第4話 目が覚めると
「千鶴さん、もうそろそろ限界じゃないのかい?」
「私ははどこにも行かん。ゆうちゃんの面倒も見ないといけない。ご飯も作ってやらないと。もう帰ってくれ」
「そんな…」
話し声が聞こえて、ゆっくり目を開けた。辺りを見渡すと僕は老婆に抱えられ玄関にいた。
「今日は帰るけど、また来るから。よく考えて。」
「何度来てもらっても答えは同じ。ねえ、ゆうちゃん。」
僕に視線が向き、とっさの事に声が出ずコクっと頷く。
老婆は、そう言って、玄関の引き戸をバタンと閉めた。
玄関から遠ざかっていく足音。コソコソと話す声がする。
「身寄りがないのに、どうするんだか。」
「あんなものにすがって。」
老婆は、すっと障子を開けて和室に入る。僕も黙って付いていく。
和室にペタンとお尻をつけたように座ったかと思うと、老婆の背中が震えだした。僕は老婆の背中を撫でた。
何かを持っているようだった。古びたモノトーンの写真のようだった。
だいたい、この老婆は誰なんだ。
見に覚えがないが、他人には思えなかった。
ほっておけなかった。
しばらくして、老婆の震えが収まった。
「この家はおじいさんとの思い出がたくさんある。だから出たくないんだよ。ゆうちゃんも分かるよね。結婚したときからずっと二人を見てきてくれたんだから。もういいよ。ありがとう」
僕は布団に戻って寝た振りをした。
数分後、老婆は僕の寝ている布団の横に座った。僕のお腹を布団越しにポンポンと叩く。まるで赤子を寝かしつけるように。
「ゆうちゃんがいてくれるから、ばあちゃんは寂しくないよ。病気も怖くない。近所の人には勝手に言わせておけばいい。」
体中が発熱したみたいに赤くなっていくのが分かった。嬉しいという感情が素直に湧き出る。
他人に大切な存在だと思われること、こんなふうに自分の存在が誰かの大切な存在になり、役に立ったことがあっただろうか。母親もそんなふうに僕のことを思っていたのだろうか。母親には僕も感謝の気持ちや、作ってくれたご飯を美味しいと伝えれただろうか。いろんなことが頭をよぎり、涙がこぼれた。老婆も泣いていた。僕は起きるタイミングをなくし、また眠りについた。
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