第6話 異変

朝から老婆は肩で息をしているようだった。

「大丈夫だから、心配ないよ」

いつもなら、炊きたてのご飯の匂いがするのだが、今日はカビの湿ったような匂いが部屋中に充満している。

「何かできることある?」

そっと声をかける。老婆は僕の手を握った。

「大丈夫。ゆうちゃん、私達には子供ができなくて、ずっとゆうちゃんを子供だと思って過ごしてきた。ゆうちゃんとこうやって話ができて、私は本当に幸せ者だよ。」

夕方になり、ゼイゼイと言う音が老婆の喉の奥から聞こえる。

「病院は?行ったほうがいいんじゃない?」

もう老婆の声は声にならなかった。ちらっと目配せし、ニタっと笑うとすっと目を閉じた。

「おばあさん!」

老婆はもう目を開けなかった。

僕は外へ飛び出した。早く、誰か、お医者さん!

どん!誰かにぶつかった。民生委員だ。

「あれ、どうしてこんなところに…」

急に民生委員が僕を抱えて老婆の家に向かって走り出した。

民生委員が玄関を開けると老婆の姿が目に入った。

「だから言ったのに」

その場に泣き崩れ、しばらく立ち上がれなかった。僕も泣きじゃくった。

しばらくして民生委員がすくっと立ち上がり、振り返った。泣いている僕の僕の姿を見ると冷めた顔で近づいてきた。

「これが子供に見えるのかね」

僕はひょいと抱えられ、縁側に放り出された。玄関をバタンと閉め、足早に過ぎ去った。ひどい、子供だからといって馬鹿にしすぎだ。しばらくボーゼンとしていた。そのうち、民生委員が主治医を連れてきた。


「ご臨終です。」


僕はまた一人ぼっちになった。

縁側のガラスに反射した自分の姿はきっと情けない顔をしているんだろうなと、ふと思い、恐る恐る覗いてみる。

そこにいたのは青いシャツにエンジのチェックのズボンを履いた人形だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る