第四章

日本愛知県守山 マンションの一室


高橋はソファーに座ったまま目を閉じていた。だが、眠っているわけではなかった。彼は外で大きな音がしたので目を開いて窓を見た。しかし、外で繰り広げられているおぞましい光景を思い浮かべるとなかなか見にいく勇気が出なかった。暫らくすると空が少しずつ明るくなってくるのが見て取れた。

「夜が明けたんだ」高橋は小さな声でそう呟いた。藤岡と美里はお互いもたれあうように目をつむっていた。ただ、眠っているかどうかは定かではなかった。高橋でさえ外から聞こえてくる音と、つけっ放しになっているテレビやラジオから流れ続ける内容が気になって、少しウトウトとした程度でほとんど眠れなかった。高橋は踏ん切りをつけると二人を起こさないように窓に近寄り、昨日の事が夢であってくれたら良いのにと思いながらあたりを見渡した。しかし、依然として状況は変わっておらず、感染者達が大勢徘徊しており、あちこちから人の叫び声が聞こえてくる。

高橋が暫らく外を眺めていると、突然、遠くから連続した爆発音らしき音が聞こえ始めた。それは次第に大きくなり同時に大型自動車のエンジン音が近づいてきているのがわかった。高橋は思わず窓を開け何処からその音が聞こえてくるのかを探した。

藤岡もその音に気がついたらしく高橋の横に来るとあたりを見回しながら「何の音だ?」と聞いた。

高橋には経験的にあの爆発音が大口径の機関銃の発砲音だという事がわかった。しかし、藤岡には状況がハッキリするまでその事は言わないでおこうと思った。

暫らくすると3ブロックほど離れたビルの角からハンヴィー(HMMWV)が飛び出してきた。そして突然方向を変えたかと思った瞬間、勢いがつき過ぎていたため道路に乗り捨ててある車にぶつかり大きな音をたてて止まった。 

屋根の上にはブローニングM-2重機関銃が据えてあり、一人の兵士がそれにしがみつくようにしていた。その射撃手は自動車が衝突したショックで一瞬動きが止まったが、気を取り直して再び近づいてくる奴らに向けて射撃し始めた。ブローニングM-2重機関銃は12.7ミリ(.50口径)のフルメタルジャケット弾を毎分500発という勢いで吐き出しつづけた。それは、親指の頭ほどある弾頭を秒速800メートルという高速で撃ちだしており、その光景は圧巻で発射炎は銃口から1メートル以上噴き出していた。 

さすがに、それに当たった奴らは頭を吹き飛ばされたり、手足がバラバラになったりして車に近づくことは出来なかった。

ハンヴィーは再び動き出すと壊れた車を避けながら、まるでスラローム競技でもするかのように歩道に乗り上げつつ、行く手の邪魔する奴らを次々とはね飛ばしながら進んでいった。助手席に乗っていた兵士もドア越しにM-16ライフルを三点射で射撃をしていた。

ハンヴィーは、高橋達のいるマンションの前の交差点まで来ると、ひっくり返って燃えている自動車とビルの間を猛スピードで通り抜けようとした。しかし、その隙間は車幅よりも僅ばかり狭かったため、ハンヴィーはビルの壁に激突してスピンしてしまった。

高橋は思わず「危ない!」と声を発していた。藤岡も「あっ!」と声を上げて身を乗り出した。

その運転手は何とか体勢を立て直そうと努力はしたのだが結局ハンヴィーは電柱に横腹をめり込ませることになってしまった。

その衝撃でM-2を撃っていた射撃手は3メートル以上も吹き飛ばされ地面に叩きつけられて、まるでぼろ雑巾のようになってしまった。あれではとても生きているとは思えなかった。また、助手席に乗っていた兵士もフロントガラスを突き破り、半身を乗り出した格好で血まみれのまま動かなくなってしまった。

「なんてこった!」高橋はそう叫んだ。

ハンヴィーの運転手は一瞬気を失っていたようだったがすぐに気がつき、ボンネットに倒れこんでいる兵士の様子を見た。彼はその兵士が死んでいる事を確認すると、傍らに置いていたM-16ライフルを掴み奴らに向けて射撃し始めた。しかし、M-16は弾丸自体5.56ミリ(.223口径)と小さい為、頭や心臓に当てる事が出来た奴はその場で倒れて動かなくなったが、手足や胴体に当たったところで近寄る事を阻止することは出来なかった。

奴らは死んでしまった兵士を完全に無視して唯一射撃している兵士に向かって障害物を乗り越えながら近づいていった。彼は車から降りて射界を広く取ると空になったマガジンを捨てて30発目一杯に入っているバナナ型の新しいマガジンと取り替え懸命に射撃をくり返した。しかし、彼は射撃に夢中になり背後から忍び寄ってくる奴がいることに気付かづにいた。

「後ろにいるぞ!」高橋は大きな声で叫んだが距離がある上、射撃を続けている兵士には聞こえる筈もなかった。彼は、その数秒後、空のマガジンを外そうとしている所を後ろから襲われ、暫くばたついていたがついに動きを止めてしまった。

「ちくしょう!」高橋は唸るような声を出し、窓枠に拳を叩きつけた。

藤岡は高橋の肩に手をやり「仕方がないよ」と言ってソファーの方に戻って行った。

暫くすると、高橋は止まって動かなくなったハンヴィーを見ながら言った。「俺、武器を取りに行って来る」それは、まるで何かにとりつかれているような声だった。

藤岡は、その言葉にビックリして高橋が気でも狂ったのかと思った。

「何をバカな事言っているんだ?」藤岡はそう言いながら高橋に近づくと肩に手をやり自分の方へ振り向かせた。

「おまえ、何を言っているのかわかっているのか?そんな事無理に決まっているじゃないか。大体あそこまで行けると思っているのか?」間をおいて更に続けた。「さっきも見ただろう。兵隊が三人もいてやられてしまったじゃないか。何を考えているんだ」藤岡は高橋が気を失ってでもいるかのように体を揺すりながら言った。

「難しいのはわかっているさ。でもこのままじゃ、俺達だっていずれ奴らにやられてしまうよ。こんなナイフだけじゃ身を守る事なんて出来るわけないじゃないか」そう言いながら高橋はベルトに通してあるナイフのハンドルを掴んで藤岡に示した。

「先輩だってわかっているだろ。あと3日もすれば食料だってなくなるし、そうなったら否が応でも外に出て食料を探しに行かないといけないじゃないか。その時に丸腰で外に出て行く気なのか?それこそ自殺行為だよ。それに今出て行くのも、そのとき出て行くのもそんなに大差ないさ。まさか先輩は、こんな所で餓死する気でいるのか?」そう高橋は言うと信じられないというように手を広げた。

藤岡は、その言葉を聞いて高橋の頬に張り手を加えた。そして、しばらく間をおいてから言い聞かすように話をした。「誰もそんな事は言ってないだろう。とにかく今外に出るのは危険すぎる。まだ食料にも余裕があるんだ。もうちょっと様子を見てみよう。それからでも遅くないじゃないか」と高橋の肩に手をやりまるで子供をあやすように2、3度軽く叩いた。

高橋は殴られた事で冷静になりソファーに座ってうつむいた。

「高橋、殴ったりして悪かったな」藤岡が言った。

「ごめん先輩、俺も言い過ぎたよ。でも何とかしないとこのままじゃ八方ふさがりになって、どうしようもなくなってしまう」高橋はそう言うと頭を抱え込んだ。

「俺もこのままじゃダメだとは思っている、でもまだ一日しかたっていないし、もしかしたらあと2、3日で状況が変わるかもしれない。ギリギリまで待ってからでも遅くないんじゃないか。それにあの武器は何処にも行かないさ。何処のバカがそんな危険な思いして取りに行くと思う?」そう言って藤岡は高橋の横に座った。

「そうだね」と高橋はちょっと笑顔を見せて呟いた。

美里は、その間どうして良いのかわからず、ただ、二人を眺めていたのだが状況が落ちついたようので二人に声を掛けた。「何か飲まない?」美里はそう言いうとキッチンの方へ行きオレンジジュースを注いだグラスを二つ持ってきた。

「ありがとう」高橋はそう言って美里からグラスを受け取ると少し間をおいた。

「先輩も美里さんも同じだと思うけど、俺はお袋と妹の事が心配なんだ。だから、何とかして家に戻ってお袋と妹が無事かどうか確かめたいんだよ。かと言って今外に出たら奴らにやられるのはわかっている。でもじっとしていられないんだ。だから、あの武器があれば何とかなるんじゃないかと思って。それにさっきの連中がかわいそうで仇を討ってやりたくって…」そう言いながら窓の外を手で指した。 

「その気持ちはわかるよ。特におまえは自衛隊員だったんだからな。それにお袋さんたちのことが心配なのもな。俺達だって一緒さ。でも今は耐えるしかない。仮に、あの武器を手に入れたとしてもどうやって家まで帰るんだ?車で帰ろうにもあの道路の状況を見た限りではとても無理だ。あちこち寸断されているに違いない。ましてや歩いて帰れるとは思わんだろう?だが、いずれ何とかなるさ。こんな状況がいつまでも続くとは思えんからな。それまで我慢するんだ。折角生き残ったんだから無駄死にしないようにしなきゃ。死ぬのは今じゃなくてもいいと思うよ」藤岡はそう言うと美里が持ってきてくれたオレンジジュースを一口飲んだ。

「少し頭を冷やす事にするよ」高橋もそう言うとジュースを飲んだ。

「なあ、高橋。ここの食料がなくなった時点で状況が変化していなかったらあの武器を取りに行こうじゃないか。その時は俺も手伝うよ。いずれにしても、お前が言う通り食料を調達するには外に行く必要があるし、その時丸腰で出るのは自殺行為だしな。まあ、俺に出来るかどうかわからないけど、ちゃんと使い方は教えてくれよ」そう藤岡は言うと笑顔を浮かべながら高橋を見た。  

「わかったよ。でも先輩に出来るかな?」高橋はそう言うとニヤリとした。

「大丈夫さ。先生さえしっかりしていたらな」藤岡がそう言うと、三人とも久しぶりに笑った。


日本愛知県名古屋市 守山駐屯地


 陸上自衛隊守山駐屯地の一室に設けられた事務所内でベッカム大佐は悲痛な面持ちで椅子に腰掛けていた。彼はついさっきまで部屋の中を一時間程うろついていたのだが壁に掛かった時計の時間を見ると大きなため息を漏らして椅子に身を預けたのだった。衛星通信装置の前で一生懸命マイクに向かって叫んでいたヘストン大尉はベッカム大佐の方を見た。

「大佐。ジェンキンス少佐と連絡がつきません」ヘストン大尉が言った。

「定時連絡からどれ位たっている?」

「2時間です。こちらからの応答もありません」

「くそっ!」ベッカム大佐はそう言うと机を叩いた。

「自衛隊に頼んで捜索してもらいましょうか?」

「それはできん。何があっても自衛隊に決して関与させるなと言われている。今自衛隊に救助の要請をすれば、これからの行動を制限される恐れがある」

「それじゃ見殺しですか?」

「それが上からの命令だ」

「そんな…」

「大尉、本国へ連絡してくれ。プランA失敗の模様。プランBに変更」

「わかりました」ヘストン大尉はそう言うと渋々ながら衛星通信装置に向かった。彼はベッカム大佐の気持ちを十分理解していた。大佐は出来ることなら自ら救助に行きたいと思っているに違いない。しかし、本来の目的である核弾頭を回収する事が最優先だった。その為には涙を呑んで不本意な判断を下さなければならないのだ。彼とベッカム大佐とは既に2年一緒に行動を共にしていた。その間、ベッカム大佐は彼に色々アドバイスをしてくれた。そのアドバイスの裏側にはベッカム大佐の苦悩が見え隠れしていた。我々情報部が絡む仕事は得てしてシビアであり、いつも危険が付きまとう。今までも同僚や仲間が何人も命を失った。しかし、その内容は公表されることなく、他で起きている戦闘と一緒くたにされるか、演習中の事故扱いにされて遺族に報告される。今回もそうなるのだろう。馬鹿な話だ。だが、好むと好まざるに関わらず割り切ってこの仕事をこなしていくしかないのだ。ヘストン大尉は衛星通信装置のマイクに越しに国防総省へ計画変更の要請を行った。ベッカム大佐のアドバイス通り自分の感情を切り離して…。


日本 愛知県名古屋市 守山駐屯地


 第10師団司令部の通信センターでは第10師団隷下の残存部隊の掌握。活動中の部隊への援護、補給の手配で大忙しだった。現状で活動しているのは元々いた師団の隊員総数の約3割でしかなく、この調子では第10師団の受け持ち区域である中部全土を掌握するには1年以上掛かるだろう。それも順調に行っての話だ。本来、部隊運用上5割の被害があった場合運用不能と判断される。今ではそれも遥かに割り込んでいるのだ。まともに任務を遂行する事は不可能であった。しかし、そんな事を言っていても山積みになっている問題は解決しない。手持ちの駒で出来る限りの事をするしかないのだ。中部方面隊総監部からの連絡では隣の近畿地区受け持ちの第3師団はもっとひどい状況だと言う事だった。総監からは大阪地域に援軍を送れないかと具申されたが、若松陸将補は受話器越しにエライ剣幕で断っていた。それを聞いていた部下たちが驚いていたくらいだ。

「若松陸将補、どうかなさいましたか?」山本一佐が尋ねた。

「中部方面隊総監部からの連絡で、今津駐屯地の第10戦車大隊は第3戦車大隊と併合して第3師団が使うとさ。おまけに明野飛行隊のヘリを半分第3師団に回せと言ってきやがった」

「そんな…。こっちだって名古屋市を抱えているのに…」

「ああ。戦車大隊は向こうに居候させてもらっていたから仕方がないとして、ヘリは断ったよ」

「勇気がありますね。総監部にたてつくとは」

「嫌ならとっとと首にしろと言ってやったよ」若松陸将補は笑みを浮かべながらそう言った。山本一佐もその言葉を聞いて苦笑いをした。若松陸将補は続けた。「それで、戦車大隊の代わりに第7師団から96式装輪装甲車を6両回してもらうことになった。いつになるか分らんがね。いずれにしても計算が合わん」

「他の部隊はどうなりましたか?」

「石川第14と久居第33普通科連隊の被害は君の連隊と同じようなもんだ。いずれも金沢市と四日市市に部隊を派遣している。豊川の第49普通科連隊は即応予備のコア部隊しかいないから殆ど役に立たないだろう。隊員が集まるとも思えんし。ただ、あの駐屯地には特科連隊の機動力があるから協力してカバーすると言ってきた。春日井の施設大隊、後方支援連隊、偵察隊はついさっき、岐阜基地の確保を完了した。岐阜の空自では陸戦隊を組織したそうだ。今は偵察隊が駐屯しているが近いうちに普通科を1個小隊送らないといけないだろう。それから方面直轄部隊は第10師団の指揮下に入った。しかし、どこもアップアップだ。人が足らん。師団全体で3000人居るか居ないかだ。総監は“中央と協議しないと”とか何とかグズグズ言っていたが民間の生存者から志願者を集めるしかないな。ある程度はこっちだけで準備を進めておこう」

「自分も賛成です。既に部隊を勝手に出動させて、ありとあらゆる法律を破っているんですから、いまさら憲法第9条や自衛隊法もないでしょう。うちの連隊も音楽隊と通信大隊から編入してもらったとはいえ400人そこそこですから」

「三分の一だな。この人数で中部を全部カバーするなんて奇跡でも起きん限り無理だ」

「全くです」

「生き残っている隊員に頑張ってもらうしかない。とはいえ人間だからな。休まず働くには限度がある。運用は配慮してやってくれ。できる限りだが…」

「わかっています。現状では拠点の確保だけは徐々に進んでいます。県庁、県警の確保に向かっていた第1中隊がさっき戻ってきました。少し休ませて名古屋空港に派遣します」

「大野に任せた部隊だな。運用中の被害は?」

「8名ほどやられました」山本一佐が辛そうに言った。

「そんなにか?!なんて事だ!この調子じゃまだまだ増えるな」

「ええ、そう思われます」

「そうなると第1中隊は70人くらいのものだ。いくら大野でもキツイだろう。名古屋空港は問題が多そうだぞ。それだけで大丈夫か?」

「第3中隊がじき戻ると思います。それと一緒に今、司令部防衛に当っている重迫撃砲中隊を後続で出します。防衛は第2中隊が戻るまで暫く本部管理中隊、司令部付隊でやってもらうしかありません」

「仕方がないだろう。兵站はどうだ?」

「医薬品、食料、弾薬が底を付きそうでしたが、ベッカム大佐の配慮で今夜にでも補給品がここに空中投下されます。それをヘリで各駐屯地に配布します。確保した基地を米軍に言えば明日には同じように補給されると思います。現在中部方面隊総監部に至急リストアップするよう申請しました。ベッカム大佐のお陰ですね。うちの師団は優遇されているようです」

「ありがたいことだな。ところでその大佐はどうした?司令部にちっとも現れんが…」

「はい、割り当てた事務所に閉じこもっています。屋上に衛星通信アンテナを設置しからずっとです」

「と言う事は、ハンヴィー-はやられたな」

「そうかもしれませんね。気の毒に…」

「連中、次にどう出るかだな」


日本愛知県名古屋市 マンションの一室


外の様子を見ていた藤岡は奴らのちょっとした変化に気付いた。午前中まで道路に溢れるくらい居た奴らが徐々に減ってきているような気がしたのだ。よく見ると向かいの建物や部屋の中にはたくさんの奴らがひしめいており、何をするわけでもなく室内でただ突っ立っているだけのようだった。その分道路に徘徊している奴らが減っているのだ。藤岡は高橋を呼んで気付いたことを話した。

「なんとなく路上から奴らが減っていないか?」

高橋は藤岡の説明を聞いてあたりを見渡した。確かに数時間前の様子から比べると少なくなったような気がする。

藤岡は向かいのビルを示しながら続けた。「ほら見てくれ、ビルの中にたくさん居るんだ。何しているんだろう?」

高橋は藤岡の指し示す方向を見ながら目を凝らした。

「人を襲っている様子ではないね」高橋はそう言うと、また一人ビルの中に入っていくのを目で追った。

「じっとしているだけで、まるで避難しているようだね。道路にいる奴と何が違うんだろう?」高橋はそう言うと、徘徊している奴と室内や日陰でじっとしている奴と見比べた。 

しかし、見た目は全く同じに見える。どっちにしても見てくれは普通の人間となんら変わり無いのだ。見比べたって違いなどあるはずも無かった。襲いかかってくるという事を除いては…。もしかしたら何の違いもなく徘徊している奴もいずれは室内に入っていくのかもしれない。もし運良く道路から奴らが消えていなくなれば自分達も外に出て移動できるようになり、上手くすれば家に戻る事も可能だ。

「もしかしたら、これはチャンスかもしれない」高橋はそう言うと藤岡の顔をみてニヤリとした。

藤岡は彼が何を言いたいのか察した。

「まだダメだぞ。ただ単に何かの偶然で室内にいるだけなのかもしれない。いずれにしても、俺達が外に行った途端、奴らもビルから出てくるに決まっている。もうチョッと様子を見るんだ」藤岡はたしなめるようにそう言った。

「うん、わかっているよ。今行こうとは思わない。もう少し奴らを観察してみよう」

それから彼らは交代で監視する事にした。

2人はカーテンを閉めてその隙間から監視していた。彼等が窓を開けて外を見ていると、奴らは高橋達に気づき塀に登ったりして、ここまで上がってこようとする。暫くすると無理なのがわかったのか諦めて、また辺りをうろつき始めるのだ。高橋は、いくら奴らが窓から入ってくる事は無いとわかっていても、その様子はあまりにも気味が悪いのでカーテンを引いて隠れるように外を眺めていたのだった。二人は2、3時間様子を観察していたが、高橋たちの微かな願いとはうらはらにある程度のところで道路を徘徊する人数は減らなくなってしまった。この調子では、どう考えても今道路をうろついている奴らが建物の中に入って行くとは思えなかった。奴らをじっと見つめていた高橋は期待が外れてちょっとショックを受けた。

「ここまでか」高橋は残念そうに呟いた。

「いなくなりそうにないか」藤岡はそう言いながら高橋のほうに近寄ってきた。

「先輩、もしかしたらビルの中にいる奴らは太陽の光が嫌なんじゃないのかな?」

「太陽の光?それじゃ、今外にいる連中は何故ヘッチャらなんだ?何処が違うんだ?」藤岡は立て続けに質問した。

「そこまではわからないけど…。でも、そうじゃないと、あいつらが建物の中でじっとしている訳がわからない」

「もし、あの連中が太陽の光を避けているんであれば夜になったら外に出てくるということだよな」

「うん、もしそうならね」

「となると、もう少し監視する必要があるな。よし、俺が代わるよ。お前は少し休め」藤岡はそう言って高橋にソファーの方へ行って休憩するように促した。

「わかった。ありがとう」高橋はそう言うとソファーに座り、指で目をマッサージした。1時間近くも明るい外を眺めていたため、室内の暗さにいきなりは対応できなかったのだ。

「ご苦労様。疲れたでしょ?」美里はそう言いながらキッチンの方から食事と飲み物を持ってきた。

「ちょっと目がね」

「ずっと外を見ていたものね。あんまり無理しないでね。あっ、そうだ。目薬があるわよ。使う?」

「大丈夫だよ。すぐに治るから」

「そう。要る時はいつでも言ってね」

「ありがとう。そうするよ」

「秀人君、食事して。ごめんね、こんな物ぐらいしか出来なかったの」美里は悲しそうにそう言うとテーブルに食べ物と飲み物を並べた。美里は後悔していた。事件の起きる前日、彼らがもう食べられないと言うのに、それを無視して捨てるほど料理を作ってしまった。まさかこんな事態になるとは思わなかったものの、いくらお祝いに来てくれたのが嬉しかったとはいえ自分の考えがあさはかだった事を呪った。そのお陰で今では残った野菜と缶詰をまぜ合わせたようなものしか作る事が出来ない。“あの時彼らの言う事を聞いていれば…。”

「大丈夫だよ。美味そうじゃん。美里さんは料理が上手だから何を作っても美味しいよ」高橋はそう言って一口食べた。

「そう言ってくれるのは秀人君だけよ。義明は一度も言った事が無いんだから」美里は不満げに言った。

「そうなの?罰当たりだな。今度注意しておくよ」高橋は小声で言いながら藤岡の方に目配せした。それを見て美里も久しぶりに笑顔を返した。

「ねえ、秀人君。義明はそのうち何とかなるって言っていたけど、本当にそうなるかしら?私も秀人君と同じように岐阜に住んでいる家族が心配なの。両親はもちろんだけど妹には一歳になる子供もいるのよ。もし生きていたとしても、きっと困っていると思うわ。それに東京に行っている弟の事も。でも未だに電話も繋がらないし…」

「美里さん。悲観的な考え方をするのはやめようよ。もちろん、電話は不通になっているし、それが復旧するとも思えない。ましてや外に出て安否を確認しに行ける訳でもない。確かに大勢の人たちがやられているのは間違いないと思う。でも僕達だって無事だったんだ。家族だってその可能性はあると思うんだ。とにかく無事だと信じていようよ。そうでないとやっていられないでしょ?」

「そうね。そう信じるしかないわね」

「そうだよ。いずれは自衛隊が助けに来てくれるさ。岐阜にしても近くに各務ヶ原航空自衛隊基地があるから心配ないよ。でも、今すぐっていう訳にはいかないと思う。この状況じゃ、自衛隊にも相当被害があるだろうし。だから、僕達は少なくとも救助が来るまでここで生き残る事を考えないといけないと思うんだ。お互い無事ならきっと会えるさ」

「私もそう思うことにするわ」

「とにかく今は先輩が言うように、ジッとしていたほうがいいかもしれない。今の所ここなら安全なようだしね」

このビルにもたくさんの奴らが入ってきているのだろう。玄関のすぐ外では、ずっとガサゴソ音がしている。相変わらすドアノブを回そうとする音や中には石か何かで叩いている音もする。すでに通路側のガラスは割られており、鉄の格子が無かったら奴らに侵入されていただろう。今では外が見えないよう塞いであった。そうでもしないと窓から奴らの不気味な顔が目に入り、とても精神的に耐えられなそうになかったからだった。さすがに三人とも大きな音がしたときはハッとして振り返るが、今では美里でさえ少々の事では気にならなくなっていた。


アメリカ合衆国ワシントンDC ホワイトハウス


 ウェズリー・シェーファー統合作戦本部長は日本に派遣したNEST部隊からの緊急報告を持ってホワイトハウスの大統領執務室のドアを開けた。

「ウェズリー大将、どうした?」ジャクソン大統領が言った。

「ベッカム大佐からの報告です。NEST先遣隊のジェンキンス少佐他2名の隊員はやられたようです。プランAからプランBの変更要請です」ウェズリー大将が言った。

「失敗したか。それで日本側には知られていないんだろうね」ベン・グッドリー補佐官が言った。

「それは大丈夫です。しかし、現場ではヘリの調達が困難なようです。民間空港へ行きヘリを調達しようとしたときにやられたようです。大佐の話ではまだ空港は確保されていないとの事です」

「くそっ!ヘリ一機の事でやられるとは…。このアメリカでは腐るほどあるというのに…」ジャクソン大統領が悔しそうに言った。

「新たに展開したAWACSから報告では救難用ビーコンはまだ発信されています。位置も特定できました。問題はどうやってNESTとデルタを現場に送り込むかです」

「考えられる方法は?」ジャクソン大統領が言った。

「現状ではパラシュート降下させるか、空中給油をしながらヘリで送り込む方法があります。しかし、いずれにしても核弾頭回収及びデルタ撤収用のヘリをどこかの基地で待機させる必要があります」

「自衛隊基地にか?」

「はい。米軍基地からは遠すぎますし、第7艦隊はハワイへの帰還途中であり、いまだに作戦行動は出来ません。恐らく空母キティーホークが体制を立て直して作戦可能地域に戻るまで少なくとも一週間は掛かります。それも順調にいっての話です。やはり現地の基地に待機させるしかないのではないでしょうか」

「そうなると自衛隊、いや日本政府には完全にバレますね。いっその事日本政府に本当のことを言ったらどうですか?今ならどさくさに紛れて問題にならないかもしれない」ベン・グッドリー補佐官が言った。

「日本だけの事ならそれでも済むかもしれない。しかし、問題は日本国内に核兵器を持ち込んでいたという事がおおやけになった場合、中国、ロシアはもとより同盟国に及ぼす影響の方が大きい」ジャクソン大統領が言った。

「確かに。中国、ロシアは危機感を持つでしょうね。この状況下で極東において軍事的緊張が膨らむのは危険です。同盟国も自国へ勝手に我々が核兵器を持ち込むのではないかと疑心暗鬼になる」ベン・グッドリー補佐官が言った。

「そうだ。バレてしまったら仕方がないが、出来る限り隠しておいた方が得策だろうな」

「大将。仮にパラシュート降下したとして、核弾頭を確保しその場で回収のヘリが来るまで待機する事は可能かね?」ジャクソン大統領が言った。

「現状でですか?」ウェズリー大将が言った。

「そうだ」

「それは無理でしょう。どれ位感染者がいるか分からない現状では自殺行為です」

「八方ふさがりだな」

「やむおえん、日本派遣軍が到着すると同時にヘリでデルタを送ることにしよう。キティーホークも早急に日本海へ展開させてくれ。もちろん派遣軍司令官のマクガイヤ中将にはNESTと核弾頭の件は秘密だ。デルタ派遣の事は彼には適当な理由をつけておくんだ。気を悪くしない程度に」ジャクソン大統領が言った。

「わかりました」


日本愛知県名古屋市 マンションの一室


窓から見えるこの風景から、たった2日前には整然と自動車が走り、人びとの活気がある生活が繰り広げられていたとはとても信じられなかった。今では奴らが取って替わって徘徊しているだけで、それを除けばまるで廃墟のようだ。あたりは少しずつ暗くなり始めていた。高橋はそろそろ奴らがビルから出てくるのではないかと期待して見つめていた。太陽の光が奴らにとって天敵であれば、なんらかの手が打てるかもしれない。

高橋達には、とても他の人たちを救う事は出来ないが、少なくとも自分達だけでも生き残る事は可能かもしれない。それにお袋や妹も。

この日本の国民を救うのは政府の仕事だし、恐らく、こうなった原因と奴らの弱点をいずれ解明してくれるだろう。もしかしたらこの日本の中にも全く被害の無い地域が有って、避難する事も可能になるかもしれない。とにかく今はそう信じるしかない。そうでなければ日本という国が消滅し、日本人がこの地球上からいなくなってしまう。自分達は、少なくとも政府が奴らを退治するか、もしくは何らかの対策を見つけ出してくれる時まで何とか生き残らなくてはならないのだ。

そう思いながら高橋は向かいのビルの入り口を見ていた。

街灯は既に壊れているのか明かりが点くけはいはまったく無かった。あたりは暗くなりかなり見にくくなってきていた。しかし、目を凝らして眺めているとビルの入り口からパラパラと人影が一人また一人と出てくるのが辛うじて見て取れた。

「先輩、奴らがビルから出てきているようだよ」高橋はそう言うとカーテンを少し開き、室内の光で妨げられないよう手で囲って目を凝らして見てみた。

藤岡も狭い隙間から無理やり見ようとしていたが、いきなりではよく見えるわけも無かった。高橋は藤岡と交代する為に場所をゆずった。藤岡はもっとよく見ようと体勢を整え高橋がやっていたように室内の明かりを遮断してみた。暫らくすると目が慣れてきたのか徐々に見えるようになった。やはり高橋が言うように奴らが出てきているようだ。

「そのようだな」藤岡が言った。そして高橋の方に顔を向けると更に続けた「となると、高橋が言うように奴らは太陽の光が嫌いなのかもしれないな。」

「夜になって奴らが道路に溢れてきたら、そういう事でしょ?」

「まあ、そうだな」

「もし、そうだとしたら外に出るなら昼間のほうがいいね」

「ああ、昼間なら奴らはビルの中に隠れているという事だからな」

「昼間なら大丈夫ってこと?外に出たって安全なの?」横で聞いていた美里が二人に向かって尋ねた。

藤岡は首を横に振った。

「大丈夫ではないな。ただ、食料を調達しに行くのは昼間に限るって言う事だ。いずれにしてもあと2日分ぐらいしかないんだし…」

その言葉を聞いて美里は信じられないとでもいうような顔をして藤岡を見つめた。

「義明、何を言っているの?!危険なんでしょ?!それなら食料を取りに外へ出るなんて自殺行為よ!量を減らせばまだ4日位は大丈夫なんだから!」と美里は怒るように言った。

「わかっているよ。でもいずれは無くなるんだ。食べないわけにはいかない。そうだろ?」

美里は納得できないように首を振り藤岡に食って掛かるように言った。「しばらく食べなくたって平気よ!もしかしたら、一週間もしたらあの人たちが居なくなるかも知れないじゃない!それに自衛隊が助けに来てくれるかも知れないし…」美里は最後まで言えず涙を流しながら座り込んでしまった。彼女自身、自分で言った事の可能性が低いという事を知っていた。しかし、藤岡達が奴らに噛み殺されるなんてことは考えるだけでも恐ろしい事だったし、そんなくらいなら餓死する方がましだと思った。

「私は食べなくたって平気だから…。私の分はいらないから…。お願いだから危ない事はしないで…」美里はそう言って泣いた。

藤岡は、美里のその気持ちがよくわかっていた。彼女は食料が無くなるのを心配して、今では、ただでさえ少ない食事なのに彼女自身の分を減らしていたし、食欲がないと言って食べなかった事も知っていた。藤岡は目を潤ませながら美里の隣へ座り肩に手をやった。彼は、何としても美里にだけは無事で居てもらいたいし、このままでは食事を取らないでいる美里が心配であった。

高橋は二人の姿を見て心の中で思った。“どうしてこんな事になったのだろう?俺達が一体どんな悪い事をしたというんだ?”と何度目かの決して答えの返ってこない問いかけをしていた。

高橋は、優しい美里が泣くのを見たく無かった。こんな事さえなかったら…。そう思いながら窓の方へ行き外を眺めた。こいつらのせいだ。今では彼が言っていた通り奴らで溢れかえっている。美里を悲しませるこいつらをやっつけてやりたくてしょうがなかった。

暫らくすると美里が落ちついたのか、藤岡が高橋の隣にやってきた。

「美里さん大丈夫?」高橋は聞いた。

「あぁ、大丈夫さ。ああ見えても結構強いんだぜ。おまえも知っているだろう?あいつを怒らすと怖いの」そう言って藤岡は微笑んだ。

「確かに。俺も何度か説教されたからね。その時は、誰に怒られるより怖かったよ」

「そうだったな」藤岡はそう言うと外の様子を見ながら続けた。「たくさん出てきたな。やっぱり昼間は建物の中に隠れているんだ。でも平気な奴らもいるのが不思議だな」そう言って首をかしげた。

「とりあえずは、昼間なら奴らも少ないから、ちょっとぐらいの時間なら移動出来ると思うよ。でも長い時間となると建物からワンサカ出てくるからやっかいだよね。」

「あぁ、そうだな。人を見つけるとぞろぞろ出てきやがる。俺も今となっては銃がないと無理なような気がしてきたよ」藤岡はそう言いながら笑った。

「美里さんが落ちついたら銃の使い方教えるよ。どう考えても今はまずそうだからね」高橋は小声でそう言うとチラッと美里の方を見た。

「そんな事を今話し出したら、俺達は無事では済まんな」藤岡はそう言いながら笑った。


夜遅く高橋は藤岡に銃の使い方を講義した。すでに美里は落ちついてはいたが、まだ納得してはいなかった。しかし、藤岡が言い出したら聞かない事も知っていたし、彼らの言う事にも一理あり、夢でも見ていたように奴らが消えて居なくならない限り仕方ないとは思っていた。

美里は、高橋が講義を始めた時、ふてくされたようにキッチンに行った。しかし、暫くすると三人分の飲み物を持ってきて、そのまま藤岡の横に座って話を聞く事にした。

藤岡は、海外旅行で何度か拳銃を撃ったことはあったが、ライフルや機関銃の使い方は全く知らなかった。だが基本的な仕組みは知っているので高橋は銃ごと違う安全装置などのスイッチ類の位置と動かし方を教えるだけでよかった。

美里は藤岡の隣で黙って高橋の話を聞いていた。しかし、彼女自身実物の拳銃すら見た事もなかったし、今まではその存在でさえテレビの中での代物でしかないように感じていた。したがって美里には高橋の言っている事はチンプンカンプンで全くわからなかった。

高橋は、いずれにしても美里を一緒に取りに行かせるつもりもなかったので彼女がわかろうがわかるまいが無視していた。それと、あのブローニングM-2重機関銃も藤岡には無理だと思われたのでライフルと拳銃の事だけ教える事にした。

高橋は藤岡に簡単な絵を書いてそれぞれの銃の使い方を説明することにした。高橋はテーブルに紙の切れ端を置きライフルの絵を書きながら説明した。藤岡はテーブルに頭を近づけて真剣に耳を傾けた。

「外にあるライフルはM-16A2。アメリカ軍の正式銃で、5.56ミリの弾丸を最大で毎分700発発射する。今はM4カービンに替わりつつあるけど大多数の米軍はまだM-16を使っているんだ。この銃はグリップの左側上部にセレクタースイッチがあり、SAFE、SEMI、BURSTと書いてある。SAFEの位置では安全装置が掛かり、いくら引き金を引いても発射できない。通常はいつもこの位置にすること。次にSEMIの位置はセミオートつまり単発で、引き金を一度引くごとに一発発射される。BURSTは三点射という意味で一度引くたび三発連続で発射される」

「機関銃のように連発はないんだね」と藤岡は高橋に聞いた。

「そうなんだ。前の型のM-16A1はマシンガンみたいに撃つ事が出来るようになっていたけど、それでは発射の反動で銃口が上を向いてしまい命中率が悪くなるので、今の型は三発で射撃が終わるようになっているんだ。もう一度引き金を引けばまた三発撃てるからそんなに困る事はないよ。どっちにしても最初は当たらないと思うから単発で撃った方がいいと思う。一発ずつ正確に狙えばそのほうが当たるし効率も良いしね」高橋はセレクタースイッチの絵をボールペンで指しながら言った。

高橋は、藤岡が頷いて理解したのを確認してからまた続けた。

「グリップを握って人差し指を伸ばしたところにマガジンラッチがある。これはマガジンを交換する時に押すと空のやつが外せるようになっているんだ。挿入する時は触る必要はないよ。弾が入っているマガジンの方向を確認して思いっきり押し込めば固定される」高橋はそこまで言うと一度間をおいた。

「そうすればもう撃てるんだろ?」藤岡はそう言うと、もうわかったとでもいうように体を起こした。

高橋は右手を左右に振りながら「まだだよ」と言って続けた。「新しいマガジンを入れたら、まず弾を薬室に入れないといけないんだ。それは照準器の後ろにあるT型のチャ―ジングハンドルを手前に目一杯引き出してから離すとマガジンから弾薬が一発薬室に送られて発射可能になる」高橋は、そこまで言うと藤岡の顔を覗き込んで理解できたかどうか様子を伺った。

藤岡は、難しい顔をして何かブツブツ言いながらまるで手元にライフルがあるかのようにやってみた。そして「大丈夫だ」と言った。

藤岡は急に思い出したように高橋に尋ねた。「さっきアメリカの銃と言ったが何でそんなのがあるんだ?」

「あのライフルから推測すると多分彼らは米軍だと思うよ。何故だか理由はわからないけどね。大体あの車だって自衛隊のじゃないんだから。何かの用で師団司令部にでも居たんじゃないのかな?」そう高橋は言うと窓に近づき、既に動かなくなったハンヴィーを見つめた。

「それじゃ、彼らはアメリカ兵だっていうことか?」と藤岡は信じられないように言った。

「おそらくそうだと思う」と言いながら高橋は、また藤岡の前に座った。

「かわいそうに。日本に来てこんな目にあったんじゃ割りが合わんな」

「先輩は、海外で拳銃を撃った事があるんだよね」

「ああ、何度かね」

「その時、何を撃ったの?」

「うむ、そこまでは覚えてないよ。大体、殆ど銃の名前なんか知らないからね。渡された拳銃を撃っただけなんだから。確か45口径とか44マグナムと言ったかな」

「オートマチックかリボルバーかは覚えているよね」

「あぁ、それくらいは覚えているよ。確か45口径はオートマチックで、44マグナムはリボルバーだった」

「45口径のオートマチックを撃ったんなら話が早いよ。そんなに大した違いはないからね」

「そうなのか?」

「彼らがアメリカ兵だとすると、見てないからハッキリとは言えないけど、多分持っている拳銃はM-9でベレッタM-92Fを軍用にしたやつだと思う。口径は9ミリで15連発。グリップはチョッと太いけど、先輩のでかい手なら何の問題も無いよ。それに、45口径や44マグナムに比べて発射時の反動も少ないから撃ち易いと思う。自衛隊だとSIGザウエルP220を軍用にした物を使っているんだ。それは、装弾数は少ないけど米軍と同じ9ミリ弾を使うし、殆ど変わらないからいいとは思うけど…」高橋はそう言うと紙に書いて再び藤岡に説明しはじめた。


日本東京 首相官邸


武田首相は、一向に状況が好転しない事にイライラしていた。すでに発生から丸一日たっており、未だに犠牲者がドンドン増えているのに指をくわえて見ているしかなかった。あくまで予想だが、すでに被害者の数が全人口の半数を超えていると考えられていた。専門家の話ではこのままだと襲われて感染させられる者と救助されず室内で衰弱死していく者とを合わせると最悪の場合一億人近くなると言う学者もいた。

国連の要請でヨーロッパ各国は治安維持と救助活動の為に、インド、東南アジア各国に軍を派遣する事になっていた。アメリカは日本、韓国だけではなく台湾にも派遣しなければならなくなった。しかし、中国は自国にもかなりの被害があるにもかかわらず、台湾は中国の領土なので米軍が軍隊を送るなら戦争も辞さないといった発表をしていた。問題は山積みだった。  

合衆国政府は、とにかく自国にも相当の被害が出ている以上、そちらが最優先であり他国に部隊を派遣するのには時間が必要であった。しかし、アメリカ合衆国としても、日本には相当数の部隊を置いており、沖縄をはじめ横須賀などの基地もほとんど壊滅していた為、早く救援部隊を送りたいのはやまやまだった。韓国にしても同様で、駐留していた2個師団の在韓米軍も壊滅状態であり同時にそちらへの援軍も緊急課題であった。これではどう考えても日本にアメリカの救援部隊の第一陣が到着するまでまだ1週間以上はかかるはずだった。

となると、それまでは今ある手持ちの部隊で何とかするしかないのだ。

すでに何度かジャクソン合衆国大統領と話はしたのだが、その殆どは日本で集めた情報と大して変わりは無かった。日本政府もただドタバタしていた訳でもなく、奴らを捕獲して研究施設で分析を続けていた。そのサンプルを手に入れるためにかなりの犠牲が出たであろうが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。

原因はウイルスに感染してこうなるという事はすでにわかっていた。

問題はこのウイルスを殺す為のワクチンが出来るかどうかであり、一刻も早くそれを見つける為にスタッフが不眠不休で働いていた。しかし、そのワクチンが見つかるまでは人手を使って奴らを減らしていくしか手はなかったのだ。

自衛隊も建物の中に生存者がいることはわかっているので、爆弾や榴弾砲、迫撃砲などの重火器を使う事は出来なかった。駐屯地や各基地を基点に戦車と装甲車を出動させ、機関銃やライフルで一体ずつ始末していった。もちろん、最も手っ取り早いのは車両で轢き殺すことだったが…。

火炎放射器は効果があり重宝したのだが、奴らは火がついてもすぐには死なず、暫く燃えたまま歩いて行ってしまうので使う場所を間違えると大火災などの二次災害が発生してしまうため使用できない場所もあった。

いすれにしても活動できる部隊自体少なく、出動した部隊にしても、そのたびに少なからず被害が出る為、一進一退で進撃目標にたどり着くまでかなりの時間がかかった。このままでは室内に閉じこもって救助を待っている生存者も食料が無くなり餓死するまでに日本全国を掃討する事はとても不可能であった。

首相は死んでしまった閣僚の代わりに新しく大臣を任命し、内閣を編成しなおして体面だけは整えた。それをテレビ、ラジオで流して政府がちゃんと存在している事と、事態を収拾する為に最大限の努力をしている事を伝えた。とにかく今、政府が国民に対して出きる事と言えば、“生き残れるかもしれない”という希望を持たせる事ぐらいしか出来なかった。


日本愛知県守山 マンションの一室


一通り銃の使い方の説明が終わると深夜12時を過ぎていた。高橋は、ソファーのひじおきに頭を乗せ、すやすやと眠っている美里を見た。彼女は訳のわからない内容を聞かされたうえ、夕ベも殆ど寝ていないため、さすがに眠気に襲われたのだろう。藤岡は奥の部屋から毛布を持ってきて美里に掛けてやった。

「先輩、作戦なんだけど」高橋はそう言うと藤岡の方を見た。

藤岡は自分の唇に人差し指を一本当て“静かに”というような仕草をし、奥の部屋に来るように合図した。高橋は彼について奥の部屋に行った。

「具体的のことは美里には聞かせたくないんだ」

「その方がいいね。それに折角眠っているし」高橋はそう言うと藤岡と二人で銃をとりに行く作戦を練った。

基本的には玄関から外に出ることはできない。昼間はマンションの通路一杯に奴らがひしめきあっているからだ。そうなると窓から出ることになるのだが、このマンションは上手い具合に一階と二階の間にヒサシが出ていた。そこまで降りられれば何とかなりそうだった。ヒサシから地面まで2メートルくらいなので飛び降りる事は可能だ。問題は帰りに銃を持ったままで、そのヒサシを上がれるかだった。

「ヒサシまでは何とか降りられるよ」藤岡はそう言うと壁に立てかけてある脚立を指差した。それは折りたたみ式で伸ばすと4メートルくらいある大きな物だった。

その脚立は、ちょうど一週間程前、美里にキッチンの壁に棚を作ってくれるよう頼まれたので外の物置から持ってきていたものだ。ところが、彼は棚を作ったのはいいが、そのあと片付けるのが面倒なのでそのままにしてあったのだ。

「いいものがあるね」高橋はそう言うと親指を立てた。これならヒサシまで難なく降りる事が出来る。降りてしまえばハンヴィーまでは50メートルくらいなので、全力疾走すれば十数秒でたどり着くはずだった。

「美里に早く片付けるように言われたけど、そのままにしておいて正解だったな」

「ただ無精なだけだと思うけど。でもそのお陰だから先輩の面倒くさがりに感謝しないとね」

「うるさい、美里みたいな事言うな」藤岡はむくれながら言った。

「ごめんごめん。とにかくこれでヒサシまでは降りられるんだから、あとはどうやって車まで行くかだけど。何か武器になるものは無いかな?」

「ナイフだけではチョッと心細いよな」藤岡はそう言うと少し考えた。

「あっ、そうだ」藤岡は何か思い出したようにそう言うと、押入れに頭を突っ込んで何やらゴソゴソと探した。暫らくすると彼はバットを二本持って戻って来た。

「これでどうだ?以前おまえに貰ったやつだよ」

「それ、まだ持っていたの?役に立ちそうだね」高橋が言った。このバットは藤岡が会社の野球チームで練習や試合に使いたいと言っていたため、高橋がずっと以前に自分の店から持ってきたものだった。このバットで奴らの頭を思い切り殴れば何とかなるかもしれない。少なくとも銃を手に入れるまでは、それで身を守らねばならないだろう。

高橋と藤岡は役割分担をした。ハンヴィーのM-2重機関銃は恐らく使える筈だ。そこでハンヴィーまで行ったら高橋がM-2に取りつき援護射撃をしている間に、藤岡が路上に倒れている兵士とボンネットの上にうつ伏せている兵士からピストルベルトを外して取ってくる事にした。M-2の威力は実証済みだし、恐らく藤岡の仕事は1分も掛からないだろう。その間なら間違いなく奴らを阻止する事が出来る。位置的にも奴らが建物から出て高橋たちを襲う前に、銃を手に入れてそこから離れる事が出来る筈だった。離れたあとは二人ともライフルで射撃しながらマンションまで戻ってこればいい。ただ、藤岡の射撃は当てにしない方がいいだろうという事は察しがついた。少なくとも奴らを倒すのは自分が一手に引き受けるしか仕方がない。責任重大だった。あとの問題は帰りに自力でヒサシまで登らないといけないのが大変そうだった。重い銃を持っていては、そう簡単には登れないだろう。しかし、なかなかいい考えが見つからず、明日使えそうな物が無いか探してみようという事になった。


翌朝、高橋は藤岡から双眼鏡を借り、何か使えそうな物はないかと視界に入る全ての物をチェックしていた。既にハンヴィーは確認済みでM-2にはまだ十分に弾薬は残っているようだし、ライフルもボンネットの上と運転席のドアの下にもう一丁転がっているのを見つけた。車内の事はわからなかったが、その銃以外にも何かあると思われた。

夜中には溢れるくらいいた奴らも午前10時を過ぎる頃にはかなり少なくなっていた。とは言っても目の前の道路だけでもおよそ30人はいるようだ。

高橋は、ハンヴィーから少し離れているが玉突き状態で止まっている車列の中に業務用のバンあり、その屋根から落ちそうになっている脚立を見つけた。恐らく工事か何かに使うために固定してあったのだろう。それが衝突した時のショックで外れかけているのだ。問題はその脚立がすぐ外れるかだった。ぐずぐずしていたら奴らに二人ともやられてしまうだろう。よく見るとその脚立の固定にはロープを使ってあるようだった。それなら自分達が持っているナイフで切れるかもしれない。そう思いながらいろいろ作戦を立ててみた。

「何かいい物があったか?」藤岡は聞いた。脚立の事と場所を教えて双眼鏡を渡した。

「あれなら何とかなりそうだな」藤岡はじっくり観察したあとそう言いながら高橋に双眼鏡を返した。

「問題は、あのバンの手前が機関銃から死角になってるんじゃないのか?」藤岡が言った。

「そうだね。あの位置じゃ機関銃で援護は出来そうに無いな。あそこへは一通り仕事をやっつけてから二人で行かないとダメだと思うよ」高橋はそう言うと紙に位置関係を書き出した。

高橋の説明が終わると藤岡は腕組して少し考えた。

「チョッと遠回りになるけど、それしか手は無さそうだな」藤岡はそう言うとソファーに座った。

二人の話を聞いていた美里は、今となってはどうやっても藤岡達を止める事など出来ないと悟ったのか、今度は「私も行く」と言い出した。彼女にも何かと言い分はあり確かにもっともな事もあった。しかし、いくら何でも一緒に行くのは無理なので、二人は危険な事と女性には難しいことを数十分かけて説得する必要があった。

「あなた達が死んだら私も生きていないから」美里はそう言い放つと泣きながら奥の部屋に飛び込んでいった。

その時、藤岡は仕方がないなという様な顔をしていた。高橋は美里のあとを追いかけようとした。しかし、藤岡は彼の腕を掴んで追いかけるのをとめた。

「美里はわかってくれていると思うよ」藤岡が言った。 

高橋は、その言葉を聞いているうちに、この二人の間には自分には見えない心のつながりがあるのだと思ったのだった。

昼も過ぎた頃、路上の奴らは、かなり少なくなってきた。

「そろそろ行こうか」藤岡が言った。高橋は頷くと靴を履き始めた。走っている時に靴が脱げたら命取りになるので紐をしっかり結びなおした。藤岡も普段履かないようなスニーカーを履き、高橋と同じようにしっかり紐を結んだ。

二人は野球のバットをベルトに通し、脚立を降りる際に落ちないかどうかを確かめるように左右に揺すった。大丈夫そうだった。傍から見るとその姿はかなり滑稽に見えただろう。しかし、彼等はそんな事を構っている場合ではなかった。藤岡は奥の部屋から脚立を持ってくると高橋に合図を送った。

高橋は、その合図にコクリと頷くと脚立が掛けられるようにカーテンと窓を思いっきり開いた。藤岡は脚立を伸ばして窓からヒサシに立てかけた。

「行って来る」藤岡はそう美里に告げると階段を一段ずつ慎重に降りていった。

「絶対帰ってきてよ」美里は今にも泣き出しそうな声で送り出した。高橋も藤岡のあとに続いて脚立を降り始めた。その時、美里と目が合ったが、彼は何も言わず頷いた。美里は「気をつけてね」と言うと、それ以上声が出ないとでもいうように口に手を押し当てた。高橋は美里を安心させるために親指を立てて笑顔を見せた。

2人は急いでヒサシに降りるとバットをベルトから外しながらヒサシの端まで行った。そして、高橋はヒサシの下に奴らがいないか確認する為、体を折り曲げて下を覗き込んだ。その光景を見て高橋は驚いた。そこには10人以上の奴らがひしめいている所だった。その内の一人が噛み付こうと高橋の方に顔を近づけてきた。高橋は慌てて体を引っ込めた。

「この下に一杯いる。急ごう」高橋はそう言うとジャンプしてヒサシから飛び降りた。藤岡もそれに続いて飛び降りると高橋のあとを追った。

二人は全力疾走でハンヴィーの方に走り出した。今では2人に気付いた奴らが徐々に近づいて来ていた。その数はおよそ20人ほどだろうか。しかし、それを避けてジグザグに走る必要まではなかった。ただ、真正面に2、3人立ちはだかっている連中が問題だった。高橋はどうするか一瞬迷った。だが、迂回している余裕はないので、このまま正面から強行突破する事にした。

近くまで来ると奴らは高橋を捕まえようと手を伸ばしてきた。高橋はバットを振り上げたもののバットで人を殴るのには抵抗があり一瞬気が引けてしまった。しかし、今まで無残に人々がやられたのを思い出して気を取り直した。高橋は気合を入れて思い切りバットを振り下ろすと、そいつの頭を殴打した。ところが、そいつは倒れる事はなかった。首の骨が折れ横を向いてしまっていたが少しふらついただけでそのまま立っていたのだ。

「何て奴だ!」高橋はそう言いながらも奴の動きが止まった瞬間に横をすり抜ける事が出来た。

藤岡も最初は躊躇していたが高橋と同じようにバットを振り回した。藤岡は高橋に比べて体格があるので、ひとたびバットが当たれば奴らは倒れてしまった。しかし、すぐに起き上がって襲い掛かってくる。

「バットじゃダメだ!」藤岡はそう叫びながら高橋のあとを追った。

高橋は、ハンヴィー迄たどり着くと車の傍にいた奴をバットで殴り倒しM-2重機関銃めがけて一気に屋根の上へ駆け上がった。藤岡は高橋がM-2に取りつくまでの間、近寄ってくる奴を必死に殴り倒しながら「急げ!」と怒鳴った。

高橋は、M-2に取りつくと銃の右側に飛び出したチャ―ジングハンドルを思いっきり引っぱって薬室に弾薬を放り込んだ。そして、藤岡のいるほうへ銃口を向けた。

「伏せて!」高橋は大声をあげた。彼は藤岡がうつ伏せになった事を確認すると、近づいてくる奴らに向けて射撃用ハンドルの間にあるトリガーを思い切り押し込んだ。その途端、大きな爆発音と共に強烈な振動が彼を揺れ動かした。しかし、彼は怯まず近づいてくる奴らを狙ってトリガーを押しつづけた。足元には全長10センチ程ある真鍮の空薬きょうと連結メタルがバラバラと落ちて新しい小さな山を作り始めた。

高橋は奴らの動きが遅いうえ逃げる事もしないので撃ち倒す事は比較的楽だった。殆どの奴を2、3発で仕留める事が出来る。今の時点では、まだビルからはそんなに出てきていないので取りあえず近い奴からやっつける事にした。

物凄い音と衝撃だった。車の陰にしゃがみ込んでいる藤岡は余りの事に思わず頭を押さえた。頭上にある銃口から耳をつんざくような音と数メートルもある火花が噴き出しているのだ。そして、目の前では近くにいた奴らがバラバラになって吹っ飛んでいった。彼はその光景を見て吐き気を覚えた。

高橋は藤岡側の奴らを掃討すると「OK!」と声を掛け、今度は反対側にいる奴らに向けて発砲する為M-2を回した。その時、高橋は驚いた。そこには車に手を掛けて登ってこようとしている奴がいたのだった。しかし、M-2で撃つには余りにも近すぎた。高橋は、気を取り直し右の腰にぶら下げてあった刃渡り20センチ程もあるランドール・サバイバルナイフM14を鞘から引き抜くと、そいつの顔面めがけて力一杯つきたてた。ちょうど、奴は上を向いていたため左眼にナイフの切っ先が飛び込み15センチ程めり込んだ。その瞬間、そいつは高橋の腕を掴んだのだがナイフが脳に達していたので、すぐに動かなくなった。高橋はホッとした。そして、掴まれていた腕を引き抜くと奴らに向けて射撃を再開した。

高橋が射撃を続けている間に、藤岡は倒れている兵士からピストルベルトを外そうと悪戦苦闘していた。さすがに死体から外すのは気持ちが悪かった。既に腐敗臭も放っており、嘔吐しそうになるのをこらえるのが精一杯だった。しかし、今はそんな事を言っている場合ではないのはわかっていたので必死だった。

「先輩まだ?!」激しい銃撃の間に高橋の声が聞こえてくる。しかし、焦れば焦るほど、なかなか上手くいかなかった。藤岡は、やむなく死体の下に自分の体を強引にねじ込み腕を回して何とかベルトのバックルを外す事に成功した。そして、今度は、ライフルを兵士の体の下から引っ張り出すと高橋に教わったようにセレクタースイッチをSEMIに合わせ、近くの奴らに向けて射撃した。やつらの動きはゆっくりだし、隠れようともしないので狙うのは楽だったが、さすがに初めて撃つ藤岡の射撃の腕では、とても一発で仕留めるのは無理だった。2発に1発は何とか奴らに当てる事は出来たのだが頭と心臓にはなかなか当たらなかった。藤岡はチッと舌打ちすると射撃は高橋に任せて本来の仕事を続けようと思った。そして今度は少し離れた所に倒れている兵士の方へ行くと高橋に声を掛けた。

高橋は頷くと今度は路上に倒れている兵士の方向に射撃を集中し、藤岡が仕事をしやすいようにした。高橋は、あらかたやっつけると藤岡に合図を送り、また反対側に銃を向けて射撃しだした。しかし、高橋は建物から奴らがゾロゾロ出てきはじめたのを見て「やばくなってきた!」と大声で叫んだ。彼は奴らがビルから出てくるところを狙って射撃した。建物の中から集団で出てきている奴らは面白いように倒す事が出来た。しかし、あまりにも大勢なのでキリがない。ついには撃ち倒すよりもビルから出てくる奴の方が多くなってしまった。

藤岡はコツを覚えたのか、倒れている兵士からベルトを簡単に外す事が出来た。彼はそれを肩に担ぐと急いでハンヴィーの方へ戻った。

「よし、戻ったぞ!」藤岡はそう言うと、集めたベルトを二つとも肩に掛けて外れないようにした。そして、バンに行く準備ができた事を高橋に告げた。

高橋は藤岡の言葉にコクリと頷いた。彼はM-2の弾薬が無くなりそうになったのでバンとマンション前の奴らを一連射して倒した。彼は射撃をやめると車内に入り銃を探した。車内の武器ラックにはH&K MP-5サブマシンガンが1丁とM-16A2自動小銃が1丁立てかけてあった。そこで高橋はMP-5とその予備マガジンが数本入ったマガジンポーチを肩に担いだ。そして、今度はM-16A2ライフルを鷲掴みにすると、弾の装填されたM-16用マガジン数個を腰のベルトに差し込んで外に出た。

彼はハンヴィーから飛び降りると、顔面にナイフが突き刺さったまま倒れている奴の胸を足で押さえて、さっき突き立てたナイフを顔面から引き抜いた。そして鞘に戻すと一気にバンの方へ走っていった。藤岡は高橋のあとを追い遅れまいとしたが、さすがにピストルベルトやライフルが重いのでそんなに速く走る事は出来なかった。高橋も条件は同じ筈だったが自衛隊時代の訓練の賜物なのか比較的楽そうに見えた。

高橋はバンの向こう側には間違いなく奴らがいるはずだと見越していた。そこで、彼は走りながら腰にはさんだ30連マガジンを一つ抜くとライフルに叩き込んだ。そして、ボルトを引き薬室に一発入れるとセレクタースイッチをBURSTにして射撃の準備をした。

二人がバンまで来た時、案の定そこには4、5人の奴らがいた。高橋は立ち止まるとライフルの銃床を肩に当て、右頬をピッタリと付けた。そして三点射で正確に近い奴から倒していった。

藤岡も高橋にならって射撃はしたものの何とか一人の頭に弾を当てる事は出来たのだが、あとは全然ダメだった。

高橋は一通りやっつけるとライフルに新しいマガジンを挿入した。そして、今度は車に脚立を固定してあるロープを切断するため、さっき鞘に戻したランドール・サバイバルナイフを再び引き抜いた。

高橋は固定してあるロープにナイフの刃を当てると一気に切り裂いた。その瞬間、脚立がバンからずり落ちてきた。二人はそれを一緒に担いでマンションに向かって走り出した。

高橋はヒサシのあたりに5人ぐらいの奴らがいる事に気がついた。おまけに道路の反対側からは建物から出てきた奴らが大勢こっちに向かってやってくる。高橋は時間的な余裕は余りないと思った。

「マンションの前の奴らをやってくるから脚立をお願い!」高橋はそう言うと藤岡の返事も待たずに脚立から手を離して藤岡を追い越し前に出た。

高橋は、しゃがみ込んで右膝をつき狙いをつけやすくした。そして、セレクタースイッチをSEMIの位置に切り替えると、やつらの頭を狙い一人ずつ倒していった。その距離は15メートルほどしかなかったので彼が外すわけはなかった。彼はそいつらをアッという間に片付けると今度は道路を渡ってくる奴らに狙いを定め、セレクタースイッチをBURSTに切り替え三点射で撃ち始めた。高橋が時間を稼いでいる間に、藤岡はマンションの前に行き脚立を立てかけようとしていた。

高橋は必死に射撃を続けたが余りの多さに手が負えなくなってきた。

「まだ?!」高橋は藤岡に催促した。今では正面からだけではなく左右からも迫って来ているので高橋は一瞬もうダメかと思った。

「高橋、早く来い!」藤岡が叫んだ。高橋が後ろを見ると、藤岡が脚立をのぼり終える所だった。高橋は真横にいた奴を振り返りざまにライフルの銃床で殴り倒し、藤岡に続いて脚立を一気に駆け上がった。

「危ない、早く!」上からも美里が叫んでいるのが聞こえた。高橋はもうちょっとで足を噛まれそうだったが間一髪でかわす事が出来た。

脚立をのぼりおえた高橋は、奴らも脚立にしがみ付き登って来るのを見て、急いで脚立を外すと奴らが登って来られないようにした。今ではヒサシの前には百人近くの奴らがひしめいており、さらに増え続けているところだった。

「あぁ、ヤバかった。これで奴ら上がって来られないよね?」高橋は藤岡に尋ねた。

藤岡は部屋までの脚立を登りながら下を見た。

「多分な、でも早いところ部屋に戻ろう」藤岡はそう言うと高橋を促した。高橋は頷いて藤岡のあとを追いかけた。

藤岡は部屋に入ると高橋の腕を引っ張って上がるのを助けた。高橋が部屋に転がり込んだ時、美里は藤岡に抱きつき「バカ」と言いながら大声で泣いていた。藤岡は「大丈夫だ」と言いながら美里の肩を抱いた。

高橋は脚立を部屋の中に取り込むと窓とカーテンを閉めた。外では奴らがヒサシに登ろうと躍起になっていたが、倒れている脚立を使う気はないらしく、ただ大勢で右往左往しているだけだった。

「奴ら登って来ないか?」と藤岡が高橋に尋ねた。

「大丈夫みたいだ、段々離れて行くようだよ」

「さっきはギリギリだったな」藤岡はそう言うと一気に疲れが出たのか座り込んでしまった。

高橋は今になって血液中に分泌された大量のアドレナリンの影響で足が震えだし立っていられなくなった。彼はライフルを壁に立てかけると横になった。

「ふう、死ぬかと思った」高橋はそう言うと大きく息を吐き出した。

「本当に危なかったじゃない。死ぬほど心配したんだから」美里は大粒の涙をこぼしながらそう言った。


高橋たちは、取って来た武器弾薬をテーブルに広げ収穫を確認した。ライフルはM-16A2が2丁と装填済みの30連マガジンが12個、H&K MP-5サブマシンガンが一丁と装填済み30連マガジンが5個、ピストルベルトに吊ってあったM-9自動拳銃が2丁と15連マガジンが4個であった。

最初は、高橋と藤岡がM-16A2ライフル1丁にマガジン6個ずつとM-9拳銃をそれぞれ持つ事にしたのだが、美里にMP-5マシンガンなんてとても無理なので、高橋は自分のM-9拳銃と予備マガジンを渡した。美里は「そんな物は要らない」と言い張ったが、高橋は何があるかわからないので無理やり持たせる事にした。その代わり高橋はM-16ライフルとMP-5マシンガンの両方受け持つ事になった。いずれにしても同時に使う事は無理なのだが…。

高橋は二人に今日取って来た銃の使い方と狙い方を教えて実際に触ってもらった。そして、いざとなった時にちゃんと使えるようになるまで練習させた。

藤岡もさっきは全く弾が当たらなかったので、高橋に何が悪いのか尋ね、正確に射撃できるよう照準の仕方や構え方を習った。

そして、おのおのがベルトに予備マガジンを取りつけて銃と共にいつも持ち歩くようにした。ただし、暴発防止のため、必ず安全装置を掛けておくことと、薬室には弾を入れておかない事を徹底させた。

次の問題は食料の調達であった。今の段階では、どう考えても外のコンビニやスーパーに取りに行く事は出来なかった。昼間は、道路には奴らも少ないが店の中には物凄い数が犇き合っているのだ。とは言え、夜に出かけるとなるとそれはまるで自殺行為だ。

そこで、このマンションの中で、もう住民がいなくなった部屋に行き食料を調達する事にした。

美里は最初「それでは泥棒だからダメよ」と言っていたが、今はそんなこと言っている場合ではないという事を何とか納得させる事が出来た。しかし、その場合だと昼間はマンションの通路には大勢の奴らがいるので、夜になってからの方が可能性は高いのではないかという事になった。だが、果たして通路から出て他の部屋に行けるようになるまで少なくなっているのだろうか。その上、射撃音を聞いてマンションに戻ってくる奴もいるだろう。そう簡単にはいきそうには無かった。

既に今日で3日目になり、食料も底を尽き始めていた。しかし、今夜は様子を見るだけで、出来るかどうかを見定めてから明日の晩に決行する事にした。


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