休息日 1

 皆のアクセスを考えて、秋葉原に集合することになった。

 特にまだ何をするかは決めていなかったが、まあその辺は適当でいいだろう。集合時間は14時。俺は電車を乗り継がないといけなかったし、少しそわそわしていたので、早めに家を出ることにした。


 会社を辞めてから、電車に乗ることはほとんどなくなった。ましてや、昼に電車に乗るのなんて、いつぶりだろうか? まだ、本格的に冬は始まってはいないものの、外に出ると寒さを感じる季節になった。


 明日の試合に勝てば、ついに準決勝でオフラインだ。ここまで長かったような気もするが、ゲームをする日々は本当に楽しいものだった。ここまで、後先のことを考えずに行動できたのも、まだやり残したことがあると感じたからだろう。

 それ以上に、俺を引き戻してくれた、タイガには感謝でいっぱいだ。あいつがいなければ、あのまま永遠に言い訳を言い続けていたに違いない。そして、そんな俺を受け入れて、信頼して全てを任せてくれている、ニシとテツ。


 最後の最後で人に恵まれたなと思う。これが、もっと早くに来れば本当は良かったのかもしれないが、そうでは無かったからこそ、この出会いがあったのだろう。


 物思いに更けていると、電車の乗り換えで、もうすぐ駅についてしまう。予定より、1時間は早い到着だ。

 目的地に近づくにつれ、緊張が増していく。大会中でも緊張しないのに、毎日顔を合わせているチームメイトに会うのに緊張するなんて。


 緊張を必死に抑え込もうとしていると、ついに駅についてしまった。

 集合場所までは決めていなかったので、全体チャットに到着した旨を送る。するとすぐにタイガから「すみません! まだ時間かかりそうで」と来た。俺が早く来過ぎただけなのだから、なにも謝らなくていいのだが。タイガらしいな思った。

 とりあえず、東口にいる伝え、後1時間どこで待つかと考えていると、テツが「俺ももう着きました! いまそっち向かいます」と送られてきた。さすが、いつも集合時間に一番乗りなだけあって、早い到着だ。俺が「了解」打っている間に、ニシから「遅れます」とだけ入っていた。これまた、いつも通りといった感じだろうか? 

 だいたいいつも遅刻するのは、以外にもニシだ。タイガはスポーツをやっていただけあって、時間に厳しいのだろう。時々、立場が逆転して、ニシに苦言を呈している時がある。


「ヴィクターさんですか?」


 そう、聞きなじみの声が聞こえたと思ったら、俺の横に一人の大男が立っていた。俺も。175㎝あるか小さい方ではないが、俺よりも10㎝以上は高そうだ。


「テツ?」


「はい! そうですよ! 初めまして!」


 なんだか初めましてというのも、少し違うような気がするが、間違いなく初めましてであっている。


「おお、初めまして」


 なんというか、とてもゲームをやっているようには見えない、スポーツマンの青年が俺の目の前にいる。本来であれば家に引きこもっていて、病的に白い人が多いはずなのに、テツは、少し肌が焼けていて、引き締まっている、文字通り好青年だ。


「ヴィクターさん。こう見るとマジで、普通の人って感じですね」


 テツはニコニコしながら俺を見てそういう。


「お前、失礼だぞ。初対面なのに」


「いやいや、悪い意味じゃないですよ。こんなに凄い人なのにって意味です」


 初めてあったのに、初めてあった気がしない。そんな感覚だ。自分より4つも年が下のはずなのに、変に気を使うこともせず、壁を感じさせない。これで、運動も出来て、ゲームもできるなんて、よっぽどの馬鹿じゃないと釣り合わないな。

 これを見たら、ニシはもっとふてくされるのではないだろうか?


「とりあえず、どっか適当に入って駄弁りますか」


「そうだね」


 俺達は、近場のカフェに入ることにした。

 顔を合わせるのは初めてで、かつ一対一の割には、特に緊張もない。


「やっぱり、あいつは遅れてきますね」


 注文が終わり、席に着くと開口一番にテツがそう言った。すぐにニシのことを指していると分かった。


「そうだね、なんだかんだ言って、だいたい遅れてくるよね。その点テツはそういうのないよね」


 ニシはしっかりしてそうに見えて、時間にはかなりルーズなタイプだ。今のところ、大幅な遅刻とかは無いし、大会とかに時間になっても来ないってことは無かったけれど、時々心配になることはある。


「そりゃ、俺元スポーツマンで鍛えられてますからね! 遅刻なんてしたらぶん殴られちゃいますよ」


「そういえば、そうだってね。今でも、合間とかに筋トレしてるもんね。趣味みたいなものか」


 筋トレは一時期、世間でブームになってから、ずっとその勢い衰えずにいる。俺も、腰痛や肩の凝り解消のために、本当は何かやった方がいいのだろうけど、なかなか体を動かす気にはなれない。運動なんて、高校生の時の体育以来やっていない。そんな人間が、急に筋トレなんて始めたら、筋肉痛でマウスすら逃げれなくなってしまうだろう。


「んー、まあ趣味っていうのもあるけど習慣ですかね? 砲丸投げをしていた時は、毎日トレーニングしていたみたいなもんですから」


 そう言うテツの顔は少し曇って見えるような気がした。なんだろうか? 少し言い方に違和感を感じた。

 すると、続けて。


「だけど、実際はまだ戻れるような気がして、続けているんですよ」


「戻れるってどこに?」


 あの頃の体にということだろうか? 確か、砲丸投げを辞めてから、まだそんなに日が経っていなかったはずだが。少しの期間でも辞めてしまうと体ってそんなに衰えるものなのだろうか? 今まで、運動とは疎遠の生活をしていたので、その辺のことは全く分からない。


「砲丸投げの選手に。よく言うんですよ、怪我は筋肉で補強すれば大丈夫って。俺の怪我は、そんな気休め程度でどうにかなるような物じゃないんですけどね」


 やっぱり未練があるのか。それもそのはずだ。日本一にまでなった男が、夢半ばで諦めなければいけない状況を、すっぱり割り切ることなど簡単ではないだろう。

 いつも明るく元気に見えるテツも、後悔を抱えて生きている人間だということを、ここで初めて知った。

 みんな、上手く隠しているだけで、色んな後悔や罪悪感と戦っているんだな。自分にも思い当たるふしがあるから余計にそう、思わずにはいられない。


「ヴィクターさんや、タイガと違って、俺や、ニシは逃げてきた人間だ」


「逃げてきた人間?」


「そう。自分が一番になりたいと思った世界から逃げてきた人間だ」


 事実だけみたら、そうなるかもしれないが、それは決してダメなことではないと思う。違う分野でも結果が残せるのであれば、それは、それだけ努力している証だ。そこに負い目を感じる必要なんてない。


「俺は思うんだよ。ヴィクターさんとタイガを見ていると。1つも2つも上の段階にいるなって。とても俺では追いつけない場所にいるって。」


「いや、そんなことはないだろ。事実テツに助けられている場面はいくらでもある。」


 みんな、それぞれの役割があって、それを全うしている結果が今だ。確かに、タイガが特に秀でているように見えるが、それはチームの火力枠だからだ。サポート役がいて初めて、実力を発揮できているだけ。

 そこに負い目を感じる必要は全くない。


「そう言ってくれるのは、ありがたいけど。実際はそうじゃない。明らかに二人だけは抜き出てるよ。それを感じるたびに、思うんだよな。ああ、これがゲームを選んだ人間と。選ばされた人間の違いかってね」


 そう、言い切るとテツは急にいつもの明るい雰囲気に戻って、こちらに笑顔を向けた。


「でも、だからといっても俺は、へこたれたりするつもりはねーよ。二人に着いて行けば大丈夫だって信じているから」


 なんとも、人柄の良さを感じる笑顔だ。いつもの通話越しの会話でもこんな感じなのだろうか?

 しかし、これを見せたということは、この話はここで終わりということだろう。


 それにしても、テツがこんな風に思っているとは知らなかった。時々自身がなさそうに見えたり、自分の意見をあまり言わず、俺たちの指示に完璧に従うのは、そういうところもあるのかもしれない。


 どこかで、その負い目を払拭させたいところではあるな。























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