第8話 蘇生

老婆が何か書き留めていたんだろうか。皆が不思議がっていた。僕は老婆の前では動けていた。老婆の幻想かもしれないが、不思議な現象を老婆は、自分の願いが叶ったかのように喜んで日記に書き留めていたに違いない。神様が最期に死を選んだ僕の魂を老婆の人形に移し、老婆の夢を叶えた。僕には最期に、必要のない命はないこと、僕を大事に思ってくれている人がいることを教えてくれた。それ以上に、僕は母親や学校の友人にちゃんと自分の気持ちを伝えていたのだろうか。僕の気持ちは伝わっていたのだろうか。


ピッピッピと機械音が聞こえる。もう僕は燃えてしまったのだろうか。


「拓也!拓也!」

聞き慣れた声がする。居心地の良い母親の声。また夢なのか。うっすら目を開けた。白い天井が見えた。体を動かそうとすると激痛が走った。口を開けようにも何かに塞がれている。


ピッピッピッ


「先生!拓也が!」

母親の姿が見えた。

「自殺なんて馬鹿なこと!」

はっきり母親の泣きはらした顔が見えた。

僕は生きていた。僕は思い出した。母親に伝えたいことがあったんだった。


「お母さん、ありがとう」


母親はわっと泣き出して声にならない声を出した。

「拓也がいてくれないと働く意味がないじゃない!お母さんの生き甲斐なんだから!」


走馬灯のように蘇る。幼い頃の記憶、母親がよく言っていた

「お母さんには夢がないけど、拓也の夢がお母さんの夢なんだよ」

僕が勉強をしたいと言う夢を全力で叶えてくれていたんだ。

じゃあ、いじめられて希望を失った僕はどうしたらいい?ダメになった僕はどうしたらいい?

老婆の記憶が蘇る。僕も誰かの役に立つ人間になれた記憶。身体の痛みがズキズキしているが、ニヤッと笑みがこぼれる。

意識混濁の中、きっと僕を必要としてくれる人がいたから僕は生き返ったんだ。


「お母さん、僕、もう一度夢を見るよ」


体に激痛が走り、身動きが取れなかった。点滴や酸素投与、どうやら重症のようだ。

「全身打撲で複雑骨折。しばらく入院です」

医師から言われた。


飛び降りた下に、テラスの屋根がありそこに落ちたから一命は取りとめたと後から母親に聞いた。

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