第十章①
日本愛知県 名古屋空港
リチャードとクリコフ大尉はC―130ハーキュリーズ輸送機で日本に送られる必要物資と共に名古屋空港に降り立った。この物資はここからヘリによってあちこちで作戦を展開している自衛隊と民間人の避難民キャンプに運ばれるのだ。名古屋空港だけでも一日に20機ほどの輸送機が各国から到着していた。リチャードが聞いた所によると、日本全国で十数か所の飛行場に各国から同数もしくはそれ以上の飛行機が援助物資を積んで飛来しているとの事だった。リチャードは日本がいかに甚大な被害をこうむっているかをひしひしと感じていた。“自分達のプロジェクトをどうしても成功させなければ”と心に誓った。
リチャードとクリコフ大尉の二人は、スナイプス大佐から昨日突然、“日本へ出発の許可が出た。すぐに出発してくれ”と言われて急遽フィラデルフィア空港に準備してあった輸送機で日本にやってきたのだ。時差の関係で二人とも頭がぼんやりしていた。スナイプス大佐からは国防総省のベッカム大佐から指示を受けるように言われていた。ベッカム大佐からは“名古屋空港でアメリカ陸軍のヘリと護衛の兵士を待機させておくので好きに使ってくれ。作戦中は陸上自衛隊が援護してくれる。問題が発生したら支援要請をするように”との事だった。
空港で待っていたのは、関東で作戦行動中の第3歩兵師団からリチャードの実験をサポートする為に引き抜かれたロバートソン大尉だった。
「リチャード・ドーソンさん。あなたがクリコフ大尉ですね。始めまして。私は第3歩兵師団、第302歩兵連隊のロバートソン大尉です。彼は部下のリード中尉」ロバートソン大尉は後ろにいるごつい体の兵士を紹介した。
「よろしくお願いします」そう言って二人は握手した。
「国防総省のベッカム大佐からの要請でブラックホーク2機を準備してあります。早速現地へ飛びますか?」
「はい。急ぎますので、すぐに行きましょう」リチャードがそう言うとロバートソン大尉はリチャード達が乗るはずのブラックホークの所へ案内した。一機にはロバートソン大尉が8人の部下と共に乗り込んだ。リチャードとクリコフはリード中尉と3人の部下と共にもう一機のヘリに乗り込む事になった。リチャードは機長のサンダース少佐に挨拶するとブラックホークの事について尋ねた。
「このヘリは電磁波の防護シールドはしてあるのですか?」
「このUH-60ブラックホークは標準でもある程度の電磁波は防ぐ事が出来ます。今回は特別な電磁波シールドを施しましたが役に立つかどうかは未知数ですね」
「そうですか。危険な任務なのに申し訳ない」
「我々の任務に安全なものなんかありませんよ」サンダース少佐はそう言うとヘリのローターを始動させた。
「岐阜市までどれ位掛かるのですか?」リチャードはシートベルトをしながら尋ねた。
「そうですね、30分くらいでしょう」
「そんなに近いのですか?」
「ええ、ここは名古屋空港と名は付いていますが、かなり北に位置していますから」そう言ってサンダース少佐が操縦桿を引くと大きな機体がフワッと浮き上がった。しばらく上空で止まっていたかと思ったとたん、リチャードは突然の加速でシートに押し付けられるような感触に襲われた。その加速度は旅客機のそれとは全く違っていた。彼はたかがヘリだと思ってバカにしていたのが恥ずかしかった。隣のクリコフ大尉は何の驚きも無いらしく平然と座席に座って外を眺めていた。それを見て彼が軍人だという事を改めて実感した。リチャードはヘリに振り回されて胃袋がひっくり返りそうになっている感覚をごまかす為に窓から外を眺めた。ヘリの窓から流れる景色を見ていると、地上で起きていることがまるで嘘のような気がした。しかし、この下では救助を待っている人たちがユニットに襲われるという恐怖と戦っているのだ。
「リチャードさん、この辺りはもう岐阜市上空です。中心部まであと5分位ですね」
「もうですか。陸軍も付いて来ているんですか?」
「安心してください。すぐ後ろに付いてますよ」サンダース少佐のその言葉にリチャードは少しホッとした。
「しかし、酷いな。クリコフ大尉、あれを見てみろよ」リチャードは地上の一箇所を指差していった。
「ビルの残骸だな。ここにビルが乱立していたなんて信じられない」
「ああ、緩衝地区を作る為に爆破しているんだろう」
「ユニットが増えてきたぞ」クリコフが言った。
「段々密集してきているようだな。中心部に設置してある高周波発生装置は効率よくユニットを集めているようだ」リチャードが言った。
「リチャード。日本政府が設置した高周波発生装置と同じところにマイクロ波通信装置を置くのか?お互い緩衝しあわないか?」
「設置するのは一緒の場所の方がいいだろう。いずれにしてもそこを基点に集まっているのは間違いないんだから。だが、緩衝しあう場合もあるから、俺達の装置を動かすと同時に止める必要があるな」
「上手く同調できればいいけど」
「それを見に来たのさ。設置場所の確認もしないといけないし。高周波発生装置のシステムにしたって基本的な設計図は貰ったものの、急ぎの組み立てだった為それぞれの仕様が違う可能性があるらしい。とにかく現物を見てからじゃないとわからないな。最悪破壊する必要もあるだろう」リチャードが言った。
「ユニットがたどり着けないような所に置いてある事を祈るよ」
「ああ、俺もそう思う」
「リチャードさん、高周波発生装置はあの建物の屋上です。さっきから計器がおかしくなり始めています。あの装置から出る電磁波の影響だと思います。電磁波シールドは余り効き目がないようですね」サンダース少佐はそう言うと、アラームがなっている計器を指で叩いた。
「そうでしょうね。かなり高出力で発振しているようですから。操縦に影響がありますか?」
「多少問題もありますが何とかなるでしょう。もう一機に乗っているロバートソン大尉の部隊が先におりてユニットを掃討します。それまで待機していてください」
「わかりました」
「こちらレッド1。レッド2どうぞ」サンダース少佐はロバートソン大尉が乗っている遼機に無線で連絡した。
「こちらレッド2」
「先に行ってお客さんを屋上に降ろしてくれ。ロバートソン大尉の準備が出来次第作戦開始だ。あとはそちらに任せる」
「了解レッド1。大尉は準備OKです。これから先行して降下します」
隣に並んで飛んでいたもう一機のブラックホークは機体を傾けてビルの方向に向かって行った。
「了解レッド2」
「こちらレッド2、計器のアラームが鳴り出した。高周波の影響らしい。今の所操縦に支障なし」
「レッド2、こっちの計器も不調だ。長時間、高周波発生装置の近くにいると危険だ。大尉達を降ろしたらすぐに屋上から離れろ。上空で旋回するんだ。大尉にも確認を取ってくれ」
「了解レッド1。大尉はOKです。全員降ろしたら離脱します」
「了解レッド2」
ロバートソン大尉の乗ったヘリはビルに近づくとスライド・ドアを開けて銃架に取り付けてあるM60機関銃で着陸地点を掃射し始めた。
「屋上に50人位いるな。大丈夫だろうか?」リチャードはビルの屋上にユニットが犇いているのを見てそう言った。
「大丈夫だろう。あの大尉は優秀そうだ」クリコフが言った。
「心配要りません。ロバートソン大尉は百戦錬磨です。イラクでも大活躍でしたから」リ―ド中尉が不機嫌そうに後部座席から言った。彼は良くも悪くもロシアの軍人に自分の最も信頼できる上官を勝手に評価された事に腹を立てているようだった。
ビルの屋上では、ロバートソン大尉達がヘリから降りて徐々に展開していった。そして数分後には屋上のほぼ全域を掃討していた。
「リチャードさん、そろそろ降下します。準備はいいですか?」
「はい、OKです」
「リチャードさん、作業が終了したらロバートソン大尉に撤収の合図を出してください。大尉から無線連絡があり次第、ヘリを下ろしますから。いいですね」
「わかりました」
サンダース少佐はリチャードの返事を聞いた途端、操縦桿を倒して機体を傾けた。そのヘリの動きにリチャードは機外に放り出されるような感覚をおぼえた。あっという間にビルの屋上にたどり着くと、ヘリはロバートソン大尉が確保している着陸地点の上でホバリングをしていた。ゆっくり着陸するとスライド・ドアが開いた。
「よし、行こう」リチャードはそう言うと急いでヘリから降りた。クリコフもそれに続いた。高周波発生装置はビルの屋上にある変圧器の近くに設置してあった。
「これだな。かなり大きいな」リチャードが言った。
「この横ならマイクロ波通信装置が設置できそうだ」
「そうだな」
「くそっ、頭痛がしてきた」クリコフが頭を押さえながら言った。
「かなり強烈な電磁波だ。これじゃヘリの計器がおかしくなるのも無理は無い」
「ああ、俺の頭もおかしくなりそうだ」
「急いでやってしまおう。隊員達もかなり影響があるようだし」リチャードはそう言うと辺りで射撃している隊員が頭を振りながら銃を撃っているのを指差した。クリコフは頷すくと高周波発生装置の裏側に回って配線を確認した。
「この装置の動力は建物の変圧器から直接取っているようだ。これは使えるな」クリコフが言った。リチャードは装置の接続器を見てもう一つソケットがあることに気が付いた。
「マイクロ波通信機をこいつに直接繋げてしまおう。そうしたら、作業も早く終わるんじゃないか?」リチャードが言った。
「そうだな。それにこれは動力部と発振部が完全に分かれている。発振部だけ壊せば問題なく接続できそうだ」クリコフが言った。
「そんな事できるのか?」
「ああ、任せてくれ。ロシアでは色々やらされたんだ。こんな事は朝飯まえさ」
「頼もしいね。君に来てもらって正解だったよ」
「今頃気がついたのか?」
「いいや。前から知っていたさ」
「リチャードさん、まだ時間がかかりますか?」ロバートソン大尉が近づいてきてそう言った。
「やばそうですか?」リチャードが言った。
「いいえ、ただ弾薬の都合がありますので。まだかなり時間が掛かるようならヘリを呼んで予備弾薬を下ろします」
「あと10分下さい。それなら何とかなりますか?」
「それくらいなら大丈夫です。終わり次第教えてください」
「わかりました」リチャードがそう言うとロバートソン大尉はまた離れて行った。
「あんなに弾薬を持っていたのに足りなくなるのか?」リチャードは不思議に思ってクリコフに尋ねた。
「あの調子ならね」クリコフはそう言うと射撃を続ける隊員達を指差した。リチャードが辺りを見渡すと、それぞれの隊員達がひっきりなしに射撃を続けていた。これじゃ弾薬が底をつくのも時間の問題だろう。
「急ごう。あとはケーブルと端子の仕様のチェックだ」リチャードがそう言うとクリコフは頷いた。
「クリコフ大尉、そっちはどうだ?」
「もう少しだ」クリコフはそう言うとメモを書き終えリチャードに渡した。
「よしこれで終わりだな。あとは忘れ物ないよな」リチャードは接続器の仕様をメモに書き取るとクリコフから渡されたメモと一緒にカバンに押し込んだ。
「ああ、いいと思う」
「よし、行こう」
「ロバートソン大尉、終わりました!」リチャードが大声で叫んだ。
「了解。ヘリを呼びます」ロバートソン大尉は無線でヘリに連絡をした。
暫らくすると一機のブラックホークが近づいてきた。
「全員撤収準備!」ロバートソン大尉はヘリのローターの音にかき消されないように大声で怒鳴った。ブラックホークが着地するとロバートソン大尉はリチャードとクリコフにヘリの方へ来るように手招きした。
「リチャードさん、頭を下げて!」ロバートソン大尉は身振りも交えてそう言った。
「いいですよ。早く乗ってください」リチャードは大尉に言われるままにヘリに乗り込んだ。クリコフ大尉とリード中尉も一緒に乗り込むとヘリは再び上空へ舞い上がった。機内では計器類のあちこちで異常を知らせるアラームが鳴り響いていた。
「ヘリは大丈夫ですか?アラームの音が凄いですが…」リチャードは不安になって尋ねた。
「かなり切迫しています。機器がオーバーロードし始めました。シートベルトの確認をして下さい」サンダース少佐は操縦桿を必死に操りながらそう言った。それを見る限りではかなり操縦しにくいようだった。パイロットはヘリを旋回させ、ビルの屋上でホバリングしている遼機の様子を心配そうに眺めた。そのヘリはゆっくりと屋上に着陸してロバートソン大尉たちを乗せると再び屋上から離れて行った。
「こちらレッド1。レッド2どうぞ」
「こちらレッド2。ロバートソン大尉他全員を収容。レッド1を追尾します。計器が殆どイカれました。操縦も困難になりつつあります」
「そっちもか。とにかく急いでこのエリアから出るんだ。陸上自衛隊に連絡を取ってみる。この近くで作戦行動中のはずだ。下手なところに不時着したら厄介だからな」
「了解、急いでください。とても基地まで持つとは思えません」
「わかった。とにかくがんばれ。何とか飛ばすんだ」サンダース少佐はそう言うと無線機の周波数を切り替え岐阜地区に展開している陸上自衛隊に連絡をした。リチャードの乗ったヘリも今では壊れていない計器は無いのではないかというくらい夥しいほどの警告ランプが点滅している。相変わらずアラームは鳴り続けていた。パイロットも必死で操縦をしている。二機のブラックホークへリはやっとの思いで自衛隊から指示された部隊の展開している地点に向かっていた。あと数キロという所で突然無線から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「レッド1!こちらレッド2!電気系統がダウン!機が安定しません!」
「レッド2、あと8キロだ!何とか持たせろ!」
「レッド1!計器パネルから火災!操縦不能!操縦不能!ダメだ!あぁー!」
サンダース少佐は振り返ると遼機を捜した。もう一機のブラックホークは徐々に高度を下げ、次第にきりもみ状態になっていった。
「レッド2、レッド2、応答せよ。レッド2、どうした?!」サンダース少佐はそう叫んだが遼機から返事は返ってこなかった。サンダース少佐はヘリを回頭させて遼機を正面に捕らえようとした。そして視界に遼機が入ったと思った瞬間、そのヘリはロバートソン大尉と8人の隊員、そしてパイロット2人を乗せたままビルに激突して爆発してしまった。
「何てこった!」サンダース少佐が叫んだ。
「大尉!」リード中尉がスライド・ドアから乗り出すように言った。
「くそっ!」サンダース少佐が毒ずいた。
「脱出者を見たか?!」サンダース少佐が副操縦士に聞いた。
「いいえ。だれも…」
「くそっ!」サンダース少佐は再び毒ずいた。
「助けに行かないと!」リチャードが言った。
「無理だ!あれじゃ生存者はいない!それよりこっちも時間の問題だ!」サンダース少佐が言った。そして、再びヘリの体勢を立て直すと元のコースに向かって飛び始めた。しかし、操縦は困難を極め、次第に高度も落ちてきた。
その時右前方に信号弾が上がった。
「機長、信号弾です。自衛隊からの合図だと思われます」副操縦士が指をさしてそう言った。
「くそっ、あそこまで持つとは思えん」サンダース少佐は唸った。計器から火花まで放ち始めて、とても自衛隊の展開地まで飛び続けることは不可能になった。
「メイデー!メイデー!こちら合衆国陸軍航空隊。現在、陸上自衛隊の展開地に向け飛行中も、操縦困難。不時着する。救助請う」サンダース少佐が無線に向かって言った。機内には火災も発生し始めた。そして、突然ヘリがガクンと震えて姿勢が不安定になった。
「メイデー!メイデー!こちら合衆国陸軍航空隊。操縦不能!救助請う!」サンダース少佐は必死に操縦桿を操りながら無線に叫んだ。
「くそっ!何かにつかまって!落ちるぞ!」サンダース少佐は後部座席にいる乗員に怒鳴った。
日本岐阜県 岐阜市
高橋たち第1小隊は96式装輪装甲車で岐阜市内に出動していた。少なくとも野営地でジッとしているよりいいと思った。余分な事を考えなくてすむからだ。それは第2分隊全員がそう思っているかもしれない。特に、恵美子と松山三曹は辛そうだった。長屋一士と滝沢士長の私物を片付けながら涙を流していた。その姿を見て他の隊員たちはただ目を伏せていた。その気持ちは決して誰にもわからないだろう。宮田三尉が言ったように自分で乗り越えるしかないのだ。時間は掛かるだろうが…。
今回の任務は掃討作戦と同時に米軍ヘリの支援も行なうという事だ。高橋は体中が痛く、朝起きるのが辛かった。一日休みをもらったのだが、体の疲れは全く取れなかった。それは隊員全員がそうだった。高橋は特に腕の痛みがひどかった。怪我のせいで発熱をしていたが、そんなことは報告もしていない。左足の怪我は歩くのに多少支障があるのだが、腕の痛みに比べれば蚊に刺されたようなものだ。指を動かすたびに腕に激痛が走る。射撃をするにも支障が出るのではないかと思った。あまりの痛さに鎮痛剤を山のように飲んだため少々頭が朦朧としていた。だが、いざとなれば何とかなるだろうと思った。
高橋は数分前からレミントンを双眼鏡に持ち替えて空を眺めていた。第1小隊の各分隊は、岐阜市南部の広範囲に展開していた。ついさっき本部から来た指示では米軍のヘリが非常事態に陥っており不時着の危険があるので発見次第報告し、必要であれば安全な場所に誘導、着陸させて保護せよと命令を受けていた。高橋以外の隊員達は近づいてくるユニットを撃退する為ひっきりなしに射撃をくり返していた。隊員達は広範囲に散開しており、かなり忙しそうだった。ヘリの着陸に備えてある程度の開けた場所を確保しておく必要があったのだ。分隊の防衛ライン内にはヘリから良く見えるように発煙筒が焚かれていた。高橋は周りの状況を気にしつつも双眼鏡の接眼レンズを目に押し当てていた。
“何でまた米軍なんだろう?もういい加減にして欲しいのに…”高橋はそう思っていた。それはみんなが思っていることだった。ここに来る時、装甲車の中でのみんなの会話から十分推察された。
「尾上士長。今日の午後、米軍のブラックホークが偵察に来るらしいわ。彼等から無線連絡があるかもしれないから注意しておいて頂戴ね。これが米軍の周波数よ」恵美子はそう言うと周波数リストを尾上に渡した。
「わかりました」尾上士長が言った。
「また米軍ですか?もう勘弁してください」三桶一士が言った。
「そうですよ。いくつ命があったって足りないですよ」藪野一士が言った。
「うるさいわね!命令なんだから仕方がないでしょ!私だってやけくそなんだから!」恵美子が一番腹を立てているようだった。その怒りが含まれた言葉を聞いてみんな静かになった。暫く間をおいて高橋は恐る恐る尋ねた。
「この前の連中じゃないんですよね」
「もちろんよ」
「今度の連中は一体日本で何しているんですか?」
「何でも、アメリカの技術者が奴等をやっつける為の装置をここで実験するらしいの。その為の現地視察みたいね」
「ほんとうですか?」三桶一士が驚いて言った。
「どうやって?奴等を本当にやっつけられるんですか?」藪野一士も不思議そうに言った。
「さあね。私にもわからないわ。機密事項なんでしょう。やっつけられるかどうかを確かめる為にやるんじゃないの」
「何て事だ!それじぁ実験台って事じゃないですか!」三桶一士が大声で言った。
「よりにもよって何で岐阜に?他でやればいいじゃないですか」藪野一士が言った。
「そんな事私だって知らないわよ。どうやら私達の部隊が一番早く封じ込め作戦を進めているらしいわ。関東では規模が大きすぎるようだし。それで白羽の矢が立ったようね」
「また、政府の偉いさん同士で勝手に決めたんですか。クソッタレめ」松山三曹が毒ずいた。
「でも、米軍の装置が上手くいけば救助作戦の役に立つわ。他の都市では間に合わないかもしれないけど、ここで成功すれば岐阜市民が餓死する前に奴等を殺せるかもしれない」
「成功すればですか。時間的にも難しそうだし。僅かな希望ですね。でも、無いよりましか」高橋が言った。
「そうですね。米軍に頼るのも癪に障るけど仕方がないですか」松山三曹が言った。
「そう言う事。いずれにしても私達には選り好みなんかしている余裕はないのよ。可能性に掛けるしかないでしょ。つべこべ言わない。さあ仕事よ!」
高橋は、恵美子の“私だってやけくそなんだから!”と言う言葉が妙に的を得た感じで、頭にこびりついていた。“全くだ。そうでないとやっていられない”と思った。
その時、小さな機影らしきものが目に止まった。最初は鳥かと思ったが、どう見ても飛び方が不自然だった。
「二曹!あれじゃないですか?!」高橋が指を差して叫んだ。
恵美子は急いで双眼鏡を覗くと高橋が指差している方向へレンズを向けた。焦点をあわせながら倍率を上げて確認した。
「そのようね。松山三曹、信号弾を上げて頂戴」
「了解」松山三曹はそう言うと信号弾を発射した。発煙弾は赤い煙の尾を引きながら空高く上がっていった。
「尾上士長、米軍ヘリへ無線連絡。コンタクトが取れ次第ここへ誘導して」
「わかりました」尾上士長はそう言うと周波数を米軍のそれに合わせて連絡を取ろうとした。
「松山三曹、もう一発信号弾」恵美子が言った。それに合わせ松山三曹はもう一発信号弾を発射した。
「もう一機いるはずなんだけど」恵美子はそう言いながら再び双眼鏡を覗いた。
「一機だけですね。隊長、あのヘリは様子がおかしいですよ。かなり不安定な飛び方をしている」高橋が言った。
「隊長!合衆国陸軍航空隊よりメイデーを受信。不時着するそうです。救助を求めています」尾上士長が恵美子に言った。
「ヘリはブラックホーク。現在降下中。安定していません」高橋が双眼鏡を覗きながら言った。
「メイデーはそのヘリだわ!高橋士長、降下位置を確認して頂戴!」恵美子は指示した。
「ここより北北西!距離約5キロ!」高橋が叫んだ。
「中隊本部に連絡。米軍ヘリからメイデーを受信、降下中のヘリを目視。位置は確認、我々の現在位置から北北西約5キロ。指示願う」恵美子が尾上士長に報告内容を言った。
「わかりました」尾上士長はそう言うと本部にその通り伝えた。
「中隊長が出られました。二曹にと」尾上士長がそう言いながら恵美子にマイクを渡した。
「はい、岩田二曹です」
「大野だ。岩田、ヘリが不時着するのがそこから見えたのか?」
「はい、自分達の展開地から北北西約5キロの地点です。米軍ヘリの降下を確認しました」
「ちょっと待て」大野一尉はそう言うと暫らく間を置いた。地図を広げて位置を確認しているようだった。
「やはり、お前達の分隊が一番近いな。宮田をそっちに向かわせる。三尉と一緒に米軍ヘリの救助に行ってくれ」
「わかりました」
「うちのヘリを一機そっちへ回す。とり合えずお前の分隊は宮田と一緒に装甲車で現場に行ってくれないか。場合によってはヘリと合流して救助に当たれ」
「わかりました。小隊長と合流して救助に向かいます」恵美子はそう言うと無線を切った。
「全員撤収準備!装甲車に集合!」恵美子が分隊全員に聞こえるように怒鳴った。分隊はそれを聞いて徐々に防衛線を狭めながら装甲車の近くに集まってきた。
「松山三曹、米軍ヘリの救助に行くわ。出発の準備をして」
「救助ですか?勝手に来ておいて今度は助けてくれとは」松山三曹が新しいマガジンに替えながら言った。
「ブツブツ言わない。彼等は私達を助ける為に来ているのよ」
「了解」
「松山三曹、厄介な事ばかりこっちに回ってきますね」高橋はレミントンを担ぎながら言った。
「まったく。高橋士長もそう思う?」松山三曹がそう呟いた。
「なんとなく」
「しかたがないね。これも仕事だから」松山三曹は苦笑いしながら他の隊員に指図を始めた。
暫らくすると、73式小型トラックパジェロが近づいてきた。宮田三尉が乗る小隊長車だった。装甲車まで来ると急停車して中から宮田が降りてきた。宮田は乗っていた運転手の嶽三曹に何か呟くと恵美子のほうに近づいてきた。パジェロはもと来た道を帰っていった。
「宮田三尉。大野中隊長から無線がありました」恵美子が言った。
「岩田、全員装甲車に乗せろ。無線は聞いていた。忙しい事だ」宮田三尉が言った。
「全員撤収!装甲車に乗車!」恵美子が叫んだ。
「尾上士長、メイデーのあった周波数で米軍ヘリに呼びかけてみてくれ」宮田三尉が言った。
「わかりました」
全員が装甲車に乗り込むと宮田はヘリが不時着したと思われる地点に向けて出発させた。
「岩田、ヘリは何機いた?」宮田三尉が恵美子に尋ねた。
「一機しか見ていません」恵美子が言った。そして高橋に確認した「高橋士長?」
「確かに一機だけでした」高橋が言った。
「そうか。もう一機は既に墜落しているかも知れんな」宮田三尉が言った。
「もしかして、奴等をやっつける為に来た技術者ですか?」恵美子が言った。
「2機に分乗していたそうだ。一機には米兵。もう一機には技術者2人が乗っていたそうだ。問題は、そこに不時着したヘリがどっちかという事だな」
「技術者は2人ですか?」
「一人はアメリカ人、もう一人はロシア人だそうだ」
「ロシア人もいるんですか?その技術者達が死んだらこの実験は終わりですか?」
「そこまではわからんな。だが、二人のうちアメリカ人の方はこのプロジェクトのリーダーらしい。実施が延びるのは間違いないだろう」
「大変ですね」
「ああ、とにかく日米露政府にとって最重要人物だ。なんとしても生きていてもらわんといかん」
「しかし、小隊長。何故ヘリが2機とも不時着したんでしょう?」
「無線連絡の内容からすると、岐阜市中心部に設置してある高周波発生装置の電磁波の影響でヘリの操縦システムが壊れたらしい。それで操縦不能に陥ったんだろう」
「ブラックホークは電磁波の影響は受けにくいと聞きましたが」
「かなりきつい電磁波のようだ。高周波発生装置自体、急ごしらえだから電磁波を押さえる事もしてないのだろう。もっとも、奴等を集めるにはそれが必要なんだからな」
辺りはかなりたくさんのユニットが犇いていた。他の隊員が射撃をしながら装甲車は進んで行った。
「位置的にはこの近くだと思います」恵美子は地図を広げながらそう言った。
「尾上士長、どうだ連絡は取れたか?」宮田三尉が聞いた。
「全く応答ありません」
「続けてくれ。何か、目印でもあればいいが」
「三尉、この辺りはユニットが溢れかえっていますよ。ここに落ちたとなるともう奴等にやられているかもしれませんね」
「ああ、そうだな。とにかく捜そう」
日本岐阜県 岐阜市 アメリカ陸軍ブラックホーク機内
「うーん」クリコフは目を覚ましたが一瞬どこにいるのかさえわからなかった。彼は額を押さえながら上体を起こした。しこたま頭をぶつけたらしい。額を押さえていた手を見ると薄っすらと血がついていた。
「どうなっているんだ?ヘリが落ちたのか」クリコフはそう言うと周りを見渡した。隣でリチャードがぐったりしていた。
「リチャード!大丈夫か!?しっかりしろ!おい、リチャード!」クリコフはリチャードの身体を揺すったが全く動く気配が無かった。クリコフは慌てて胸に耳を当てて呼吸音と心音を確認した。どちらもしっかり聞こえてきていた。
「とり合えず息はしているな」クリコフはホッとした。彼は操縦席を見るとパイロットが操縦桿に伏せるようになっているのを見て近づいた。
「少佐!少佐!」クリコフはそう言ってパイロットを背もたれに引き戻した。しかし、首の骨が折れているらしく、あらぬ角度に傾いていた。隣の座席に座っている副操縦士は頭に鉄パイプのような物が突き刺さっていた。
「くそっ!二人ともダメか」クリコフはそう言うと無線機を調べた。しかし、それがあったと思われるパネルはコードやプリント基盤が飛び出しており完全に破損していた。
「これじゃ無線機も使えそうにないな」クリコフはそう呟くと彼は後部座席にいる筈のリード中尉の様子を見た。
「中尉!おい、中尉!しっかりしろ!」クリコフはそう言いながら体を揺すった。リード中尉は目を覚ますと「くそっ」と唸り、首に手をやりながら起き上がった。リード中尉は首の後ろ切っているようで彼のユニホームにはじっとりと血が滲んでいた。
「大丈夫か?」クリコフは尋ねた。
「ああ、何とかな」リード中尉は手についた血を眺めながらそう言った。
「パイロットは二人ともダメだ!リチャードは気を失っているが大丈夫そうだ。君の部下はどうだ!?」クリコフが言った。リード中尉は部下の様子を見るために一人一人に声を掛けた。
「いったいどこに落ちたんだ?」クリコフはそう言うと窓から外を眺めた。
「何てこった!ビルの屋上じゃないか」ヘリは建物の屋上に辛うじて引っかかっているようだった。ヘリの後ろ半分が完全に建物からはみ出していた。その上、ミシミシと建物の一部が崩れ落ちるような音がしている。
「クリコフ大尉!私の部下は一人生きているが重体だ。君はライフルが撃てるか?」リード中尉はそう言うとM4A1ライフルをクリコフ大尉に渡した。
「ああ、任せておけ。それよりここは危ない。ヘリがビルの屋上から落ちそうだ」
「何だって?!」リード中尉はそう言うと外を確認した。
「くそっ!最悪だな。それにユニットがウジャウジャやって来るぞ!クリコフ大尉、撃つんだ!」リード中尉はそう言うとM4ライフルを構えて射撃し始めた。クリコフもそれに倣った。
「どこから湧いて来やがったんだ!」リード中尉が怒鳴った。
「あそこだ!連絡通路がある!どんどん出て来るぞ!」クリコフが指を差しながら言った。
「何とかしないとな。クリコフ大尉、ここは頼んだぞ!俺は、あの扉を閉めてくる」リード中尉はそう言うとM4ライフルを放り出して、代わりにM249ミニミ機関銃を抱きかかえた。彼は予備弾薬を担ぐと機外に出ようとした。クリコフは彼の肩を鷲掴みにして引き止めた。
「むちゃだ!際限なくでてきているんだ。あそこまで行けるわけがない!RPG(ロシア製ロケットランチャ―)はないのか?」
「ここには無い!手榴弾だけだ!いずれにしてもここで爆発させればその衝撃でヘリがビルから落下する可能性がある!」
「そうだな。中尉、こいつの弾をくれ!」クリコフはそう言うと使い果たしたマガジンを抜いた。
「クリコフ大尉、ヘリの中に奴等を入れるな!」リード中尉はそう言いながら自分の弾薬ベルトを外してクリコフに渡すとヘリから飛び出していった。
「おい、中尉!くそっ、無鉄砲なやつめ!アメリカ人はこれだからかなわん」クリコフは弾薬ベルトから新しいマガジンを取り出しライフルに押し込むと通用口に向かって走り出したリード中尉を援護するために再び射撃をし始めた。
高橋は道路上に溢れているユニットへ銃撃を加えるのに四苦八苦していた。余りにも多いのだ。他の隊員達も同じだった。装甲車自体も前進するのに苦労していた。車上は乗員全員の射撃音で騒然としていたが、高橋は、これとは違う発砲音が遠くから聞こえたような気がした。
「小隊長、銃声が聞こえます!」高橋が言った。
「銃声?!全員撃ち方止め!」宮田三尉は手を上げてそう言うと静かになるのを待った。
「左の方だな。銃声が聞こえるという事は生存者がいるという事だ。車長、左に曲がってくれ。尾上士長、陸自のヘリに我々の位置を連絡しろ」宮田三尉が言った。
高橋は銃声のする方向を捜した。ビルの乱立する道路から上を眺めると前方のビルから何かが飛び出しているのが目に止まった。高橋は双眼鏡を覗いてそれを確認した。それはヘリのテールローターだった。
「小隊長、発見しました!」高橋が叫んだ。
「どこだ?!」
「あのビルの屋上です!ヘリの後部が外に飛び出している!」高橋はそう言うと宮田に双眼鏡を渡しながらヘリを指差した。宮田はそれを受け取ると高橋が指差す方向に双眼鏡を向けた。装甲車がビルに近づくにつれ、ヘリは尾部だけではなく機体の半分以上がビルからはみ出しているのがわかった。
「落ちそうだな。急がないとやばいぞ。とにかく徒歩であそこまで行くのは無理だ。ヘリが来るのを待とう。尾上士長うちのヘリはどうなっている?」宮田三尉が言った。
「確認します」尾上士長はそう言うと無線機を操作した。間もなくヘリのローターの音が聞こえてきた。
「ヘリが来ました!!」松山三曹がヘリを指差して言った。
「グッドタイミングだ。車長、交差点の真中で止まってくれ。ヘリに乗り移る。尾上士長、ヘリに連絡してくれ」
装甲車が交差点で止まると隊員達は再び忙しくなった。停車したお陰でユニットたちが装甲車によじ登ろうとするのだ。全員が射撃するだけではなくライフルの銃床で殴り倒したりしながら必死に応戦していた。その間にヘリが装甲車に近づいてきた。
陸自のヘリもUH-60ブラックホークだったが、米軍のそれとは装備も塗装も異なっていた。対地攻撃用兵器もミニミ機関銃を一丁取り付けただけのものだった。ヘリはゆっくり旋回すると停車している装甲車の上でホバリングをした。
「岩田、高橋、藪野、三桶、一緒に来てくれ。松山は残りの隊員と装甲車の安全確保を頼む。俺達がヘリに乗り移ったら速攻で装甲車を動かすんだ。第1分隊と合流しろ。決して止まるなよ」
「わかっています。こんな所でじっとしていたくはないですからね」
「頼むぞ」宮田三尉はそう言うと装甲車の上で立ち上がった。ヘリは徐々に降下してきた。そして、ある程度の位置で停止すると宮田はパイロットにOKの合図をした。
「行くぞ!岩田、先に乗れ!」宮田三尉は恵美子をヘリに押し上げると順に他の隊員にもくり返した。最後に宮田を全員で引っぱり上げた。
「機長、お願いします。あの上です」宮田三尉はパイロットにそう言うとビルから飛び出しているヘリを指差した。
「来る時見たよ。ビルから落ちそうだな。しかし、よくまあ、あんなに上手く屋上に乗ったものだ。少し間違えればビルに激突して爆発していただろうな」パイロットの佐藤一尉は操縦桿とスロットルを器用に操りながらそう言った。ヘリは一気に上空へ舞い上がると米軍ヘリが着陸しているビルに近づいた。屋上では米兵の一人が通用口の近くで、そこから出てくるユニットを撃退していた。不時着したヘリからも誰かが射撃をしているようだった。しかし、多勢に無勢で、かなり危険な状態だった。米兵もヘリもユニットに囲まれそうになっていた。
「高橋士長、ここからでも狙撃できるか?」宮田三尉が言った。
「揺れさえ何とかなれば大丈夫だと思います」高橋が言った。
「ヘリの近くの奴を狙うんだ。燃料が漏れている可能性がある。機体に当てないようにしろ」
「了解」高橋はそう言うとレミントンでヘリに近づこうとしている奴らを順に倒していった。
「ほかの者は米兵の援護だ。三桶一士、あの扉から出てくる奴等を食い止めろ」
クリコフは目の前にいたユニットの頭が突然吹き飛んだのに驚いた。彼は弾が飛んできたと思われる方向を見ると陸自のブラックホークがホバリングしながら近づいているのが目に止まった。
「中尉!救助のヘリだ!」クリコフは前方で必死に射撃しているリード中尉に向かって叫んだ。
「クリコフ大尉!俺の事はいい!ヘリの中の生存者を頼む!」リード中尉がミニミを撃ちながらそう言った。
「わかった!」クリコフはそう言うと救助ヘリの着陸地点を確保する為に外に出た。ヘリはゆっくり近づくと静かに着陸した。そして、数人の自衛隊員がヘリから飛び出して辺りを掃討した。
「早く乗るんだ!」藪野一士が英語で言った。
「ヘリの中に生存者がいる!助けてくれ!」クリコフはその日本人に思わずロシア語で言ってしまった。
「おい、何言っているのかわからん。英語じゃなさそうだぞ」藪野一士は隣で射撃している三桶に言った。
「ロシア語だろう?」三桶一士が言った。
「そいつはロシア人の技術者だ!」宮田三尉が言った。
「英語話せるか?」藪野一士が英語で言った。
「ヘリの中に生存者がいるんだ!」クリコフは英語で言い直した。
「ヘリに生存者がいるそうです」藪野一士は宮田三尉に向かって言った。
「岩田、藪野、救護班と一緒にヘリの中の生存者を救出しろ!急げ!高橋、三桶、俺に付いて来い。米兵の援護をする!」宮田三尉はそう言うと米兵に向かって走っていった。
「高橋士長、あの屋根の上から援護してくれ」
「了解」高橋はそう言うと屋根に一気に駆け上がり、うつ伏せになるとレミントンを構えて射撃を始めた。
「小隊長、生存者を二名発見しました。一人は骨折だけですが一人は重体です!」恵美子が叫んだ。
「急いでヘリに運ぶんだ!気をつけろよ!」宮田三尉は恵美子にそう言うとユニット相手に白兵戦をしている米兵に加勢した。一通り殴り倒すとライフルで射撃し始めた。
「おい、大丈夫か?」宮田三尉が尋ねた。
「ああ、大丈夫だ」リード中尉が言った。
「ロシア人とヘリの生存者二人は救助した。他にはいないのか?もう一機はどうした?」
「ああ、それで全部だ。もう一機のヘリはもっと前に墜落して爆発した。生存者はいない」リード中尉は悲しそうに言った。
「そうか。もう一人の技術者もあの生存者の中にいるのか?」
「ああ、腕を折っているのがそうだ」
「わかった。俺達のヘリに乗ってくれ。このまま病院へ搬送する」
「すまない。ありがとう」
「なあに、お互いさまさ」宮田三尉はリード中尉の肩を叩きながらそう言った。
「高橋、三桶、撤収だ!」宮田三尉はそう言うとリード中尉と共にヘリに向かった。
クリコフが陸自のヘリに乗り込むと、リチャードは痛そうに包帯を巻いた腕を抱えていた。既に衛生兵によって応急手当が施されていた。陸自のブラックホークは全員が乗り込むと一気に上昇した。
「リチャード、気が付いていたのか?」クリコフが言った。
「ああ、腕が折れているみたいだ」
「大丈夫だ。そんな事くらいでは死なないよ」
「そうだな。他のみんなは?」リチャードが尋ねた。
「4人だけだ」クリコフは悲しそうに言った。
「そうか。気の毒に」リチャードは悲しかった。自分達の実験の為に大勢のアメリカ人が命を落としたのだ。リチャードは自責の念に襲われていた。“彼等の為にも成功させないと…“リチャードは突然気が付いた。大事な物が無いのだ。今まで気が動転していて気が付かなかった。
「クリコフ!カバンが無いぞ!」
「カバン?!高周波発生装置の仕様書が入っているのか?さっき調べたデータも一緒に?」
「そうだ!あれが無いと今回の仕事がすべて無駄になる」
「何て事だ!ついていない!」クリコフは拳を作ると持っていたライフルに当たった。
「すまないがカバンを取りに戻ってくれ!」クリコフは隣に座っている日本人に言った。
「ロシア人が、カバンがどうとか言っているぞ?!」三桶一士は突然英語で喋られたのでよくわからなかった。
「カバン?どうでも必要なのか?」リチャードとクリコフの話を聞いていた宮田はクリコフに尋ねた。
「ああ、そうだ」クリコフが頷いた。
「くそっ」宮田三尉は毒づいた。彼は暫らく考えた。“どうやらそれが無いとこの実験は出来ないようだ。任務としては彼等を保護した事で終了しているのだが…。しかし、どうしても必要な物でなのであれば誰かが再び取りに行く事になるだろう。その時にあの米軍ヘリが無事であるとは限らないし…”
「一尉、戻ってください」宮田三尉は意を決してパイロットに言った。
「あそこへか?」パイロットの佐藤一尉が聞き返した。他の隊員も耳を疑った。
「そうです」
「三尉、自殺行為だぞ!」佐藤一尉が言った。
「仕方がないようです」
「わかった」佐藤一尉はそう言うとヘリを回頭させた。
「よし、みんな。彼等が言うには、そのカバンが無いと実験が出来ないようだ。全てはこの実験が成功するかどうかに掛かっている。危険だがもう一度さっきの所に戻る」
「マジで?何て事だ」藪野一士が小さな声で言った。
「仕方がないわ。がんばりましょう」恵美子が言った。全員がライフルに当たらしマガジンを装填した。ヘリはさっきのビルに戻ると上空を旋回した。
「うようよしているな」宮田三尉が言った。
「リチャード、俺が行くよ。君のその腕じゃ無理だ」
「だが俺のミスだ。メモをカバンなんかに入れるんじゃなかった」
「不可抗力だ。仕方がないさ。いずれにせよケガをしていなくても君は銃なんか撃てないだろう?」クリコフはそう言うとM4ライフルの薬室に装弾した。
「すまない。クリコフ大尉」
「俺も行く」リード中尉が言った。
「リード中尉、君はけがをしているじゃないか。もう十分戦ったからいいよ。ヘリから援護してくれ。俺一人で大丈夫だ」クリコフが言った。
「あとは我々に任せてください」宮田三尉が英語で言った。
「小隊長、自分が一緒に降ります」高橋が言った。先に高橋が行くと言わなければ恵美子が志願するに違いないからだった。
「自分も一緒に行きます」恵美子も言った。
「いや、一人の方がいいです。ヘリの乗り降りに時間がかかりますし、それに何人も危険にさらす必要は無いでしょう」高橋が異を唱えた。
「でも…」恵美子が言った。
「腕は大丈夫か?」宮田三尉が尋ねた。
「こんな怪我、もう治りましたよ」高橋が言った。
「わかった。気をつけろよ。ほかの者はヘリから援護だ」宮田三尉が遮った。
「小隊長?!」恵美子は信じられないというような顔をして言った。
「高橋士長の言う通りだ。何人も降りるより上から援護した方が効率いいだろう。とにかく、ヘリの近くの奴等を一人残らずやっつけるんだ」宮田三尉が言った。
ブラックホークはビルの屋上に近づくとホバリングした。隊員達はユニットを次々と倒していったが全部をやっつける事は出来なかった。
「キリが無いな!やむおえん。あとは高橋達を下ろしてから援護する。一尉、ヘリを屋上につけてください」宮田三尉が言った。ヘリはゆっくりと近づいた。高橋はレミントンを藪野に渡した。
「藪野一士、これを頼む。壊すなよ」高橋はそう言うと89式自動小銃に持ち替えた。
「任せてください。大事に預かっておきます」藪野一士が親指を立てて言った。
「よし、今だ」高橋はそう言うとクリコフと共にヘリを降りた。そして射撃をしながら壊れた米軍ヘリに向かって走っていった。陸自のヘリは再び上空に戻っていった。
「三桶一士、お前は向こう側の通用口をやれ。俺は手前のやつをやる」宮田三尉はそう言うとヘリに取り付けてあるミニミで射撃を始めた。他の隊員も手当たり次第撃ち倒していった。しかし、そこには際限が無いと思えるくらいユニットはいた。
米軍ヘリにたどり着くとクリコフは機内に入りカバンを探した。しかし、落ちた衝撃でどこかに飛んでいってしまったようですぐには見つからなかった。高橋は機外で近づいてくる奴らを撃ち殺した。
「大尉、急いでください」高橋はマガジンを替えながら言った。
「わかっている」クリコフがそう言った時、高橋はヘリの奥でユニットが動くのが見えた。
「大尉!危ない!」高橋はそう言いながら銃を機内に向けた。クリコフがその声に驚き思わず屈んだ瞬間、高橋はクリコフに襲い掛かろうとしていたユニットの額に風穴を開けた。
「ありがとう」クリコフは高橋と額に穴のあいたユニットを交互に見ながら言った。
「まだですか?!」高橋は急かした。そろそろ白兵戦になりそうになっていたからだ。高橋は89式自動小銃に銃剣を装着した。その時、クリコフは座席の下に落ちているカバンを見つけた。
「あった!これだ!」クリコフが言った。「よし、行こう」高橋はそう言うと無線で陸自のヘリに連絡した。高橋とクリコフはライフルを撃ったり、銃剣で刺したり、銃床で殴ったりと必死にユニットと格闘しながらヘリが来るのを待った。数分の事だが、何時間も掛かっているような気がした。ヘリが再び屋上に近づくと二人は大急ぎで乗り込んだ。
「三尉、もう帰っていいか?」佐藤一尉が宮田三尉に尋ねた。
「ありがとうございます。帰りましょう」宮田三尉が言った。
パイロットは宮田の返事を聞く前に全速で帰投のコースを飛んでいた。
「リチャード、これだろう?」クリコフはそう言うとカバンをリチャードに渡した。
「ああ、ありがとう。これで実験をやり遂げる事ができる」
「そうだな。やられた連中もこれで浮かばれるだろう」クリコフが言った。
「危なかったわね」恵美子が高橋に言った。
「どうって事ないさ」高橋が強がりを言った。
「高橋士長すまなかった。お前と違って俺達の腕じゃ、ヘリからではなかなか当たらん」宮田三尉がすまなさそうに言った。
「いいえ、大丈夫ですよ」
「高橋士長、ライフル返しますよ。壊れないように大事に抱いていましたからね」藪野一士はそう言うとレミントンを高橋に渡した。
「ああ、ありがとう。君の愛を感じるよ」高橋は受け取りながらそう言った。
「気持ち悪い…」藪野一士がそう言うとみんなが笑った。
「もういいですか?」宮田三尉がリチャードに尋ねた。
「はい、ありがとうございました」
「よし、基地に帰ろう」宮田三尉が言った。
ヘリが岐阜基地に着くとリード中尉と重体だった米兵は病院へ搬送された。リード中尉は走り出したトラックから高橋たちに対して敬礼していた。高橋たちも敬礼を返した。リチャードとクリコフは宮田に近づいた。
「今日はありがとう」リチャードが言った。
「いいえ、これが仕事ですから」宮田三尉が言った。
「私達は、これで必ず奴等をやっつけて見せますから」リチャードはカバンを掲げながら言った。
「期待しています。大勢の日本人がその時が来るのをまっているのですから」宮田三尉はそう言うと敬礼した。
クリコフ大尉は高橋の所に近づいてきた。
「今日はありがとう。助かったよ。いい射撃の腕をしている」クリコフは自分の額に指を当てながら言った。
「どういたしまして。大尉、これは貸しにしておきますよ」高橋はぎこちない英語でそう言った。
「わかっている。この借りはきっと返すよ。それじゃまた」二人は敬礼した。クリコフはリチャードと本部に向かって行った。
「さあ、俺達は仕事の続きだ。ヘリで展開地に戻るぞ。松山達が心配している」宮田三尉が言った。
「やっぱりですか」藪野一士が言った。
「こんな重大任務を終えたというのに…」三桶一士が言った。
「今、中隊がやっている仕事も重大任務だ」宮田三尉が言った。
「そうよ。生存者は私達が来るのをまっているんだからね」恵美子が言った。
「ロシア人やアメリカ人に負けちゃいられないしね」高橋が言った。
「そうですよね。連中に大きな顔されたんじゃたまったもんではないし」三桶一士が言った。
「よし、行くか」宮田三尉はそう言うと、全員ヘリの方に戻っていった。
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