔力が上がるんです」

「……経験値も知らなかったとか、ビビる」

「へー」


 シオリちゃんたちは魔法少女になるための修行の一環として、ダンジョンには何回も潜ったことがあるらしい。

 レベルが上がると強くなるので、卒業までに10レベル以上にすることが義務付けられていたのだそうだ。


 ゴブリンに換算すると、一人で100匹くらい倒すと10レベルに達するそう。

 さすがは魔法少女育成の名門校である。

 卒業試験に殺し合いがある点も含めて、殺意の高すぎるカリキュラムだ。


「それで、二人はいま何レベルなの?」

「私は13レベルですね。この1週間で2レベルも上がっちゃいました」

「……ボクも同じ」

「それで、俺はいま何レベルなの?」

「いや、それはわからないですって」

「……ボクに聞くな」


 二人がどうやって現在レベルを把握しているのか聞いてみると、冒険者カードを見せてくれた。

 冒険者カードは俺も持っているんだけれど、最低料金で作った単なる身分証明書だ。


 追加料金を支払うとオプション機能が付与されて、いま現在の自分のレベルや、魔力の残量などを表示してくれるとのこと。

 二人の冒険者カードを確認すると、レベル欄にはたしかに13と表示されていた。


「あと、気になったんだけど、このジョブって何? 中学生じゃまだ就職できないと思うんだけど」

「ああ、ジョブというのはそういう意味じゃなくてですね……」


 ジョブというのは、レベルアップによって得られる強化の方向性を定めることのできるものなのだそうだ。

 シオリちゃんは白魔道士で、トウコちゃんは黒魔道士。

 白魔道士は回復や補助などを得意とする魔法職で、黒魔道士は攻撃魔法を得意とするのだそうだ。


「じゃあ、俺のジョブは何なの?」

「……だからボクたちに聞くなって」


 俺の冒険者カードには顔写真と住所氏名、それに有効期限くらいしか載ってない。

 二人の冒険者カードにはレベルやジョブの他に、ステータスとかいう数値も細々書かれている。


 これが所得と資産が生み出す情報格差ってやつか。

 貧乏人は正しい情報にすらたどり着けないのだ。


「なんか違う気がしますけど」

「……ひがみ根性だ」


 たしかに、昼飯を数回我慢すれば足りるくらいの金額で冒険者カードのアップグレードはできたはずだ。

 ま、いまさら悔やんだところで仕方がない。

 俺はもう過去は捨てた男だ。前を向き、未来だけを見て生きよう。


「というか、レベル1であの強さだったんですね」

「……ドン引き」


 ほぼ毎日、生き延びるために必死で戦ってたからねえ。

 サディストのヒーローたちが暴れまわる採石場に比べたら、ダンジョンなんてぬるま湯みたいなものですよ。


 ともあれ、経験値というのは一緒に戦った仲間で分配されてしまうものらしい。

 援軍が欲しいパーティならわざわざこんなところでキャンプは張っていないだろう。

 素直に順番待ちをするしかなさそうだ。


 というわけで、ダンボールを敷いて野営の準備だ。


 * * *


 6~7時間くらい待って、ようやく俺たちの順番が回ってきた。

 この階層のボスはだいたい2時間に1度くらいのペースで復活するらしい。


 ただの岩壁だった場所にすうっと線が走り、扉の輪郭が現れる。

 これがボスが復活した合図だ。

 先にボスを倒したパーティは、また最後尾に並び直している。

 中に居座っていれば独り占めできるんじゃないだろうか。


「人が見ていると復活しないらしいですよ」

「恥ずかしがり屋さんなのかな?」

「……それは違うと思う」


 岩戸をぐいっと押して中に入ると、大きな空間が広がっていた。

 壁際には松明たいまつがかけられていてけっこう明るい。

 松明なんて長持ちしないだろうに、誰が取り替えてるんだろうな、あれ。


「余計なことを話している場合じゃないですよ」

「……油断大敵」


 おおっと、そうだった。

 ここはボス部屋なんだな。

 棍棒をかまえて中へと進む。

 部屋の奥にはエリートホブゴブリンよりもさらに巨大な人影があった。


 身長は俺の2倍以上。

 そのくせ、地面につきそうなほど長い腕をしている。

 皮膚は岩のようになっていて、いかにも硬そうだ。

 ゴブリン棍棒でダメージは入るんだろうか?


 俺たちが部屋の中央まで進むと、岩の怪物はゆっくりと歩きはじめた。

 ロックトロールというモンスターらしい。

 一歩ごとにずしんずしんと地面が震動する。

 体重は1トン以上ありそうだな。


「とりあえず、つっかけてみる」


 全速力で突進し、飛び上がってロックトロールの脳天に棍棒を振り下ろす。

 衝撃でロックトロールがのけぞるが、致命傷にはほど遠そうだ。


「援護します! 武器強化エンチャントウェポン!」

「……装甲剥がしアンチアーマー


 シオリちゃんの魔法により、棍棒に薄っすらと光るエフェクトが入る。

 反対に、トウコちゃんの魔法はロックトロールの全身にまとわりつく闇のようなものを発生させた。


 前者が武器の攻撃力を増す魔法で、後者が敵の防御力を下げる魔法だそうだ。

 説明してもらったけれども結局原理は理解できなかった。

 ともあれ、有効であるのは間違いないのだから、ありがたく恩恵に預かる。

 この魔法のおかげで棍棒一本でここまで来れたのである。 


 続けてぼこんばかんと殴りつけると、面白いようにロックトロールの皮膚が砕けた。

 反撃で長い腕を振り回してくるが、すっとろいのでまるで当たる気がしない。

 このまま問題なく押し切れるだろう。


 なんて、甘いことを考えていた時代が俺にもありました。


「おほほほほほほほほ! 相変わらずぱっとしない魔法を使っておりますのね!」

「アメリアちゃん、ぱっとしないとかそういう言い方よくないよう」


 ロックトロールの背後に光り輝く魔法陣が現れ、そこから二人に少女が現れたのだ。

 一人は金髪縦ロールのザ・お嬢様という風貌。

 もうひとりは黒髪のロングストレートで和服を着たザ・大和撫子だ。


「アメリアちゃんにアイカちゃん!?」

「……なんで二人が」


 シオリちゃんとトウコちゃんが驚きの声を上げている。

 俺も驚きの声を上げたいが、ロックトロールを殴っている最中なので声が出せない。

 なんか疎外感を感じてさびしい。


「決まっているじゃない、あなたたちが卒業試験から逃げ出したから、わたくしたちが追手に選ばれたのですわ」

「そういうことなの。ごめんね、あなたたちを殺せば、私たちの卒業試験は免除になるんだって」


 うわー、マジョッコから来た刺客だったのか。

 俺の方悪の組織より早く来るなんて想定外だったな。

 そっちの業界は詳しくないから、無意識のうちに甘く見てしまっていた。


「簡単に殺されるわけにはいかない! それに、あなたたちだって殺し合いなんかしたくないでしょ!?」

「……一緒に逃げちゃえ」


 うんうん、そうそう。

 女の子同士……というか、人間同士が殺し合うなんて健全じゃないよ。

 俺も悪の組織暮らしが長すぎて感性が死にかけてたけど、暴力反対、平和万歳です。

 って全力で同意したいのだけれど、ロックトロールを殴るのに忙しくて口が出せない。


「ふん、それは平民の考えですわね。わたくしたちには血を流してでも叶えなければならない責務がありますの!」

「私たちが逃げて、暗黒生命体が地球に攻め込んできたら絶滅だからね……。嫌だけど、やるしかないんだよう」


 そういうと、金髪縦ロールアメリアは腰の細剣レイピアを抜き、大和撫子アイカは空中に生じた魔法陣から大鎌を引き出して構えた。

 ええ……大鎌とか魔法少女の武器としてアリなの?


 とにかく、このままではマズイ。

 シオリちゃんもトウコちゃんも遠距離専門で近接戦闘が得意なタイプじゃない。

 距離を詰められたらあっという間に追い込まれてしまうだろう。


 というわけで、


「だぁぁぁあああっっっしゃぁぁぁあああ!!!!」


 渾身の力を込めてロックトロールの腹をかち上げる。

 宙に浮いたそれをドロップキックでさらにふっ飛ばした。

 ふっ飛ばした先はもちろんアメリアとアイカの二人組だ。

 二人は左右に跳んで吹っ飛んできたロックトロールの巨体をかわす。


「さっきからボコスカとうるさいですわね! あなた誰ですの!?」

「部外者は下がっててほしいよう」

「うーん、部外者じゃなくて、仲間なんだよね」


 地面でのたうっているロックトロールを一旦放置して、シオリちゃんとトウコちゃんの前に立つ。


「あの二人は強いの?」

「強いです。まだ変身できないのに、現役の魔法少女なみの実力があります」

「……マジョッコ史上最強」


 マジかー。

 魔法少女っていうと、たぶんこっちの業界のヒーローなみの強さでしょ。

 こりゃ俺も手を抜いてられないぞ。


「本気出すから、援護よろしく」

「わかりました!」

「……了解」


 俺たちのやり取りを見たアメリアとアイカが笑う。


「本気ですって? 一般人が魔法少女にかなうと思っているのかしら?」

「女の子だと思って甘く見るのはよくないよう」

「いや、俺も悪の組織の……いやいや、たしかにいまはもう一般人か」


 とりあえず棍棒を捨て、邪刃を解放して正面に構える。

 暗黒のオーラを放つ人喰い雄呂血を見て、魔法少女たちの表情が変わった。


「その邪悪なオーラ……まさか暗黒生命体の手先!」

「そうか、おまえがシオリとトウコをたぶらかしたんだ!」


 暗黒生命体とかいうのは知らんし、たぶらかすも何も知り合ったのは二人がマジョッコから逃げた後なんだけど……。

 まあ、ヘイトが俺に向かう分にはやりやすい。

 俺を放って後ろの二人を狙われる方が危なかった。


 ついでにも入れておく。

 発動前に押し切られたらマズイが、防戦に集中すればきっと大丈夫だろう。


 ……なんて考えていた俺が甘々でした。

 この短時間で何度自分の甘さを痛感させられたことか。

 もう、穴という穴から砂糖が漏れ出そう。


 激高した二人は得物を手に俺へと殺到した。

 レイピアによる、機関銃のような刺突の連撃。

 大鎌による攻撃は大きく避けざるを得ず、体勢を崩しそうになる。

 そこへまたレイピアによる鋭い追撃。


 あっという間に俺のジャージがボロボロになっていく。

 紙一重でかわし……きれずに浅手を負いまくっている。

 いつ致命傷をくらってもおかしくない。

 あれほど忌々しく思っていた中途半端な力が早く発動してくれないかと焦るほどだ。


 かわす、かわす、かわす。

 受ける、かわす、かわす、受ける。

 数十秒にも満たない攻防が、何十分にも、何時間にも感じられる。

 切りつけられた痛みを感じる暇もない。

 呼吸をする暇もない。

 腹の奥が熱くなってくる。

 おお、おおお、これはきたか……!!


 突然、視界が明瞭になる。

 速すぎて目で追うのが精一杯だったアメリアとアイカの動きがスローモーションになる。

 血液が沸騰し、力がみなぎる。

 レイピアの一撃を右手の雄呂血で弾き飛ばし、左手で大鎌の刃を掴んで止める。


 やった、間に合ったぜ!


「なんですの……そのおぞましい姿は!」

「手を離せっ! けがらわしい!」


 離せって言われても離さないよー。

 時間制限付きのパワーアップなのだ。

 ここで一気に決めないと時間切れになってしまっては勝ち目がない。


 鎌を掴んだ左手を引き、アイカの腹に膝蹴りを叩き込む。

 アイカは体をくの字に曲げて崩れ落ちた。

 気を失っただけだよな?

 内臓破裂とかしてないよな?

 まあ、魔法少女とか言うくらいだし、即死でなければきっと治せるだろう……。


 続けてアメリアの正面に跳ぶ。

 急上昇したスピードに認識が追いついていないのだろう、防御姿勢も取れていない。

 その瞳には醜く変貌した俺の姿が映っていた。

 あーあ、適当に肉をこねてひっつけたような姿には俺自身も引くくらいだ。

 ちびっこがテレビで見たらおしっこもらしてトラウマになるわ。


 なんてしょーもないことを考えつつ、アメリアの顎先へ裏拳を一撃。

 脳震盪に陥り、糸が切れた人形のように倒れ伏す。

 ふいー、これで一旦無力化完了。

 シオリちゃんとトウコちゃんの方を振り返ると、やっぱりびっくりして固まっている。

 うーん、そうだよねえ、この姿、インパクトが強すぎるんだよねえ。


 これが俺の切り札であり、なるべく使いたくない技である「1分間のワンミニット怪人ファントム」だ。

 ほんの短時間だが上級怪人なみの力が発揮できるという能力である。


 ちなみに正規の怪人化手術は受けていない。

 組織から、健康診断と偽って怪人細胞を注入されたのだ。

 隠されていたが、噂では適合しなかった同僚が何人か廃人になっているらしい。

 マジでブラックなんてもんじゃないぞ、あの職場。


 一息ついていると、全身から熱が抜けていく感触がする。

 というか、実際蒸気が噴き出している。

 変身タイム終了だな……ってその前に、ひとつ仕事を忘れてた!


 完全に蚊帳の外になっていたが、ロックゴーレムが視界の端でふらふらと立ち上がっていた。

 素早くそちらに跳んで、十文字に分割。

 再生能力が高いらしいから、念のためにバラした身体を離れたところに蹴り飛ばす。


 そこまでしたところで、蒸気の噴出が止まった。

 全身から力が抜けていき、膝をついてしまう。

 これが「1分間のワンミニット怪人ファントム」のもうひとつの弱点だ。

 変身が終わるとフルマラソンを走りきった直後みたいに疲れ切ってしまうのだ。


「大丈夫ですか、マサヨシさん!」

「……回復ポーション、いる?」


 大丈夫、ちょっと休めば動けるから……と言いたいのだけれど、息切れしてしまって声が出ない。

 代わりに震える手でアメリアとアイカの方を指差す。

 気を失ってはいるが、致命傷は与えていない。

 いまのうちに拘束しないと、意識が回復したらまた戦闘になってしまうだろう。

 俺の意図を察した二人がロープでアメリアとアイカを縛ってくれた。


「マサヨシさん、そんな力まで持ってたんですね」

「……若干、ピーキー」


 拘束を終えたシオリちゃんとトウコちゃんが俺の心配をしてくれる。

 シオリちゃんは疲労回復の白魔法をかけてくれているようだ。


「こわく、ないの?」


 ぶっちゃけ、変身時の俺の姿はこのダンジョンで出会ったどのモンスターよりも醜くて恐ろしいものだった。

 不細工すぎて、せっかく怪人になれたのに正怪人としては認められず、変身禁止令まで出されるほどだった。

 いくら魔法少女候補だといっても、女子中学生には刺激の強すぎるビジュアルだろう。


「マサヨシさんは優しいですから、怖くないですよ。アメリアちゃんたちも殺さないでくれましたし」

「だって、友達、なんでしょ?」

「……悪魔の毒々モンスターみたいで、カッコいい」

「悪魔の、毒々、モンスター?」


 そんな俺の内心を悟ったのか、二人がフォローをしてくれる。

 トウコちゃんのセンスについては議論の余地がある。


 その間に、ずごごごごと何か重量物が引きずられる音が聞こえてきた。

 部屋の奥の壁がスライドして、地下に続く階段が現れたのだ。


 俺はよろよろと立ち上がって、二人に声をかけた。


「それじゃ、11層行ってみようか」

「「はい!!」」


 ぐずぐず考えてたってもう仕方がない。

 目指すは悪の組織もヒーローも、ついでに魔法少女もいない憧れの異世界だ!


(了)

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悪の組織を退職したのでダンジョンに逃げ込みます 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai

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