第27話 ユリエの過去
気がつくとカミトは自分の部屋の前に立っていた。
ユリエを見つけ出す手段はもうカミトの手にはない。ユリエを助け出せる可能性はもはや絶望的だった。
加えて襲撃者が魔族である可能性がある。
「……どうすれば良いんだ」
カミトが魔物と戦う覚悟を決めたのはユリエを助ける為だった。
だが、そのカミトの心を支えていた支柱たるユリエは何者かに奪われていった。心はポキリと折れ再起不能となったカミトは沈黙しつつドアノブに手を掛ける。
部屋に入ると同時に火薬が弾ける音がした。
「お兄さん! おめでと……あれ?」
どうやらクラッカーのような物がこの世界にもあるのだろう。
すっかりお祝いムードでフローナがカミトを迎えるが、カミトの顔は暗くそしてユリエはいない。
カミトの様子に違和感を抱いたシェラはカミトの表情を伺う。
「どうした? ユリエ・ランドールはいないのか?」
「……何者かに攫われたらしい。強盗と魔族の襲撃がどうとか言ってた」
それだけ言うとカミトはフラフラとベッドへ倒れ込んだ。
すぐにフローナはカミトの方へ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「……悪い。今は一人にしてくれ」
カミトはギリギリ二人に聞こえるか細い声で言うとそのまま目を閉じた。
目を閉じたカミトの耳に二人が部屋の外へ出ていく音が聞こえる。
しかし足音の一つはドアの前で止まった。
「カミト。お前……もしユリエを取り戻せるならどうする?」
「……何だってする。でももう無駄だろ。追跡手段なんて無いんだ」
「そうか。ではこの金は貰っていくぞ。もうお前には要らないだろう?」
シェラは部屋の隅に捨てられていたお金の入ったケースを手に取るとそのまま部屋から出ていった。
それから僅か三十分後。
天井を眺めるだけのカミトのいる部屋のドアがノックされた。
しかしカミトは立つ気力もなく、扉に視線を向けるだけ。
しばらくするとドアは勝手に開き、シェラとフローナそして魔導シールド発生装置の管理人であったエルフの女性が部屋に入ってきた。
「一ヶ月振りですね~カミトさん~」
あいも変わらず眠そうにあくびをするエルフ女性はカミト倒れているベッドに横になるとすやすやと寝息をつき始めた。
すぐにシェラとフローナがエルフ女性のもとへ向かう。
「おい。お前は別件でここに呼んだのだぞ? 寝るために呼んでない」
「お、お兄さんと一緒に寝ないでくださいっ! 駄目ですっ。離れてください」
フローナがカミトの隣で寝るエルフ女性の体を揺さぶる。
一緒にカミトの体も揺さぶられ、カミトは面倒くさそうに体を起こした。
「何なんだよ? 今は遊ぶ気分じゃないんだけど」
「そんな理由で連れてきてはいない。──アーシャいい加減に追跡魔法を使え。何のためにバカ高い寝具や家具を買ったと思っているんだ?」
どうやら持っていったお金はアーシャの寝具を購入する費用に使ったらしい。流石に全額は使っていないだろうが、話しぶりからするにかなりの高級品を買ったと思われる。
その言葉を聞いてカミトはハッとした。
「……お前。追跡魔法が使えるのか?」
「はい~。使えますよ~」
「そ、それじゃあ今すぐユリエを追跡できるか?」
「はい~。元々そのために来ましたから~」
アーシャは再び大きくあくびをすると、ベッドの縁に腰を掛け地図を取り出した。
地図はこの世界の地形を精密に示した世界地図らしい。各国の国境と国名が描かれた地図は人工衛星がないにしては、妙に細かく描かれていた。
恐らく魔法やそれに関する物で地形を把握しているのだろう。
その地図の上にアーシャは糸のついた宝石を垂らす。
「遼遠の地、移ろう者の行方を我に教えたまえ‼ 追跡開始(サーチ)」
蒼い魔力が波となり、アーシャから放たれる。
すぐにアーシャの手に持った宝石が円を描くように動き始める。彼女は手を動かしながら、宝石が描く円が小さくなる場所を探す。
糸のついた宝石が描く円の中にユリエがいるらしい。そして円を小さくしていく事でユリエの位置を特定する。追跡魔法とはそういう魔法らしい。
やがて宝石はカミト達がいるケイディアから数十キロ離れた土地を指す。
「ここみたいですね~。うーん……ここは──」
「グリンウッド……ちょうど三年前に魔物の襲撃によって滅びた街だ」
アーシャの言葉を遮り、シェラがそう言った。
「……なんで滅びた街にユリエが──どうなってるんだ? 生きてるのか?」
カミトの頭には大量の疑問符が浮かび上がる。
同時にアーシャは懐を弄り始めた。
「何してんだ?」
「ちょっと待ってくださいね~。遠望の水晶がどこかに……」
そう言いながらしばらくアーシャは自身の体を弄り続ける。
そして──
「ありました~そう言えばここに隠したのでした~」
と言いつつ、腰まで流れた長く綺麗な髪の毛から人の頭一つ分ある程度の大きさの水晶を取り出した。
水晶は水色の光を放ち、見るからに価値があるものに見える。
しかしそんな事よりも何故そこまで大きいものが彼女の髪の毛から出現したのか、この場にいるアーシャ以外の人間は疑問に思っていた。
「……それでユリエの状況が見えるのか?」
「はい~。正確には彼女が見ている景色が見えます。稀に別の物が見える事があるんですけどね~」
そう言ったアーシャは水晶の近くに赤色の粉を置いた。
「それは?」
「ユリエさんの血です。
そう言いつつあくびをしたアーシャは水晶へ手を伸ばした。
しかしカミトはユリエが怪我をしていた事実に驚いていた。彼女は怪我をしたような素振りを見せていなかった。
(もしかしたら俺を心配させないように黙ってたのか?)
そんな事をカミトが考えている内にアーシャは詠唱を終えていたらしく、突如として水晶の中に映像が映し出される。
最初に映ったのはカミトには全く面識の無い白髪赤目の男。
彼は映像を見ているカミト達の方へ近づき、そしてこちらに手を伸ばした。
「ユリエ。今度はレイバーレイの街にいる領主を殺せ」
「分かりました。お父さん」
抵抗する事のないユリエは機械のように頷き、レイバーレイの領主の暗殺へと向かう。
そこから先に映っていたのはカミトの知らないユリエの姿。
父に従い躊躇なく人を殺すユリエの姿だった。
「な、なんだよ……これ。これがユリエなのか?」
「そのようだな。お前の大切な人は父親に命令されれば、容赦無く人を殺す殺人鬼だったみたいだな」
目の前に映る映像が信じられないカミトにシェラが追撃のように言う。
しかしアーシャは首を傾げていた。
「触媒が強すぎたみたいですね~。でもおかしいです。今映っているのは過去の記憶。なのにこの記憶、ユリエさんの心情が一切伺えないんですよね~」
「どういう事だ?」
「本当ならその時に感じた感情や何を考えていたか……そういったモノも映るはずなんです。でも今の映像、人を殺した時も命令された時も何も考えていないんですよ~。おかしいでしょ?」
アーシャが首を傾げていると、続きの映像が流れ始めた。
先程の映像よりも少し成長したユリエが再び誰かを殺そうと飛びかかる映像。
その途中殺そうとした相手の反撃を受け、ユリエの握っていた片方の剣が砕けた。
同時にユリエは暗殺対象を目の前にその場から逃亡した。
彼女が逃げたのは暗殺対象がいる街から遠く離れた森の中。
「私……。人殺しを」
ポツリとユリエが呟く。彼女は自分の行いに後悔しているように見える。
同時に近くの茂みから人影が近づいてきた。
(ひ、人……追撃者?)
カミト達の見る映像にユリエの思考が映る。どうやら先程アーシャが言っていた感情や考えている事が映るとはこういう事らしい。
映像は続き、ユリエは木陰に身を潜める。
「探せっ。犯人はここら辺にいるぞ」
ユリエを追ってきた騎士の声が響く。響く声の包囲網は徐々に狭まり、あと一歩で姿が見つかる、という所まで近づかれた。
その瞬間──ユリエの瞳に凄まじい光の爆発が映る。
天まで届く光の柱がユリエの潜む場所から少し外れた場所で輝く。その輝きはあまりに神々しく、見ているだけでひれ伏したくなってしまう光景だった。
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