第15話 春が来た、静かにバトル開始へ

 高校3年生の春、森本麻衣子は気になっていた。やたらに山本由香里(ゆっか)の視線が山鹿麻矢を追っていることを。高校入学当時からそうではあったのだが、最近は更に熱を帯びているように感じる、女の直感である。最近は積極的に3人で駅までの帰路を歩くし、山鹿麻矢を好きなことは続いてるんだなと痛いほど感じる。同じ麻矢に思いを寄せる麻衣子にとっては恋敵なのだが、当の麻矢が淡白と言うか鈍感と言うか2人の恋の矢を巧みにかわし続けるし、先日のバレンタインデーでは1年生からもチョコをもらったって「モテ期」をも感じている、わが世の春を謳歌しているみたい。

 「くっそ~、調子に乗るなよ麻矢っ」と一喝したいところだったが、麻矢の前では可愛い子ぶる麻衣子、親と一緒にだがいろいろ遊びに行ったりしているとはいえ、まだお友達以上にはなれないまま。このままだと由香里のストレートな思いに麻矢が射抜かれるかもという焦りもあったのだ。

 男子は女子に比べて、いつまでも子供だ。身体は成熟してエッチな欲求も高まってくるが、誰かを独占したいほどにはならないのが男子。でも女子は一途、好きになった人は独占したいようだ。

「ゆっか(由香里)は関東の美大受けるんでしょ」

「麻衣も東京には行くんでしょ」

「アタシは美大じゃなくてもデザインの専門学校でもいいの、東京に出たいだけだから」

「山鹿っちも東京藝大目指すみたいよ」

「そう、山鹿君って決めたら思い通りにしちゃうのよね、中学の時もそう。私は美術部の入ったときからこの桃園の芸術コースを目指していたのに、山鹿君は直前に受験対策始めて推薦で受かっちゃった、私を推薦試験から蹴落として」

 ~私は中学の時から山鹿君を知っているし~と言いたげに聞こえた麻衣子だったが、きっぱりと由香里に宣言した。

「由香里が山鹿っちを好きなのはわかっているし。でもゴメン、アタシのほうが好きな気持ちは強いはず、今年中に彼氏と彼女になるからね」

「そう、わかったわ。ワタシは山鹿君を見ているだけでいいの。でも受験のじゃまにはならないで、私はそれが心配なだけよ」


 麻矢たち5期生が最上級生となった4月、美術部は部長の選出が関心事。日頃は負担は少ないが、定例行事の時は重要な役割をこなさなくてはいけない。難関大学への進学を表明している人は美大系の進学予備校通いも容認されており部長職は免除されるがサポート役の副部長はありとされている。

 4期生の野見山前部長は秋になってデッサン力アップが顕著になり、東京藝大受験も視野に入ったが、もともと予備校通いができる環境ではなかったので、そのまま部長を勤め上げた。

 5期生は、この時点で山鹿麻矢と市村雅治が東京藝大を、林原達郎がムサビとタマビ、東京造形受験を表明、美術部の男子は3人とも関東の受験へ。女子のうち森本麻衣子は受験校は絞ってはいないが関東校を目指し、山本由香里はムサビとタマビを併願するらしいし、多数の女子たちは沖縄や京都、愛知の公立美術大学も併願、それぞれの夢を描いていた。

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