第4話

 そして週が明けた月曜日。俺は朝からキャンセラーを着けて登校していた。絢と会う時だけ着けてもよかったのだが、これを着けて過ごしたら周りがどんな風に見えるのか興味があったのだ。


 いつもならなんとも思わない通行人の顔を、今日はすれ違う度にまじまじと見てしまう。

 格好いい、イケメン、可愛い、美少女。昔の小説や漫画でお目にかかるくらいの、最早死語と化した顔にまつわる形容詞。その意味が、初めて実感として理解出来た気がする。


 いい意味悪い意味を問わず、目立つ顔を見かけるとつい目が引きつけられる。何か自分の目と相手の顔に、目に見えない引力が働いているかのような、抗い難い衝動。

 もっとも、俺の他人の顔に対する評価が正しいものかというとまだ自信がない。あの人はかっこいいような気がする。あの子は可愛いんじゃないか、というレベルだ。


 元々人間は所属するコミュニティの平均的な顔に魅力を感じるという説があったらしい。その点俺はキャンセラーを使ってから脳内で平均のイメージを作れるほど多くの顔をまだ見ていないので、美醜の基準が出来上がっていないのかもしれない。

 そんな新鮮な感覚、言い換えれば違和感にも段々と慣れてきて、一週間もすると顔に対して抱く感情も当たり前の物になってきた。



 そうした内面の変化はあるものの、俺と絢の関係は変わらず続いている。

 キャンセラーをつける前と何も変わらず、今も同じように肩を並べて下校している最中だ。

「それで加藤さんがさ……」

 絢はずっと喋り続け、いたずらめいた笑みを見せてくる。

 あの時絢は初めて俺の顔を見たような気がすると言っていたが、それは俺も同じ気持ちだった。見慣れたはずの彼女の顔がとても新鮮に見える。


「じゃあね、また明日」

「おう」

 電車を降りて小さく手を振る絢に俺は手を挙げて応えた。

 顔の見え方が変わっても俺たちの関係は変わらず続いていくのだろうと、この時は思っていた。

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