来訪者 2

「ヴィクターさん! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」


 通話を繋げていきなり、泣き声混じりの声で何度も「ありがとう」と告げられている。あまりの声の大きさに、体が大きく反応する。


「本当にありがとうございます! 帰ってきてくれて! 俺ずっとずっと待っていたんです。あなたの帰りを」


 向こうは俺のことを知っているが、俺は一切相手のことを知らない状態だった。そのため、通話を繋げる前は、心臓が飛び出るんじゃないかと思うほどに、緊張していた。

 だけど、開口一番彼の声を、聞いて少し冷静になってしまった自分がいる。そして、改めて、俺がゲームをするだけで、こんなにも喜んでくれる人がいることに、戸惑う。

 俺はあの時、自分の為の行動しかしていなかったからだ。

 自分の為にゲームをして、自分の為にゲームを辞めた。有名ではなかったものの、応援してくれていた、ファンの人達がいたにも関わらず。裏切るよなことをしたのに。


「初めまして。と言ってもあなたにとっては、そうじゃないか」


「俺、大河って言います。これ本名です」


「タイガ君か。でも、本当によくわかったね。俺も、バレるなんて思いもしなかったよ」


 本名をハンドルネームに使うなんて、ネット慣れしていないな。


「俺あの切り抜き動画何回も、見てたんです。今でも、落ち込んだり、上手くいかないことがあった時は、見てます。それほど、俺に勇気をくれたんです!」


 さっきも文面で言われたが、直接言葉で言われると、なんだか照れ臭いな。普段会社で褒められることも、感謝を伝えられることもないから、なおのことだ。


「そっか、ありがとうね。そんな風に言ってくれる人がいるとは思っていなかったから嬉しいよ。それだけで、あの時頑張っていてよかったなって思えるよ」


「それで、どうですか? 一緒にパーティー組んでくれますか!?」


 そうだよな。通話にまで入ってきたんだから、脈ありだと思うのが当然だよな。

 俺も、実際の所迷っているのだ。どうすればいいかを。


 このゲームは本当に面白い。よくできている。俺が前にやっていたバトロワに比べると、運の要素が無く、完全に実力と戦略のゲームだ。

 だからこそ、このゲームでどこまで出来るか試してみたい気持ちが無いと言えば嘘になる。だけど・・・


「一緒にゲームしたりする程度なら、いいけど、大会に出るのは無理かな。ごめんだけど」


 俺はこう言わざるを得ないのだ。もう二度と大好きだった物を大っ嫌いにならないためにも。


「それはなんでですか?」


「いくら過去にトップクラスでの経験があるからといっても、ずっと頑張り続けていた人と対等には戦えないよ。ずっとゲームに触れていたのならば、ともかく、俺は一切あの日からゲームをプレイしなくなってしまったんだ。そんな人間が、またこの世界に足を踏み入れて、輝こうなんて虫のいい話だし、何よりそんな簡単なことではないよ」


 失敗した。言い切ってから、そう思った。

 ただ、断るだけなら、他にももっともらしい言い訳がいくらでもあったに。それこそ、仕事が忙しいとか、ゲームでは食べていけないからとか。

 納得せざるを得ない理由なんて、いくらでもあったはずなのに。

 よりにもよって勝てないからなんていう、理由を使ってしまうとは。


「なんでそんなこというんですか? なんでも、そんな思ってもいないこと言うんですか?」


「いや・・・・。これは本当のことだよ。タイガ君はさ。ゲーム好き?」


 一呼吸置いて、彼に問いかける。


「はい! 大好きです! だから勝ちたいんです! だからもっと上手くなりたいんです!


 ああ、なんだか懐かしい、俺も同じ気持ちだった。この愚直さが、まるで俺を見ているようだ。


「そっか。それは良いことだよ。まず好きじゃなければ、勝てる世界じゃない。だからこそ、そのを武器に戦っている人の中でも、寝ても覚めてもゲームのことを考えているような、化け物だらけの世界に足をもう一度踏み込む勇気がないんだよ」


 一度見せてしまった、戸惑いだから、もう正直に話そうと思う。彼にとって俺が特別なように、俺にとっても彼は特別な人間だ。俺のことをここまで慕ってくれている、将来有望な芽をここで詰むわけにはいかない。


「多くのトッププロは、一日の半分以上をゲームに費やしているんだ。それがプロゲーマーなんだよ。一回逃げたような人間が、楽しそうなんて安易な考えで、適当に戻ってきていい場所じゃないんだ」


 彼が連絡をくれたアカウントに、彼のクリップが載っていた。一目で上手いことが分かったし、ちゃんと頭を使ってプレーしていることも分かった。本気で目指すのならば、トップでも通用するくらいの実力は既に持っている。


「俺は、適当な気持ちで誘っているわけではないですし、俺自身も適当なつもりじゃないです。だけど、ヴィクターさんを見つけてしまったのならば、誘わないわけにはいかないんですよ」


 ただ、安易に憧れの人物と一緒にゲームがしたい。という理由だけではないのは分かった。だけど、ここまで引き下がらないのはなぜだ? イメージと違ったと思われても仕方がないことだとは思うのだが。


「タイガ君自身が適当じゃないのは分かる。だから、これは俺の問題なんだよ。これは一回経験した俺だから思うことでもあるし、そんないい加減な奴が嫌いで辞めたんだから、そんな俺が嫌いな奴になりたくはない。」


 ゲームは身体的怪我がないからいつまでもプレイできるなんて言うが、身体的怪我がない分精神的負担は計り知れないものになる。それに年齢的な話もあるし、身体的といいつつも、長時間の座り続けてゲームするだけの体作りは必要なんだよ。腰痛や、肩の痛み、眼精疲労。疲れたからもうやめるじゃ上手くはなれない。


「分かりました。俺もすぐには決めなくていいと、言ったので、待ちます。だから、この話はいったん抜きにして、一緒にゲームしましょうよ!」


 さっきまでの真面目な雰囲気とは打って変わって、初めの明るい少年に戻った。


「うん。分かったいいよ」











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