第2話 マリの秘密。
俺は、地下室に入ると、じいちゃんは、相変わらずがパソコンに夢中だった。
「あのさ、ちょっと話があるんだけど」
そう言うと、じいちゃんは、パソコンを見たまま口だけ動かした。
「忙しいんじゃ、後にしてくれ」
「わかってるけど、マリのことをもっと聞きたいんだよ」
「まったく…… それで、なにを聞きたいんじゃ?」
じいちゃんは、椅子ごと体を俺の方に向けた。
「だから、マリって、ホントにアンドロイドなのかよ?」
「決まっとるじゃろ。わしが作った、最高傑作じゃ」
「それにしちゃ、すごく人間らしいんだけど」
「そう作ったんだから、当たり前じゃ」
じいちゃんは、あっさりそう言った。
「お前は、まだ、わかっとらんようじゃな。しょうがない、話してやるか」
じいちゃんは、面倒臭そうに話を始めた。
そして、図面を俺に見せた。もちろん、見てもまったくわからない。
「これは、マリの設計図というか、身体の仕組みじゃ」
見ると、そこには、わけのわからない数字や機械の部品が見て取れた。
「マリは、電子頭脳と人工心臓が直結している。脳は、人間の数倍の能力が
ある。それと、これはわしのオリジナルだが、人工心臓には、良心回路と
服従回路をつけてある。ここじゃ」
そう言って、胸の部分を指した。だけど、俺には、何が何だかわからない。
「それと、人間らしい心を持たせるために、恋愛回路もつけた。だから、マリーには、心がある。もちろん、それは、お前だけのためじゃ。だから、マリーは、お前を愛しているんじゃ。それくらいはわかるな」
俺は、黙って頷いた。
「視力は、3.0.百メートル先まで見通せるし、どんな小さな文字も見える。
マリの目は、自動的にピントを合わせられるようになっておる」
俺は、それだけでも感心するしかない。
「耳は、一キロ先の音も聞こえるし、口は電子頭脳とも繋がっているから、
日本語だけでなく英語、フランス語、中国語、スペイン語など世界中の言語を
話せる」
もはや、俺の頭では、話が追いつかない。
「腕力と脚力は、百万馬力。力もあれば、早くも走れる。マリーが本気を
出せば、百メートルなど六秒もあれば走れる。レスラーやボクサーより強い。
最強のボディーガードでもあるな」
俺は、口を開けたまま話を聞くしか出来ない次元だ。
「身体は、人工皮膚だから人間らしく、触れば柔らかいし、血液の代わりに
体中に流れるオイルが温かいから、ぬくもりを感じるんじゃ」
もう、全然話に追いつけない。黙って聞くしかなかった。
「食べ物と飲み物も、お前と同じように食べて飲んで、味もわかる。食べたものは、体内で消化するからトイレ要らずだから便利じゃろ」
そこは、さっき、マリに聞いたのと同じだ。
「もちろん、悲しいときには涙を流す。楽しいときには笑う。恋愛回路が
あるから、人間と同じ感情がある。暑さ寒さも感じるし、汗もかく。
もっとも、本物の汗じゃないがな。だから、風呂にも入るんじゃ」
俺がここまで聞いての感想は、マリは、人間と同じということだ。
「ちなみに、スリーサイズは……」
「そこは、いいから。それと、マリーじゃなくて、マリな」
「そこじゃなくて、お前も男なら、そこは、気にしろ」
話がちょっとズレてきたぞ。話を戻さなきゃ。しかし、じいちゃんは、
戻す気がない。
「胸は、でかいぞ。巨乳じゃ」
そう言って、じいちゃんは、エロモードに入った。
「触ってみたか?」
「そんなことするわけないだろ」
「女房の身体に触れるのは、夫の特権なんだぞ。触ってやれ」
「そんなことしないから」
話がどんどんエスカレートする。
「ただし、ひとつ出来ないことがある。それは、妊娠と出産じゃ」
「そりゃ、そうだろ」
「ホントは、そこまで、実現したかったんじゃが……」
「それは、無理だから」
「でもな、ちゃんと、夫婦生活は出来るように作ってあるから、我慢しないで
抱いてやれ」
「しねぇよ」
「どうせ、まだ、経験ないんじゃろ。マリに教えてもらえ」
「しないって」
俺は、完全に話しがエロモードにいくので、切り上げようとした。
「まだ、話は終わっとらん」
地下室を出て行こうとした俺を呼び止める。
「いいか、マリーは、所詮アンドロイドじゃ。いつか、お前が大人になって、
好きな女が出来たとき、結婚するかもしれん。そのときが、マリーの
終わりじゃ。お役御免ということだ」
「どういう意味だよ?」
「わしは、お前の嫁にマリーを作った。だが、人間とアンドロイドは、
結婚できない。子供も産めない。だから、将来、人間の女と結婚するのが
一番いい」
「そうなったら、マリは、どうなるんだよ?」
「お前がスイッチを切れ。それは、お前にしかできん。その後は、マリの
服従回路と恋愛回路を別の男に切り替える。マリは、そうやって、永遠に生きていくんじゃ」
俺は、その話を聞いて、やるせなくなった。それじゃ、マリは、何のために
生まれてきたんだ。それじゃ、余りにもマリが可哀想じゃないか。
心が、締め付けられそうになった。
「そのこと、マリは知ってるのか?」
「もちろん、知っとる。そのつもりで、セットしたんじゃからな」
そんなのってあるか。いくらアンドロイドだからって、人間の都合で人を
好きになったりスイッチを切られたり、そんなのって絶対納得できない。
「じいちゃん。俺、マリと結婚するよ。今すぐってわけじゃないけど、俺は、
マリと結婚する」
「それもいいかもしれんな。お前が人間の女と結婚できる保障もないし、それもいいかもしれん」
自分でも、何を言ってるか、わからなかった。アンドロイドを否定するわけではないがマリのことを思うと、普通の人間の女性と結婚する気にはなれない。
自分だけ幸せになんて出来ない。もっとも、結婚できればの話だけど……
「だから、お前が、人間の女と恋をするまで、マリを大事にしてやれ。それが、お前の役目じゃ」
「そんなのってあるかよ。そんな役、俺には出来ない」
「ハッハッハ…… そう言うと思った。やっぱり、お前は、わしの孫じゃな」
じいちゃんは、豪快に笑ってそう言った。
「未来の話じゃ。そのときになったら、考えればいい。お前は、まだ子供じゃ
からな」
その言葉を聞いて、少しは納得した。
「だがな、マリーは、まだ、産まれたばかりの赤ん坊と同じじゃ。お前が、今の時代を生きるということをいろいろ教えてやらんいかん。人として生きるための常識とか、人間関係とか一般常識とか、その他にもたくさんある。マリーの電子頭脳は人間よりも優れている。一度覚えたら、決して忘れることはない。
お前は、マリーの先生でもあり、夫なんだ」
「なんとなくわかった気がするよ」
「わかればいいんじゃ。お前の思うとおりに、マリーを大事にしてやれ」
「わかった。そうするよ」
すると、地下室のドアが開いて、マリが顔を出した。
「ひろしさん、博士、夕食の用意が出来ました」
「わかった、今行く」
じいちゃんは、そう言うと、パソコンを閉じて立ち上がった。
「今言ったことは、マリにはないしょだぞ」
「わかった」
「それと、マリーじゃなくて、マリだから。名前を間違えたら、張っ倒すからな」
「わかった、わかった」
じいちゃんは、そう言うと、地下室を出て行く。
「そうそう、ひとつ言い忘れた。わしな、今度の土曜日から、アメリカに行って留守にするから」
「ハァ? なにそれ」
「NASAから研究依頼がきておるんじゃ。マリの製作で忙しくて断ってたけど、
完成したから行くことにしたんじゃ」
「んで、いつ、帰ってくるんだよ?」
「さぁ…… しばらく帰れんと思う。帰るときは、連絡するから」
「ふざけんな!」
「しばらく、二人きりになるんじゃ。新婚のつもりで、マリと仲良くやれ」
じいちゃんは、そう言うと、下心がありそうな含み笑いを浮かべて地下室を
出て行った。
「あの、クソじじい…… 最初から、そのつもりだったな」
俺は、じいちゃんの後を追って、地下室から出て行った。
しかし、足を階段に躓いて、思いっきり後ろにずっこけた。
一階に上がると、テーブルには料理が並んでいた。
俺は、それを見て、自分の目を疑った。
「な、何だこれ、全部、マリが作ったのか?」
「ハイ、ひろしさんのお口に合うかわかりませんが……」
マリの作ったものは、ハンバーグ、サラダ、コンソメスープにご飯だ。
どれもうまそうだ。湯気がたってて、どれもこれもレストランで見るような
メニューだ。
「うまそうじゃな。それじゃ、早速、食べてみるか」
「ハイ、博士もどうぞ。ひろしさんも、温かいうちに召し上がってください」
俺は、自分の椅子に座ると、マリが炊き立ての白いご飯をよそってくれた。
「さぁ、たくさん食べてくださいね」
マリは、笑顔で言うと、俺の向かいに座った。じいちゃんは、なぜか、俺の
隣に座る。
「いただきます」
マリは、そう言って、手を合わせた。俺も慌てて手を合わせた。
まずは、一口、ハンバーグから食べてみる。デミグラスソースに絡んだ
ハンバーグは、一口食べると、口の中に肉汁が溢れる。付け合せの目玉焼きも
半熟で、卵に絡めるとさらにうまさが倍増する。
「う、うまい……」
思わず声が出た。それくらいうまかった。てゆーか、うますぎだろ。
これが家庭で作る味か。もはや、レストラン並みで、店でも出せるほどだ。
「よかった。ひろしさんがおいしいって言ってくれて……」
マリは、満面の笑みで俺に微笑みかける。
サラダは、キャベツの千切りがシャキシャキ新鮮で、キュウリのスライスに
ミニトマトをあしらってドレッシングは、フレンチ風だ。スープは、洋風の
コンソメ味で、ハンバーグにも合う。
見ると、じいちゃんも夢中で食べている。もちろん、俺もだ。
だが、一つ、突っ込むなら、俺のご飯だけが、なぜか、てんこ盛りだ。
マンガでしか見たことがない、山盛りのご飯なのだ。
「マリ、このご飯は……」
「ハイ、ひろしさんは、育ち盛りなので、たくさん食べてくださいね。おかわりもありますよ」
マリは、そう言って、また笑顔で返す。いくらなんでも、こんなには
食えないぞ。でも、それは、言えなかった。だが、このうますぎるハンバーグ
なら、食えるかもしれない。事実、俺の箸は止まらなかった。
ハンバーグとご飯のうますぎるコラボに箸が止まらない。
「ひろし、久しぶりにうまいメシじゃな」
「そうなんですか?」
「ひろしの作るものは、どれも冷凍食品か惣菜ばかりで、味気ないもんだ」
このクソじじい、なにを言ってやがる。文句は言うけど、いつも完食してる
じゃないか。抗議したかったが、口の中はハンバーグで一杯なので、
しゃべれない。
「これからは、私が作りますね。がんばって、おいしいものを作ります」
「それは、楽しみじゃ」
じいちゃんは、うれしそうに言った。
だけど、マリは、つい数時間前に目が覚めたばかりじゃないか。
いつ、どこで、料理を覚えたんだ? 不思議に思って、キッチンの方を見ると
料理の本が二冊置いてあるのを目にした。
『おいしいおかず』と『今夜の献立』という本だった。
これを読んで、初めて作ったのが、これなのか。有能すぎるぞ、マリ。
俺は、感心しながらも、箸が止まらない。
気がつけば、アレだけ山盛りだったご飯も、すっかり食べきっていた。
「ひろしさん、お代わりは?」
「いや、大丈夫。もう、腹一杯だから」
「遠慮しないでください。まだまだ、たくさんありますよ」
マリは、そういって、俺の茶碗を取り上げて、ご飯を盛り付ける。
「半分でいいから」
「そうですか? ひろしさんは、余り召し上がらないんですね」
マリは、少し残念そうな顔をした。
「やっぱり、もう少しもらおうかな」
「ハイ」
マリのそんな顔を見たら、半分でいいなんて言えない。
マリは、またしても山盛りのご飯をよそって俺に渡す。
ご飯をおかわりなんてしたことない俺が、二杯も山盛りのご飯を食えるのか……
イヤ、食える。がんばれ、俺の胃袋。俺は、自分にそう言い聞かせて
食べ続けた。
しかし、それくらいマリの料理は、どれもうまかった。
マリはマリで、おいしそうに食べている。アンドロイドが、ホントにご飯を
食べているのだ。食っていいのか? ホントに大丈夫なのか?
むしろ、それのが心配だ。
でも、マリは、ホントにおいしそうにハンバーグを食べているのだ。
人間以上に、うまそうに食べる。てゆーか、ドンだけ食うんだ?
そんなに食べて太らないのか? アンドロイドだから、太るなんてことは
ないんだろう。
結局、俺は、二杯お代わりして、サラダまで完食してしまった。
「もう、食えないよ。腹一杯だ。ご馳走様でした」
俺は、そういって、向かいに座っているマリに言った。
「うまかったなぁ。わしも満足じゃ」
じいちゃんも久しぶりのうまい食事に満足そうに笑っている。
それはそれでいいが、なんか釈然としない。
今までの俺のメシはなんだったんだ……
「そうそう、マリにも言うことがある」
いきなり、じいちゃんが皿を片付け始めるマリに話しかけた。
「今度の土曜日から留守にするから、ひろしのことは頼んだぞ」
「どこかにお出かけですか?」
「ちょっと、アメリカの方で仕事があるんでな。しばらく帰れんが、二人で
仲良く暮らせよ」
「ハイ、お任せください。ひろしさんのことは、私が責任を持って、
仲良くします」
何で、マリがそこまで言う。イヤ、マリのが実際は、年上だから仕方がない。
でも、立場的には、俺は旦那でマリが奥さんだろ。
今から、尻に敷かれるのか、俺は……
「ひろしさん、博士がいなくても、二人でがんばりましょう」
そこまで張り切らなくていい。それより、こんな美人のマリと二人きりで
暮らすなんて、どう振舞ったらいいのか、はっきり言って不安しかない。
「俺、風呂に入ってくるわ」
俺は、そう言って、立ち上がり、部屋から着替えとタオルを取りに行く。
「ひろしさん、待ってください。私が用意しておきます」
マリが、後ろから声をかけてきた。
「大丈夫だから。それくらい、自分でやるから」
「いいえ、旦那様の着替えを用意するのは、妻の役目ですわ」
マリは、そう言って、片付けを途中で、手を拭きながら俺の部屋に
駆け上がった。
「ちょ、ちょっと待って……」
俺は、慌ててマリの後を追う。部屋に入ると、マリは、タンスの引き出しを
開けて俺の下着やタオルなどを物色していた。いくらなんでも、下着を
見られるのは、男でも恥ずかしいのだ。
「マ、マリ、いいから」
「これなど、ひろしさんにお似合いですね」
マリは、ストライプのボクサーブリーフを手にしていた。
「ハイ、どうぞ」
男の下着をニコニコしながら手にしているマリを見ると、もう何も言えない。
「ありがと……」
俺は、そう言って、新しい下着を受け取ると足早に風呂場に向かった。
途中でじいちゃんと目が合った。じいちゃんは、それを見て、ニヤニヤ
していた。
「このエロじじい、後で覚えてろよ」
俺は、聞こえないように小さな声でつぶやいた。
脱衣所で、手早く服を脱ぐと、風呂の戸を開けて中に入る。
浴槽に身体を沈めて、今日のことを思い出した。
たった数時間で、すごく中身が濃い時間を過ごした気がした。
「これから、どうするかなぁ……」
俺は、そう呟いていた。
「ひろしさん、お湯加減は、どうですか?」
突然、ドア越しにマリの声がした。俺は、慌てて浴槽に沈みそうになった。
「だ、だ、大丈夫。丁度いいよ」
そう言うのがやっとだった。他に言葉が思い付かない。
すると、ドアが開いて、マリが入ってきた。一応、服は着ている。
「お背中を流します」
俺は、慌てて背中を向けて言った。
「だ、大丈夫だから」
「遠慮しないでください。旦那様のお背中を流すのは、妻の役目ですわ」
「一人で出来るから、大丈夫だって」
「恥ずかしがらなくてもいいですわ。私たちは、夫婦なんですよ」
「いや、ホントに、いいから。全然大丈夫だから」
「そうですか。いっしょに入らなくても大丈夫ですか?」
「イヤイヤ、風呂くらい一人で入れるって」
「残念ですわ。ひろしさんとお風呂に入りたかったです」
マリは、そう言うと、ホントに残念そうに出て行った。
危なかった。マリに裸を見られるなんて、ものすごく恥ずかしい。
これでも俺は年頃の男だ。まして、あんな美人に見られるなんて恥ずかし
すぎる。
これは、まずいぞ。これから二人で暮らすようになったら、いっしょに風呂に入ることになるかもしれない。
どうやって断るか? マリの機嫌を損なわないようにするには、どうすればいい?
この際だから、思い切って、いっしょに入るか? イヤイヤ、それはダメだ。
いくらなんでも恥ずかしすぎる。裸を見られるのは恥ずかしいが、マリの裸を
見るのは、もっと恥ずかしい。
俺は、浴槽から上がると、急いで体を洗い始めた。
「ひろしさん、大丈夫ですか?」
ドア越しにマリの声が聞こえる。
「大丈夫だから、ドアは開けるなよ」
俺は、頭をシャンプーで泡だらけにしながら言った。
今、ドアを開けられたら最後だ。どうやっても隠せない。
俺は、シャワーで急いで泡を流す。まったく、俺は意気地なしだと思う。
風呂を出ると、急いで服を着た。濡れた髪をタオルで拭きながら風呂場を
後にする。
「ハイ、どうぞ。お風呂上りの、冷たいお茶です」
そう言って、冷蔵庫からよく冷えたお茶を差し出した。
「ありがとう」
俺は、そう言って、グッと飲み干した。確かに、よく冷えてうまかった。
「わしは、後でいいから、先にマリも風呂に入ってきなさい」
「そうですか。それじゃ、お先に失礼します」
マリは、そう言って、昼間に買ってきたばかりの荷物の中から着替えを持って風呂場に向かった。
風呂場の戸が閉まるのを確認してから、俺は、じいちゃんを問い詰める。
「じいちゃん。マジで、マリと二人きりかよ」
「そうじゃ。マリをちゃんと抱いてやれ。わしが帰ってくるまでに、男に
なるんじゃぞ」
「余計なお世話だって。そんなことしないよ。俺は、まだ、高校生なんだぞ」
「まったく、そんなことじゃ、一人前の夫になれんぞ」
「マリは、大事にするけど、そんなこと絶対しないから」
「ハッハッハ、精々がんばれよ」
じいちゃんは、そう言って、お茶を啜ってから、地下室に下りていった。
「まったく、あのじじいは、何を考えてんだか……」
俺は、そう言って、ため息をついた。
風呂場からは、シャワーの音がする。マリが入浴している。なんとなく、
その姿を想像してしまう。
「ダメダメ。そんなこと考えちゃダメ」
俺は、エロい妄想を振り払うように頭を振った。
それでも、初めてマリを見たときの生まれたままの姿を思い出すと悶々と
してくる。
「イヤイヤ、俺は、まだ、高校生だから。大人じゃないんだから、何を
考えてんだ、俺は」
俺は、理性と戦っていた。そのとき、風呂場の戸が開いてマリが出てきた。
昼間に買ったピンクのパジャマを着ている。長い髪をタオルで拭きながら、
履いてるスリッパをパタパタさせている。
「気持ちよかったですわ。初めて入ったけど、お風呂って気持ちいいんですね」
それをアンドロイドが言うか…… ほとんど人間と同じじゃないか。
「そこにドライヤーがあるから使って」
なぜか、俺は、そう言っていた。
マリは、ドライヤーを使いながら、洗面所の鏡を見ながら髪を乾かしている。
なんだか、心臓がドキドキしてきた。これから、初めての夜を迎えるんだ。
そういや、マリは、どこで寝るんだ? マリの部屋は、まだないぞ。
何となく、嫌な予感がした。
時計を見ると、夜の十時を過ぎていた。なんとなくテレビを見ていたが、
明日も学校があるので、寝ようと思ってテレビを消した。
「それじゃ、もう寝る。おやすみ」
俺は、そう言って、二階の自分の部屋に行こうとした。
「ひろしさん、待ってください。私も寝ます」
そう言うと、俺について来た。そして、そのまま俺の部屋に入ってくる。
「あの、ちょっと聞くけど、マリは、どこで寝るんだ?」
「ハイ、ひろしさんといっしょに寝ます」
やっぱり、俺の予感が当たった。だけど、マリといっしょになんて寝られる
わけがない。
「いや、悪いけど、それはやめよう」
「なぜですか? 夫婦は、いっしょに寝るものではないんですか?」
「そうかもしれないけど、俺たちは、まだ、ホントの夫婦じゃないし、一人で
寝られるから」
「それじゃ、私は、どこで寝ればいいのですか?」
そう言って、マリは、悲しそうな顔をした。そんな顔をするな。
俺が苛めているみたいじゃないか。かと言って、他にふとんはない。
まさか、じいちゃんと寝かせるわけには絶対にいかない。
あんなエロじじいとマリをいっしょになんて、想像もしたくない。
だからと言って、いっしょに寝るなんて……
「だから、あの、その、ほら、このベッドはシングルだし、二人じゃ狭いだろ」
何とか考えた言い訳がこれだった。
「大丈夫ですわ。それなら、くっ付いて寝ればいいんですよ」
「でも、落ちたりしたら、危ないだろ」
「平気ですわ。あたしの体は、丈夫ですから」
マリは、そう言って、腕を見せた。白くて細い腕だ。
でも、百万馬力なんだよな。俺を抱えて走れるくらいに、力持ちなんだよな。
確かに丈夫だ。
「それじゃ、狭くていいなら、いっしょに寝ようか」
「ハイ」
俺は、そう言うしかなかった。他に断る理由が見つからない。
いくらアンドロイドだからといって、冷たい板の間に寝かせるわけには
いかない。
マリは、俺の一言を聞くと、うれしそうに笑った。
「落ちないように、壁際に寝た方がいい」
「いいえ、ひろしさんが落ちたら大変だから、私は……」
「いや、いいんだ。俺の言うとおりにしてくれ」
ここは、男として、夫として、マリを奥に寝かせるのは、俺のプライドが
許さなかった。
小さなプライドかもしれないが、マリは、その思いやりにうれしそうだった。
「それじゃ、失礼します」
そう言って、ベッドの中に入ってきた。俺は、マリを壁の方に寝かせた。
これなら、ベッドから落ちる心配はない。俺は、マリの横に入ってふとんを
かけた。
「枕使えよ。今度、マリの枕も買ってこような」
「ハイ。でも、今夜は、大丈夫です。ひろしさんが使ってください」
そう言って、枕を俺の頭の方にずらす。
俺は、仕方なく、枕に頭を置いた。横を向くと、マリの顔がすぐそこにあった。
近すぎるだろ。そんな顔を見たら、寝られないぞ。俺は、こんな美人と
いっしょのベッドで寝るのか?
しかも、これから毎晩…… さらに、ベッドがシングルだけに狭い。
身体を思いっきり密着させないと、俺がベッドから落ちる。
マリを抱きしめるチャンスか? これは、筋の通る言い訳になる。
だけど、俺には、その勇気がない。
「ひろしさんの身体は、温かいですね」
そう言われて、思わず身体を引いてしまった。だから、顔が近すぎるって……
しかも、向き合っているだけに、マリの胸が俺の身体に当たる。
ダメだ。がんばれ、俺。欲望に負けるな。俺は、自分にもう一度言い聞かせた。
よく見ると、横向きなので、マリの頭が斜めになっている。枕がないからだ。
「ほら、それじゃ、頭がつらいだろ」
なぜか、カッコつけた俺は、自分の腕をあいつの頭の下に入れた。
腕枕というやつだ。
「ひろしさんは、優しいんですね」
マリは、そう言って、俺の腕に頭をそっと乗せた。そして、俺の肩の付け根に顔を埋めた。まずいぞ。マリの髪からシャンプーのいい匂いがする。
マリの顔が急接近。横顔まで、きれいだ。ダメだ、今夜は、寝られない。
「ひろしさん、おやすみなさい」
マリは、そう言うと、静かに目を閉じた。こんな美人の寝顔を間近で
見るのか。
どうする、俺。どうするも何も、今は、寝るしかない。だけど、こんな状況で
寝られるわけがない。
静かに寝息をたてて寝ているマリの寝顔を見ながら、息をついた。
安心して寝ているマリを、どうにかしようなんて、思うほうが最低だ。
マリは、俺を信用しているんだ。そう思うと、何も出来なかった。
出きる筈がない。
しばらく、マリの寝顔を見ていたが、いつの間にか、俺も寝てしまった。
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