第6話 麻矢の父も東京へ転勤かも

 山鹿麻矢が東京藝大へのチャレンジを密かに決めた頃、父・山鹿史矢は東京本社の専務である熊田さんからの電話に困惑していた。

 津山社長の体調が万全にはほど遠く、出社できる日数が極端に減っていることで経理的な承認業務が滞りをきたしているというのだ。

「通常の給料などは月給で、ほかの通常経費も固定費だから問題ないけど。中部からは人が足りないから増員してくれだの、大阪からは車が足りないから増車してくれとか、いつになるんですか、とか催促されるし」

「熊田さんが承認すればよいではないですか」

「ばかいえ、勝手に承認印とか押せんだろが」

「社長に、借りますよ、押しときますよって」って言うだけじゃないですか。

「…言えんし、つうか、社長は印鑑持ち歩きしてるから、ここには無いし」

「じゃ、だめですね、ってボクに言われても~」

「んでな、最近ぼそっと小声でボヤくんだよ社長が、って聞いてんの山鹿くん」

「聞いてますよって、社長からダイレクトに聞くはずないですよ。なんてボヤいてルンすか?」

「…俺ももう長くなさそうだし、息子たちはまだ高校生だしって」

「あっそうです。津山社長のとこ、ボクのとこと同級生らしいっすね。こないだ言ってましたよ出張の時に、山鹿君とこは進学で上京させないのって」

「ああ、それか。それよ。ボヤくんだよ。次の社長候補を早めに決めたいって」

「それなら最短距離は熊田さんでしょ」

「ワタシは社長より1学年上なんだから、今更それはナシよ。あってはならんけど、非常時の代行どまりなの」

「んじゃ、近々に熊田社長代行ってこと、ですか?」

「ばかっ、そうじゃなくて、社長は今の支社長を候補にしたいと言ってるのよ」

「はあ、そうですかって。ボクも候補の一人になるんですか」

「そうだけど、そこからがボヤきになるの」

「九州から山鹿君を候補として呼んだら、(東京本社・編集長の)大藪くんがあの性格だから機嫌を損ねるだろうな~って」

「全社の営業を束ねている大藪さんですからね、候補になるなら当然一番手でしょうね」

「でもね、社長は山鹿君に任せてみたい、らしいんだよね。だからとりあえずは新しい部署の責任者として本社に呼びたいらしいのよ」

「あれですね、紙上オークション部」

「それ、でも社長が来ないから、何も進展しないし」

「社長の進退は別にして、あれでしょ。紙上オークション部で全国を仕切れってことでしょ」

「たぶんね」

「前から出張のたびに、東京に来いよって言ってたのは、まんざら冗談でもなかったんですね」

「ん、だから心の準備しとくように、山鹿オークション部長」

 本社の編集長・大藪は大手の広告代理店出身で大口のクライアントを結び付けており、外回りが多いので実質的なの編集責任者は次長の草刈さん、編集や原稿のやり取りは草刈さんとがほとんどだ。最近は紙上オークションで売り上げが好調なことを得意げに社長が話すことにムカついているらしい。たまに電話してきて「あら、山鹿ちゃ~ん、オークション人気じゃん、今だけかもしれないから頑張って稼いでおいてよ」と嫌味たっぷりに一方的に切ってしまうし。

 山鹿史矢は仕事のあれこれを家には持ち込まないタイプ。休日専用の愛車スカイラインGTを走らせればストレスが解消できるからだ。

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