帰省 3

「着いたぞ」


 父さんの声が聞こえるのと同時に、懐かしい我が家の庭に着いた。途中のコンビニで買った、弁当と酒が入った袋を持ち、車から降りる。

 車の中では、明日の話やこれからの話をしていたため、特に俺の話をすることはなかった。


 家に上がり、リビングの机の上に、買ってきた物を置く。タイガ達に会っていて、そのままここに来たので、荷物は一切ない。明日着る洋服すら無い状態のため、自室にある2階に上がる。

 自室のドアを開けると、机とベットとクローゼットの3つしかない、飾り気もない部屋だった。そんな特別目を引くような物もない部屋の中で、一か所だけどうしても不自然を感じてしまう場所があった。

 妙な机の配置と、その周りの空いた空間だ。


 懐かしい、と感じるよりも先に、辛かった思い出の方が先に蘇ってきた。そこにあった物は、俺の苦しみと楽しみ、その両方を余すことなく伝えられたものだ。

 2年前の、あの時使っていたPCもその周辺機器も全て捨てた。捨てることで、記憶も傷も無くなると思いたかったからだ。だが、それはそんな簡単にはいかずに、今ですら、その何もない空間に目を向けるだけで、簡単に蘇ってくる。

 こういうことは、無理にでも忘れようとすると、いつまでも粘着してくるのだろう。目を逸らすという、もっとも簡単なことで出来ることは少ないことを知った。


 今までなら、時々思い出しては、辛い思いをしていただけだったが、今は違う。今は、その先に楽しい、嬉しい、幸せといった喜びの感情で上塗りしてくれる。


「ヴィクターさんですか?」


 一人の少年のたった一言のメッセージで、俺の人生は変わったんだ。


「おい! 飯食おうや」


 一階からの父さんの声で、現実に戻される。

 母さんの無事も分かったことだし、今日ここで伝えよう。俺はそう決心して下に降りていった。

 机の上には、袋から出された弁当や酒が並んでいる。


 俺は、父さんの相向かいの椅子に腰をかける。俺が座るのを確認してから、缶ビール栓を開けたので、俺も自分の目の前にある、缶ビールを手に持つ。


「今日は、ありがとな」


 そう言って、乾杯をしようとしたので、俺も栓をあけ、ゆっくりとぶつける。

 一口飲むと、下の上いっぱいに広がる強い苦味で、顔のシワがよる。そう言えば、酒を飲むのもかなり久しぶりなような気がする。いつも遅くまでゲームをやっていれば、飲む時間なんて無い。もともと酒は、あまり好きな方ではないが、酔がまわるあの感覚は嫌いではない。


「どうだ仕事の方は順調か?」


 缶ビールを置き、弁当の蓋開けながら、聞いてきた。


「うん、まあ」


 辞めたことを伝えようと、思ってはいたが、いざそうなるとなかなか切り出しづらい。またもや、曖昧な返事をしてしまった。

 俺も弁当を開けよと手を伸ばすが、父さんが一瞬こちらを見たのが分かった。この話題以外は、すんなり話せるのに対して、仕事の話を振られる度に、合間な言い方になっていること気が付いているだろう。

 恐らく、父さんから切り出してくることは、恐らく無いと思う。だから自分から切り出さないと。


「あのさ、実はさ」


 怒られる、ことは無いと思う。両親は基本的に俺のやることを尊重してくれている。そうでなければ、学生の時にプロゲーマーなんて、出来ていなかった。


「うん」


 俺の方を見ることなく、弁当を食べ続けている。気を使って、俺を直視しないようにしてくれているのだろう。


「仕事辞めたんだよね」


「そんなような気がしたよ。だいぶ歯切れが悪かったからな」


「やっぱり気づいてたよね」


「いつ頃辞めたんだ?」


 やっぱり、怒られはしなかったな・・・・。


「半年くらい前」


「結構前だな。金に困ってないのか?」


 話の流れ的に、転職という言葉を使わなかったから、今何もしていないことはお見通しなのだろうな。そこで、すぐに心配をしてくれる当たり、本当に愛されていることを実感する。


「実はさ、また始めたんだよね」


「・・・・ゲームか?」


 父さんが食べる手を止めて、初めてこちらを見た。


「そう」


 俺がやっていることは、後ろめたいことではない。今また、本気でやっている。ここで目を逸らしては、3人に失礼だと思い、そのまま見続ける。

 すると、父さんは、一度弁当を机に置き、ビールを飲む。そして、もう一度俺の方を向き。


「それは、やりたくてやっている事なのか? それとも、辛いことから逃げる言い訳にしているのか?」


 父さんの目が一瞬で鋭いものに変わった。俺の方をまっすぐ見ている、その目は今までに何度か見たことがあるものだ。俺が岐路に立たされて、なにか選択をしなければいけない時に、必ずこの目で見つめられていた。


「ゲームを始めた理由は、つまらない日常に楽しみが欲しかったから。だけど、今本気でゲームをやっている理由は、本気で勝ちに行くため。そこに逃げも言い訳も無い」


 俺がそう答えると、お互い目を逸らさないまま、少しの間の無言が続いた。

 すると、またいつもと同じ目に戻り。


「そっか、そっかそりゃあ良いことだ! また本気でやるんだな」


「うん。実は、もう3人のメンバーもいるんだよ」


「お前が本気ならそれでいい。母さんは違ったかもしれないが、俺はなお前が好きなことを頑張っている、その姿だけで十分やったんだよ」


 父さんは、再び俺の方を見ずに、缶ビール片手に語り始めた。


「母さんは色んなことをやっては、すぐに止めて長続きしないお前を気にはしていた。でも、俺はすぐに止めてもその時、本気ならいいと思っている。母さんが言いたいこともよくわかる。世の中嫌でもなんでも、やらなければいけないことはいっぱいある」


 仕事をしていて、それは嫌ほど感じていた。自分が悪くなくても、頭を下げなければいけないし、上司が決めたことは絶対だった。


「逃げちゃいけない場面も勿論ある。逃げてばかりいると、少し嫌なことがあるだけで、すぐに止めてしまう人間になってしまうのではと母さんはよく言っていた」


 なんだか、少し耳が痛いような気がする。


「でも俺は、それよりも一瞬の全力を知ってほしかったんだ。大人になればなるほど全力で何かに取り組むことができなくなるんだ」


「自分で、ゲームを選んでおきながら、それは痛いほど分かるよ」


 誰もが、一度はゲームに熱中したことがあるだろう。だけど、大人になればなるほど、ゲームにになることは、馬鹿げていると分かってくる。


 それでも、俺はゲームを選んだ。


「そうだろ? それを大人になってまで持ち続けることは、用意ではない。それに、真面目に全力で物事に臨む方が損することが多い。だいたいの人は楽をしてる、ズルしている。それは色んな理由がある。まあ、お前もう子どもではないから分かると思うけど」


「そうだね」


「だからお前が、お前以外の事情でゲームから離れると知ったときは悲しかった。全力で立ち向かっている物を、他人に台無しにされるほど悲しいことは無い。ましてはそれが、自分ではなく息子だ。しかも親の俺には何もできないことが本当に悔しかった。だけど俺には見守ることしかできない」


 あの時のことを、父さんがここまで思ってくれていたなんて、知らなかった。普段俺がやっていることに、あまり口出ししないし、聞いてこない。だけど、色々と心配して、おせっかいしてくる母さんに、ちょくちょく聞いていたんだろうな。

 確かに、そう思えば合点が行く。せっかく、大金をはたいて息子に買ったPCを、捨てると言った時にも、なにも言われなかったな。


「あの時のことは、よく覚えている。お前の部屋から啜り泣き声のような音が、聞こえたときはびっくりした。泣きたいくらい辛いけど、それでも頑張りたいことなんだなと」


 だいぶ、酒が回っているようで、いつも以上に饒舌じょうぜつだ。だけど、本音で語ってくれていることが、とんでもなく嬉しい。







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