過去編−テツ
小さいころから背は高かったけど、特別運動が得意なタイプではなかった。
だから部活でやっていたバスケも一回も公式戦に出ることなく、中学を終えた。
高校は部活が強制ではなかったため、帰宅部で毎日学校の授業が終われば、友達と遊んでから家に帰る。そんな生活を送っていた。これはこれで、凄く楽しくて毎日が充実していた。
しかし、そんな時に出会ってしまったのだ。
放課後の校庭で、ひたすら鉄球を投げている人の姿を。一目で砲丸投げだと分かったが、実際に見たのは初めてだった。それから、なぜか毎日その練習をしているところを見に行っていた。
鉄球を遠くに投げ飛ばす。一見単純に見えるその動作をひたすら繰り返し、1mmでも前に進もうとしている、そのひたむきな姿に、胸を打たれたのだと思う。
それから、俺が陸上部に入り、砲丸投げをするまでは、そんなに時間がかからなかった。入部したときは、高跳びを進められたが、俺は頑に砲丸投げを選んだ。
すると、俺の高校での部活生活の始まりは、筋トレ地獄からだった。背は高いが、筋肉が足りなすぎるからだ。だけど、初めは全身筋肉痛で学校から家に帰るのも一苦労するほどだった。しかし、努力は次第に目に見えるようになってきた。体が一回り大きくなり、体重も増え、明らかに筋肉質の体になってきた。
体作りと同時に行っていた、フォーム練習がある程度様になってきたと思った矢先に、夏の総体に出場した。
そこで俺は何と、県大会で入賞してしまったのだ。
ここから俺の人生は大きく変わった。ただの憧れが、目標に変わった。
周りも皆期待してくれるし、俺がいい結果を残せるように、色々尽くしてくれるようになった。
俺もそれが嬉しかったし、それに答えようと努力した
そして高校では、インターハイ優勝して、鳴り物入りで大学にはいった。大学に入っても俺の勢いは収まらず、1年生でそのまま国体で優勝した。
本当に、一切の挫折をすることなく、ここまで来てしまった。
だけど、俺はそのことを一切不思議だとは思わなかった。なぜなら、俺はその結果に見合うだけの努力を、怠らなかったからだ。
ぽっとでの俺をよく思わない人も多かったのは知っている。だけど、そんなものには目もくれず、ひたすら片手に収まる鉄球を遠くに飛ばすことだけを考えて生活していた。
そんな矢先だった、肩に違和感を感じた。だけど大会も近かったから、治療しながらも、練習は続けた。
しかし、俺の体は限界を超えていた。肩を庇いながら投げていたら、今度は肘を怪我したのだ。
当初はすぐに治って、また投げられる日が来るだろうと思っていたのだが、その日は二度と来なかった。
怪我して頑張るものが無くなり、明るい現実は一気に真っ暗闇に変わった。周りにいた、優しかった人も消え、大学にも行かなくなった。特待生からも降ろされて、寮からも追い出された。
急に世界中がみんな敵になった。誰も味方はいなくなった。
こんなことにあるなら、砲丸投げなんてやるんじゃなかった。本気でそう思ったし、あんなに楽しくて好きだ物が大嫌いになった。
何も頑張っていない自分がとても嫌だった。周りは頑張っているのに自分は何もしていないことが許せなかった。
だけど、今の俺は何もできない、何もない人間だ。
タイガに出会ったのは、そんな時だった。
俺がまだ高校で帰宅部だった時に一緒に毎日のように遊んでいた友達から動画のURLが送られてきたのだ。
そいつはとは今でも友達だし、俺がこんなになってもずっと連絡をくれていた奴だ。
送られてきたのは配信のURLでそこには、馬鹿みたいに楽しそうにゲームをやっている、配信者がいた。
友人曰く、その姿が、砲丸投げを見ていた時の俺に似ていたらしい。
外から見ると俺もこんな感じに見えていたのか。そう思ったらなんだか、笑いが出てきた。
もともと、単純な性格だったため、なぜかそれで一気に心が晴れやかになった。
あの時と同じだ。砲丸投げを始めてみた時と同じだ。
それから、友人に色々聞いて俺もタイガと同じゲームを始めた。
これが、本当に楽しかった。俺が、今まで体験したことのないジャンルだったこともあり、新鮮だった。タイガと連絡を取るようになり、2人で一緒にゲームをするようになり、今に至る。
それからテツと会って、ヴィクターさんが表れてくれた。
ようやくタイガの夢が叶う土台ができたのだ。本気でゲームで世界一を取りに行く、スタートラインに立ったのだ。
ゲームなんかマジになってと、言う人もいるだろう。所詮俺は挫折して逃げてきた人間だと。
だけど今更他人に笑われることに抵抗なんかあるわけがないだろ。今までどれだけの人達に笑われて生きてきたと思ってんだよ。俺がいなくなって喜ぶ奴なんて山ほどいたぞ。
滑稽だって。良かったって。俺は別に調子乗ってたわけではないが、俺の存在は他の奴にどれほどの影響を及ぼしてきたと思ってるんだ。
自分に才能があるのは理解していたが、その才能に溺れることなく、努力し続けた。だから、絶対に叶うと信じていた。
それなのに、たった一回の怪我で全てが崩れ落ちた。周りの期待も信頼も実績も、そして、自分を信じるということさへも。
これまでは自分だけとの戦いだった。だけど今は違う。仲間がいる。こいつらを勝たせたい。こいつらと勝ちたい。だから、また自分を信じられるようになった。
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