星屑の兄弟

@sk-2

第1話 月がうつる瞳

 子どもの走る影が伸びるスラム街の道。母親が子を呼ぶ声は赤く染まる空に届く。

 それを全て掻っ攫うように、銃声が東の空に響いた。

静かになった街で呼吸の音がえる。その一瞬、血の匂いが鼻に届いた。

銃声がも一発空に打ち放たれた。

死の恐怖に気づいた奴から夕日に向かって走り出す。よろめく老人も母は子を抱いて、人を選ばずに走っていく。

この混乱する人混みの中で、道に立ち尽くし銃声の音を探しているのは、たった一人自分だけだった。

夕日が逃げた東の方角には家がある。そこで、寝込んだ母さんがいる。

行かなきゃ。走らないと。

サンダルが滑って裸足になった。足の裏に小石が食い込でも足が次へと前に出てくる。そのまま、走り出して家に急いだ。

 家が近づくにつれ、道の隅に赤い大きな物体が転がっている。その横で子どもが膝ついて泣き叫んでいる。

 子どもの鳴き声を聞くと、強い不安に襲われ足を止めることなんて出来ない。自分の視界にはもう母の顔しか浮かんでいなかった。

足を止めずに手を伸ばして、ドアを勢いよく開けた。

 砂埃が漂う部屋の中は焼けた匂いが充満していた。床には足場もないほど食器や椅子が散乱している。それでも、奥の寝室に向かった。

 壁を伝って寝室についたことがわかると、視線を見回す。手で棚にある電気を探すと、暖かい気配に触った気がした。物ではないが、見覚えのあったその物体は簡単に離してはいけない気がした。片手でその熱を感じながら、もう片方でライトを探した。捕まえたライトの電気を床に向けてつけると、自分の足が傷だらけになっていた。

 光が荒れた部屋を映し出し、無惨な光景を想像させる。中を構えた奴らが、銃口の先を向けたベッドをライトで照らした。

 そこには、頭を銃弾で貫かれた母さんの体があった。その体は「痛い」とも「助けて」とも言わずに寝ていた。

 人の気が消えた街の中。雲が月を隠した。

黙ってひたすら荒れ果てた家から出た。その時、床に落ちていた布が自分の血で染まっていた。周りが見えなくても、その赤色が印となり簡単に出られた。

辺りはもう悲鳴も消えて人の気配がしなかった。一面に広がる星空の下には、無惨な姿の死体がいくつも転がっている。家も無くした自分は、彷徨いながら星を辿った。

間に合わなかった道で、子どもの啜り泣く声何して足を止めた。ふと見るとさっき泣いていた少年がまだいる。少年はずっと体をさすっていた。

体は動かない。

「なあ、それは起きるのか」

「……」

「それは、返事をすると思うか」

「それじゃないよ。ママだよ」

「…今までずっとここに?」

「僕がここにいないとママが困るでしょ」

寝ていると勘違いしている彼はまだ揺らしている。

「お前さ、そこでずっとそうやってるつもり?」

「僕ができるのはこれしかないよ」

 逃げていたと思っていた頭が、思いの外物分かりだけがいいのが気に入った。

「…そのちっちゃい手で戦わないか」

手を止めて、初めて少年と目が合う。その目にはさっきまでいなかった月がくっきりと写っている。

「そいつを殺した奴をやるんだよ。お前が覚えたその体と同じ形にする」

「……」

「きっと、母さんは救われると思わないか」

「そんなことして意味あるの?」

「そうしないと俺たちはずっと迷子だ」

「……」

「さあ、どうする?」

 少年の涙が、全てが消えた街に溶けた。

「行くよ」

立ち上がった体は、骨も細く背も胸よりより低く頼りないが、この小さい体には自分と同じものを感じた。そして、その頭に銃口を向けた。


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