第31話 悪魔召喚

「カミト、フローナ。衝撃に備えろっ」


 シェラが叫んだのと同時に馬車が大きく揺れた。壊れた外壁を無理やり乗り越え突破したのだ。

 カミトは馬車の隙間から魔物の襲撃を受け滅ぼされた街を見る。

 街のあらゆる建物がケイディアの街の外にある廃墟と同じ様にボロボロになっている。


 さらに至る場所に白骨遺体や魔物の遺体が転がっていた。

 建物の影からは魔物達が顔を覗かせており、カミト達の部隊に狙いをつけている。


「フローナ。大丈夫か?」

「はい。お兄さんも怪我は無いですか?」

「大丈夫だ」


 カミトはフローナを安心させようと彼女の頭に手を伸ばす。

 フローナはカミトに頭を撫でられ、くすぐったそうに肩をすくめる。


「そんな事をしている場合じゃないぞ。そろそろ街の中心。領主の城に着くぞ」

 シェラがそう言ったのと同時に馬車は勢いよく停止した。

 すぐにシェラは馬車から降り、迫りくる魔物に魔法をぶつける。

 カミトが馬車から降りると、同時に後方部隊が領主の城の前にたどりつき、彼らは一斉に馬車から降りる。


「すぐに魔導兵器を起動させろっ。周囲の魔物を一掃するんだ!」


 シェラはそう言うと魔導兵器を起動させようとする騎士へ飛びかかる魔物に魔法を放つ。

 同時に起動した魔導兵器による魔物一掃が始まった。

 兵器と言う名が誇張ではない事をカミトはすぐに悟る。

 魔導兵器の拳の一撃は強靭な魔物の体を一撃で粉砕し、蹴りはシェラが放つ魔法の爆発をも凌駕する。そして魔物の攻撃を分厚い特殊合金で防ぎきる。

 数百、数千の魔物の中にいても引けを取らない圧倒的な力。


「な、なぁ。これ……俺達いるのか? 魔導兵器を突撃させようぜ?」

「駄目だ。城が崩れる……」


 シェラがそう言った途端、魔導兵器が魔力収縮して極大なビームを放ち、魔物と一緒に周囲の建物を更地にする。


「そうみたいだな…… それじゃあ行こうか」


 カミトは後方の魔法兵器が戦う姿を横目に破壊された城の大扉を通過した。城の内部は静けさに満ちており、外の魔導兵器の戦闘音がよく聞こえてくる。

 外には魔物が大量にいるのにも関わらず城内に魔物の姿が見えない。


「どうなってるんだ? てっきりここも魔物がいるのかと思ったんだけど」

「分からんな。もしかすると私達を待ち伏せているのかもしれん。警戒しておけ」

 警戒しつつカミト達は城内の探索を始めた。

 

 その場所は、光すら届かぬ領主の城の地下深くに造られた巨大な空間。

 地下深くに造られたその空間は魔王を崇めるための祭壇のような造りになっている。

 教会の内装とは正反対の空間は部屋の内部にいる魔族に力を供給させるようにできており、この場においては魔王の加護が空間を満たしている。

 部屋の最奥には禍々しい水晶が設置されており、それが魔族へ魔力を供給し続ける。


 その部屋の水晶の近くに置かれた鉄の檻には純白の髪に深紅の瞳を持つ少女が閉じ込められている。

 魔王の妻になるため魔族化させられそうになっているユリエだ。

 彼女の近くに立つのは真っ黒なローブを羽織った男──

 魔王に魂を売り自らをも魔族へと変化させたエドガーだ。


「双星族は元々魔族寄りの人種だ。何を嫌がっているかしらないが、さっさと諦めて魔王様の刻印を受け入れろ。その刻印は常時お前に死ぬほどの激痛を与えているはずだ」

「……お断りします」


 苦痛に耐えるユリエは静かにエドガーを睨みつける。

 もともと抑揚の乏しかったその声が、今はもう完全に感情を失っている。

 今のユリエは肉体と魂に焼けた鉄を全身にねじ込まれているような激痛を常に感じている。


 エドガーがユリエに刻みつけた魔王の刻印は刻印を刻まれた者に魔王の魔力を流し込み、肉体を魔族化させるものだ。

 それに加え、神が与えた命を呪われた魔族の命へと上書きさせる為、肉体と精神の両方へ激痛が走り続けている。


 それでもユリエは刻印から流れる魔力を必死に抑え込み、激痛に耐えていた。

 理由はただひとつ。

 間違いなくこの場に訪れるであろうカミトへ魔族化した自分の姿を見せたくないからだ。


「…………」


 しかしそんなユリエの気持ちを知っていたエドガーはユリエの刻印に魔力を流し込む。

「うああああああああああああ‼」


 ユリエの絶叫が巨大な空間へと響く。

 彼女を助ける者はここにおらず、地獄のような苦しみだけがそこにある。


「お前の血は特別だ。お前の血と魔王様の血が混じれば、この世界は真に終わりを迎える。お前も憎いだろ? くだらない人殺しなんてさせた家族が、世界が……一緒に世界を終わらせようぜ」

「……私は世界を憎んだことなんて無いです」

「そうか。だがそれもカミトを殺せば変わるだろうよ。もしくはお前が魔族に堕ちればなっ」


 そう言って再びユリエに魔力を流し込む。


「ああああああああああああっ‼」

「くはははは。気持ちいいねぇ。もっとやってやる」


 ユリエに向かって手を伸ばしたエドガーは彼女に魔力を流し込む前に手を止め、立ち上がった。苦痛に声を上げる絶望を映したユリエの瞳の色が僅かに変わったからだ。

 部屋の入口の付近に誰かいる。

 破れかけた服を着た少年とボロボロになった冒険者服を着た少女。そして小綺麗な服に身を包んだ金髪の少女。


「久しぶりだな。エドガー。しばらく見ない内に随分と姿が変わったみたいだな」

 異世界から来た少年──カミトが瞳に怒りを浮かべながら笑っていた。

「確かにお前には悪いことをしたと思ってるよ。でもいくらなんでもやりすぎじゃないか? お前の復讐相手は俺だろ?」


 カミトを前にローブを脱ぎ去ったエドガーをカミトは何処か憐れむ様に見つめる。

 エドガーの顔の半分はユリエの体に刻まれた刻印と同じような物が刻みつけられていた。瞳はユリエと同じ様に真っ赤に染まっている。


 元々の彼の瞳は黒だったはずだ。更に彼の尾てい骨からは尻尾のような物が生えており、肌は血の気のない青色になっていた。


「自分の体をそこまで変化させるほど、俺が憎かったのか? まぁ当然か。親友の命を天秤に掛けられ、最終的に捨てられたんだからな。お前には同情するし、申し訳なくも思ってる」


 カミトはため息のような声で言う。

「お前を助ける為に死んだ俺の親友は、この世界を愛していた」


 先程までユリエに掛けていた言葉とは違い、低く厳かな声でエドガーは語りだす。

 その口調には、騎士としての一種の威厳のようなものがあった。


「毎日二度教会に行き、神に感謝を告げる。休日を返上して奉仕活動をする。困った奴が入れば何も考えず助けに向かう。そんな奴だった」


 彼の言葉にカミトは無言でうなずいた。

 例え敵とはいえ、亡くなった死者の話を冒涜するつもりはカミトにはない。


「あいつは世界を愛していたし、そして世界に愛されていた。文字通り幸運の持ち主でな、賭けでも何でも常に勝つ。俺があいつに勝てた事なんてほとんど無かった。ただ一つ、儀式魔法の才能を除いてな」

「悪魔召喚……」


 弱々しく呻いたのはフローナだった。

 生贄。

 エドガーが死んだと言われた場所には血溜まりだけが残っていた。

 エドガーは自分自身を対価に悪魔を呼び出し、自らの肉体を魔族へと変化させた。

 元の人間であった彼の体は悪魔召喚の対価として消え去り、残った魔族の肉体がそこに残った。


「俺自身もうまくいくとは思ってなかったさ。邪法に手を染め力を得た俺はユリエ・ランドールを売り飛ばした。お前に復讐を果たした俺は自殺のつもりで儀式を行った。だけど、最後の最後に俺にも幸運が降ってきたんだよ。そして俺は魔族へ進化した」

 本来ならエドガーの復讐はその時点で終わっていたらしい。

「人生の最後に幸運から見放された俺の親友にできる事はなんだ? カミトへの復讐か? それともあの場に騎士達を連れ込む要因を作ったユリエ・ランドールへの復讐か? いいや、俺はこの世界へ復讐をする」


「何故そうなる? お前も親友とやらと同じ様に神を信仰し、世界のために奉仕すればいいだろう。それがお前の親友の為にもなるはずだ」

 話を聞いていたシェラは堪えきれなくなったのか責めるように呟く。

「世界に奉仕? ざけんなよ。俺の親友は世界のために貢献しようとして死んだんだ。神を信仰し続けて、そこにいる神──カミトに殺されたんだ。だったら俺ができるのは神が作った世界をぶち壊すことだけだろう?」


 静かに響く声で宣言しエドガーは大剣を構えた。

 話は終わりだ、と言う意思表明だった。エドガーの目的は既にカミトにない。先程彼が言った通り、彼は世界へ復讐をする。だから彼はカミトに長々と自分語りをしていたのだ。

 それは同時に彼の復讐の正当性を訴えかけるものだった。


「今逃げるなら特別に逃してやってもいい。魔物の大群を突破してここまで来た褒美だ。だが、これ以上俺の邪魔をするなら殺して──」

「確かにお前の言いたいことは分かる。ずっと信仰していた神──その関係者である俺の命を救う為にお前の親友は死んだ。世界に復習したくなる気持ちだって分かるさ」


 カミトは《紅炉の星剣》を構える。

「だけどな……。何も知らずこの世界に生きている数億人の人間がその復習のために殺されていいのかよ? 世界を救う事を一度放棄した俺が言うセリフじゃないのは分かってる。だけど、お前は人の命を何だと思ってるんだ」


「人の命など神の都合で簡単に消しされるただのゴミだ。違うか? 実際俺の親友はそうして消された。俺の知らない所でも神はそういう事をしてきたんだろう。神が贖う罪の対価を思えばその程度の犠牲、大したことはない」

 エドガーが冷酷に告げる。

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