第30話 グリンウッド

「あれ? この間みたいに魔法陣を通らないのか?」

「今回は大部隊だ。流石にあの魔法陣は通れない。故に普段は開けない大扉を開いたのだ」

「ふーん」


 カミトはそれだけ言うと馬車の隙間から外の様子を伺う。

 動き始めたカミト達の馬車に続いて後方にいる騎士や冒険者の部隊が次々に街から出ていく。

 カミト達を先頭にした大部隊の中心には他の馬車より護衛が多くついた馬車がある。


「なぁ? あの後ろの護衛がついた馬車ってなに?」

「ん? あぁ教会の人間達が乗っている」

(なんで教会の人がいるんだ?)



 首を傾げるカミトの疑問にフローナが答える。

「あそこで魔除けの呪文を唱えているんだと思います。多分この大部隊全体に魔法が掛かってます」

「そうなのかシェラ? と言うか急な話なのによくここまでの大部隊を用意できたな」

「あぁ。本当はあまりこういう事はしたくないのだが、今日は権力を乱用させてもらった。でなければここまでの騎士と冒険者は動かないからな」


 確かに普段のシェラの行動を見ると、彼女はあまり王族としての権力を使わない。住んでいる宿も自腹で払っているし、王族であるのに冒険者をやっている。

 何かしらシェラにも事情があるのだろうが、ここまでの大部隊が編成されたことはカミトにとってもありがたかった。


「と言うか……魔除けの呪文がこの部隊全体に張られてるなら、もし魔物が魔除けの効果範囲に入ってきた時、フローナの攻撃で無効化されるんじゃないか?」

「……フローナ。グリンウッドに着くまで攻撃しないてくれ」


 カミトの指摘を聞いたシェラはすぐにフローナへ向かってそう言った。

 どうやら味方の攻撃が魔除けの呪文を無効化させる事など考えていなかったらしい。


「お前って肝心なところでポンだよなぁ」

「う、うるさいぞ。私だって人間なんだ。間違いくらいする」

 赤面したシェラはプイとカミトそっぽを向いた。


 ケイディアを出てから数時間馬車で移動していると、突如周囲の空気が変わった。

 先程まで晴れていたのに空は雲に覆われ、時折雷が鳴り響く。


「急に天気が悪くなったな……」

「お兄さん。違います。魔物の魔力がこの辺り……異様に濃いです。神に仇なす呪われた魔力。それが神の恩恵である日差しを遮っているのかと思います」

「……ってことはこの辺には神の恩恵とやらが無いって事だよな?」

「はいっ」


 フローナがそう言った途端、カミトは背後にある馬車を見た。


「教会の奴らってどうやって魔除けの呪文を唱えているんだ? それって神の恩恵なしに発動できるのか?」


 魔除けの呪文が教会の人間以外に使えるならこんな危険な戦場に連れてこないだろう。

 わざわざ教会の人間を連れてきた事には理由がある。

 もし教会の人間が神の恩恵とやらを使って魔除けしているのであれば──。

 カミトが考えていた仮説にフローナもたどり着いたのだろう。フローナの顔に緊張が走る。


「シェラさん。後方の部隊を止めてくださいっ!」

「わ、分かった。少し待て発煙筒が……」

 シェラが近くに置いてあった袋を漁り発煙筒を探している。

「早くしてくださいっ!」

「うわあああああああっ!」


 焦ったフローナが叫んだのと同時に後方の部隊から絶叫が聞こえてきた。

 神の恩恵を失い魔除けの呪文が発動できなくなった後方の部隊が魔物の襲撃にあっているのだ。

 この場における選択肢は二つ。

 味方を守る為馬車を止め戦う事、そしてもう一つは──


「どうする? シェラ」

「……進むしか無い。ここで止まれば私達も殺される。残った者だけでグリンウッドに奇襲を掛ける。……フローナ。空を飛ぶ魔物へ攻撃をしてくれ。地を走る魔物は私がやる」

「分かりました」


 フローナは六花弓を取り出すと、すかさず後方の部隊を襲う魔物達へ光の矢を撃ち始めた。

 その隣でシェラは魔法陣を描き、部隊を追ってくる魔物達へ攻撃を加える。

 しかし、カミトには攻撃手段がなかった。


「何か俺にもできることはないか?」

「それならこの馬車を守ってくれ。近くにロープがあるはずだ。ロープで体を縛って屋根に登ってくれ」

「分かった」


 カミトはシェラの言う通り、ロープを見つけ出すと、馬車の床の隙間に縄を通す。

 そして縄をきつく締め上げると、体にロープを巻きつけ屋根に登った。

 高い場所から状況を見ると、今の状況はあまりにもひどい有様だった。

 街から出た時にいた部隊の半分は既に姿を消し、残っているのは空と地からの攻撃に耐えられる人間が乗った馬車だけとなっていた。

 それすらも押し寄せてくる魔物の集団に呑まれ、消えていく。


「くそっ。どうすれば」


 カミトは飛来する鳥類系の魔物を剣で切り裂きながら必死に頭を回転させる。

 しかしカミトに行える迎撃手段などほとんど無かった。

 出来るのは自分の乗る馬車に迫りくる魔物の迎撃と、魔物の集団に呑まれた人達の生存を祈ることくらいだ。


「ん? あれは……」


 馬車の進む先に街を守る外壁の一部が大きく崩れ去った場所があることをカミトは確認した。


「あれがグリンウッド……」

 カミトはユリエがいるはずのグリンウッドの街を一瞥すると、馬車の中に戻った。

「シェラ。グリンウッドが見えてきたぞ」

「そうか。なら壊れた外壁からこのまま突撃する」

「はぁ? 本気で言ってるのか?」


「あぁ。背後からは魔物の集団。前方には化け物がひしめく魔物の街。突っ込むしか無いだろう? おそらくユリエ・ランドールはグリンウッドの領主の城にいるはずだ。城の前まで突っ込み後方の部隊には魔導兵器を使って魔物を一掃してもらう」


 シェラこの言葉にカミトは目を瞬く。

「魔導兵器があるのか?」

「あぁ。後方の部隊には馬車一台につき一体の魔導兵器が配備されている。魔物に呑まれた連中も魔導兵器でどうにか生き延びている可能性がある。だから安心しておけ」


「っていうかよくあんな大きな物が入ったな。冒険者ギルドに配備されていた奴と同じだろ?」

「あれは戦場に持ち運び出来るように折り畳めるんだ。本当は一台の馬車に十体分の魔導兵器を置きたかったのだが、街の防衛にも割り当てなくてはいけないからな」

 などと会話をしている内にグリンウッドが目前まで迫っていた。

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