第5話 絆
自分の中では趣味の合わない服で気に入らなかったが、機能性があり動きやすかった。老婆が腰が痛いというので、電球を取り替えたり、部屋のハタキをかけた。少しでも役に立ちたいと思ったがこんな気持ちは初めてだった。老婆も最初は驚いた顔をしていたが、僕の姿を嬉しそうに見ていた。それは優しい眼差しだった。
「そろそろご飯にしようか」
お昼どきには、まだ早かった。さっき、朝ご飯を食べたばかりだった。具だくさんの味噌汁に団子が浮かんでいる。味が濃いのか、味噌の色が黒い。
ちゃぶ台を囲んで食べていた。
「食欲がないのかね?」
僕はお腹いっぱいで食べられなかった。
「お腹すいたら食べらー」
老婆はがははと笑って、ささっとたいらげた。
「ごめん下さーい。千鶴さーん」
玄関をガラッと開け先日の人が入ってきた。腕には民生委員と書かれた腕章を付けている。
「いいとこ見つけたからどうかね?話だけでも聞いてください。ゆうちゃんも一緒に。」
有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅と書かれたパンフレットをたくさん持ってきた。
「私はどこにも行かない。ゆうちゃんの面倒を見ないといけないし。ご飯も作ってやらんといけん。」
玄関を閉めようとする老婆に民生委員が畳み掛ける。
「主治医から癌だって聞いてるんですよ!」
声と同時に玄関がバタンと閉まる。
「まだ大丈夫だ。」
老婆の背中がまた震えていた。老婆が急に振り返った。僕はドキッとした。
「散歩でも行こうか」
ニカーっと笑ったと思うと、僕の体をひょいと持ち上げた。
老婆と僕は茂みのある階段を進み、小さなお堂の前に着いた。お堂に座り、並んで夕日を見た。ここは何処なのか検討もつかなかったが、居心地が良かった。鼻をくすぐるような風が心地よい。
老婆とは会話がなくても分かりあえているようだった。二人で肩を合わせて寄り添い、一人ぼっちではないことを感じた。人の温もりを感じるのは、久しぶりだった。
赤い夕日が眩しかった。
老婆がコンコンと咳をした。
(ちょっと風が冷たかったかな?)
「もう帰ろうか」
老婆にまた抱えられる。僕は一人で歩けるから下ろしてほしかったが、ゆらゆら揺れてそのまま眠りについた。
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