はい、こちら魔王軍造幣局!〜勇者の略奪のせいで貨幣が足りません。四天王最弱と言われるイケメン上司が多忙すぎて心配です〜

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はい、こちら魔王軍造幣局!

「はい、こちら魔王軍造幣局、局長の土の四天王アイザックです。……はい、はい。はぁ……しかし、それは……あ、いえ、はい……はい……わかりました。期日までにはなんとか……」


 そう言うと、私の上司であるアイザック様は受話器をそっと置いて深い溜め息をつきました。


「もしかして、また改鋳かいちゅうですか?」

「ああ、そのとおりだよ、ミリアくん。この3年で4回めの改鋳だ……」


 アイザック様の朦朧もうろうとした目の下には真っ黒なクマが浮き、かつては精悍だった顔つきもいまでは頬がげっそりとこけていかにも不健康そうです。

 ゴリマッチョ一歩手前だったたくましい肉体もせいぜい細マッチョに衰えて……うん、体型的にはこっちの方が好きかもしれない。

 ともあれ、このままでは過労で倒れてしまいそうで心配です。


「今回は魔鋼の含有率を4%下げて1%にしろとの指示だ」

「えっ、そんなに一気に下げて大丈夫なんですか?」

「バレなければ大丈夫だ」

「バレたら?」

「……魔界の経済が破滅するだろうな」

「マジっすか……」


 改鋳とは、市中に出回っている貨幣を回収し、新しいものに作り直すことです。

 本来は損耗した貨幣を取り替えたり、偽造を防ぐために行われるのですが……この3年間で行われた改鋳は、魔王軍の財政難を補うために行われたものです。

 魔界における貨幣価値を担保しているのは魔鋼という貴金属なのですが、この割合を徐々に下げることで、発行する貨幣の量を水増ししているというわけなのです。


 ちなみに、3年前までは魔鋼の含有量は10%でした。

 今回の改鋳が終わると、貨幣の本当の価値が10分の1になってしまうのです。

 これがバレたら……魔王様の権威は失墜し、大混乱に陥るのは間違いありません。


「それもこれも、勇者とかいう人間の野盗団が略奪を繰り返すせいだ!」


 ドンッっとアイザック様が机を叩いたので、私もドンッと床を踏み鳴らしました。


「まったくですよ! 弱い魔物ばかり狙って財産を奪っていって、ダンジョンの中にまで押し入ってくるんですから!」

「イナゴよりたちの悪い連中だ……」


 魔王軍がこんな苦境に立たされているのも、ひとえに人間が送り出してきた勇者とかいう一団が原因です。

 人間の国では魔界の貨幣なんて使えないはずなのに、何が面白いのか執拗に襲撃を繰り返しては財貨を強奪していくのでした。

 当然、魔王軍としては賞金付きの1級指名手配としているのですが、神出鬼没な上に実力も高く、討伐に至っていないのが現状です。


「もういっそのこと、アイザック様が直々に討伐しちゃったらどうですか?」

「そうしたいのは山々だがな……」


 アイザック様は再びため息を付き、自分の細くなってしまった腕を見やりました。

 ここ数年の激務ですっかり弱ってしまい、いまでは「四天王最弱」などと侮られる始末で……。


 それに、アイザック様が造幣局を離れてしまっては、改鋳作業もできません。

 アイザック様の高度な土魔法により、表面のみ魔鋼の純度を高めることで、改鋳による劣化をごまかしているんです。

 大量の魔鋼を一度に、しかも精密に動かすような土魔法はアイザック様以外には使うことができません。


 私は残酷なことを言ってしまったなと後悔しつつ、「筋量的にはそれくらいがマイフェイバリットですよ!」と声をかけたくなるのを我慢していました。


「まあ、仕方がない。改鋳の準備に取り掛かろう」

「おう、早いところ頼むぜ! うちの軍も資金難で厳しいんだわ」


 そう言いながら、ノックもせずに入ってきた赤いモヒカン頭は火の四天王であるフレイム様でした。


「ちょ、ちょっと、フレイム様、勝手に入られては困りますよ」

「まーまーカタいこと言うなってダークドワーフのお嬢ちゃん。おっ、なかなかカワイイじゃねえか。こんな四天王最弱のとこなんてやめて、俺の秘書にならねえか?」


 フレイム様……いや、もうこいつはモヒカンでいいや。モヒカンがお尻に手を伸ばそうとしてきたので、私は短い悲鳴を上げてそれを振り払いました。


「へえ、元気がいいじゃねえか。そういう女を従順にさせるのも悪くねえな」

「フレイムよ、いい加減にしろ」


 背後から膨大な土の魔力の圧力を感じました。

 ちらりと振り返ると、アイザック様が鋭い視線でモヒカンを射抜いています。


「ほう、お前ごときが四天王最強の俺様に逆らおうってのか?」

「次第によってはな。だが、私がくだらぬいさかいで魔力を使い果たせば改鋳はできなくなるぞ」

「ぐっ、いまは見逃してやるから、さっさと新しい金を作れよ!」


 アイザック様の気迫に負けたモヒカンは、捨て台詞を残してすごすごと執務室から出ていきました。


 体を張って部下を守ろうとするアイザック様すてき!


 いや、ひょっとしたら部下以上の存在だと思ってくれてたりして……このあと「大丈夫だったか?」「……はい」「お前は私の部下だ。私が一生守ってやる」「それって、つまり……?」そして顔を赤らめたアイザック様がポケットから指輪を取り出して……。


「ミリアくん、ミリアくん? 急によだれを垂らして放心してどうした?」

「えっ!? あ、いえ、はい、なんでもないであります!」

「君にも激務を強いているからな。疲れているなら、今日は早退して休みなさい」

「だ、大丈夫です! ちょっと幸せな妄想に浸っていただけであります!」

「そうなのか?」

「そそそそんなことより、改鋳の作業を進めないと!」


 不審そうな顔のアイザック様をごまかしつつ、棚から書類を引っ張り出します。

 改鋳と一口に言っても簡単なことではありません。

 新貨幣が順調に行き渡るよう金融機関に協力を依頼しなければいけませんし、領民向けの布告も必要です。


 なにより重要なのは「いかに不審に思わせない改鋳の理由をひねり出すか」です。

 これまでは魔王様のご成婚記念だったり、人間の街を攻略した記念などとそれっぽい理由を考えてきたのですが、こう頻繁となるといいかげんネタも尽きてきます。


「うーむ、いい案が思いつかん。いっそ子どもでも欲しいところだ……」

「ひゃ、ひゃい! 私ならいつでも準備万端です!」

「ミリアくんが準備したって陛下のお子は生まれんだろう」

「あっ、そうですよね」


 いかんいかん、さっきの妄想に引きずられてしまいました。

 でも、アイザック様はアースドラゴンの化身、私はダークドワーフ。

 どちらも土の魔力に長けた種族なので相性はバッチリだと思うのですが。


 ああでもないこうでもないと二人でしばらく話した後、アイザック様がぼやきます。


「改鋳以外で財政を立て直すアイデアでもあればよいのだが」

「材質を安いものに変えちゃうとか。思い切って証文にでもしちゃいましょう!」

「証文?」

「紙に『これはダルザーク大貨幣10枚分の証書である。魔王城へ来たら交換することを保証する』とか書いちゃえばいいんですよ。大商人なんかは大量の貨幣を持ち歩くのがたいへんだから、よくそういうので取引してるらしいですよ」

「ああ、信用貨幣か。あるいは紙幣というものだな」


 あれ、グッドアイデアだと思ったのに、アイザック様はすでにご存知のようでした。


「悪い考えではない。だが、この苦境にそんなことをすれば、『いよいよ魔王軍には本物の硬貨を作る余力さえ失われた』と考える輩が現れかねん」

「あー、それはたしかに……」

「それに実は前例があってな。ミリアくんが生まれる前のことだから知らないのも仕方がないが、魔王様が魔界を統一する前のある国で同じ施策が行われたことがあった」

「それは上手くいかなかったんですか?」


 アイザック様は、両腕を組んでうなずきました。


「当座の資金調達はなんとかなったそうだ。だが、そのまま国が滅びてしまってね。残った紙幣はすべてただの紙切れになった」

「わぉ……」

「だから、その時代を知っている魔族たちは紙幣など作れば警戒心を強めてしまうだろう」

「むずかしいですねえ」

「ああ、まったくだ」


 二人だけで考えていてもこれ以上良い案は浮かびそうにありません。

 仕方がないので、二人で手分けをしてあちこちに電話をし、新貨幣鋳造の理由となるニュースがないか情報を集めることにしました。


 何十件も電話をしていると、そのうちズシンズシンと何やら地響きがしてきます。

 造幣局は古い魔鋼鉱山の地下深くを利用して作ったもの。

 地盤は安定しており、地震など起こるはずがないのですが……。


「た、た、た、助けてくれぇぇぇえええ!!」


 そう叫びながら部屋に飛び込んできたのは火のモヒカンです。

 なにやら全身ボロボロで、モヒカンも短く刈り込まれてさっぱりしています。


「イメチェンですか?」

「そんな悠長な事態に見えるかっ!?」

「落ち着け、フレイムよ。何があった」

「勇者だ! 勇者が人間の軍勢を引き連れて攻め込んできやがった!」


 四天王最強とかさんざん吠えてたのに……本当は弱かったのでしょうか?


「そうじゃねえ! 変な装備のせいで魔法が何も効かねえんだよ!」

「ふふふ、変な装備とは言ってくれるじゃないか。四天王最強のフレイムさん」


 モヒカンの後から、今度は鈍い銀色の鎧に全身を身を包んだ人間たちが突入してきました。

 先頭にいるにやけた男が勇者でしょうか?

 そんなことより、あの鎧の素材は……まさか!?


 私は慌てて「石礫いしつぶて」の魔法を侵入者に向かって放ちます。

 石畳の地面から無数の石の弾丸が飛び出し、凄まじい速度で襲いかかりました。

 私だって伊達にアイザック様の側近を務めているわけではありません。

 普通の人間の兵士ならば一撃で蜂の巣にできる威力の魔法でした。


 ……しかし、それは本来の威力を発揮することなく、鎧の表面に触れるとかき消えてしまいました。


「ふふふ、これは純度99.9%の魔鋼の鎧さ。ほとんどの魔法を無効化する無敵の鎧……これを100人の兵士に支給できるようになるまで苦労したよ」


 にやけづらの勇者は、こちらに向かって剣を向けました。

 その間にも元モヒカンが炎魔法を放っていますが、すべて打ち消されてしまってまったく効果がありません。


「最近はお前たちが持ってるコインもどういうわけか魔鋼が少ないしね。たっぷり取れるダンジョンがあると聞いて潜ってみたんだが、四天王が二人も潜んでいたとは、思わぬ大戦果が挙げられそうでうれしいよ」


 自慢気に語る勇者に、アイザック様が問いかけました。


「お前たちの鎧、それがすべて魔鋼だと言うのか?」

「ああ、そのとおりさ。お前たち魔族の魔法など何も通用しない!」


 それを聞いたアイザック様は膝を折って地面に崩れ落ちます。

 そして両手で顔を覆ってしまいました。

 悔しいけれど、モヒカンが四天王最強というのは嘘でありません。

 モヒカンがまったくかなわない様子を見て心が折れてしまったのでしょうか……。


 呆然とアイザック様の様子を見ていると、その体が小刻みに震えだしました。

 まさか恐怖に震えて……いや、違います!


「ククク……ハハハ! フワーハッハッハッ! そうか、そうか! 魔鋼がこんなにもたくさん来てくれたのか!!」


 アイザック様は高笑いとともに立ち上がると、いつになく上機嫌そうに勇者たちへと微笑みかけました。

 身体が一気に重く感じます。膨大な土の魔力により、重力が増しているのです。

 ですが、勇者たちにこたえた様子は見られません。

 鎧によって魔力の影響を打ち消しているのでしょう。


「うんうん、たしかに素晴らしい純度だ。これなら混ざりものがあるよりもよほど操作しやすい。人間の冶金やきん技術もなかなかのものではないか」

「な、何を言っている? 貴様らの魔法は何も効かないんだぞ! 気でも触れたか!」

「最初に『ほとんど』の魔法が通じないと言ったのは君だったぞ、勇者くん。そして私は魔鋼を操る魔法をもっとも得意としている」

「はったりに決まっている!」

「はったりかどうかはすぐにわかるさ」


 アイザック様が右手を勇者たちへ伸ばすと、まとっていた鎧がメリメリと音を立てて剥がれ、空中でひとつの金属塊へと変わりました。

 綿の鎧下着だけの情けない姿になった勇者たちは、その場にへなへなとへたり込みました。


「ミリアくん、これだけの純魔鋼があればどれだけの貨幣が作れるかね?」

「えっ!? ええと、ざっと国家予算数年分はくだらないかと思います!」

「ほほう、これで魔王軍の財政問題は解決だな」

「は、はい。そう思います」


 その後、アイザック様は勇者たちを拘束し、魔王様へと引き渡しました。

 造幣局に攻め込んできた100人はよほどの精鋭だったらしく、中には上級貴族の子弟も混ざっていたそうで、身代金をたっぷりせしめることができたそうです。


 この功績により、アイザック様は四天王筆頭へと出世し、さらに魔王様から望みの願いを叶える権利を賜りました。

 アイザック様が願ったのは新しい貨幣を作ること。

 と言っても、これまでのように価値をごまかす改鋳などではもちろんなく、魔鋼を含んだ硬貨ですらありません。

 自分の土魔法に頼らずとも作れる、紙幣の導入を魔王様に願い出たのでした。


 今回の騒動で財政的な余裕はじゅうぶんになりましたし、人間軍の象徴であった勇者を見事捕縛したことで新貨幣を作る理由も十分です。

 紙幣は問題なく市中に受け入れられ、また魔鋼が貨幣に用いられず、戦略物資として活用されたことで人間との戦争にも勝利することができました。


 紙幣の図柄には、魔王様にかしずくアイザック様のお姿と、その脇にちんまりと控えている私の姿が描かれていたりします。


 * * *


 数ヶ月後。魔王軍造幣局局長室にて。


「さあ、これでやっと休暇が取れるぞ!」


 すっかり顔色のよくなったアイザック様が、両腕を上げて背伸びします。

 無茶な改鋳に応えるための魔法の酷使が不要になり、魔力的にも、時間的にも余裕を取り戻したのです。

 元の魔力を取り戻したアイザック様は、その実績と併せていまでは「歴代四天王最強」と称されています。


 体型についてですが、「筋力よりも魔力を鍛えましょう! えっと、ほら、無駄な筋肉は動きを妨げると聞きますし」という私の必死の説得により、細マッチョを維持したままです。やったぜ。


 背伸びを終えたアイザック様が、ふと真顔になって首を傾げました。


「どうしたんですか、アイザック様?」

「いや、ひさびさの休みでな。休みというのは何をすればよいものだったのか思い出せなかったのだ」


 私は思わず、くすりと忍び笑いをしてしまいました。


「ミリアくんは休みにはどんなことをしているのかね?」

「私はですねえ、お菓子やお料理を作って気晴らしをしていますよ」

「それが楽しいのか?」

「楽しいですよ! 普段使わない頭を使いますし、できたものが美味しければもっと楽しいです!」

「そういうものか」

「そしたら、ぜひうちに遊びに来てください! 私がお料理の楽しさを教えますよ」

「ふむ、だがそれではミリアくんの気が休まらないのではないかね? 休みまで上司と一緒では……」

「そんなことはぜんっぜんないです!」

「そこまで言うのならお言葉に甘えようか」


 これが私史上、後世まで伝わるアイザック様との初自宅お料理デートのきっかけです。

 そのあとはどうなったかって?


 それはまた、別のお話。


(了)

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