第26話 戦い

「なぁ? 今女性像が笑わなかったか?」

「……お兄さん! また私を怖がらせようとしてますねっ! だ、騙されませんよ」

「いや、本当だって。ほらっ。今も笑ってるって」

「えー。元々笑ってたんじゃないですか?」


 フローナはニンマリと口角を上げたまま固まっている女性像へ懐疑的な視線を送る。

 女性像の手から宝石を取ろうとするシェラは気が付いていないようだ。


「何だこれっ。全然取れないぞ」

 シェラは女性像の握った宝石を力ずくで奪おうとしているが、宝石はピクリとも動かない。

 しかし女性像の方は明らかに動き始めていた。色の灯っていなかった灰色の瞳が赤く光る。それを見たフローナはビクリと肩を震わせた。


「お、お兄さんっ! 目が光りました」

「だから言っただろ。動いてるってさ」

「そんな事言ってる場合じゃないです。シェラさんを助けないと!」


 フローナがそう言った途端、シェラの方から悲鳴が聞こえた。だが悲鳴を上げたのはシェラではなく石像だった。


「な、何だこいつ。動き始めたぞっ」


 シェラは石像から後ずさる。

 同時に石像は宝石もとい神の血を口に運び、神の血を飲み込んだ。


「あ、あいつ喰ったぞっ」

「カミト、フローナ構えろ。恐らく防衛システムが起動したんだ」


 シェラは細剣を構え即座に細剣で円を描く。

「燃やし尽くせ! 不死鳥の息吹フェニックスブレス


 シェラの描いた魔法陣から不死鳥が放たれ、石像に激突する。

 次の瞬間、大爆発が起きる。

 しかし、黒煙の中から傷一つ付いていない石像が姿を現し、奇声を上げる。


「うるさっ。フローナ。六花弓で無力化出来ないか?」

「無理です。お兄さん。さっきあの像は神様の血を食べました。あの石像の動力は魔力じゃなくて神様の血です」


 六花弓が無効化するのは魔力と能力の二つ。

 神の血という事は、石像の動力は神の力、神力。六花弓では無効化はできない。


「なるほど……それじゃあフローナは後方に逃げてくれ。俺とシェラでどうにかする」

「分かりました」


 フローナが六花弓を抱え安全圏まで逃げるのを確認したカミトは《紅炉の星剣》を構える。

 石像を構成する物質が石材である以上、石像は打撃攻撃に弱い。

 しかしこの場に打撃攻撃が得意な人間はいない。となるともう一つの手段が有効打に繋がる。それは石すら溶ける高熱で石像を攻撃することだ。


「シェラ。あの像を溶かす程の高熱を生み出せるか?」

「全魔力を集中させれば一度程度なら可能だろう」

「分かった。それじゃあ俺が時間を稼ぐ。シェラはスキを見て奴を倒してくれ」


 シェラがコクリと頷くのを見てカミトは石像の前に躍り出た。

 昨日神域で倒したトラによって大幅にレベルを上げたカミトの今の身体能力は『シェラの足を引っ張らない』程度に強化されていた。

 カミト自身は自覚がないものの遠目から彼が戦う姿を見ていたシェラはそれに気がついた。


「カミト……いつの間に。まぁいい今はアイツを倒す事だけに集中するんだ」


 シェラは全身の魔力を集中させる。

 次第にシェラの周辺の空間は蜃気楼のように歪み始める。

 カミトは女性像の攻撃を必死に回避しながら、シェラの方に視線を向けた。


「まだか⁉」

「もう少し待てっ」


 シェラの言葉を聞いたカミトは剣を横薙ぎに振る。カミトの剣も魔力を込めると高熱を生み出す武器。

 しかし現在のカミトの魔力では石を融解させるほどの高熱は生み出せない。精々石像の表面を僅かに溶かし、傷を付けるだけ。それすらも一瞬で再生する。


 一方神の血液を取り込んだ石像の攻撃は大地を振動させるほどの壮絶な一撃。

 その拳は生物最強と言われるドラゴンの一撃を凌駕し、口から放つ魔力の塊は街の外壁すら容易に破り割く。

 この隠し部屋から出れば、瞬く間に周辺地域を焦土と化すことができる圧倒的な力。


 しかしカミトはその攻撃をギリギリであるが回避する。

 石像の攻撃の余波でボロボロになっていくカミトの仕事は時間稼ぎ。馬鹿正直に正面から戦う必要は無い。


「カミトっ! 準備ができたぞ。逃げろっ」


 突然カミトの背後から凛とした声が飛んでくるが、カミトには石像を背に向けて逃げるだけの余裕は無かった。


「このまま殺れ!」

「しかし……」

「早くしろっ」


 カミトが吠えると背後からシェラの覚悟を決めた声が飛んできた。

「穿て‼ 〝溶岩の槍ナスタチウム〟──」

「タイムディレイ!」

 カミトとシェラの言葉が重なる。


 同時にカミトは石像の攻撃を避けつつ、一気に距離を取る。

 しかし石像はカミトを標的にしておりカミトを追う。だが、石像の動きは飛来した白い矢によって阻まれた。

 次の瞬間、シェラが放った槍はソニックブームを生み出し、石像へ真っ直ぐ飛ぶ。多少距離を取ったとはいえ、確実にカミトを巻き込む威力。

 直後、轟音と人を殺せる程の衝撃波がカミトの全身を叩きつけた。


「かはっ……!」


 吹き飛んだカミトは壁に叩きつけられ、一瞬意識が飛んだ。壁に叩きつけられた時に出血したのか、頭部から赤い液体がポタポタと地面に滴っていく。

 全身を強打した影響で全身の骨が悲鳴をあげる。

 しかし、カミトは根性を振り絞って立ち上がると、石像がいた場所を確認する。


「おいおい……何も残ってないぞ」


 シェラの槍が当たったと思われる場所は熱でどろどろに溶け、マグマになっている。

 石像の残骸と思わしき物体は周囲に散らばっているが、先程まで敵対していた像はほとんど跡形も無くなっていた。

 それを確認したカミトはふらりと壁に背を預ける。


「お、お兄さんっ!」


 戦闘が終わり慌ててフローナがカミトへ駆けつけてきた。

 駆け寄ってきたフローナはカミトの周囲をくるりと一周して、彼の顔を見つめる。


「大丈夫ですか? お兄さん」

「あぁ。大丈夫。それより助かったぞ。最後に飛んできた矢はフローナが射った矢だろ?」

「はい。お役に立てて嬉しいです」


 そんな会話をしている内にシェラはバラバラになった女性像の残骸の山を漁る。

 やがて赤い宝石を手にしたシェラがカミトの元へやってきた。


「これで目標達成だ。カミトもゆっくりしていいぞ」

「そうか……」


 気を緩めた途端、カミトの意識は急速に揺らいでいく。

 シェラの一撃を受ける前から蓄積していたダメージで限界だった上、トドメと言わんばかりの強力な一撃。

 元々カミトは立っているのがおかしいほど限界だったのだ。

 立つ気力も無くなったカミトが地面に膝をつくと、フローナが静かにカミトを抱き寄せた。

 彼女の温もりがカミトに伝わり、カミトは眠気に抗えなくなる。


「すまん。後は任せる……」



 気がつくとカミトは温かい布団の中にいた。腹部には何かが乗っている重い感触。


「……」


 目を開き上体を起こすと、フローナがカミトの寝る布団の上でヨダレをたらし寝ていた。

 カミトはフローナの頭を撫でつつ状況を理解しようと思考する。

 しかしそれを遮るようにドアの方から声が飛んできた。


「目が覚めたか。カミト」

「ん? おぉ。シェラか」

「体は大丈夫か?」

「あぁ……そう言えば神の血はどうなったんだ?」

「安心しろ。お前が寝ている間に信頼出来る人に預けた。それから報酬として七千万ソルを貰った」


 シェラはそう言うと鉄でできたケースをカミトへ投げて寄越す。


「早く取り戻してこい──お前の大切な人なのだろう?」

「あぁ。ありがとう。このお礼は絶対にするからな」


 カミトは鉄のケースを手に持つとベッドから降り、駆け出した。

 予め聞いていたユリエがいる奴隷商へカミトは走る。カミトの体感では僅か数日間。この数日間、何度と無くカミトは奴隷商へ向かおうとした。

 しかしユリエになんと声を掛けていいか分からなかったカミトは店の前で立ち尽くす事しかできなかった。

 だが今日は違う。ユリエを買い戻し、彼女を自由にする。

 そんな決意でカミトは奴隷商の前にたどり着いた。


「……なんだこれ」


 カミトが目にしたのは廃墟と化した奴隷商の店だった。店からは黒煙が上がっていて、中にいた奴隷と思わしき人間達は騎士に保護されていた。

 しかしその中にユリエはいない。

 カミトは騎士に対する感情を一時忘れ、声を掛ける。


「おい。何があったんだ?」

「あ? あぁ。奴隷商が襲撃にあったんだよ。取り扱っていた奴隷に希少な価値がついている奴がいてな。それにこの周辺で魔族を見たって噂もあって大騒ぎなんだ」

「……奴隷は全員助け出したのか?」

「あぁ。中にいたのは全員だ。なんだ? 買いたい奴隷でもいたのか?」

「あ、あぁ……。白い髪の毛の女の子なんだけど」


 カミトは呆然としながら騎士を見つめる。

 聞きたくない言葉があるとすればただ一つ。


「……そんな奴はいなかったぞ? 多分そいつが攫われたんだな」

 そこから先の記憶はカミトには無かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る