第28話 滅びの証明

 更に光でできた羽が光の柱から周囲に散らばっていく。

(神様?)

 ユリエは徐々に輝きを失っていく光の柱を見てそう考える。

 しかしそれは近くにいた騎士も同じだった。


「か、神か? ここに降臨なさったのか? 皆! あの場所へ迎え」

「しかし……暗殺者はどうするのです?」

「構わん! 神の降臨とはただ事ではない。見に行くぞ!」


 騎士達は光の柱が立っていた場所へ走り始めた。

 騎士達が走り去っていった姿を確認したユリエはホッとため息をつく。

(これからどうすれば……。それに私、とんでもない事をしてしまいました……)

 ユリエの後悔の感情が映像に映る。

 しかし次の瞬間、再びユリエの隠れた茂み近くから足音がする。


「誰だっ!」

 男の声がしてユリエはビクリと肩を揺らした。

(もうダメ……)

 ユリエは諦念の気持ちで立ち上がろうとする。

 しかし次にユリエの耳に届いたのはゴブリンの威嚇声だった。どうやら男はユリエに気がついたのではなく、ゴブリンの存在に気がついていたらしい。


 ユリエは茂みの隙間から男の姿を確認する。メッシュの入った髪に不思議な服。ぱっと見ただけで分かる美しい筋肉のつき方。

 まるで神様が直接その手で作り出したかのように美しい肉体。

(さっきの光柱の犯人……この人?)


 興味を持ったユリエは見惚れるように男の姿を見続ける。自分が人を殺していたという罪に耐えきれなかった事も理由にあるのかも知れない。

 崇めるようにただ男を見つめていた──男がゴブリンに襲われている事すら忘れて。


 次の瞬間、男はゴブリンの鋭い爪で切り裂かれた。血を吹き出しながら吹き飛ぶ男を見てユリエは自分がとんでもない事をしてしまった事に気がついた。

(私なら守れたのに……。見惚れてたせいで)


 目の前にいた男は神だったかもしれない。自分を救ってくれたかもしれない、私より価値がある人だったかもしれない。

 そんな人を殺させてしまった。その凄まじい罪悪感がユリエを襲う。

 しかし、ゴブリンに切り裂かれた男はまだ生きていた。


(助けなきゃ)


 ユリエが茂みから動いた途端、光の柱を追っていた騎士たちの声が響く。

「「「「ファイアー」」」」

 その後ゴブリンがすぐに討伐され、怪我をした男と騎士の一人の命を天秤に掛ける映像が映っていた。


「ふざけんな! なんでこんな訳の分からない奴の為にっ!」


 騎士の一人が残された回復薬をメッシュの入った男に使う事を拒み、トドメを刺そうと彼に剣を突き刺そうとする。

 それを他の騎士が制止させ、最終的にメッシュの入った男に回復薬が使用される事になった。


「ざけんなっ。そいつは絶対に殺す。殺す殺す殺すっ!」

「やめろ。エドガー。この男は神に関わる者かもしれないのだぞ」

「知るかっ! 神が俺を……俺の親友を殺すと定めるならこんな世界終わればいい! そいつに復讐するためなら魔王にだって魂を売ってやるよっ。俺から離れろっ!」


 その瞬間、騎士の一人がエドガーと呼ばれた男の頬に張り手を叩きつけた。

 そこでユリエの記憶が終わっていた。


「これって……俺か?」

「その様ですね~。それにしてもカミトさんって何者なんですか? この世界の住人じゃないですよね~」


 アーシャがユリエの記憶を見てカミトに興味を抱いたらしい。眠そうな瞳の奥に好奇心が爛々と輝いている。

 しかしすぐにフローナがカミトへ飛びつき、心配そうな面持ちでカミトの体を見つめる。


「お兄さん。……怪我は大丈夫なんですか?」

「ん? あぁ。大丈夫だ。さっきの記憶見ただろ。俺は騎士の犠牲の上に怪我を治されたんだ」

(あんな事になってたのか……。エドガーが俺に復讐をした事も仕方がないのかもしれない)


 そう思いつつ、しかしエドガーへの怒りは依然カミトの心の中を渦巻いている。


「……ユリエの記憶って続きはないのか?」

「はい? 見たいんですか? そろそろユリエさんの現在の様子を……」

「せめてユリエがエドガーに攫われる部分を見せてくれ。俺はそれを見ないといけないんだ」

「……分かりました~。でもそろそろユリエさんの血に混じった魔力が尽きるので急ぎ足で映しますよ? 追跡できなくなっちゃうので~」


 アーシャは再び水晶へ向かうと魔力を込めた。

 次の瞬間、再び水晶に映像が映し出される。

 映ったのはカミトとユリエの出会いの部分だった。

 カミトの行方を見失い、居場所が無くなったユリエがスラムに逃げ込み、そしてカミトに出会った。

 身を挺してユリエを守ったカミトを見てユリエが抱いたのは、信仰心とは別の感情。


 自分を利用していた父でも暗殺対象がユリエに向けてくる視線でもない不思議な瞳。ユリエはカミトの優しさを前にこの力を彼を守る為に使おうと考えた。

 そのユリエの気持ちが……純粋な少女の恋心が映像に映し出される。

 どうやらアーシャはカミトが頼んだ記憶の部分を探しているらしい。先程まで映っていた映像とは違いハイテンポでカミトとユリエの生活の一部が映し出され、やがてユリエが攫われた日の映像が映し出された。


 誰も居ない広場に立っていたエドガー。そこに武器を携帯していないユリエが静かに向かう。


「やっと来たか。ユリエ・ランドール」

「……カミトには手を出さないでください」

「ふん。それは約束できないな。俺はあいつを俺と同じ様に絶望させたいんだよ。そのためにお前を利用させてもらう。どうやらあのクソ男はお前にご執心みたいだしな」


「……話が違います。私を好きにしてもいい。だけどカミトには手を出さないと……」

「知らねぇな。取り敢えずお前は奴隷商に売り飛ばす。お前が性奴隷として買われた所をあの男が見たらどう思うだろうな。クックック」


 本当に楽しそうに笑い声を上げるエドガーは、抵抗せずただ立ち尽くすユリエの両手を縄で縛る。


「カミトは私が奴隷として売られてもあなたが思うようにはなりません」

「そうかぁ? 考えても見ろ。この世界にあいつの居場所は無かった。だが、お前はあの男に居場所を与えたんだ。救われたような気持ちになっただろうよ。そしてお前に他の感情を抱いてもおかしくない」

「そんな事はないです。カミトは……」


「知ってるぜ。あいつは臆病者だ。世界を天秤に掛け自分の命を優先するような奴だ。そんな奴が何故、スライムとはいえ魔物退治をするか……。それはお前との生活を守る為だ。だから俺はお前を売る。あいつが守りたい物は俺がすべて壊す。クックック」

「……だったら私も容赦しません」


 ユリエは隠し持っていたナイフを取り出すと、両手を縛っていた縄を切り、エドガーへ振る。

 だがエドガーはその場所に居なかった。気がつけばユリエの背後にまわり、彼女の手首をひねり上げていた。


「くっ……。その力……」

「そうだ。俺は邪法に手を染めた。あのカミトとか言うクソに復讐するためだ」


 そこで映像がプッツリと切れていた。

 ユリエが気絶させられた影響だろう。


「これがユリエさんの攫われた日の出来事ですね~」

「ユリエは俺を守る為に……」

「まぁその話は後にして~それじゃあ今現在のユリエさんの映像を映しますよ」


 アーシャは水晶の近くにおいていたユリエの血が光の粒となり消えていくのを横目に言った。

 アーシャが水晶に手をかざすとすぐに映像が映る。

 ユリエの視界には黒いローブを羽織ったエドガーが立っていた。


「……あいつ死んだはずじゃ?」


 カミトはシェラの方を見る。

 しかしシェラも分からないと言った様子で横に首を振る。


「お前は隠していたみたいだが、カミトがユリエ・ランドールは殺人者と知ったらどうなる? もう諦めろ。お前ももうじき魔族に堕ちるんだ。魔王様はお前を欲している」


 映像に映ったエドガーがユリエに語りかける。

 ユリエの視界には檻が映っており、彼女は幽閉されていると分かる。


「……断ります。あなたは復讐することをまだ考えている。何をするつもりですか?」

「ケイディアの街を滅ぼ──ん? 誰だ?」


 突然エドガーはユリエの瞳を覗き込む。彼の瞳が赤く光ったのと同時にアーシャが焦った様に動き始めた。


「ま、マズイです。観ていたのがバレました」


 アーシャが水晶に手を伸ばそうとしたその瞬間、水晶からエドガーの声が響く。

「おいおい。焦るなよ。せっかくだから一つだけ教えてやる。カミト。今からこいつを魔族に堕とす。そしてこいつは魔王様の花嫁となる。お前にはユリエ・ランドールの存在は分不相応だ」

「一体何を言っているんですか?」


 水晶からユリエの声がする。

 どうやらユリエには状況が理解できていないらしい。


「くははっ。ユリエ・ランドール。お前記憶を視られていたみたいだぞ。バレちまったなぁ。お前が殺人犯であることが」

「……そうですか」

「ちっ。つまんねぇな。まぁいい。そういう訳であと数日もすればその街は終わる。逃げても追うから安心しろ。──そうだ。カミト、お前の死に際には魔族に堕ちたユリエ・ランドールに看取ってもらうことにしよう」


 それだけ言うとカミト達が見ていた水晶は粉々に砕け散った。

「こ、壊されました。これ高いのに~」


 アーシャが割れた水晶を見て半分涙目になっていたがそれどころではない。

 もはや問題はユリエを助ける助けないの話ではなく、街の存亡に繋がっている。

 シェルノ神の言葉は『あの街で燻っていれば滅びは数日後には訪れる』だったので、エドガーの発言により、滅びとは街が滅びることだと改めて証明された事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る