来訪者 1
突然届いたその、一文に俺は戸惑いを隠せなくなっている。
「ヴィクターさんですか?」
送り主のその指す人物が、俺とは縁もゆかりもない人物であるならば、ただ人違いだと思うだけなのだが‥‥。
これは俺が、2年前プロとして活動していた時の名前なのだ。
なぜだ? なぜバレた?
俺は動画でも配信でも、元プロだと言ったことは一度もない。
この人は、どうやってこの名前にたどり着いたのだ?
以前の俺は、配信ほとんどしていないし、過去の俺を知ることができる手段がない。
一つだけ思い当たる節があるが、その情報だけでは、俺だと判断することはできないだろう。
俺は動揺を隠せないまま、いったん送り主のアカウントを見てみる。
アカウント名は「タイガ」。
一目でネット用のアカウントだと分かるものだ。彼も、フォージをやっているようで、しかも、ランクシステムの最高ランクに到達している。
かなりゲームやり込んでいることは、明白だ。
彼は固定パーティーを組んで、このゲームをプレイしているようで、SNSに上がっているクリップを見ただけで分かる。彼自身も、パーティーの練度も相当レベルが高い。
これを見て、少し羨ましさを感じてしまった。
視聴者の方に、よく言われることがある。
・パーティー組んでランクやらないんですか?
これを聞かれるたびに、胸が痛くなる。俺も出来るのであれば、やりたい。だけど、パーティーを組むということは、ゲーム通じて人と、関わらないといけないとことになる。
それは、あの経験を、もう一度味わうかもしれないことになる。
それだけは絶対に避けたいのだ。
また、楽しくゲーム出来るようになった。それで、金まで稼げるようになった。それだけで、満足。いや、十分すぎるほどだ。
それを全部台無しにしたくない。
また、全てを嫌いになって、全て捨てるようなことはしたくない。
だけど、頭の中でチラつくことがある。
フルパだからできる、立ち回りや、戦法、戦略。
ゲーム好きだから、夢中だからこそ完璧に近づきたい。理想を追い求めたい。
だけど、パーティーゲーをソロでやるのなら、それは到底叶うなものではない。
まるで、友達がいないのに、みんなで遊ぶ妄想をしているようだ。
そんな風に思っていると、彼のアカウントから、予想もしていなかった、文字が見えた。
・尊敬する人物 ヴィクター
自己紹介欄にそう書いてあった。
なにかの見間違いかと思い、何度も見たが、やはりこの文章だ。
なんだ? 尊敬する人物? 俺は尊敬されるような人間ではないぞ?
このアカウントは、作りたてではないため、彼が悪意あって、俺に連絡してきた人物ではないことがわかった。
そうなると、ますます気になってしまう。
なぜ、俺だと分かったのか? その根拠は何だったのか?
俺は意を決して、彼に聞いてみることにした。
「よく、そんな古い人間のことを知っていますね。なんで、そう思ったのですか?」
インターネットという、廃り流行りの移り変わりが激しい場所で、なぜ2年半も前に、姿を消した人間を知っているのだろうか?
・僕は今プロゲーマーを目指しています。その夢をくれたのが彼です。そして、僕はあなたを見つけました。
「僕がヴィクターだと思った、根拠はなんですか?」
一番問題なのはそこだ。
当てずっぽうで、言っているわけじゃないだろうし、こんなことを、何回もやっているとは、思えない。
・声とキー配置です
・僕はあなたの最後の大会の切り抜きを何百回と見ました。
俺の懸念が的中した。
プロだった時代使っていたSNSで、キー配置や感度設定などを載せていた。
そして、もう一つ。これが一番の要因だと思うが。
俺の最後の大会の切り抜きが、投稿されていて、それがかなりの再生数を叩き出しているのだ。
俺も一度見たことがある。編集も凝っていて、なおかつ、一人で日本最高峰の大会で大暴れしたものだ。
おそらく、この感じからして、若い子なのだろう。
「そこまで確信を持たれていると、嘘は通用しませんね」
ここまで送信して、この続きを打つ手が止まった。本当にいいのだろうか? 俺がヴィクターだということを明かしてしまって。
せっかく、また楽しくゲームができるようになったのに、また辞めなくては、ならないかもしれない。
第一この人がなにを考えているかも、まだ分からない。ただのファンなら、まだいいのだが。
「仮に僕がヴィクターだったとしたら、どうするんですか?」
彼はずっとスマホを握りしめて、俺の次の言葉を待っているのだろう。
・俺と一緒にゲームしましょう! 近々、フォージで世界大会を開催するかもという噂があります。それに一緒に出てください!
想像以上に真っ直ぐな子で、少し笑ってしまった。もっとなんか、脅されるのかもと勘ぐってしまって申し訳なく感じてきた。
しかし。
俺が、もう一度競技をやる?
いやいや、そんなことをあるはずがない。今少しいい感じで来ているからといって、調子に乗ったらすぐにまた、あの時のような絶望を味わい事になる。
・もちろん、すぐに決めて決めてくれとは言いません。だから1回お話しませんか? それ少しでも心が動いたのであれば、僕もチームメイトと一緒にゲームしましょう
随分と大人の対応されて、少し驚いてしまった。急に名前を言い当てられ、大会に出ようとまで、言ってきたのだから、てっきり即決を迫られていると思っていた。
しかし、なんと言うか、嬉しい気持ちもある反面、複雑だ。
ただ、彼は2年半という長い年月の間待ち焦がれていたのは事実だ。
声という最も記憶から不確実ものとボタン配置という2つの根拠から俺だと当てたのだ。本音は恐怖を感じている。そこまでの憧れへの執念に。俺は動機はともかく幼稚で自分勝手なことをして、出ていったと思っていたが、一人の少年の糧になっていたことを知った。驚きだ。俺は誰かのためになっていたのだ。
この事実を知れただけで戻ってきた意味があった。
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