休息日 3
「で、どうします?」
もう、だれも待つ必要が無いのだが、俺たちは、駅の前で立ち止まったままだ。
「どっか行きたい場所ある?」
集合時間と場所を決めただけで、どこに行くとか、何をするは特に決めていなかった。
もともと、大会当日に初顔合わせで、緊張のせいで思ったプレーが出来なかったり、コミュニケーションエラーが起きないようにするためだったので、ある意味これで目的は達成できた節はある。
これまでの感じを見る、テツの言う通り会っておいてよかったかもしれない。
間違いなく、普段通りとはいかなかったと思う。
「とりあえず、電気街のほうに、行きますか? 一応僕たちゲーマーですからね」
ニシの提案のおかげで、取り敢えずの指針が決まった。まあ、それ以外に案が無いというのも事実だ。
おそらく、全員がその案しか持ち合わせていなかっただろうから。
「いや、俺は筋トレ器具とかを見たいな」
歩き始めたと思った矢先、冗談なのか本気なのか分からないことを言い出した。
「お前は何しに来たんだよ」
「鉄アレイでできたマウスとかないかな?」
「多分、手首もげると思うよ」
「ダメか」
「ダメというよりないだろ、そんなもの」
やっと調子を戻してきた、ニシがテツといつもにやり取りをする。
「パソコンの周辺機器作ってるメーカーさんに、スポンサーになってもらって、作ってもらおうぜ」
「不可能だと言いたいが、唯一実現可能そうな例を出したな」
いやいや、無理だろ。
大丈夫か? 直接会っているからか、ニシもテツのペースにのまれてないか?
「それには、チームに入らないとだね」
俺の隣を歩くタイガが、後ろにいるテツとニシの方を振り返りながら、そう言った。
「いや、個人スポンサーって言う手もあるぞ」
かく言う俺も、その流れにのってみる。
こんな、くだらないことを言い合えることが、とてつもなく楽しい。
前のチームのときは、雑談なんかした記憶すらないからな。いつも反省会したらすぐ終わり。それすら聞いているのかも、分からないものだった。
何気ない会話など、した思い出なんて一つもない。
「もういっそ俺たちでプロゲーミングチーム作っちまうか」
「ありだね!」
「そう簡単に上手くいかないだろ」
チームに所属するだけなら、今すぐにでもできる。実際俺のところには、チーム所属の打診そこそこ来ている。
少なからず、3人のところにも来ているだろう。それぞれの配信で、人も集められるし、実力もある。しかも現在どこにも所属していないとなれば、喉から手が出るほど欲しがるチームはあるだろうからな。
だけど、前に話したきり一回もその話題は出ていない。皆んなまだその時ではないと思っているのだろう。
「そう言う話をしてるんじゃねーだろうが。つまんねー男だな」
「お前みたいに能天気で、何も考えていないやつと一緒にすんなよ」
「なんだ? 白髪の将棋指しは、皆こんなのなんか?」
外から聞いていると、まるで本気でケンカをしているようにも聞こえるが、決してそんなことはない。
それを俺も、タイガも分かっているから、二人もこの掛け合いを続けているのだろうが。
「お、着いたね」
俺たちの目の前に、あるビルはPCやその周辺機器が、秋葉原の店舗の中で一番揃ってる言われている場所だ。
中に入ると早速置いてあるのは、カスタム済みのパソコンだ。これを丸まる買えばすぐにゲームを始められるタイプのものだ。
最近はPCでゲームをするのも人も増えてきたから、こういった物が注目を上げている。
色々部品があったりと、なかなか敷居が高く感じていた人にとっては、嬉しいものだろう。そうすれば、ゲームをする人も増えるし、業界が盛り上がる。いい事ずくめだ。
「へぇー。こんなんもあるのか?」
テツが指差す先にあるのは、PCから周辺機器まで一式全てが揃っているものだ。
「ん? なんだこれ? なんちゃらモデルって書いてあるけど、英語で読めないな」
「ああー、これは海外プロゲーマーが使っているデバイスセットだ」
「なんすかそれ?」
「これを買えば、プロが実際に使っている物と、全く同じのを自分も使えるってことになるんだよ」
ゲーム界隈だけの話しになるのかは、分からないが、結構皆上手い人のゲーム内設定や使用デバイスを知りたがる。
それを真似れば、自分も、同じラインに立つことができると思うからだ。
しかし、それもあながち間違いではなく、良いものを買うことは、それだけで強さの基礎値を上げることになる。
簡単に言えば、同じレベルなら機材の性能が高いほうが有利だということだ。
「そんなのがあるんすね。じゃあ、俺たちが日本一になったら、テツモデルとかがここに置かれるわけだ!」
「可能性はゼロではないけど、多分ここに置いてあるのは、この企業とスポンサー契約している選手のだろうから、無所属だと無理かもね」
だけど、そんなことが出来るのは、ごく一部の超有名選手だけだ。
「うっわー。マジカよ」
「まずは勝ってからだね」
「なんで結局そこに、話が戻るんだよ」
確かに、さっきから話している内容が、チーム所属による利益への点に行きついている。そう仕向けているわけではないが、そうなってしまうということは、競技とチーム所属は切っても切り離せない存在なんだな。
「じゃあ、とりあえず、一階から順番に見てく?」
「いや、俺はマウスを買いたいから、そっちを」
「え? ちゃんと買いたいものがあったの?」
「当たり前だろ?」
「そういえば、皆が使ってるデバイスとかって全く知らないな。皆はどこのつかってるんだ?」
お互いのデバイスの話などで、意外と盛り上がり、結構な時間をその店で過ごした。一度どこかで休もうか、という話になったのでそばのファミレスに入った。
「テツって意外と良い物使ってたんだな」
「そうですね。というか、その時だいぶ荒れてたので、八つ当たり気味に一番いいって言われている物を買いあさったって感じですね」
「その点タイガは、ちゃんとこれって決めてるんだな。やっぱりずっと同じものの方が、手に馴染むとかあんの?」
いや、俺には分かるぞ。タイガあのデバイスを使っている理由が。
「いや、そうじゃなくて。ね? ヴィクターさんは分かりますよね?」
テツとニシが、同時に俺の方を見る。
「あれは、俺が昔使っていた、デバイスフルセットだ」
「そう! 本当に全部一緒です!」
「ああー、さっき言ってたやつですね?」
ニシがなるほどと言わんばかりに、手を打つ。
「お前、ヴィクターさんのストーカーか?」
テツの言うとおり、時々恐怖を感じる時がある。だけど、憧れている人への想いってそんなものか? と思えなくもない。俺には、あいにくそういった人が、いないからなんとも言えないが。
他愛も無い会話をしていて、ふとスマホ見ると、父から着信が入っていた。
父から連絡が来るなんて、とても珍しいことだ。親との仲は良いものの、そこまで密に連絡取り合うほどではない。
すると着信だけでなく、メッセージも送信されている事に気がついた。
メッセージを見てみると、「折返しして」と一言打ってあるだけだった。なんだか少し嫌な予感がする。まさか、仕事を辞めたことがバレたか? いや、でもそんなの知りようが無いはずだが。
「ヴィクターさん? どうしましたか?」
そんなふうに悩んでいると、横にいるタイガが俺の様子に気がついたようで、こちらを見ている。
「いや、なんか親から着信が入ってきててさ」
今はみんなといるし、仕事をしていれば、電話をできる時間じゃないから、後で折返しすればいいやと思い、スマホをポケットに戻した。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。多分」
多少気にはなるが。
「ヴィクターさん、どうせすぐにここを出ないでしょうから、少し話してきてもいいですよ?」
「そうだな。そうしたほうがいいですよ」
珍しく、テツがニシの意見に同調する。
それも悪いかなと思ったのだが、俺が逆の立場ならきっと同じことを言っただろう。
「そっか、ありがとう。じゃあちょっとそうしてみるよ」
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