奥様は、アンドロイド。

山本田口

第1話 アンドロイドの彼女が出来た。

俺の名前は、牧村ひろし。十七歳の高校生。

もちろん、彼女はいない。いや、彼女いない歴、十七年だ。

 俺の両親は、小学生のときに車の事故ですでにこの世にいない。

その代わりに俺を育ててくれたのは、祖父だ。

要するに、俺のじいちゃんだ。じいちゃんは、世界的に有名な科学者で

次期ノーベル賞候補にもなっている。

科学者と言っても、頭の悪い俺には、なにを研究しているのか

サッパリわからない。

 学校の成績だって、中の下で、赤点を取って補習するのも日常的で

とても、頭がいいノーベル賞を取るかもしれないじいちゃんの孫とは思えない。

ちなみに、運動もイマイチ。したがって、学校では、マンガ研究会という

とてもゆるいクラブに所属している。

 そんな俺に、彼女が突然出来た。正確に言えば、彼女ではない。

嫁だ。奥さんだ。妻だ。高校生の俺に……

だけど、その人は、アンドロイドだった。


 俺の日常は、もちろん学校に行くこと。そして、勉強が優先される。

しかし、俺には、もう一つやることがある。それは、じいちゃんの世話だ。

 じいちゃんは、自宅の地下室に篭もって、毎日なにやら研究をしている。

俺には、何の研究をしているのか、わからない。

わからないけど、なんかしている。

だから、俺は、じいちゃんの食事を作ったり、昼は、弁当を作ったり

掃除や洗濯などなど、家事もこなさなくてはならない。

何しろ、このウチには、じいちゃんと俺しかいないから、俺がやるしかない。

どちらかといえば、学生というより、主婦みたいだ。

 しかも、研究に没頭すると、一階のリビングにも上がってこない。

ずっと地下室に篭もりっきりで、風呂にも入らない。

ちなみに、今日で、丸二日、俺はじいちゃんの顔を見ていない。

 学校から帰って、いつものように、昼用の弁当を下げに地下室に

行こうとした。

すると、珍しく、じいちゃんがダイニングに座ってお茶を飲んでいたのだ。

二日振りに見るじいちゃんだった。

「おぅ、お帰り」

「お帰りじゃねぇよ」

 俺は、そう言って、かばんをテーブルに置いた。

「ひろし、喜べ。ついに出来たぞ」

 また始まった。じいちゃんの研究の成果だ。だけど、最近は、まったく役に

立たないものばかりだ。

これまでのじいちゃんの研究成果が、世界中のなんかわからないけど、

一流企業に使われて特許料だかなんだかよく知らないが、そのお金が

たんまり入るので、生活には困らない。

困らないけど、最近は、ボケてきたのか、サッパリ金にならないものばかり

作っている。

「いいからきてみろ」

 じいちゃんは、そう言って、俺を地下室に連れて行こうとする。

だけど、俺は、腰を上げない。どうせ、また、ダメに決まってるからだ。

 この前だって、ヘリトンボとか言う、頭にプロペラをつけて空を飛ぶものを

作った。だけど、全然空に飛べない。それどころか、プロペラだけが空に

飛んでいった。それっきり、どこに行ったのかわからない。

 自称ライバルと敵視している、阿笠博士のがよっぽどいいものを作っている。

蝶ネクタイ型の変声機とか、携帯ナビ付きのメガネとか、役に立つものを

作っているのだ。

それに引き換え、ウチのじいちゃんは…… 俺は、相手にしないことに決めた。

「ひろし、いいから、きてみろ」

 俺は、じいちゃんに腕を掴まれて、無理やり地下室に連れて行かれた。

狭い階段を降りてドアを開けると、そこが秘密の地下室だ。

中に入ると、部屋のアチコチにいろんな機械がある。

ランプが光っていたり、なんかのメーターが動いている。

何度来ても、目がチカチカする。

「これじゃ」

 そう言って、じいちゃんは、あるものを俺の前に見せた。

高さが二メートル以上はある大きな物だった。

それに、シーツを被せて隠してある。

「見て、驚くな」

 じいちゃんは、そう言って、おもむろにそのシーツをはがした。

「えっ!」

 俺は、思わず声を上げた。

「どうじゃ、すごいだろ」

 俺の目に飛び込んできたのは、カプセルの中に眠っている美女だった。

しかも、全裸だ。スッポンポンなのだ。

「バ、バカ、なにやってんだよ。このエロじじい!」

 俺はそう言って、背中を向けた。彼女いない歴十七年の俺の前で、

丸裸の美女を見せるなんて、このじじいは、何を考えてんだ。

ふざけんのもいい加減にしろだ。

「よくみろ」

 じいちゃんは、俺の肩をつかんで、無理やり前を向かせた。

もちろん、俺だって、異性には興味はある。何しろ、思春期、真っ只中の

男子高校生だ。最近は、ヘアヌードとかも普通に見られるし、ネット上では、

女性の裸だって見ることが出来る。

 そうは言っても、丸裸の美女を目の前にして、俺みたいな何の経験もない男が

見ろといわれて見れるわけがない。いくらなんでも恥ずかしすぎる。

「よく見るんじゃ」

 じいちゃんにきつく言われて、顔を前に向けた。

確かに、目の前にいるのは、全裸の美女だ。だけど、体のあちこちにコードや

管がたくさんついている。胸の乳首や下半身はもちろん、頭や耳、腕や太ももといったところにいろいろ付いていた。

「なにこれ?」

「決まってるじゃろ。人間型アンドロイドじゃ」

「アンドロイド!」

「しかも、お前の嫁じゃ。名前は、マリー。一応、年齢設定は、二十二歳に

してある」

 俺は、口をパクパクさせるだけで、言葉が出てこない。

じいちゃんの言ってる意味がサッパリ飲み込めない。

 すると、じいちゃんは、機械のスイッチを入れると、体中についている

コードや管が一斉に外れた。

これで、本当に丸裸になった。そして、じいちゃんは、カプセルを開けた。

「マリー、起きなさい。目を覚ますんじゃ」

 じいちゃんは、その全裸美女に話しかける。しかし、全然目を覚まさない。

「おかしいな。成功したはずなんじゃがなぁ……」

 じいちゃんは、そう言って、何度も裸のアンドロイドに話しかける。

すると、驚くことに、そのアンドロイドの指先がかすかに動いた。

そして、ゆっくり目を開けたのだ。

「マジかよ」

「マリー、起きなさい。わしがわかるか」

 すると、マリと呼ばれたアンドロイドは、顔を横にむけて、

じいちゃんを見た。

「ハイ、わかります。博士ですね」

「そうじゃ。さぁ、降りてきなさい」

 そういうと、そのアンドロイドは、カプセルから出てきた。

どうやら足も動くらしい。自分で歩けるのか?

「あら、恥ずかしいわ。私、裸ですわ」

「心配ない。お前さんは、ちょっと病気だったんじゃ。それを治して

やっただけじゃ」

「そうなんですか。ありがとうございます」

 そう言って、裸のアンドロイドは、じいちゃんに頭を下げた。

「紹介しよう。こいつが、わしの孫で、お前の夫の、ひろしじゃ。

これからよろしく頼むぞ」

「はぁ?」

 ついに、じいちゃんは、ホントにボケたのか。何を言ってるんだ。

「初めまして、マリーといいます。よろしくお願いします。御主人様」

 裸のアンドロイドは、そう言って、俺に頭を下げた。

頭の中が真っ白になった。

「どうじゃ、立派なもんじゃろ。お前の嫁だ。これで、わしも心配すること

なく、あの世にいけるな」

「そんな…… 博士には、もっともっと長生きしていただきますわ」

「いいんじゃ、マリー。わしは、もうやることはやった。この世に未練はない」

「いいえ、博士には、私を治してもらったご恩があります。もっと生きていて

欲しいです」

「イヤイヤ、わしが心残りなのは、孫のひろしだけじゃ。しかし、これで

安心した」

「博士……」

 ちょっと待て。勝手に二人で盛り上がってるけど、俺にもちゃんと説明しろ。

「じいちゃん、俺には、なにがなんだかわかんないんだけど……」

「すまんかったな。立ち話もなんだから、上で話すか」

 そう言って、じいちゃんは、マリーを連れて一階に上がろうとした。

「ちょっと待った。いくらなんでも、そのままはまずい。なんか、着る物は

ないのか?」

「あるわけないじゃろ。ウチは、お前とわししかいないんじゃ。

女の服なんてない」

 確かにそうだ。ウチには、男しかいない。

だからと言って、ずっと、裸ん坊のままってわけにもいかない。

何しろ、俺には目の毒だ。俺は、じいちゃんが着ている白衣を無理やり

脱がせて、それをアンドロイドに着せた。

これで、肌が隠れる。このままじゃ、目のやり場に困って、話どころではない。

「ありがとうございます。御主人様」

 いろいろ突っ込みどころはあるが、とりあえず、上にいこうと思って

俺は我慢した。

「それで、これ、どういうことなの?」

 俺は、ダイニングのテーブルに座って、じいちゃんに事情を聞くことにした。

なぜか、俺の隣に白衣姿の美女が座っている。

「わしは、学会とか研究で忙しい。外国に行くことも多い。お前を連れて

行くわけにもいかない。だからと言って、お前一人を日本に残すのも心配じゃ。だから、わしの代わりに、お前の面倒を見てくれるものを作ったんじゃ」

「そんなの大丈夫だよ。今までだって、一人でやってきたんだから、

心配すんなよ」

「そうはいかん。お前は、いくら高校生と言っても、まだまだ子供だからな。

そこで、マリーを作ったんじゃ」

「だけどさ……」

「どうせ作るなら、美人がいいと思ってな。だったら、お前の嫁にと思ったん

じゃよ」

「余計なお世話だよ」

「なんじゃ、気にいらんのか?」

「そういう問題じゃなくて……」

 じいちゃんとは、話が噛み合わない。今に始まったことじゃないけど、

じいちゃんは、科学一辺倒でイマイチ一般常識に欠けるところがある。

だから、ノーベル賞候補と言われるのかもしれない。

でも、それは、俺の問題であって、じいちゃんには関係ない。

しかも、嫁なんて十年早い。

「マリーは、どうじゃ」

「ハイ、博士の仰るとおりにいたします。御主人様、よろしくお願いします」

 そう言って、白衣の美女は、また、頭を下げた。

「だからさ。結婚とか、嫁とか、まだ先の話しだし、第一、俺は、まだ高校生

だし」

「何を言っとるか。あと一年もすれば、十八歳じゃろ。結婚できる年齢だ」

「でもよ……」

「それじゃ、お前は、好きな女の子でもいるのか? 将来、結婚できる保証は

あるのか?」

「イヤ、それは……」

「だったら、マリーでいいじゃろ」

「だって、アンドロイドだろ。人間とアンドロイドが結婚なんてできるわけ

ないだろ」

「言っていいことと悪いことがある。お前をそんな孫に育てた覚えはない」

 じいちゃんは、いきなり怒り出して立ち上がった。俺は、正直、ビビッた。

「お前は、何てことを言うんだ。アンドロイドだろうが、ロボットだろうが、

そんなことは関係ない。その言い方は、差別以外の何物でもない。マリーに

謝るんじゃ」

 何で、俺が怒られるんだ? 実際、人間とアンドロイドは、どうやっても

結婚できないだろ。ホントのことを言って、何で怒られなきゃいけないんだ。

 しかし、白衣のアンドロイドは、悲しげな顔をして、涙ぐんでいる。

涙も流せるのか? もしかして、アンドロイドじゃなくて、本物の人間じゃないのか?

「あ、あの、ごめんなさい。言い過ぎました」

 俺は、そう言って謝った。だけど、イマイチ釈然としない。

「いいえ、ホントの事だから大丈夫です。私は、アンドロイドなんです」

「何を言っとるか。マリーは、人間じゃ。悲しいときは涙も流す。楽しいときは笑って、怒ったりもする。ちゃんと、人間の感情というのがあるんじゃ」

「ハイ」

「それを、機械呼ばわりするとは、わしの孫とはいえ許せん。マリーは、完璧な人間なんじゃ。そこらの機械人間といっしょするな」

 話が違う方向に行ってる気がする。じいちゃんが興奮するのが収まってから、話を再開する。

「その、結婚がどうとかって言うのは、とりあえず、こっちに置いといて、

この人、どうするの?」

「決まっとるじゃろ。いっしょに住むんじゃ。わしら三人でな」

「えーっ!」

「何だ、イヤか?」

「そうじゃなくてさ、俺は、高校生だぜ。若いんだぜ。こんな若い女の人と

暮らすなんて無理だよ」

「マリーには、家事一切のデータを組み込んでおる。何も心配ない」

「どこで寝るんだよ?」

「決まっとるじゃろ。お前の部屋だ」

「何言ってんだよ、じいちゃん」

「お前たちは、夫婦なんじゃ。夫婦は、いっしょに寝ると相場が決まっとる」

「バ、バ、バカ言ってんなよ」

「心配ない。夫婦の寝室としては、お前の部屋は、狭いからな。明日から

お前たちは、隣の部屋を寝室として使え。すでに、業者を呼んであるから、

荷物の整理とかしてもらう手筈になっておる」

 もう、開いた口が塞がらない。そこまで、仕込んでいたのか。

じいちゃん、恐るべしだ。

「心配せんでも、お前の勉強机や本棚は、そのままにしておくから」

 もうダメだ。そこまで、話が進んでいると、もう引き下がれない。

じいちゃんには、何を言っても無駄なことは、長い二人暮らしからわかってる。

俺は、このクソじじいを思いっきり睨みつけてやった。


 俺は、深いため息をついて、落ち着きを取り戻してから、話を進めた。

「ところで、この人って、すごい美人だけど、いったい誰なの?」

「なんじゃ、お前は、マリーを見て、何も思わんのか?」

 俺は、そのアンドロイドをじっと見つめた。目が合うと照れる。

「マリーのモデルは、お前の母親の若い頃じゃよ。まだ、お前が生まれる

前じゃがな」

「えっ!」

 俺は、まじまじとその横顔を見た。母親の記憶は、ほとんどない。

物心を付く直前に、父といっしょに事故死している。

だから、俺には、両親の記憶が薄い。写真を見せられても、ピンとこない。

俺の母さんは、こんなに美人だったのか…… 

 髪は、今風の茶髪で、肩まで伸びるくらい長い。目は、パッチリ二重で、

鼻筋が伸びて口元がきっちりしてピンク色の唇が女性らしい。

肌は白くて、どっからどう見ても美人だ。

「自分の母親と結婚する気分はどうじゃ?」

 そんなこと言われても、複雑に決まってる。もちろん、隣にいる美女は、

母親ではない。しかも、そんな昔に茶髪なわけがない。

ところどころじいちゃんの好みが入っているのだろう。

瓜二つとか双子というわけじゃない。

それに、母さんは人間だけど、この美女はアンドロイドだ。

「とにかく、結婚とかは、まだする気はないから」

「ハイ、わかっております」

 アンドロイドがそう答えた。

「私は機械。御主人様と、結婚することは出来ません。だから、御主人様が

本当に愛する女性が出来て結婚するときには、私は、死にます」

「ハァ? 死ぬって、何で……」

「御主人様が結婚するときが、私の最後です。そのときは、スイッチを切って私を止めてください」

「止めるって……」

「それは、自分では出来ません。御主人様しかできないのです」

「イヤ、だから、そんなこと、出来るわけないだろ」

 またしても俺は、パニックになった。

「わかったじゃろ。マリは、お前がホントに結婚するときまでの、仮の嫁じゃ」

「仮って…… そんないい加減なことでいいのかよ」

「だったら、マリーと結婚すればいいじゃろ」

「イヤ、だから、それは……」

 そこまで言いかけてやめた。また、差別発言をして、泣かせてはいけない。

「とにかく、結婚は、まだまだ先の話だから」

「まぁ、いいじゃろ。だが、これからは、マリーがこのウチの主婦じゃ。

お前のやることはわかっとるな」

「わかってるよ。勉強だろ」

「そうじゃ。お前は、家のことはしなくてもいい。頼んだぞ、マリー」

「ハイ、お任せください」

 だけど、俺としては、イマイチ納得できなかった。

じいちゃんは、将来の俺の嫁としてマリを作った。

しかし、このままじゃ、単なる家政婦かお手伝いさんじゃないか。

家事をやらせるためだけに作ったとしたら、それこそ、差別じゃないかと思う。

「ハクション」

 突然、マリーがくしゃみをした。

「ごめんなさい」

「いや、そうだよ。服を着なきゃ。寒いだろ」

「いえ、私は、アンドロイドだから、寒くありません」

「だって、今、くしゃみしただろ」

 そう言うと、マリーは、下を向いてしまった。

白衣一枚だから寒いに決まってる。まだ、季節は、春になったばかりだ。

「じいちゃん、服を買ってくる」

「これを持ってけ。それと、マリーも連れて行ってやるんじゃ」

「無理だろ。着るもんどうすんだよ」

「少しの間じゃ。お前の貸してやれ」

「なに言ってんだよ。男物だぞ」

「スーパーに行くまでじゃろ。買ったら、そこで着替えればいいことだ」

 俺は、納得できなかったけど、一時的なことだからと、じいちゃんの言うことに従った。俺は、マリーを連れて二階の自分の部屋に行った。

 タンスの引き出しを開けて、なるべくきれいな洗濯したばかりの下着と

シャツをえらんだ。

「これを着て。洗濯してあるから」

「ハイ、ありがとうございます。御主人様」

「あのさ、さっきから、言おうと思ってたんだけど、その御主人様って言うの、やめてくれる」

「では、なんとお呼びすればよろしいですか?」

「名前でいいから」

「では、ひろし様」

「その様ってのもやめてくれないかな。殿様じゃないんだから」

「それでは…… ひろしさん」

「う~ん…… やっぱり、キミのが年上だから、ひろしでいいよ」

「いいえ、私は、あなたの妻ですから、呼び捨てなんで出来ません」

「まいったな…… じゃ、ひろしさんでいいや」

「はい、そうします。ひろしさん」

 そう言って、うれしそうに笑った。

「それでは、私のことは、マリーと呼んでください」

「イヤ、それはちょっと……」

「私も名前で呼ぶので、私も名前で呼んで欲しいです」

「それじゃ、マリーさんでいいかな」

「そんな他人行儀な……」

「わかったよ。それじゃ、マリでいい?」

「ハイ」

 じいちゃんはマリーと伸ばすけど、それだと、なんとなくアンドロイドっぽいから、俺は、短くマリと言うことにした。その方が、人間の名前らしく

聞こえるからだ。

「それじゃ、これに着替えて。俺は、後ろを向いてるから」

 そう言って、背中を向けた。とても、マリの裸は、セクシーすぎて高校生の

俺には、目の毒だ。

「ハイ、着替えました」

 しかし、見ればマリは、俺より背も高い。スラックスの裾が足りない。

オマケに胸が大きいので、シャツだと前がパッツンパッツンだ。

 ノーパン、ノーブラと言うわけにはいかないので、下は俺のボクサーブリーフにしてもブラジャーは持ってない。なので、シャツだけでは、胸の形が

強調される。これで、外に買い物に行けというのは、かなり無理がある。

俺は、慌てて春物のコートも着せた。これなら、体型が見えない。

「とりあえず、そこまでだから、今は、それで我慢して」

「ハイ、ひろしさん」

 いちいち名前で呼ばれるのは慣れるものじゃない。しかも、さん付けだ。

俺は、じいちゃんの財布を持って、マリを連れて買い物に行った。

 しかし、悲しい現実に、履くものがない。ウチには、女物の靴がないのだ。

ガックリと肩を落としながら、仕方なくぶかぶかのサンダルを履かせた。

 見事にアンバランスでセンスのない服を着て、サンダルを引っ掛けて歩く

マリを見てすれ違う人は、誰もが目を向けた。こんな美人が、どうしてこんな

ダサい服を着ているのか、そのバランスの悪さに誰もが見ていた。

でも、しょうがないだろ。着るものがないんだから……

俺は、心の中で、マリに言い訳をした。


 駅前に隣接された駅ビルに行けば、とりあえず何でも揃う。

ウチから歩いても十分もかからない。だけど、この十分が俺には、とても遠く

感じた。

 優秀なアンドロイドとはいえ、外に出たのは、きっと初めてなはず。

マリは、商店街を歩くと、自分に向けられている興味の視線などお構いなしに

目に付いたお店の前で足を止める。

「マリ、行くよ」

「ひろしさん、これは、なんですか?」

「これは、野菜とか果物を売ってる、八百屋さん」

「これは、なんですか?」

「魚屋さんで、隣はお肉屋さん」

 まるで、幼稚園児に物を教える親の感覚だ。

ウチの近所は、下町なので、駅前に大きなショッピングセンターもあるけど、

昔ながらの商店街も健在だ。

俺は、普段の買い物は、駅ビルよりも、この商店街を利用している。

「とにかく、早く行こう。服を買ったら、ゆっくり見ていいから」

 俺は、そう言って、マリを急がせた。

「ひろしさん、急いでいるんですか?」

「そう言うわけじゃないけど」

「では、ちょっと失礼します」

 そう言うとマリは、俺を軽く抱き上げ、走り出した。

「お、おい、マリ……」

「しっかり、捕まっていて下さい」

 そう言うと、さらに走る速度を速めた。俺は、マリにしがみ付くことしか

できなかった。周りの景色が流れて見える。すれ違う人たちが、ビックリして

俺を見ている。

 マリは、力があるどころか、足も速い。アンドロイドだからと言えば、

それまでだけど、俺は、マリに抱かれながら、何かを感じ始めた。

「ちょっと、ストップ。止まれ、止まるんだ。マリ」

 俺は、しがみ付いたまま耳元で叫んだ。足を止めたマリは、俺を下に下ろす。

「マリ、ちょっと聞いてくれ。俺は、今日からマリを人間として、本物の女性として思うから、マリも人間として行動してくれ」

 見ると、マリは、不思議そうな顔をしている。

「マリは、アンドロイドだから、俺を抱き上げて、早く走ることが出来る。

だけど、人間の女は、そんなこと出来ない。だから、もう、二度とあんなことはしないで欲しい」

「わかりました。ごめんなさい。もうしません」

「わかってくれればいいんだ。だいたい、男を抱いてダッシュする女なんて

いないんだからさ」

「すみません。私がバカでした」

「もう、いいから、服を買いに行こう」

 俺は、マリを慰めながら駅ビルの中に入っていった。

しかし、マリは、すぐに足を止める。一階は、デパ地下並みのお惣菜売り場に

なっている。マリにとっては、興味津々で珍しいものばかりだ。

 しょうがないので、俺は、マリの手を握って、エレベーターまで連行した。

「ひろしさん……」

 そう言われて、俺は、ハッとして足を止めた。反射的とはいえ、マリの手を

握ってしまった。それに気がついて、慌てて手を離す。

「ご、ごめん」

「い、いえ…… 大丈夫です」

 俺は、自慢じゃないが、彼女いない歴十七年だ。だから、女子と手を繋いだ

事はない。それなのに、俺の方から、手を握るとは、自分でも思っても

見なかった。

「あの、ひろしさん……」

 すると、マリの方から手を差し出してきた。

「あの、手を、その……」

 俺は、恥ずかしながらもマリの差し出した手を握った。

初めて握る異性の手の感触は、柔らかくて、温かくて、小さくて、なんと表現

したらいいかわからない。

マリの手は、温かかった。これが、アンドロイドの手なのかと思った。


 俺は、二人で手を繋いだまま、エレベーターに乗って、まずは、何はなくとも下着売り場だ。三階で降りると、目の前には、お花畑かと思うような、

色とりどりの女性用の下着が飾ってある。

こんなところには、用事がないので俺は来たことがない。見ているだけで、

恥ずかしくなる。

「俺は、ここで待ってるから、好きなのを買って来て。ちゃんと、サイズ合わせをするんだぞ。それと、一枚じゃなくて、適当に十枚くらい買ってきな」

 そう言って、俺は、中身を確認してから、じいちゃんの財布を渡した。

じいちゃんの財布の中には、現金がびっしり入っていた。

さすが、世界的に有名な科学者だ。確かメル友にアメリカの大統領がいた

はずだ。

 俺は、しばらくベンチに座って、マリが買い物を済ませるのを待つことに

した。その間にいろいろ考えてみた。マリを作ったいきさつはわかったけど、

これから、どう付き合っていけばいいのか、自分なりに考えた。

 まずは、マリは、俺より年上だ。結婚は、できないけど、一応俺の奥さんに

なってる。高校生にとって、妻という響きはもちろん、自分が夫という感覚も

ない。

 それと、一番重要なのは、マリは、人間ではないということだ。

だからと言って、差別はしない。人間と同じに付き合うよう心がける。

 だけど、一番難しいのは、言葉遣いだ。年上の女性を呼び捨てにしていいものだろうか? しかし、一応マリは俺の奥さんということになっているから、

さん付けもおかしい気がする。

ため口って言うわけにもいかないし、敬語を使うのもどうかと思う。

 俺は、しばし考えた。でも、結論が出ない。そのときどきでそのウチ慣れてくるだろうと勝手に結論付けた。マリは、どう思っているのかわからないけど……

「お待たせしました」

 少しすると、マリが両手に紙袋を持ってやってきた。

「ちょっと買いすぎましたか?」

「いいんじゃないの。女の人って、下着はいくつも持ってるらしいから」

「そういうもんですか……」

「それより、ちゃんと、下着は着けてきた?」

「ハイ、店員さんにサイズを計ってもらって、身体に合う物を買ってきました」

 そういうと、俺の臨時で貸した下着を袋の中から見せた。

自分の下着を自宅以外で見るのは、恥ずかしかった。しかも、たった今まで、

マリが履いていたものだ。

「よし、それじゃ、次行こうか」

 俺は、話題を反らすように言って立ち上がった。次は、婦人服売り場だ。

こっちも俺には、サッパリわからない。結局、売り場の店員に頼んで、

コーディネートしてもらった服を買った。

シャツにブラウス、パンツにスカート、春用のコートやおしゃれな上着などなど

とにかく、何もないから、すべてを買い揃えるしかない。あっという間に、

両手一杯になった。

「俺が持つから」

 そう言って、両手一杯の袋を持とうとした。

「大丈夫ですわ。全部、自分のものですから。それに、ひろしさんに持たせる

わけにはいきません」

「いいんだよ。女の人に持たせるわけにはいかないよ。俺も男だからさ」

 そう言って、右手に持っている袋を少し強引に取り上げた。

「ありがとうございます。ひろしさんは、優しいんですね」

 レディーファーストくらい、高校生の俺でもわかる。

そして、改めてマリを見ると、美人に変身していた。

着ている物によって、さらに引き立っている感じだ。

こんな美人と俺がいっしょに歩いていいのか……

 少し後ろめたさを感じながら、次は靴売り場に行く。

そこでも、何足か靴を買った。男の俺には、どれがどれやらサッパリ

わからない。スニーカーくらいしか見たことがないのだ。

 ここでも、店員任せだった。足のサイズを計ってから、いろいろな場面に

合わせた靴を買い揃える。

二人でも持ちきれないくらいの量だ。さすがの俺でも、手が疲れてきた。

なのに、マリは、疲れた様子がない。

「大丈夫、手が疲れてない?」

「ハイ、私は、アンドロイドだから平気です」

 と、ニッコリ笑って言うのだ。だけど、その言葉が俺には、

気に食わなかった。

「マリ、もう一度言うけど、もう、自分がアンドロイドだなんて言うな」

 俺は、足を止めて、ちょっと厳しめに言った。

「ハイ、すみませんでした」

「それと、自分がアンドロイドと思うな。マリは、人間なんだ。

だって、俺の奥さんだろ」

「ハイ、そうです」

 マリは、反省して淋しそうな顔をしたかと思うと、今度は、うれしそうな顔をする。表情豊かだけに、俺もマリがアンドロイドとは思えない。

「それじゃ、次行こうか」

「ハイ、次は、どこですか?」

 マリは、うれしそうに笑って、俺の後についてきた。

なんか、俺、偉そうだぞ。高校生なのに……

次に行ったのは、日用品売り場だ。果たして、歯ブラシとかシャンプーとか

必要なのか?

「あのさ、マリって、風呂とか入るの?」

「ハイ、ひろしさんと同じですわ」

「それじゃ、食べ物とか飲み物とかは?」

「ハイ、それも同じですわ」

「えっ、物食べられるの?」

「博士が消化できるようにしてくれました。食べたものは、すべて体内で

分解されてエネルギーとして蓄えるようになってます。でも、トイレは、

行きませんけどね」

 と、言って、マリは、少し恥ずかしそうに言った。

食べ物は食べるのに、トイレに行かないって…… 

やっぱり、マリは、アンドロイドだ。

「それじゃ、マリ用の日用品でも買って、今夜のおかずを買って帰ろう」

 そう言って、一階に降りて、マリが普段使う物を買い揃えた。

だけど、荷物が多くなったので、結局、夕飯のおかずは、家の近くの商店街で

買った。

 俺は、夫として、男として、ここでヘコたれては、マリに笑われると思って

威厳を見せるように、手が痺れてきたのも顔に出さないようにした。

高校生のクセに、生意気だなと思ったけど、マリの手前、そこは目をつぶる。

 やっとの思いで帰宅して、玄関先に荷物を置くと息をついた。

なのに、マリは、ケロッとしている。当たり前だけど、それが、ちょっと

ムカつく。

 俺は、玄関先で腰を下ろして靴を脱ぎながら、ちょっと休んでいるのに

マリは、そそくさと荷物を持ってキッチンに向かった。

やっぱり、体力的にマリには勝てない。

「今、夕飯の準備をするので、待ってて下さいね」

 マリは、そう言って、買ってきたピンクのエプロンをつけた。

だけど、マリは、料理が出来るのか、とても不安だ。

 マリが、料理を作っている間に、俺は、地下室に向かった。

まだ、手が痺れているけど……

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