男の娘だよ、信長ちゃん!~第六天魔王、本能寺に没せず。七百年後の未来で神仏相手に再び天下人となる!~

瘴気領域@漫画化してます

男の娘だよ、信長ちゃん!

「お蘭、旗印は何であったか?」

「水色桔梗……明智光秀様の軍勢に相違ございませぬ」

「で、あるか」


 燃え盛る本能寺の一室。

 わしは小姓の森蘭丸とともに、攻め寄せる軍勢相手に籠城をしていた。


 籠城と言ってもこちらは数十、敵は数千。

 蟷螂の斧と言うにもおこがましい戦力比である。

 もみつぶされる前に腹を切り、首を隠してやるのがせめてもの嫌がらせか。


「まったく、あの金柑頭め。いったい何を考えておるのやら」

「上様、それはあのときの声を聞けば瞭然りょうぜんかと」


 耳をすませば、パチパチと爆ぜる炎を乗り越えて津波のような怒号が押し寄せてくる。


 ――前右府さきのうふに過ぎたるものがひとつあり!

   ――過ぎたるものがひとつあり!

 ――両腿の、間にそびえしひとつの大筒おおづつ

   ――ひとつの大筒!

 ――アレさえなければ上様は完璧なのに……。

   ――うう……天は二物を与えずと言うが、なぜ上様にイチモツを与えたのか……

   ――この世には神も仏もないのか……

   ――おれはもイケる!

   ――裏切り者じゃっ! 殺せっ!

   ――ぐあぁぁぁあああ!!

 ――神も仏もいないのならば!

   ――いないのならば!

 ――この私が、切ってみせようホトトギス!

   ――ホトトギス!

 ――敵は鼠径部にあり!

   ――敵は鼠径部にあり!

 ――上様ぁぁぁあああ! いま私が御身の余計なものを切り落とし、上様を完璧な存在にして差し上げますぞぉぉぉおおお!!

   ――うぉぉぉおおおお!!!!


 思わず目頭をつまんで揉む。


「なあ、お蘭。儂、幻聴が聞こえるようなんじゃが」

「上様、お気を確かに。幻聴ではございませぬ」

「なにやらオブラートには包んでおるが、あやつら、儂の陽根ちんこを切りに来たと申しているのか?」

「左様でございます」


 頭がズキリと痛む。

 馬鹿だ、うちの家臣は馬鹿ばかりだと常日頃から思っていたのだが、想像以上に馬鹿だった。南蛮人から梅毒でももらって脳がやられてるんじゃないのか?


 金柑頭は中でもマシな方だと思って目をかけていたのだが……いや、そんなことはないな。思い返せば、儂が折檻するといつも息を荒げて悦んでいたし。

 それでも家臣どもの中では頭のいい方だったから、適当に言いくるめてこの謀反に参加する味方を集めていたのだろう。


「失礼ながらこの蘭丸も、上様の美しさは人を惑わせるものと存じます」

「……であるか」


 自他ともに認める美形の蘭丸に言われては返す言葉もない。


 まあ、儂とて鏡を見ればわかる。

 女のように白い肌に大きな瞳、すっと通った鼻筋。細い顎。


 女のような顔だと侮られるのが嫌で若い頃から馬を駆ったり鷹狩をして少しでも戦国武将らしい粗野な顔つきにしようと思ったのだがまるで日に焼けない。

 おまけにひげも薄く、ろくに剃刀を当てなくてもツルッツルだ。

 帰蝶からも折に触れて嫌味を言われる美肌なのである。


「上様もいっそ女に生まれていれば……」

「殺すぞ」

「失礼つかまつりました」


 蘭丸の軽口をキレ気味に制する。

 この信長は武将の子なのだ。武門の血を引く者なのだ。

 儂を婦女子のようだと侮った者はことごとく打ち破ってきたのだ。


 はじまりはそう……今川が尾張に攻め込んで来たときのことだった。

 いまでは桶狭間の戦いなどと言われているそうだが、あれのきっかけも今川義元が儂を側室に迎え入れようなどとナメたことを言い出したことだった。


 あの戦の大勝により儂は名を挙げたが、同時に「あの今川義元が狂うほどの美貌」という評判も広まってしまった。

 各地の大名から側室がどうだの輿入れ(姫が輿入れするのではない。儂が輿入れするのだ)がどうだのという申し入れが殺到し……片っ端から戦でわからせてやったらいつの間にか天下人になっていたという次第である。


「とにかくだ、陽根ちんこを切り取られるくらいなら死んだ方がマシじゃ。とはいえ腹を切るにも気が落ち着かぬ。一曲舞うからつつみを持て」

「御意に」


 蘭丸に鼓を打たせ、敦盛の一節を舞う。

 人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなりとはよく言ったものだ。

 少し足らぬがまあこの戦国の世ではじゅうぶんに生きた方だろう。


「見た目は十代にしか見えぬのでございますが」

「気が削がれる。余計なことを申すな」


 戦のきっかけは何であれ、戦って、戦って、戦い抜いてきた人生だった。

 常勝とはいかなかったが、結果的に天下人と言われるまでになった。

 戦国の世に生まれた男子としては誇ってよい事績を残したと言えよう。


 キリのよいところまで舞うと、やっと気持ちが落ち着いてきた。

 畳にどっかりと胡座あぐらをかき、もろ肌を脱いで脇差を腹に当てる。


「お蘭、介錯を頼むぞ……って、なぜ鼻を押さえている」

「しょ、少々刺激が強うございまして」


 蘭丸の視点は儂の桜色の乳首に向かっていた。

 勘弁してくれと思いつつ、襟を直して乳首を隠す。


「これでどうだ」

「ち、チラリズム……」

「ええい! 黙って儂の後ろに回れ! 後ろからなら見えぬであろう!」


 蘭丸が鼻を押さえながらよたよたと儂の後ろに回る。

 せっかく腹を切る覚悟が決まったのだ、また水を差されてはたまらないと速攻で脇差の刃を腹に突き立て、痛みを感じる前に真横にかっさばく。


 じわじわと熱を帯びた痛みが走り出すが、少しの辛抱だ。

 もう少し待てば蘭丸が楽にしてくれる……いや、やけに長いな。

 ちょっと痛みがシャレにならないレベルになってきたんだけど?


「お、お蘭……か、介錯を……」


 自ら介錯を乞うのはみっともないが、このままでは痛みで醜態を晒しかねない。

 必死に声を絞り出すと、背中から蘭丸の弱々しい声が聞こえた。


「申しわけありませぬ、上様。その、うなじがセクシーすぎて直視が叶わず……」


 マジで殺すぞボケっ! と叫ぼうとした瞬間、腹の傷から大出血して目の前が暗くなった。


 * * *


 ――オンアビラウンケンソワカ、オンアビラウンケンソワカ


 闇の向こうから、何やら声が聞こえてくる。

 これは密教坊主の真言か?


 ――いあ! いあ! てんま! だいろくてんまおう くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! のぶなが!


 天魔、第六天魔王とは儂のことか?

 信玄坊主が儂の風呂を覗きに来たとき、恐れおののいてそんなあだ名をつけたことがあったが……そういえばあの似非坊主、そのときのショックが原因で死んだらしいな。


 ――マハリクマハリタヤンバラヤンヤンヤン


「それは違うだろっ!」


 闇の中を漂っていた意識が突如覚醒し、がばりと身を起こす。

 目を開けばそこは真っ白な部屋で、天井には見たことがない白い棒状の灯りが並んでいた。寝ていたのは石造りの寝台のようだった。

 そして儂の周りを、全身を白装束で包んだ奇怪な集団が取り囲んでいる。


「なんじゃここは……儂は本能寺で死ななかったのか?」


 腹に手を当てると、そこにあるはずの傷がない。

 あれだけ深く切ったものが治るものなのだろうか?

 さては――


「なるほど、お主らは伊賀者いがものじゃな。見事儂を救出したこと、褒めてつかわす」

「いえ、上様。この者たちは伊賀者忍者ではないのです」


 白装束のひとりが前に進み出てきた。

 頭から白い頭巾をかぶっているが、顔のところは透明なガラス板ぎやまんで出来ているので人の区別に不都合はない。

 そして、いま目の前に出てきた白装束の中身は森蘭丸だった。


「伊賀者でもなく、あの窮地から儂らを救ったと申すのか? いったいどこの腕利きじゃ。まあいい、召し抱えて褒美をやるから頭領を呼んでこい」

「いえ、我らは救われたわけではないのです」

「救われていない? ではこやつらは金柑頭明智光秀の手の者か。くっ、あのときお主がちゃんと介錯しておれば……」

「いえ、上様。こやつらは明智の手勢でもございません」


 わけのわからぬ物言いだ。

 あのとき、本能寺へ救援へ来れる位置に有力な武将は誰ひとりいなかった。

 伊賀者でもなく、光秀の手下でもないとすれば何者だというのか?


 儂が頭を捻っていると、蘭丸の隣にもうひとり男が進み出てきた。

 白いひげをたっぷりと蓄え、まるで仙人のような風貌の老人だった。


「織田信長様、いえ、第六天魔王様。我らは魔王様にご助力いただくべく、はるか遠い過去より魂にお越し願ったのです」

「遠い過去? 魂じゃと? 何を申しておる」

「いまは魔王様の世よりおよそ700年のちの未来なのです」

「700年とな?」


 儂は思わず顎に手を当てて考え込む。

 よくよく見れば、白装束たちの衣服は見たこともない素材でできているし、天井の照明はどういう原理で光っているのかわからない。

 壁に使われている建材も同様だ。白く、玉のようにつるつるとしており、少なくとも儂の知っている技術で作れるものとは思えない。

 つか、知ってたら絶対安土城で採用してたし。


「突然のことで混乱なさるのもわかります。ゆっくりと説明いたしますので、どうか、どうかお力添えを……」

「よかろう」

「ご納得いただくのが難しいのは重々承知……って、え、いいんですか?」

「委細は知らぬが命を救われて礼をせぬほどの恩知らずではないわ。そんなことより腹が減った。湯漬けを持てい!」

「は、はい!」


 わけのわからぬ状況であるが、腹が減っては戦ができぬ。

 儂はよく漬かったぬか漬けで湯漬けを流し込みながら考え込んでいた。

 ……む、この米はやけに甘いな。それにヌカ臭さがまるでない。漬物の野菜も見たことがないものだし、塩が薄いのが不満だが渋みや嫌な苦味もない。要するにここは――


「700年後かどうかは知らぬが、たしかにここは儂のいた日の本ではないようじゃ」

「そ、そんなにあっさり信じてくださるのですか?」

「米も野菜も食ったことがない上等品じゃ。建物もそうじゃが、こんなものは南蛮まで駆けずり回っても手に入らぬだろう。他に思い当たることもなし、であれば一旦お主らの言い分を信じるほかあるまい」

「おお……これが名高い織田信長の合理精神」

「で、あるぞ」


 儂は寝台から降り、ペタペタと歩きはじめる。


「本陣に案内あないせい。儂に助力を頼んだということは、どうせ戦であろう」

「う、上様。お待ちくだされ!」


 さっさと歩いて行こうとする儂を蘭丸が引き止める。

 いったい何なのじゃ、面倒くさい。

 とっととこやつらの頼み事を片付けて、金柑頭をぶっ殺してやらないと気が済まんというのに。


「上様、御出になる前にどうかお召し物を……」


 熱くも寒くもないから気が付かなかったが、儂は素っ裸だった。

 そして蘭丸はじめ、白装束たちのガラス面の向こうが鼻血で真っ赤になっていることにいまさらながら気がついたのだった。


 * * *


「ほう、それで貴様らの戦の相手とは、神仏だというのか」

「はい、おっしゃるとおりです」


 着替えと腹ごしらえを済ませた儂は、連中が会議室と呼ぶ部屋に通されて話を聞いていた。当世風の着物はどうにも着心地が悪いので、儂の時代のものを用意させた。


 まず時代だが、西洋の暦で2248年。

 儂が死んでちょうど666年後の未来らしい。

 ゾロ目とはずいぶんキリがよいと思ったが、星辰の並びがどうだとか、ワームホールとタイムゲートがなんだとかいう話がはじまったので打ち切った。

 興味はあるが、戦の最中というなら後回しだ。


「人間が堕落しきったから仏罰を与えに来るとは、南蛮のデウスのような話じゃな」

「えっ、耶蘇やそ教ってそんな物騒な教えだったんですか?」


 話の腰を折る蘭丸を手を振って黙らせる。

 蘭丸はいかにも利発そうな涼し気な顔をしているが、あの森可成の子であり、森長可の兄弟なのだ。一族の中ではかなりマシな方とはいえ、基本的に頭に詰まっているのは味噌ではなく筋肉だった。


「それでお主らは長年戦もせずだらだらしてたから、戦のやり方がまるでわからぬと」

「はい、人間平和が一番ですし……」


 聞けば、200年ほど前に地球ではないどこかから、エイリアンなる妖怪たちが攻め込んできたのだそうだ。

 そのときに日の本のみならず、唐や南蛮まで一緒になって戦ったおかげで、戦後はひとつの旗印のもとにまとまったらしい。

 政治的な小競り合いこそあるが、武力による戦など100年以上起こっていないのだという。


「戦もない。メシにも困らぬ。まるで極楽浄土ではないか。神仏はいったい何が不満で罰を与えようというのじゃ?」

「それがこういうものが気に入らなかったようでして」


 老人の合図で、山積みになった書物が運び込まれてくる。

 上から手に取り数冊めくってみると、理解し難い絵が無数に描かれていた。


「ええと、これは何じゃ? 男として育ってきたものがある日突然女になって、親友と恋に落ちる……? こっちは何じゃ。獣のような顔をした女が少年を飼っている……? こっちは……大蜥蜴おおとかげが鉄の牛車に覆いかぶさっているのか……?」

「それだけじゃありません! こういうのもダメなんです!」


 老人を押しのけて、今度は若い女が別の書物を押し付けてきた。

 どれから手を付けてよいかもわからないのでとりあえず受け取ってぺらぺらと中身に目を通す。


「これはやたら細身の男同士が絡み合っていて? こっちは女同士……。こっちは年かさの女房が少年を嬲っている?」

「尊い! 尊いでしょう!?」

「で、であるか」


 理解し難かったが、両肩を掴んで前後に揺すってくる女の勢いに負けて思わずうなずいてしまった。


「こういうものがあるせいで、人間は産みも増えも地にも満ちず、すっかり草食になってしまったと怒ってしまったようで」

「だからそれはデウスの教えじゃろ」

「ついでに戦争がなくなって寿命も伸びたせいで神仏に救いを求める者も減り」

「そっちの理由を先に言って欲しかった」

「だから、武力で脅しつけて権威を取り戻そうとしているのです」

「儂が言うのもなんじゃが、戦国大名なみの思考回路じゃな」


 想像を遥かに上回る頭の悪い戦の理由に、どうにも意気が揚がらない。

 恩義はあるので助力しないわけにもいかないがもそっとこう……ないのか?


 もやもやとした気持ちを持て余しているところに、会議室の扉が激しい音を立てて開かれた。


「た、たいへんです! 神仏たちが攻めてきました!」

「なんじゃとぉ!? 今日は日曜じゃぞ、安息日になぜ攻めてくる!?」

「だからそれはデウスの教えじゃろ」

「仏滅でもあるのです」

「六曜って700年後も現役だったんじゃな」


 こちらから攻める気力がわかずとも、攻められたとあっては受ける他ない。

 まずは戦況を確認しようと、会議室を飛び出して建物の屋上に出る。

 うむ、安土城の天守よりずっと高い建物がいくつも立ち並んでおるな。

 次はもっと大きな城を建てなくては。


「魔王様! あれが敵です! 敵の神仏軍団です!」

「で、あるか」


 指で示されなくても先ほどから轟音と悲鳴が聞こえてくるのでわかっている。

 巨大な仁王像の群れが、建物を押し倒しながらこちらに向かってきているのだ。


「ああ……これで終わりじゃ。この街が滅んでしまったら……」

「おい爺、ここに鉄砲や大筒はないのか?」

「あります。ありますが……」


 見れば、別の建物の屋上にも人が上りはじめ、見慣れぬ形の鉄砲や大筒を撃ちはじめている。仁王像の身体から時折爆煙が立ち上ることから命中していることがわかった。


「なんだ、武器があるのではないか。策を考える暇もないからの、まずはありったけ撃ち込んでやれ」

「もちろん、いつもそうしているのですが……」


 煮え切らない爺だ。

 ぐずぐずしてても仕方がないので適当なやつに言いつけて武器を持ってこさせる。

 その間、敵の動きを観察していると、仁王像の目がかっと光り、そこから名状しがたい色の光線が発射された!


 光線が先に射撃を開始していた連中に命中すると、武器が一瞬で消え去っていく。

 そして、光を受けた人間たちもその場にへなへなと崩れ落ちた。


「なんじゃあの兵器は?」

「トラペドヘゾロン・禅光線……通称TSビームです」

「TSビーム」

末砲まっぽうとも呼ばれておりますじゃ」

「ダジャレか! いや、呼び名はよいからどんな兵器か教えよ」

「ええと、フロイト精神分析学の応用により、アニムス男性性アニマ女性性をユング的集合的無意識に霧散・再構築させる恐るべき兵器でして……」

「ええい! まどろっこしい!」

「上様、危ない!」


 儂が老人の説明に苛立っていると、蘭丸に突然突き飛ばされた。

 呆気にとられて振り返ると、名状しがたい色の光の奔流に老人と蘭丸が飲み込まれて見えなくなる!


「お蘭、お蘭! 無事か!」

「う、上様こそ……ご無事で……」


 倒れていた蘭丸に駆け寄って抱き起こすと、弱々しい声で返事があった。

 いや、弱々しいというか、か弱いというか、高いというか……?

 それに抱きかかえた感触も妙に柔らかい。


「魔王様がご無事でよかったのじゃ! まだ反撃のチャンスはあるのじゃ!」


 今度は見知らぬ童女が駆け寄ってきて儂の足に抱きついてくる。

 白い髪にどこか見覚えがあるような顔つき、この人物の正体がわかるような、わかりたくないような……。


「そうなのじゃ! わしなのじゃ! ついに念願ののじゃロリに……じゃなかった、末砲まっぽうとは武器を消滅させるだけでなく、人間に当たれば性別を入れ替えてしまう恐ろしい兵器ですなのじゃ!」

「爺、やはり貴様か」


 口では恐ろしいなどと言っているものの、キャッキャッと飛び跳ねている様子は喜んでいるようにしか見えない。

 ますますこの戦に対するやる気が失われていく。


「……これで私も上様の小姓から側室に昇進……」


 お前にとってそれは昇進なのか。

 蘭丸が自分の体をぺたぺたと触りながら不穏なことをつぶやいている。


「フワァァァハハハァァァ! ここであったが百年目! ついに見つけましたぞ、上様ぁぁぁあああ!!」


 聞き覚えのある叫び声がしてズキリと頭が痛む。

 声の方を見てみれば、一体の仁王像の背中から水色桔梗の旗指物が伸びていた。

 仁王像の肩に立っていたのは、見紛えるはずもない、光秀だ!


「貴様ぁぁぁあああ! 金柑頭ァ! なぜここにおる!」

「上様に会いたい一心で地獄の底より蘇ったのですぅぅぅううう!」

「儂も会いたかったぞ! 貴様の頭をかち割って、盃にしてくれるわ!」

「えっ、何そのハードプレイ。ご褒美、ご褒美でありますか?」


 寒気がしたので話題を変えることにした。


「その仁王どもは人間の敵であろうが! どうして貴様が味方している!」

「上様の素晴らしさを布教したらぁぁぁあああ! 同志になりましたぁぁぁあああ!」


 頭痛がしたので話を打ち切ることにした。


「いかに不死身の上様と言えど、この状況ではもはやどうにもなりますまい! 諦めて不要なものを取り去り、完璧な存在におなりなさいませ!」


 こめかみを揉んでいる間に、気がつけば儂が立っている建物の周りはすっかり仁王像たちに包囲されてしまっていた。


「それではっ! ご覚悟っ!」


 仁王像たちの目が一斉に光る。万事休す。もはや切腹する暇もない。

 四方から迫りくる名状しがたい色の光の奔流に儂の身体は包まれる。

 股間に異常な熱を感じる。身体の中から何かが沸き起こってくる。


 そして、儂は仁王たちの放つ光線を反射した!


「な、な、いったい何が!?」


 仁王像の肩の上で、女になった金柑頭が慌てふためいている。

 仁王像たちも女の姿に変わり、半裸の姿を恥じてくねくねと身を捩らせていた。

 うむ、戦意喪失じゃな。


「上様、これは何事があったのでございますか?」


 再び男に戻った蘭丸が駆け寄ってきた。

 爺は「のじゃロリが……夢ののじゃロリが……」と泣き崩れているが見なかったことにする。


「ふふ、儂にも理屈はわからん。だが、信玄坊主も腰を抜かした儂のがやつらのTS光線とやらに打ち勝ったようじゃ」


 そう言うと、儂は袴の帯を緩め、儂のをぼろんと露出させた。

 これぞ「過ぎたるもの」とも揶揄された、儂の自慢の大筒であった。


「あ、あれなるは上様の余計なものぉぉぉおおお! でも悔しい、いまの身体だとたまらなく魅力的に見えちゃうのぉぉぉおおお!!」


 遠くで金柑頭がわめいている。

 おでこの広いちょっとかわいい系女子になっているのが妙に腹立つが、忘れる。

 頭を叩き割って盃にしてやるつもりだったが、気持ち悪くて無理だ。


「それがあってこその上様ですからね! 一生ついて参ります!」


 蘭丸も微妙におかしなことを言っているから、聞こえなかったことにする。


 まあ、こんな次第で儂は666年後の未来でも快進撃を続け、再び天下人と呼ばれるのであった。


 あと安土城は世界一高いやつを作り直した。一部からはバベルの塔と呼ばれている。


(了)

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