第60日目 スポーツマンシップ 10月
秋になると、栗、芋、体育祭がある。進学校のわたしの学校では体育祭はあまり重要視されないのだが、そこは去年の正田先生とは違って、深井先生は、
「あなたたちは、何でも一番になりなさい。 二番以下は、同じですよ」
深井クラスには、正田先生の“何でも一番! ”という目標に、“二番以下”が付け加えられたのだ。去年の1年3組は、その点で“何でも、一番”だった。
学年考査平均値、一番。
芸術祭、一番。
体育祭、一番。
コーラスコンクール、一番。
英語劇、一番。
「何でも、一番! 」が、正田先生の口癖。そして、正田クラスは先生の希望を叶えたいがため、何でも一番になれるようみんなで頑張ってきたのだ。みんなの努力の甲斐もあって、何でも一番になれた。
なのに、今年は様子が違うようだ。深井先生も、何かって言うとすぐに
「ええ、どんなことをしてでも、体育祭でも勝ちますよ。一番になりなさい」
などと、不穏な空気を出してくる。「どんなことをしてでも」という言葉は、テレビの悪役がよく言っているな。
不穏な空気の深井クラス。先生は、いったい何を考えているんだろう。そうクラスみんなが思っていた矢先、深井先生が話を切り出した。
「なに、簡単なことです。個人がそれぞれ頑張るために練習しようとしたら、偶然クラスメートがそこにいて一緒に練習を始めた。ってだけですよ」
みんなが、ポカンと口を開けて深井先生の話を聞いている。そして、深井先生は話を続けた。
「この学校の近くに、付属の大学のグラウンドがありますよね。そこでクラスみんなで集まってはいけないけれど、たまたま個人が練習するのは大丈夫です。今日は、たまたま鍵も開いています」
おいおい、ちょっと待て。これは、暗に集合掛けてるって意味だよね。
「今日は、たまたま早く終われるので、たまたま練習するには丁度良いですね。この意味、分かりますね? くれぐれも、他のクラスの人には見られないように。では、今日のホームルーム終わります。起立! 」
先生が立ち去った後、みんなはざわつくでもなくおもむろに荷物をまとめてゾロゾロと教室を出て行った。そう、行き先はみんな同じ“グラウンド”。
その日の日記には、
「今日、運動会の練習をしました。グラウンドには、安西さんがいたので一緒に練習をしました。全力で努力して、体育祭、一位取りましょうね! がんばります」
と書いてみたものの、深井先生の指示でやってることなので、なんだか書いてる自分がバカらしくなった。
深井先生の返事は、更に空々しいものだった。
『わかりました。すごいね! 頑張って、本番で秘密練習の成果を見せてくださいね。楽しみにしています。』
“秘密練習”って、先生自身が言っちゃってんじゃん。翌日、お父さんから声を掛けられた。
「そろそろ、体育祭の季節だな。お前、何出んの? 頑張ってんだろ? 」
頑張ってねぇわ。自主的な“秘密練習”じゃないんだよ。ま、あの日記じゃ分かるわけないか。
「棒倒し」
「え?? 2人で練習するには、難しくねぇ? 」
そしてどんなことでもした深井クラスは、「体育祭でダントツ一位」を無事獲得したのだった。
スポーツマンシップ、どこ行った?
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