合コントゥギャザー
深月平哉は、区役所地域安全課の職員である。彼もまた、山根や羽鳥と同様に、この店の常連客のひとりだ。
深月は愛莉と目が合うなり、甘い営業スマイルを見せた。
「愛莉ちゃーん、いつもかわいいけど、ウェイトレスさんの制服もかわいいね。制服とお揃いのシュシュも、すごくいい」
「わあ、チェシャくんは全然気づいてくれなかったシュシュ、すぐに褒めてくれた! 流石チャラ男だね」
愛莉にひと言付け加えられ、深月は笑いながら毒づいた。
「これは俺がチャラいからじゃなくて、誰でも気づくよ。チェシャ猫が極端に鈍いだけだ。あんな奴やめときな」
「俺の悪口は構わないけど、あんたガキ相手に口説きめいたこと言ってると、下手したら懲戒食らうぞ」
チェシャ猫が返すと、深月は一瞬びくっとしてから、愛莉越しのチェシャ猫に目をやった。
「いたのか……。お前、マジで気配ないな」
深月は、公務員という傍から見たら堅そうな職業に就いているが、かなりの多情男である。女性を反射的に褒めるため、愛莉に対しても、からかい半分ではあるがかなり甘い。
シロが盆を胸に抱き、微笑む。
「気配はないけど、ずっといたよー。深月くんが『チェシャ猫来たら捕まえといて』って言ってたから、こうして資料を読ませて時間稼ぎしてたんだよ」
「は? そうだったのか」
なにも聞かされていないチェシャ猫が怪訝な顔をする。深月はシロに「ナイスアシスト」と親指を立ててから、チェシャ猫に歩み寄った。
「資料、なに見てんの? ああ、飲み屋街のやつか」
資料の端をちらりと見ただけで、深月はすぐに判別した。
区役所の地域安全課は、表向きは地域の防災や防犯、美化などに尽くす課だが、その業務の一環として、狩人にレイシー駆除を委託している。狩人が申請書や報告書、灰を提出したり、狩人に調査の依頼書を出したりしているのが、まさに深月の部署なのだ。
チェシャ猫が読んでいた資料は、担当者である深月が、シロに送ったものである。
シロが深月に尋ねる。
「ねえ深月くん。この件、レイシーの仕業と見て殆ど間違いないと思うんだけど」
「根拠は?」
「一、不自然なくらい同じパターンが連続している。二、過去に似た事例がある。三、羽鳥くんが作ったレイシー探知機がなにやら反応している」
シロが指を折りつつ呈するも、深月は首を横に振った。
「それだけじゃ申請書を出しても許可は下りねえな。それぞれの根拠が弱すぎて、確定要素には足りない」
単に酔っ払いが消え、同じ場所で発見されているだけでは、レイシーの攻撃であるという根拠が薄い。この状況で討伐の申請を許可して、実はレイシーは関係なく、狩人がうっかり生身の人間殺しでもしたら、役所は責任を負いきれない。
煮えきらない態度の深月に、シロはため息を洩らした。
「うん……だよね。そもそも実体も見つけられてない。じゃあ確定要素を掴むために、自分たちが囮になるしかないのかな」
彼のぼやきを聞き、チェシャ猫は眉を寄せた。
「時間はかかるが、その辺にいる飲み会集団を見張って、しばらく様子見しよう。で、深月さんは俺になんの用だ」
チェシャ猫が深月を見上げる。自分をここに留めさせるようシロに頼んだくらいだ、この事件に新たな情報でも入ったのかもしれない。
そう身構えたのだが、深月の頼みは彼の想像の斜めを行くものだった。
「おお、そうだった。チェシャ猫、来週末、合コンに来ない?」
「行かない」
一秒の隙もなく、チェシャ猫は即答した。しかし深月もこの反応は想定内だったので、全く怯まなかった。両手を突き合わせ、チェシャ猫を拝む。
「お願い。単なる頭数合わせだから! 今お前、特定の人いないだろ? 年齢的にもちょうどいいんだよ」
深月の懇願に、チェシャ猫は心底呆れてため息をついた。わざわざ店に引き止めるくらいだから、仕事の大事な話だと思ったのに、これだ。チェシャ猫には、深月の女癖の悪さに付き合う気など毛頭ない。
チェシャ猫の横では、愛莉が青い顔で立ち尽くしている。驚いて声も出ないようだ。チェシャ猫が大のお気に入りである彼女からすれば、一大事である。
チェシャ猫は乗り気でなく、愛莉も青ざめているが、シロは深月に賛成した。
「いいんじゃない? 君、浮いた話聞かないしさ。チェシャくんにいい人ができれば、愛莉ちゃんの目も覚めるかも」
それを聞いて、愛莉の石化が解けた。チェシャ猫の肩を揺さぶって、必死に叫ぶ。
「やだやだやだやだー! 行かないでチェシャくんー!」
「行かねーよ。馬鹿馬鹿しい」
チェシャ猫は飽き飽きして、手元の資料を再読しはじめた。
「色恋沙汰とか面倒くせえだけだろ。第一、遊んでる時間も金もない」
素っ気ない彼に、シロが小首を傾げる。
「返済ならゆっくりでいいんだよ?」
「清々しないだろ。返すもの返さずに」
「まあ、急ぐものんびりするも、君のペースで構わないけど……」
そんなやりとりをする彼らに、深月は容赦なく言う。
「いや、頭数合わせだっつってんだろ。チェシャ猫に惚れる女なんか愛莉ちゃんくらいのもんだから安心しろよ」
「あんた、それが人にものを頼む態度か」
チェシャ猫の不機嫌な視線が深月に刺さる。不機嫌ついでに、チェシャ猫はシロを巻き込んだ。
「シロさん連れてけよ。サラダ取り分けるの誰より上手いぞ」
「バカ野郎、合コンにシロちゃんがいたら、女子全員シロちゃん狙いになるわ。顔がよくて所作がきれいで気が利くんだぞ? こんなのいたらたまったもんじゃない。だからチェシャ猫に頼んでんだよ」
「さっきから喧嘩腰だな」
「いつまで駄々捏ねてんだよ。そろそろ観念しろ、この万年イヤイヤ期」
「そっちがいい加減諦めろ、通年発情期」
チェシャ猫と深月がギスギスしている間も、愛莉はチェシャ猫の肩にしがみついている。
「やだやだやだ。チェシャくんが合コン行くくらいならあたしが行く!」
夢中で拒絶する愛莉に、深月が苦笑した。
「男の頭数が足りないのに、愛莉ちゃん来たら余計に男が足りなくなるだろ。そうでなくても愛莉ちゃんは未成年だからだめ! お酒を飲む場だからね」
「じゃあ女の子減らせばいいじゃん!」
めちゃくちゃを言う愛莉にたじろぎつつ、深月は改めて、チェシャ猫とシロを交互に見比べた。
「人数が足りなくなったのは、お前らのせいでもあるんだよ。それこそまさに、チェシャ猫の持ってる資料の件がきっかけだ」
深月はチェシャ猫の前の椅子を引き、腰を下ろした。
「この合コン、本当は同じ部署の同僚と行くはずだったんだ。ところがお前らが、この酔っ払い消失事件に気づいた。そんでうちに資料を請求した。同僚たちはそれを知って、『しばらく飲み会はやめておく』ってキャンセルしたんだ」
チェシャ猫とシロは顔を見合わせた。たしかに、この飲み屋街での事件を知れば、飲み会を避けたくなる気持ちも分かる。
深月が脚を組む。
「予約した店は、事件の起きてるエリア内だった。同僚が嫌がるのも無理もないし、俺も関わりたくねえから、予約はキャンセルして距離のある別の店で開催しようと思ってる。けど同僚は、『場所を変えても、同じことが起きるかもしれないから』ってもうすっかり冷めちゃってる」
いつの間にかチェシャ猫とシロは真剣な顔で聞き、愛莉もチェシャ猫を揺するのをやめていた。今では大人しく、きなこミルクティーを飲んでいる。
深月は改めて、黒縁眼鏡の奥からチェシャ猫を見つめた。
「つまりお前らが妙な事件に気づいたから悪い! つーわけで、この埋め合わせはチェシャ猫に頼みたい」
「なるほどな……」
先程まで全く興味を示さなかったチェシャ猫だったが、今は真面目な顔で考え事をしていた。
「予約した店は、まだキャンセルしてないのか」
「ああ、これからする」
深月の返事を聞いてから、チェシャ猫はシロを見上げた。
「囮作戦のいい機会じゃないか? 深月さんに協力してもらって、レイシーをおびき寄せてみないか」
「おいおいおい、ちょっと待て! 俺は巻き込まれたくないって言ってんだろ。仕事以外でレイシーと関わるとか、絶対嫌だぞ。仕事でも嫌なのに」
深月が慌てだし、テーブルに手をついて首を横に振る。チェシャ猫はちらと深月を振り向いた。
「大丈夫だ、深月さん。囮にはなってもらうが、俺が影から追跡する。なにか起きる前に俺がレイシーを殺す」
しかしこれには、シロが否定した。
「だめだよ。一般人を巻き込まないのが狩人の原則でしょ。深月くんはともかく、他の参加者さんはみんな、関係ない人なんだ。この作戦はその人たちを危険に晒すことになる」
「まあ……そんなら諦めるしかねえか」
チェシャ猫が大人しく下を向く。深月はがっくりと項垂れた。
「合コンの頭数にもならない上に、社交の場を狩り場にしようとするとは。もうやだ。やっぱお前以外に行けそうな奴探すわ」
「その方がいいよ。チェシャくん、お酒弱いし。こいつが潰れちゃうと、面倒な思いをするのは深月くんだよ」
シロが追い打ちをかける。なんやかんや、チェシャ猫と深月の小競り合いはチェシャ猫が勝った。
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