帰省 2

 新幹線を降りた後、また電車を乗り継いで、今はタクシーの中にいる。父さんから、手術している病院の場所は聞いていたので、そこに向けて車を走らせてもらっている。

 一応父さんには、これから向かうと連絡は入れておいたものの、返信はない。恐らく気づいていないのだろう。病院の受付に行って、事情と名前を伝えれば中に入れてくれるだろうか? 自分自身、入院とか手術したことないし、両親も今までずっと健康だったから、今回が初めての経験だ。身分証明も持っていることだし、恐らくは大丈夫だろうとは思うが。

 不安のなか、外を眺めている。地元だから、何となく土地勘はあるものの、病院の詳細な地理までは分かっていなかったが、もう近場まで来ているようだ。

 念の為、もう一度父さんに連絡を入れておくことにする。タクシーが止まったので、運賃の精算をして、入り口に向かう。通常なら閉館の時間のようで、電気は最小限に落とされていた。それでも、自動ドアは開いたので、薄暗い中受付へ向かった。

 案外自分の名前と、母の名前を伝えたら、すんなり中に入ることが出来た。

 教えてもらった手術棟に向かうと、父さんがいるのが分かった。


「父さん」


 病院なので、聞こえる程度の小さな声で呼んだ。父に会うのも、一年ぶりくらいだ。


「おお、来てくれたのか。悪いな」


「悪いもなにも、自分の母親が倒れたなら、駆けつけないわけにいかないでしょ」


「そっか、そっか。ありがとう」


「母さんはどう?」


「今は、まだ手術中だが、時間はかかるものの、そこまで難しいものじゃないらしい。余程のことが無いかぎり、命の危険も薄いみたいだ」


 その言葉を聞いて、体に入っていた力が一気に抜けた。

 良かった。こういう時は、最悪の想定ばかりしてしまうが、その通りにならなくて、ホッとしている。


「よかった」


「来る前に連絡してくれたら、よかったのに。そうしたら駅まで迎えに行ったのに」


「なに言ってんの。ちゃんと連絡入れたよ」


「え?」


 そう言うと、父さんはポッケの中からスマホを取り出した。すると、ちゃんと俺の連絡が入っていたようで、顔を上げ、申し訳なさそうに少し、笑った。


「本当だ。気が付かなかった」


 ずっと、一人だったから、気を張りっぱなしだったのか、父さんの方も少し気が緩んだらしい。

 それでも、心配なのは変わらずだ。俺と父さんは、待合室で待つことにした。

 すると、そんなにしないうちに、看護師さんが、手術が終わった旨を伝えに来てくれた。

 俺と父さんは、一緒に執刀医の先生の所に案内された。


「お疲れ様です。今無事手術が終わりましたよ」


「先生。ありがとうございます」


 俺は父と一緒に頭を下げて、感謝を伝える。


「特に命の問題もありませんが、しばらくは無菌室の病室で経過観察する必要があります」


「まだ麻酔で意識が朦朧もうろうとしていますが、お会いしていきますか?」


「はい、お願いします」


「お疲れ様。よく頑張ったな」

「母さん」


 俺と父さんが声をかける。目は薄っすらと空いているものの、だいぶ虚ろだ。だけど、俺と父さんが来たのを認識したようで、しっかりとこちらを見ている。


「ああ、わざわざ来てくれたの。ありがとね」


 まだ、点滴やら、呼吸器やらいろんなものが体に繋がっている状態だ。でも弱々しい声ながら、しっかりと返事を返してくれた。

 その様子をみて、安心感が出てきた。よかった。本当に、大丈夫そうだな。

 長くは病室に居られないので、少し顔を見るだけだったが、無事を確認出来てよかった。




 母さんに会った後に、入院の手続きをしてから俺と父さんは病院を出た。

 もう、かなり時間は遅い。


「明日仕事は?」


「ん? 大丈夫だよ」


 なんとも歯切れの悪い返事をしてしまった。嘘を付けばいいものの、それが出来なかった。今の状況もそうだが、色んなことに後ろめたさや、申し訳無さを感じていて、その上嘘までつくことは出来なかったのだ。


「今日は泊まってくだろう?」


「うん。そうする」


 そう言いながらが、俺は父さんの横を歩いて車に向かう。


「飯はどっかで食ってくか」


「でもこの時間だと店なんて、どこも空いてないんじゃないかな?」


 もうそろそろ日付が変わろうとしている。


「じゃあ、帰り道にコンビニでも寄って帰るか」


「了解」


 そう言って俺と父さんは車に乗り込んだ。

 明日は、母さんの入院の荷物や、入院の書類を書いたりとやることが山積みだ。

 ただ、父さんと二人きりなどいつぶりだろうか?色々と話さなければ、いけないこともあるが、まず何から話せばいいだろうか?


 車が少ない暗い夜道を、父と一緒に帰る。

 今はまだ静寂のままだ。








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