第3話 マリとの生活が始まる。

 翌朝、目が覚めて、気がつくと、隣にいたはずのマリがいなかった。

もしかして、いっしょに寝たのは、夢だったのか?

そんなはずはない。一晩中、腕枕していたので、右手の感覚がない。

それが何よりの証拠だ。

 じいちゃんに朝飯を作らなきゃと思って、急いで起きると、制服に着替えて

階段を降りた。その途中から、何かいい匂いがする。

「ひろしさん、おはようございます」

 エプロン姿のマリが振り向いてそう言った。そうか、今日から、マリが朝食を作るんだ。それじゃ、やっぱり、昨日のことは、夢じゃなかったんだ。

俺は、やっと痺れが取れてきた右手を見つめた。

「おはよう」

 俺は、朝食を作っているマリに挨拶した。その後姿が、ものすごく美しく

見えた。

「もうすぐ出来ますからね。顔を洗って、歯を磨いてきてください」

 俺は、言われるままに洗面所に向かった。

顔を洗ってタオルで拭いていると、トイレからじいちゃんが出てきた。

「何だ、今頃起きてきて」

 こんな朝からじいちゃんが起きているなんて、すごく珍しいのだ。

「今日から、うまい朝飯が食えるなんて、夢のようじゃな」

 そう言って、じいちゃんは、廊下を歩いていく。

俺は、一瞬にして、昨夜のことを思い出した。

やっぱり、夢じゃなかったんだ……

きっと、今日から俺は、世界中で一番の幸せ者なんじゃないかと思った。

 ダイニングの席に着くと、俺の前には、出来立ての朝食が並んでいた。

炊き立ての白いご飯、しかも山盛り。豆腐とわかめの味噌汁。

パムエッグ、もちろん半熟。塩鮭、納豆、お新香、海苔。日本の定番、

ザ・朝食だった。

 俺は、しばしそれを見つめていた。こんな朝飯は、じいちゃんと温泉に

行ったときの温泉旅館で見た以来だ。しかも、それって、何年前だ……

「何を突っ立っているんじゃ。さっさと食わんと、学校に遅刻するぞ」

 じいちゃんに言われて、慌てて椅子に座った。

「さぁ、召し上がれ。朝からちゃんと食べないと、勉強できないですよ」

「そ、そうだな。いただきます」

「ハイ、いただきます」

 俺とマリは、手を合わせて食事を始めた。じいちゃんは、すでに食べ始めて

いる。はっきり言って、ものすごくうまかった。

俺が作る朝食の百倍以上うまい。

「こんなにうまい朝飯を食ったのは、何年ぶりかのぅ……」

「そうなんですか?」

「ひろしが作る朝飯は、パンとコーヒーだからな」

「これからは、毎日、私が作りますわ。ひろしさんは、パンのがよかった

ですか?」

「イヤイヤ、ご飯でいいから。全然問題ないよ」

「そうですか。でも、たまには、パンもおいしいですよ」

 マリは、明るい笑顔で言った。朝から、マリを見ながら食べる朝食は、きっと世界一おいしい。てゆーか、じいちゃん、今、余計なことを言った。

「じいちゃんだって、俺の作ったものは、いつも全部食べてるだろ」

「腹が減れば、まずくても食うしかないじゃろ」

 じじいのクセに、朝から減らず口が多い。

山盛りのご飯は、いくらなんでも多すぎるのだが、なぜか、全部食べて

しまった。それほど、マリの作ったおかずがうまかったのだ。

 半熟玉子のハムエッグなんて、俺には一生かかっても作れない。

焼き加減が絶妙の焼き鮭。箸が止まらない。

 見ると、マリもうまそうに朝飯を食べている。だけど、納豆をかき混ぜて

ご飯に乗せて糸を箸でうまく切りながら食べている光景は、信じられない。

アンドロイドが納豆を食べていいのか? そもそも食っていいのか?

匂いとか平気なのか? でも、うまそうに食べている。

「マリ、納豆平気なのか?」

「ハイ、初めて食べましたが、とてもおいしいものですね」

 マリは、笑顔でそう言った。マリがそう言うなら、大丈夫なんだろう。

「時間がなくて、浅漬けしか出来ませんでした。これから、ちゃんとぬか漬けを作りますね」

「そこまでしなくてもいいから」

「いいえ、私は、ひろしさんの妻ですよ。お漬物は、家庭の味というじゃない

ですか。だから、旦那様には、おいしいお新香を食べてもらいたいんです」

「聞いたか、ひろし。お前は、幸福者じゃな」

 じいちゃんは、そう言って、俺の肩を叩く。きっと、その通り、俺は、幸せ者なんだろう。

「おいしかったよ。ご馳走様」

 俺は、そう言って、すべて完食した。

「ご馳走様でした。ひろしさん、学校の支度をしてください」

 そうだ。学校に行かなきゃ…… 俺は、時計を見て、急いで鞄を取りに

行った。

「それじゃ、行ってきます」

 俺は、そう言って、玄関で靴を履いて、ドアを開けた。

「ひろしさん、忘れ物ですよ」

「えっ?」

 俺は、ドアを開きかけて、一瞬足を止めた。

すると、マリは、俺の肩を抱いて、右の頬に軽く唇をつけた。

「行ってらっしゃいのキスですわ」

 俺の顔が一瞬にして赤くなった。きっと、体温が5度くらい上がっただろう。

俺は、宙に浮いているようなふわふわした感じで玄関を出た。

「行ってらっしゃいませ~ 車に気をつけてくださいねぇ」

 マリは、そう言って、フラフラしながら歩く俺が見えなくなるまで、

手を振っていた。


 俺は、学校に着くまで、右の頬に手を当てたままだった。

「おっす」

「おはよう」

「ウッス!」

 俺は、クラスの友だちから挨拶されても、何も返せなかった。

「おい、どうしたんだよ」

「朝から、おかしいぞ」

「頬っぺた、どうしたんだ?」

「あっ、イヤ、なんでもない。おはよう」

 そう言われて、やっと現実に戻って、頬っぺたから手を離した。

「なんか、赤くないか?」

「えっ、そう? そんなんじゃないから」

 わけのわからないことを口走った俺は、ダッシュで校門を走りぬけた。

「ごめん、先に行く」

 俺は、急いで洗面所に向かった。

何だ、俺の頬っぺたに、なんか付いているのか?

まさかと思うが、マリのキスマークとかじゃないだろうな……

イヤ、思い出すと、マリは、朝からメイクをしていた。

軽くだが化粧をしていた。当然、口紅だって塗るだろう。

リップクリームだって、今は、色が付いているのがある。

 俺は、洗面所に駆け込むと鏡を見た。

「やっぱり……」

 俺は、自分の右頬についた、ピンク色の唇型の印を見た。

俺は、慌てて水で洗いながら手で何度も擦った。

鏡で消えていることを確認してホッとすると、なぜか、ちょっと惜い気持ちが

沸いてきた。

「ちょっと、もったいなかったかも……」

 俺は、独り言のように呟いた。でも、頬っぺたにキスマークをつけて、教室に行く訳にはいかない。俺は、冷たくなった頬を撫でながら教室に向かった。

 教室に入ると、自分の席に座る。すぐにいつもの友だちが集まってきて、

昨日のテレビのこととか来週の試験の話とか、くだらない事を話すのがいつもの朝の始まりだった。

 しばらくすると、チャイムが鳴って、担任の先生がやってくる。

日直の号令で、朝の挨拶をすると、ホームルームの時間だ。

俺の担任は、体育の先生で、学校一のやる気満々をオーラに出している、

若い男の先生だ。女子生徒からは人気もあるし、男子生徒からも何かと

相談相手として、年上の先輩という感じだ。

サッカー部の顧問もしているので、いつもジャージ姿だ。

 出席を取って、来週の試験についての話をすると、一時間目の授業が始まる。

今日の一時間目は、国語だ。俺は、好きな科目なので、早速、ノートと教科書を机に開いた。

 二時間目は、数学の授業で、俺としては、ちょっと苦手な科目だった。

だけど、三時間目の体育は、もっと苦手だった。しかも、担当が、担任の先生

なので他のクラスより若干厳しいのが、個人的につらかった。

 俺は、鞄の中から体育着を取り出して、更衣室に向かおうとした。

そのとき、弁当を持ってくるのを忘れた。てゆーか、作るの忘れた。

いつも、自分で作ってくるけど、昨日からマリが食事を作ってくれている。

今朝の朝食もマリが作ってくれたから、すっかり自分で弁当を作るのを

忘れていた。

仕方がないので、購買でパンか弁当でも買おうかと思いながら更衣室に

向かった。

 体育着に着替えて校庭に出て、クラスの友だちとしゃべりながら軽く

準備運動を始める。

今日は、バレーボールなので、体育委員がボールとコートの準備をしていた。

男女に分かれてコートに広がり、試合形式で始める。

 個人的に、バレーボールなど決して得意ではない。レシーブ一つまともに

出来ない。チームに迷惑がかからないように、狭いコートの中を逃げようと

思った。

 先生が出てきてチーム分けをして、早速試合開始だ。

しばらく試合をしていると、次の試合に備えて見学している男子や女子たちが

何かざわめき出した。

「こら、見学者、うるさいぞ。ちゃんと試合を見てろ」

 先生が注意をする。しかし、その先生も、生徒といっしょになって

騒ぎ出した。試合をしていた生徒たちも、何が起きたのかと思って

一時中断する。何事かと思って、俺も他の生徒たちの方を見た。

すると、そこにいたのは、紛れもなくマリだった。

「おい、誰、アレ?」

「すっげぇ美人じゃん」

「誰かのお姉さんかしら?」

 まずい。これは、絶対にまずい。クラスのやつらにマリを見られたら、

絶対まずい。なのに、マリは、金網越しに俺に向かって手を大きく振っている。

「誰かの保護者じゃないの?」

「だけど、あんな人、生徒の保護者にいたかな?」

 先生までがそう言いながら、金網にいるマリに向かって歩き出した。

先生に見つかったら、どう説明するんだ。まさか、俺の奥さんです、なんて

言えるわけがない。他の生徒たちも金網に近づいていく。

 そんな時、俺と目が合ったマリは、大きな声で俺を呼んだ。

「あっ! ひろしさーん、お弁当忘れてますよ~。ひろしさ~ん」

「えっ? お前の母ちゃん?」

「ウソッ、ひろしくんのお母さんて……」

「それじゃ、誰よ?」

「ひろしに姉ちゃんいないだろ」

 もうダメだ。クラス中にマリのことを知られてしまった。

そんなこととは知らずに、マリは、俺に向かって、笑顔で手を振っている。

「お弁当、届けにきました。今、持って行きますねぇ」

 そう言うと、ニ、三歩後ろに下がり、思いっきり駆け出す姿勢を見せた。

「まずい。マリー、ちょっとストップ」

 俺は、友だちをかき分けて、全速力で金網にへばり付いて叫んだ。

「ストップ、ストップ。ちょっと待って」

 俺の声を聞いて、マリは、姿勢を正してゆっくりと金網に近寄った。

俺のカンが当たっていれば、マリは、金網を跳び越す気だ。

マリの脚力とジャンプ力なら、校庭のフェンスなんて、軽く跳び越せる。

「ひろしさん、お弁当です。でも、これ、どうやって渡しますか?」

「あっち、あっち」

 俺は、左を指差した。そこには、一メートルほどの生徒の通用門がある。

マリは、俺が歩いて行くのに付いてくるように、歩いていった。

そして、通用門越しに弁当を受け取った。

「ハイ、ひろしさん、お弁当です。忘れないでくださいね」

「あ、ありがとう。だけど、何で、学校の場所をわかったんだよ?」

「博士に教えてもらいました」

 あのじじい、また、余計なことを教えやがって…… 帰ったら覚えてろ。

「ねぇ、お姉さん、ひろしのなんなの?」

「お名前はなんですか?」

「もしかして、ひろしくんの新しいお母さんですか?」

 俺は、すっかりクラスの友だちに囲まれていた。そして、目の前のマリに

質問攻めが始まった。

「私は、マリと言います。ひろしさんのつ……」

「はいはい、そこまで。もういいから、早く帰って。まだ、授業中だから」

 危なかった。ひろしさんの妻です、なんて言ったら大騒ぎになる。

もう、冷や汗ものだ。

「もう大丈夫だから」

「そうですか…… では、これで失礼します」

 俺は、かなり無理やりマリを返そうとした。マリには悪いが、後で謝れば

いいと思った。

マリは、俺の気持ちを察したのか、深々と頭を下げた。

その後も、頭をペコペコさせながら帰っていく。ホッとした。

これで、とりあえず、危機は去った。そう思った瞬間だった。

「みなさーん、ひろしさんをよろしくお願いしますね。ひろしさんと仲良くしてくださいねぇ」

 マリは、大きな声でそう言うと、両手をブンブンと大きく振った。

クラスの友だちも釣られて、大きな声を出して手を振り替えしている。 

やってくれた。そこまでするとは思わなかった。こりゃ、後が大変だぞ。

 マリの姿が小さくなると、クラス中のやつらが俺に視線を集中する。

それも先生までが……  

「お前、あの人とは、どんな関係なんだ?」

 先生は、腕組みをして、厳しい目で俺に聞いてきた。

なんて答えたらいいんだ? ホントのことは言えない。どうやって誤魔化す……

「あの、その…… 親戚の人で、じいちゃんの助手みたいなもんです」

 我ながら苦しい言い訳だ。でも、とっさに思いついたのは、それくらいしか

なかった。

「いっしょに暮らしてるのか?」

「昨日から……」

「昨日から!」

 先生の声が裏返る。生徒たちの中からは、どよめきが起きる。

「ひろし、あの人、いくつなの?」

「名前、なんて言ったっけ?」

「結婚してるの?」

「彼氏はいるの?」

 彼氏はいます。しかも、お前らの目の前に…… さらに結婚もしてます。

でも、言えない。

「マリって言うんだったかな……」

「はっきりしろよ。弁当まで、届けてもらって、羨ましいぞ」

 はっきりなんて言えるわけがない。だけど、今、俺が持ってる弁当は、

現実なんだ。こうなると、もう、授業どころではない。

バレーなんてそっちのけだ。先生まで調子に乗って、生徒たちと俺にいろいろ

聞いてくる。俺は、嫌な汗をかきながら、適当に誤魔化すしかなかった。

だけど、口篭ってしまう。

「もしかして、愛妻弁当とかじゃないだろうな」

「まさか、だって、ひろしは高校生だぜ」

 一瞬、その言葉に反応しそうになった。ドキッとして、心臓が止まりそう

だった。

「全然違うから。そう言うんじゃないから」

 俺は、顔を引きつらせながら言った。そのとき、授業終わりのチャイムが

なった。助かった。俺は、ホッとして、弁当を持って更衣室に駆け込んだ。

しかし、俺の悲劇は、これからだった。


 次は、昼休み。弁当の時間だった。俺は、手にした弁当箱を机に置いたまま

見つめていた。

俺の予感が当たれば、この弁当の中は、今まで自分で作ったような弁当では

ない。弁当を包んでいる袋からして、ピンク色の水玉模様だ。嫌な予感がする。

 時間になると、俺たちは、銘々仲がいい人同士で机を付け合って、何人かの

グループで弁当を食べるわけだが、俺といつも食べているやつらは、

特に危険だ。

「可愛い弁当の袋じゃん」

「女子力満点だな」

「早く中を開けて見せろよ」

 俺の弁当の中を早く見せろと言い出す始末だ。出来れば、今日だけは、一人で食べたい。しかし、そんなことが出来るはずもなく、仕方なく俺は袋を空けた。

 すると、中から、三段重ねの弁当箱が出てきた。

「豪華じゃん。いつものお前の弁当と、全然違うぞ」

 一番上は、丸い小さなタッパーだ。まずは、それを開けてみた。

「おおぉ…… デザートかよ」

「やるねぇ!」

 蓋を開けると、ウサギのリンゴが三つ入っていた。とりあえず、蓋を閉めて

最後に食べよう。残り二つの弁当箱を並べた。きっと、このうち一つは、

ご飯で、もう一つはオカズなのだろう。

 弁当箱も、可愛い動物の絵が描いてある。蓋を開けるのがこんなに苦痛とは

思わなかった。

「早く開けて見せろよ」

 急かされて、そっと蓋を開けた。しかし、開けた瞬間、すぐに閉めた。

「なんだよ。別に減るもんじゃないんだから、見せてみろよ」

「イヤ、いいから……」

「せっかく、作ってくれたのに、食べないのかよ?」

 わかってる。わかってるけど、こいつらの前で蓋を開けられない。

だって、そこには、海苔で『LOVE』と、切り抜かれてあるからだ。

海苔弁だけならいいが、LOVEはないだろう。どうする、この危機を

どう乗り切る……

 しかし、哀れにも、後ろから友だちに羽交い絞めされてしまった。

「放せよ。何だよ……」

「いいから、蓋を開けてみろ。別に食ったりしないから、安心しろって」

「やめろよ、離せよ」

 しかし、ビクともしない。何しろ、羽交い絞めにしてる奴は、柔道部の

主将だ。

「それじゃ、開けまーす」

 前にいるやつが、そう宣言すると、蓋を開けた。

「うわぁーっ! おいおい、見てみろ、ひろしの弁当すげぇーぞ」

「なになに、どうしたの?」

「うっそぉ! 」

「やだぁ……」

「マジかよ」

 高校生の弁当に、LOVEなんて書いてあったら、そりゃ、みんな見るに

決まってる。

俺は、捕まれたままだが抵抗するのをやめて力を抜いた。

「それじゃ、続いて、オカズの方を見てみましょう」

 蓋を開けると、そこには、俺もビックリするような見事なオカズが

詰まっていた。

「マジですか!」

「豪華すぎるでしょ」

「これ、あの人が作ったの?」

「ひろしくん、モテモテじゃん」

 俺でも作ったことがない弁当だった。俺がいつも作っているのは、冷凍食品を温めただけでオカズと言っても、茶色ばかりで、文字通り男の弁当だった。

 それに引き換え、ここにある弁当は、まさに弁当というには完成度が高い。

卵焼き、から揚げ、ほうれん草のおひたし、ミニトマト、きゅうりの漬物、

焼き鮭と栄養のバランスもよく、彩り豊かで、見た目も鮮やかでおいしそうだ。

「すげぇじゃん」

 羽交い絞めにしている奴も、思わず手を離して俺の弁当を見ている。

「俺の母ちゃんの弁当と、偉い違いだぜ」

「女子のあたしたちより、すごいわ」

 見られたからには、もう隠して食べることはない。この際だから、堂々と

食べてやろうと思った。俺は、椅子に座り直すと、まずは、海苔弁から

一口食べる。

「う、うまい……」

 思わず口に出てしまった。海苔はちゃんと二段になって、その下にかつお節が散りばめられて軽く醤油もかかっていた。冷えてもご飯は硬くなくて、ちゃんと米の味がした。

「お、おい、オカズの方も食ってみろよ」

 友だちに言われて、とりあえず卵焼きを一口食べる。

「どう、うまいの?」

「どんな味がするのよ?」

 もはや、テレビの食レポみたいだ。みんなが注目する。

実際、おいしかった。冷めているのに、玉子はフカフカでダシの味もほのかに

感じる。から揚げも決してベチャベチャにもならず、カラッとしていて、

中はジューシーだ。焼き鮭は少し焦げているのがたまらない。

皮までパリッとしている。

ほうれん草のおひたしとキュウリの漬物は、サッパリして、おいしかった。

こんなの高校生の弁当としてのレベルではない。

 俺は、みんなが見ている前で、ペロッと食べてしまった。

そして、最後は、デザートウサギのりんごだ。後味が爽やかで、最高にうまい。

「アレ、なにこれ? なんか入ってるぞ」

 前で食べてるやつが何かに気が付いたらしい。

弁当箱と袋の下にメモが挟まれていた。

「なになに、ひろしさん、おいしかったですか?」

「おいおい、なんだよ、それ?」

「ちょっと、見せてみろ」

 俺は、そのメモに手を伸ばすが、わずかに届かず、それどころかクラス中に

回されてしまった。

「ヒューヒュー、ひろし、やるなぁ」

「ひろしくん、幸せ者ね」

「ハートマーク付きなんて、お前、あの人とどんな関係なんだよ?」

「もしかして、彼女でしょ」

「どう見ても、お前より年上だぜ」

「女子大生か?」

「年上の彼女なんて、ちょっとエッチよねぇ」

 もう、好き勝手なことを言われて、俺の手元にメモが戻ってきたときには、

クラス中にマリの存在を知られてしまっていた。俺は、そのメモをポケットに

しまった。

 俺は、食べ終わった弁当箱を袋に包んでいると、なんとなくうれしい気持ちになった。

これから毎日、マリの弁当が食べられることが、うれしくなった。

だけど、毎日、クラスのやつらに見られるわけで、その点は、何とかしなきゃと思う。それと、弁当の量だ。確かにうまい。だけど、俺は、体育会系の運動部

じゃないからドカ弁なんていらない。ウチで出る食事の量もそうだが、

俺には多すぎる。もう少し、何とかならないものかと思いながら、パンパンに

膨れた腹をさすった。


 午後の授業は、お腹が一杯になったのが原因で眠くなる。

睡魔との闘いだった。おかげで、午後の授業は、何ひとつ頭に入って

こなかった。

 学校が終わって、帰宅時間がやってきた。今日は、マリのおかげで、

散々な一日だった。

それを理由にして、マンガ研究会には、顔を出さなかった。

帰ったら、なんてマリに注意するか、考えながら歩いていた。

 自宅が見えてきた。すると、家の前にトラックが止まっていた。

何事かと思っていると、玄関からマリが出てきた。しかも、何か持ってる。

「あっ、ひろしさん、お帰りなさい」

「お帰りじゃなくて、何してんの?」

「部屋の模様替えです」

「はぁ?」

 俺は、意味がわからずにいると、二階の窓からじいちゃんが話しかけてきた。

「ひろし、帰ってきたか。だったら、お前も手伝え」

「じいちゃん、なにしてんだよ」

「見りゃ、わかるじゃろ。お前とマリのベッドじゃ」

「えっ? えぇーっ!」

 俺がビックリしていると、今まで俺が使っていた、シングルベッドをマリは軽々と抱えてトラックに運び出した。

「これで、いいです。ありがとうございました」

 マリは、配送業者らしい二人の男に言った。

言われた方も、若い女が、それも美人の女性が、シングルとはいえ、ベッドを

軽く持ち上げトラックの荷台に持ち上げるのを見て、呆然としていた。

 確かに、マリなら簡単だろう。何しろ、アンドロイドだから…… 

ベッドを載せたトラックが走っていくのをマリが見送るのを見て、俺は、現実に戻った。俺は、マリをそこに残したまま、ダッシュで二階に駆け上がった。

「じいちゃん!」

「どうじゃ、スッキリしたろ」

 ベッドがなくなって、ガランとした俺の部屋がそこにあった。

「なに、勝手なことしてんだよ」

「まぁまぁ、こっちにきてみろ」

 じいちゃんは、向かいの部屋に俺を連れて行く。そこは、俺の両親の寝室

だった。今は、誰も使っていない。そこに、驚くことに、ダブルベッドが

あった。

「な、な、なんだこれ?」

「決まっとるじゃろ、お前とマリのベッドじゃ。シングルじゃ二人で寝るのは、狭いじゃろ」

「そう言う問題か!」

「そう言う問題じゃろ」

 そこに、マリもやってきた。

「ひろしさん、よかったですね。これで、今夜から二人でゆっくり寝られますね」

 そう言って、マリは、うれしそうな顔をする。

「ちょっと待て。だいたい、これって……」

「いちいち、説明しないとわからんのか」

 そう言うと、じいちゃんが話し始めた。

「昨日は、マリとお前のベッドで寝たんじゃろ。アレは、一人用だから、

狭いからゆっくり寝られんじゃろ。だから、大きいものを買ってやったんじゃ。礼くらい、言わんか」

 また、勝手なことをやりやがって…… いつもそうだ。じいちゃんは、

俺には、何の相談もしないで何でも勝手にやってしまう。

別に悪いことじゃないけど、一言言ってほしい。

 何か文句の一つも言ってやろうと思っても、うれしそうなマリの顔を見ると、言えなくなってしまう。

今夜から、このベッドでマリと寝るのかと思うと、気持ち的に若干複雑だった。

「お前の部屋は、そのまま残しとくから、勉強部屋にすればいい。ベッドが

なくなったところは、マリの洋服ダンスとかクローゼットを置きなさい。それも買ってあるから。ひろし、ボーっとしてないで運んでやらんか」

 何か知らないけど、じいちゃんに言われるままに一階に戻ると、組み立て式のクローゼットやら洋服タンスが置いてあった。

「大丈夫ですわ。私が運びますから」

 そう言って、マリは、軽々と両脇に抱えて二階に運び込んだ。

「ひろしも手伝ってやらんか。まったく、気が利かない男だのぅ」

 散々な言われようだ。学校から帰って早々、なんでこんな目に合わなきゃ

いけないんだ。俺は、制服のまま、箱をばらして、家具を組み立て始める。

「あぁ~、まったく見ちゃいられん。不器用だな、お前は。誰に似たんだ」

 じいちゃんは、組み立て図面と四苦八苦しながら組み立てている俺を

見て言った。

「いいから、貸せ。わしがやってやる」

 そう言って、じいちゃんが横から入ってきて、テキパキと組み立て始めた。

「こんなもん、マリを作っていたときに比べたら、簡単なもんじゃ」

 あっという間に、組み立ててしまったじいちゃんを俺は、見ていることしか

出来なかった。

「こんなもんじゃろ。マリ、お前の服とかここにしまいなさい」

 言われたマリは、うれしそうにこれまでに買ってきたものを持ってきた。

「着替えたらどうじゃ、いつまでそんな格好でいるんだ」

 じいちゃんに言われて、慌てて着替え始める。しかし、ここには、俺の

着替えもある。目の前では、うれしそうに服をたたんでタンスやクローゼットに入れているマリがいる。

「ひろしさん、何に着替えますか?」

 マリは、そう言って、俺のタンスの引き出しを開ける。

「いいから、自分でやるって」

「恥ずかしがらなくてもいいですわ。私は、あなたの妻ですから」

 マリは、さらっと言いながら、引き出しからアレコレ服を選んでいる。

今日から、この部屋は、俺の勉強部屋でもあり、マリの部屋でもある。

とりあえず、いつもの部屋着に着替えると、マリは、脱いだ制服をハンガーに

かけてくれた。

「ひろしさん、見てください」

 今度は、そう言うと、今夜から俺たちの寝室になった部屋を案内した。

そこには大きなダブルベッドが置いてあった。白い掛けふとんの枕元には、

お揃いの枕が二つあった。

「これが、ひろしさんで、これが私のです」

 マリは、そう言って、自分用のピンクの枕を手に取った。

これから毎晩、マリと寝るのか…… きっと、緊張して寝られないだろうな。

「それじゃ、休憩しましょう。お茶を入れますね」

 そう言って、マリは、一階に降りていった。

俺も続いて一階に降りると、じいちゃんがドヤ顔で笑っている。

「どうじゃ、いいベッドじゃろ」

「ハイ、ありがとうございます」

 と、マリが言った。

「今夜から、ゆっくり二人で寝られるな」

「ハイ、ひろしさんとおやすみできますね」

 マリは、お茶を入れながらうれしそうだった。今夜からが思いやられそうだ。

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