決勝進出 4
扉からノックの音が聞こえる。
「はーい」
すぐさま、ニシが返事をするが、既に経験したことだ。これが何を表しているかはもう知っている。
「失礼します。そろそろお時間ですので、準備の方をお願いします」
時間はあっという間に過ぎて、もう試合が始まる時間だ。
「はい、分かりました」
ニシが返事をすると、すぐにスタッフの方は下がっていった。すると隣にいるテツが立ち上がった。
「じゃあ行きますか」
大きく伸びをしながらテツが言う。見ていて思ったが、これがテツの緊張している時の癖のようだ。ここに来てから何度も見ている。
「そうだね」
「いやー、いよいよか」
ニシとタイガも立ち上がり、自信のデバイスを持って、扉の前まで行く。
準決勝の時にも緊張はしていたし、程よい緊張感を持っていた方が、良いと思っていた。だけど、今の緊張はさっきまでの比ではない。心臓が鼓動で痛みを感じる程、血管の中で血が流れる音を感じられるの緊張だ。
「ヴィクターさん。大丈夫ですよ」
俺の異変に気が付いた、タイガが俺のそばに来て、そっと俺の背中をさすってくれた。まるで嗚咽をこらえきれず、苦しんでいる人に対する、介抱のように優しく。これでは、これから試合をしに行く人間ではなく、病院に付き添われている人間のようだ。自分でも情けない。
「大丈夫ですよ。そのために僕たちがいるんです。焦ったら周りを見てください」
テツとニシも俺のそばに寄ってくる。
「あと1時間ちょっと経ったら、俺達が日本一か。ちゃんと優勝インタビューの内容考えておかないとだな」
いかにもテツらしい、気の使い方だ。タイガみたいに真っすぐ来るわけではないが、俺のことを思っての発言だと身に染みて分かる。
「祝勝会は焼肉行くか。賞金もでるから食べ放題じゃないところ」
ニシも、慣れていないが必死に気の利いたことを言おうとしてくれている。
「あ! いいね! 行こう行こう!」
本当に温かい。
「ここにいる誰もが負けることなんて一つも考えていないですよ。ヴィクターさんはいつも通り俺達を信じて、俺達に指示を出してくれれば、それを遂行します」
「ありがとう! もう大丈夫。行こうか」
「はい!」
まだ、さっきまでの異常な緊張は収まってはいない。さっきまでは、自分の緊張でパニックになりかけていた。しかし、そこに違う感情が流れ込んできて、急激に流れ込んできているのが、感じられる。
あの時とは違い、俺は一人じゃない。それを感じられるだけで、力が湧いてくるようだ。それは弱くなった証ではなく、より強く成長した証拠だ。
俺達はステージに向かうため、廊下を進んでいく。
脇まで着くと、今は準決勝のダイジェストが流れているようだ。実況の霧崎さんも解説の大柳さんの姿も、ステージ上には無い。
俺は俺のやるべきことに、集中して入ればいいんだ。そうすれば絶対に勝てる。作戦はいくつも考えて来た。きっとうまくいく。
「来るところまでくれば、後は気合いが何とかしてくれる」
後ろに立っているテツが急に、格言のような物を口にする。しかし、なんの脈絡もなく、喋り出したから少し驚いた。
「なにそれ?」
「俺の砲丸の時の師匠が言ってたんだよ。努力してきた人間は、力を発揮しなければいけない場面が来れば、自ずと実力が出せるってね」
「良い言葉だね」
「そうだろ」
ちょうどその時、俺たちの後ろから霧崎さんと大柳さんが来るのが分かった。どうやら、いよいよ始まるようだ。ちょうど横をすれ違う時、大柳さんと目が合った。歩きながらではあるが、こちらを向いて、親指を立ててグットポーズをしてきた。
一瞬それをそのまま下に向けて、煽られるのかと思ってしまった。大柳さんは今でこそ、厳格なイメージと共に、まじめに解説をしているが、競技をやっていた時は、強気な発言と、態度で人気のあった選手だ。
恐らく、俺とあいつらの関係性も分かっているのだろうな。
実況
・大変長らくお待たせいたしました。ついに決勝戦の開始時刻です。長かった予選から勝ち上がって来た、両チームの勝者が、第1回日本王者となります。選手入場前に解説の大柳さんから一言お願いします
解説
・決勝戦は受けのSTRADAvs戦略のODDS&ENDSという形になりましたが、両者ここまで隠してきた、武器もあるかもしれません。お互い一筋縄ではいかないことも分かっているでしょうから、戦略、展開、撃ち合いすべてに目が離せませんね
実況
・ありがとうございます。それでは選手の入場です!
その声が合図になり、俺たちはタイガを先頭にステージ上に上がる。同時に反対側から、敵チームの姿が見えた。先頭にいるあいつらは、二ヤケ面で歩いている。
実況
・それでは両者の代表選手に一言いただきます。まずODDS&ENDSのタイガ選手からお願いします
スタッフの人からマイクを渡され、タイガがそれを口元まで持ってくる。
「この4人なら絶対に勝てるって信じています。僕たちはそれだけのことをしてきたし、それだけの実力があります。本気でゲームをやっている人間の、カッコよさと情熱を見せられると思います」
なんとも頼りになる、カッコいいことを言ったタイガは、マイクをスタッフの人に渡して、俺の方を見てニッコリ笑った。
「見せつけましょう!」
「ああ」
俺は頷きながら返事をする。俺の横でテツとニシも同じことをしている。タイガの発言には俺たちが、集まった理由が詰まったものだった。
カッコよさと情熱か。きっと今回の大会をからきしに、タイガに感化される人が多く現れるんだろうなと、容易に想像がつく。
実況
・ありがとうございました。決勝にふさわしい勝利宣言を頂きました。続いてSTRADAのショーター選手お願いします
「いやー、本当にここまで来られるなんて、これっぽっちも思っていなかったんで、正直拍子抜けです。みんな口では、本気だとか言ってるわりに大したことなくてびっくりですよ。たかがゲームに本気とか言ってて恥ずかしくないんですかね? お相手のチームも、実力でそれを示して貰いたいなと思っています」
実況
・ありがとうございました。強気な態度が自信の表れですね! それでは、両チームスタンバイをお願いします
俺達は自分達のPCの前に行き、デバイスセットを始める。
俺達を含め、今大会に出場していた全選手にケンカを売る行為だった。煽り行為も戦略の内とは言うが、これはただの嫌味だ。
ただ、向こうの作戦は成功したのかな? 俺の隣でタイガが物凄い剣幕でパソコンとにらみ合っている。しかし、試合が始まれば、集中するだろうから心配もいらないだろう。
問題はタイガでも、テツでもニシでもない。俺だ。
椅子に座ってから、体の震えだしている。
しかし、試合開始は俺を待ってはくれない。
実況
・両チーム準備が整ったようですので、それでは決勝戦第1マッチを開始します!
マップにリスポーンされ、1マッチ目がスタートした。
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