帰省 1

 俺は今、新幹線で実家に向かっている。

 新幹線に乗ったのは、いつぶりだろうか? 下手したら、学生だった頃の修学旅行以来じゃないだろうか? 社会人になってから、1度帰った時は、夜行バスに揺られてだった。その時の体中の痛さ、特に腰の痛みは今でも覚えている。だが、新幹線で向かえば、数時間程度で着くから、今回はそんな酷い状態にはならないだろう。

 そう言えば、ゲームを始める前から、座りっぱなしの生活だったものの、今の方が、腰の痛みを感じることは、少ないような気がする。少なからず、精神の健康状態の影響も出ていたのかもしれない。


 しばらくは帰らないだろうな。前回帰省したときに、そう思っていたが、まさかこんな形で帰ることになるとは、思いもしなかった。

 社会人になると、自分の自由な時間はあまりにも有限で、実家に帰るのも億劫だった。


 いつもなら、暇な時はフォージの作戦を考えているのだが、今はそんな脳内でのシュミレーションが出来るような状態ではない。

 今俺の頭の中にあるのは、とOFFラインをかけた準々決勝に出られないことへの、チームへの申し訳なさだ。

 俺一人の行動で、3人の目標を奪い取ってしまうこと。それ以上に、ここしかないと思って、ゲームに本気になっていた、想いを蔑ろにしてしまった。


 それでも、俺を送り出してくれたことに感謝しなければ。





 ・・・数時間前・・・


「もしもし、久しぶり。どうしたの?」


 みんなが、ああ言ってくれたので、俺は一回店内から出て父親に電話をかけた。すると、すぐに電話はつながった。


「おお、仕事中に悪いな」


 両親には、仕事を辞めたことを伝えていなかったため、一言目に出た、この言葉に後ろめたさを感じてしまった。


「いや、大丈夫だよ。今ちょうど外にいるから」


 一応嘘は言っていない。


「そっか、それは良かった。それでな」


 この反応を見ると、仕事を辞めたことがバレた訳ではなさそうだ。では、急に何だろうか? いつもは、ハキハキとしている父の声のトーンが少し、抑え目なのが気になる。


「実はな、さっき母さんが倒れたんだ」


「・・・・え?」


「救急車に運んでもらって、これから手術を受ける」


「うん」


「お前も仕事中だろうから、すぐに来れないと思うけど、一応伝えておかないとと思って」


「大丈夫なの?」


「俺は、ずっと病院にいるから、こっちのことは心配しなくても大丈夫」


「わかった」


「手術が終わったら、また連絡する」


 そう言って、父さんは電話を切った。

 ここ数か月の、心が満たされている感覚が、一気になくなった。俺の周りでそう言った話は皆無だったからだ。それが急に押し寄せてきたのだ、しかも俺の母親に。

 俺はその場で立ち尽くす。

 どうすればいい? どんな顔して、3人の元に戻ればいい? 

 本当だったら、今すぐにでも、病院に向かわなければいけない。父さんが心配してくれたみたいな、仕事の都合など今の俺にはない。だけど、仕事よりも大事なフォージの準々決勝が2日後にある。ゲームより、母さんの方が大事だ。そんなの当たり前だ。

 だけど、だからといって、ここまでやってきた3人の努力を無駄にすることも出来ない。自分の努力を他人に踏みにじられることの苦しみと、理不尽さを俺が一番よく知っているからだ。それを、3人に味合わせるわけには、いかない。一緒に頑張って期のだから、3人の努力を一番よく知っている。だからこそ。


 俺は、考えがまとまらないうちに、3人の元に行ってしまった。


「あ、ヴィクターさん! お帰り」


「電話大丈夫でした? 意外と早かったですけど」


 俺の中では、とんでもない時間が経っていたような気がしたが、実際は5分くらいしか経過していなかった。


「大丈夫ですか? なにかありました?」


 よほど顔に出ていたのだろう。タイガが、俺のために席の端を開けながら、俺の顔を見上げている。


「いや、大丈夫だよ」


「全然大丈夫そうに見えないですよ。なんかありました?」


 どうすればいいか分からない。言うべきか、言わないべきか。今俺が一番大事なことは、この4人でフォージの日本大会で優勝して世界に行くこと。これは絶対に揺るぎないことだ。

 だけど、家族はそれと比べられるものでは無い。俺が行ったとしても、なにも出来ないことは分かっている。でも、それは俺が母の元に駆けつけない理由にはならない。


「じ、実はさ。母親が倒れて、病院に運ばれたらしいんだよね。今手術中らしい」


 心が不安定な状態だと、人は弱いというのは本当だったんだな。さっきまであんなに、ためらっていたはずなのに、スルッとその言葉は出てきてしまった。


「え!? 大変じゃないですか!」


「こんなところいる場合じゃないでしょ!」


「実家はどこですか?」


 分かっていた。

 3人が心配してくれることを。そして、俺がここで実家に帰ると行っても、送り出してくれることを。


 普通は誰だってそうだろ?って思うかもしれないが、俺たちは今大事なものを目の前に、した状態だ。

 一人が勝手をしたら、それは一気に崩れ去る。


「実家は遠い。だから今行ったら、明後日の準々決勝に間に合わない。だから」


「なんの心配もありませんよ」


 だから、行かないと続けようと思ったが、それをタイガが遮った。

 俺は隣に座っている、不安の欠片も無さそうなタイガを見る。


「僕とニシとテツ。3人で勝てばいいんですよね? そうすれば準決勝、決勝は2週間後、全然間に合います」


 え? なにを言っているんだ?

 いや、言葉の意味は分かる。だけど、それは口で言うほど簡単なことではない。簡単なことではないにだが。

 タイガは、気休めでそんなことを、言っている訳ではなく、本気で思っている。

 だけど、不思議とタイガ言うなら納得できてしまう。


「そうだな! もしそれでも足りなかったら優勝まで3人で取ってきますよ!」


 タイガにテツも続いた。

 そんな簡単なことじゃない。そんなことみんな分かってる。だけど、俺を送り出すために、あえて簡単ぽく言っている。


「本当に大丈夫なの?」


 自分でも、分かるほどに俺の声は震えていた。


「勝てばいいだけの話ですから」


 なんと頼もしい言葉だろうか。

 俺が欲しかった言葉は「行くな」だったと思う。俺に、決心するきっかけを与えてくれれば、それで良かった。

 それなのにそれ以上の物をくれた。


「ありがとう。じゃあ行ってくる」


「ヴィクターさん、なんにも心配しなくて大丈夫ですよ! 絶対に吉報を届けますから」


 立ち上がる俺の横でタイガが最後の一押をしてくれた。

 俺はそれを聞き、大きくうなずいて、店をあとにする。


「さぁーて、じゃあ俺たちも帰りますか」









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