アイテム設置係のお話

あべしまる

第1話

イビル


---い」

--おい!」


意識の奥から声が聞こえる。

聞き覚えのあるうっとおしい声だ。


「ほら!起きろ!このポンコツ!」


「…勘弁してくれ…。まだ時間はあるはずだろ…。」


「私の作ったご飯が冷めるのよ!起きなさい!」


「…すぐ起きるよー…。」


そう言いつつも二度寝の準備にとりかかる。

少し体勢を変えたその時


「あ゛ぃだっ!!」


鈍い音と響く痛みが腹部を襲う。

ふと視線を上げると鋭い目と目があった。

ギラっと睨まれ、少し萎縮したその時


「ぷっ、何その声!アハハ!」


耳に刺さる笑い声が聞こえる。

よほどツボに刺さったらしい。

腹を抱えて爆笑している。

その笑い声とは反対に無表情な生き物が腹部に1匹。

ガラス玉のような目が俺を見ている。

ドラム缶のようなフォルムの猫だ。


「…ふぅ。」


大きく息を吐く。


「楽しそうなのは何よりだけど、いつまで笑っているつもりだ…」


腹を抱えて震えている奴に向けて言う。


「ちょっ、まっwお腹痛いww」


少し嫌味を込めたんだがまるで通じてない。

というか聞こえてないのだろう。


「はぁ、顔洗ってくる…よっと。」


猫を降ろし、ベッドから洗い場へ向かう。

曇りのせいか、少し頭が痛い。

今日の朝食はなんだろう。

仕事のスケジュールはどうだったか。

絶えず思考が巡る。何も考えないのは案外難しい。

一通り支度を終え、部屋に戻る。


「おはよう、ポンコツ君。気分はどうかな。」


「人生で1番良い気分だよ、アカリ。」


「それは最高じゃないか。さ、仕事に行こう!」


お決まりのやり取り。

中身がなく嫌味しかないが、俺にはそれが心地いい。

何となしに思いながら玄関を開く。


〜〜


大都市トーキョー


目まぐるしい技術の発展により、ビルや人が溢れるニホンの中心。

そんな中、俺とアカリはとあるゲーム会社で働いている。

とは言っても、ゲームを作ったりしている訳じゃない。

ここで俺は"設置屋"として雇われている。

簡単に言えば、ゲームの世界に行ってアイテムや宝箱を置く仕事だ。

ゲームをやった事ある人ならイメージしやすいはず。

アカリは俺のオペレーターとして助けてくれている。


「今日はなんだか社内が騒がしいな…」


「なんかあったのかなぁ?もしかしてパワハラ上司が辞めたとか?」


「もしそうならどれだけいいか…」


各々の願望を漏らしつつ、自分のオフィスに到着。挨拶を済ませるやいなや、同僚に肩を叩かれる。


「なぁ、聞いたか!?とんでもない案件が入ってきたらしいぞ!」


「なんだよ急に。どうせ末端の俺らには関係ないだろ?」


「は?何言ってんだ?」


「何って…だから末端の俺らがやる事は変わらないだろ?」


ため息混じりに吐き捨てると、そいつは嬉しそうにニヤつきながら口を開いた。


「お前が担当になったんだよ!やったな!」


は?

訳が分からない。特にこれといって成果を上げた覚えも無ければ、上に媚びを売った覚えもない。

何が起こってるんだ。

困惑していると、バンッ!と不意に背中を強く叩かれた。


「あんたまたネガティブに考えてるでしょ!

チャンスから来てくれたんだから、もっとシャキッと前向き!分かった!?」


「あたた……。あぁ分かりましたよアカリ"部長"。

というか、この事知ってましたよね?」


「エー?ナンノコトカナァー?」


「…猫かぶりがお上手な事で」


聞こえてない範囲で悪態をつくが、内心そう悪くない。アカリの言う通り、チャンスが向こうから来たんだ。マイナスを考えてもしょうがない。

無理のない範囲で頑張ろう。



~~


と、まぁそんな経緯で現場入りした訳だ。

普段は民家のクローゼットや、壺、たまに森の中に宝箱を置く等の内容なのだが


「グォオオォオ!!」


「なんだってゾンビがいるんだ!くそがっ!

ほのぼの系RPGだって言ってただろ!!

アカリ!早くルートを割り出してくれ!」


「分かってるわよ!ポンコツのくせに急かさないでよね!」


転びそうになりながらも廃墟を走り回る。

大きめのショッピングモールだったらしい。

電気系統は壊れているらしく、全体的に薄暗い。

すると"警備室"と書かれた部屋を見つけた。

息を整えながら無線を開く。


「…アカリ。警備室、を、見つけた。避難場所としては、良いと思うが、どう思う?」


「生体反応はあるんだけど…おかしい…。ちょっと待って、調べるわ。」


「正直嫌な予感がする。別のルートを探してみ…る?」


警備室のドアが少し開いている。

元から鍵が閉まってなかったのか?

俺が着いたタイミングで…?偶然…?


「お待たせ、結果から伝えるわ!今すぐその場から離れて!南へ向かって!!早く!!」


「…。」


ドアが少しづつ開いていく。

微かに唸り声のような音が耳に入る


「どうしたの!?早く動きなさい!じゃないと死ぬわよ!」


「…。」


カチッ

静かに無線のスイッチを切る。


だんだんと唸り声の正体が顕になる。

あぁ、資料で見たなこういうの…。

脳が剥き出しの頭。殺す事に全振りしたような爪。人の皮を全部剥いだような肌。とにかく長い舌。

確か○ッカーだったか。


「…(こいつらは確か音に敏感だったはず。

迂闊に通信も出来ないか)。」


先ほどのやり取りを聞かれたのか、顔をこちらへ向けている。

まだ正確に場所は分からないといった様子だ。

音を立てないようゆっくりと左側のドアを目指す。

来た道を振り返り確認すると大量のゾンビの群れが迫っている。

急がなければ。

しかし焦って走り出せば最悪の結果になる。

落ち着け、落ち着け、落ち着け。

鼓動がうるさい。

周りの音がよく聞こえない。

落ち着け、落ち着け、落ち着け。


ーどれぐらい時間が経っただろうか。

体感は30分ほどだが実際は2分も経っていない。

やっとドアノブに手がかかる。

音が出ないようゆっくりと回し、開くことを確認。

30cmほど開き、そっと身体を入れ、ドアを施錠する。


「…アカリ。」


無線を開き、まるで死にかけのような声で呼ぶ。


「大丈夫!?無事なのね?」


「あぁ、おかげさまでな。南に向かうんだったよな。ルートは?」


「どういたしまして。その部屋の奥に地下水路へ降りる場所があるはずよ。その道中にも設置ポイントが1つあるから、それを終えれば仕事は完了ね。」


「ありがとう、助かるよ。早く終わらせてあのクソ上司をぶん殴ってやる。」


軽口を叩きながら奥に向かって歩き出す。

ドンッ!!!

後ろのドアから物騒な音が聞こえた。

反射的に足が止まり、音の方向を見てしまう。

再び鼓動が早くなり、息が浅くなる。

あわよくば奴らが潰しあってくれる事を祈ってたのだが…。


「ポンコツ。」


ふと聞き覚えのある蔑称が聞こえた。

気のせいか、普段より寂しさを感じる。

その声で我に返り、返事をしながら再度歩き出す。


「あ、あぁ。分かってる、すぐ行くよ。」


〜〜

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アイテム設置係のお話 あべしまる @abeshi0127

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