第25話 神の血

「もう最下層だぞ。いい加減におしゃべりはやめろ」

「分かった。……フローナ。もうすぐ最下層に着くらしいけど、ここに来て何か思い出したりしてないか?」


 先程までの若干落ち込んだ様子のカミトは一瞬の間にいつもの調子に戻るとそう言った。

 しかしフローナは申し訳無さそうに首を横に振る。


「ごめんなさい。……何も。ただ、通常の手段で入れないのは知ってます」

「いや、助かる。少しでも情報はあったほうが良いからな」


 カミトはそう言うと顎に手を当て考える。

 フローナの情報によって分かったのは、要石は隠し部屋や魔力によって隠蔽された場所に隠されている、という事だ。


「妙に埃っぽいな」


 最下層にたどり着くと、カミトは周辺をキョロキョロと見渡し、眉をしかめてそう言った。

 シェラの魔法によって照らされる範囲にはなるが、最下層だけあってホコリの積もり方が尋常ではなかった。

 歩くだけでホコリが煙幕のように舞い上がる。


「……なぁ。シェラの魔法がホコリに引火してみんな丸焦げになるのも時間の問題だと思うだけど」


 今のカミト達の視界はシェラによって生み出された炎の鳥によって確保されている。この火の鳥が積もり積もったホコリに引火すれば、あっという間にカミト達は丸焦げになるだろう。

 それはシェラも危惧していたのだろう。カミトが言った直後に首を縦に振った。


「そうだな。私もそれを危惧していた。魔物も一掃出来るだろうし、一度火を放ってしまうのはどうだろう? 一度地上に上がり火を放つ。フローナの魔法で地上からここまでの区間に魔物は出現しないはずだ。すぐに戻ってこれる」


 シェラの提案にカミトは首を縦に振った。

「そうだな。このまま居ても丸焦げになるのは目に見えてるし、先に燃やしておくか」


 カミト達がもと来た道に戻り、そして階段を三、四階分の階段を登った頃合い。

「それじゃあ着火するぞ」

 周囲に火の付くモノがない事を確認したシェラは細剣を振るった。──瞬間爆発のような音と共に地下から黒煙が上がってくる。


「「「ごほっ。ごほっ」」」


 カミト達三人は舞い上がる黒煙を吸い込み一斉にむせ始めた。

 特に上がってきた黒煙を多く吸い込んだフローナは、苦しそうな顔をしてカミトの服の裾を掴んだ。


「お、お兄さん。地上まで逃げましょう」

「そうだな。シェラも行くぞ」

「あぁ」


 三人が地上へ出ると、すぐに地下から爆発音が響いた。

「ん? 今の爆発は何だ?」

「爆発物でもあったのではないか? もう少ししたら見に行こう」


 三十分程して黒煙が上がらなくなったのを確認したカミトは口元を押さえ、下の階へ降りる。


「空気が悪いな……この空気を吸うと体に悪そうだし……」

 カミトが地下へ向かうことを躊躇していると、シェラがポケットに手を突っ込んだ。

 そしてゴソゴソとポケットの中を漁り、

「一応こういう物があるぞ」

 そう言ってシェラは三つの飴をポケットから取り出した。カミトは彼女が突き出した紫色の奇妙な飴を覗き込み怪訝そうに眉をよせた。


「なんだコレ? 飴を舐めて暇つぶししろって事か?」

「違う。これはエアキャンディーという水中で酸素を補給するための飴だ。これがあれば、汚れた空気を吸う必要もあるまい。ただ三つしか無い。三十分しか持たないぞ」

「オッケー。それじゃあそれを舐めてさっさと最下層へ行こう」


 カミトはシェラからキャンディーを受け取ると口へ放り込む。

 その瞬間、口と鼻から呼吸をしていないのに酸素が口腔内にある飴から生み出され、体内に送られてくるのが分かった。

 しかしキャンディーは無味無臭で石を舐めているような気になってくる。


「味……無いんだな」

「うるさいぞ。一番安いやつなんだ。嫌なら吐け」

「嫌だね。早く行くぞシェラ。フローナ」


 カミトは迫りくる刻限に焦り階段を駆け下りる。

 空気が汚いと言ったが実際のカミトは地下が一酸化炭素で満たされている事を危惧していた。

 一酸化炭素は吸い続ければ、頭痛・吐き気等の中毒症状を引き起こし、最悪の場合死に至る可能性すらある。


 故に「エアキャンディー」の刻限が切れればカミト達は一酸化炭素の満たされた空間に放り出される事になる。

 それが分かっていたカミトは早足気味に最下層へたどり着いた。床を覆っていたホコリは完全に燃焼し、見違える程見通しが良くなっていた。

 引火しやすいホコリだけ先に燃え、燃えにくいコンクリートの壁は煤が付く程度で収まっている。


 スカイタワーの最下層は駐輪場だった場所だ。他の場所に引火することも無かったのだろう。


「これで探索がしやすくなったな。それに見通しがつきやすくて安全だ」

 カミトは周囲をキョロキョロと見渡しながら荒れ果てた駐輪場の跡地を徘徊していると、突然フローナが興奮気味にカミトの肩を叩き、

「お兄さんっ! あれっ」


 慌てた様子で駐輪場の支柱を指差す。

 彼女が指差した場所は、何故かそこだけ煤が付いておらず、新品のように綺麗だった。

 その一本の支柱だけは他の支柱と違い老朽化していない。おそらく何らかの魔法がかかっているのだろう。


「あれが入り口か? てっきり壁面に隠し部屋があるのかと……」

「隠し部屋は異次元にあるので入り口はどこでもいいんです」


 壁ばかり見ていて支柱には目を向けていなかったカミトは自分の見る目の無さに肩を落とし、

「それを早く言ってくれ」


 苦い表情をして駐輪場の支柱の目の前まで向かった。

 恐らく隠し部屋は特定の人物が支柱に触れた瞬間開く。直感ではあったがカミトは確信を持っていた。──そしてその特定の人物とはフローナかカミトのどちらかであるだろうとも予想していた。


 異世界から来たカミトかシェルノ神の巫女であるフローナどちらかが触れれば扉は開く、そんな確信を持ちカミトはシェラとフローナに手を伸ばす。


「手を掴んでくれ」

「はい」


 フローナはすぐにカミトが伸ばした右手を掴んだが、シェラはカミトを見つめたまま動かない。


「何してんだ? シェラ。お前も早く俺の手を掴め」

「ふん。別に手でなくともいいのだろう?」

 シェラはそう言うとカミトの肩を掴んだ。

「まぁ良いけどさ……」


 カミトは彼女たちが自分の体に触れている事を再度確認すると、支柱に手を伸ばした。


 その瞬間、何かに引き込まれる感覚を覚え、カミト達は巨大な空間に立ち尽くしていた。

 大きさは二五メートルプールが二つ入る程度の大きさの円形の部屋。

 その中心には女性の人間の形をした石像が立っており、石像の伸ばした手には赤々とした宝石が握られていた。


「何だこりゃ。これが要石?」

「これは……血だな。人の血じゃない神の血だ。神の血を固形化させ、要石とすることで常時消費する莫大なエネルギーを補っていたんだろう」

「売れるのか?」

「一欠片で一生遊んで暮らせるぞ。有用性は図り知れない。そもそも神の実在を証明するモノだからな。この血が誰の血か分からないが全世界のあらゆる教会が黙っていないぞ。これの争奪で戦争すら起きかねない」


 要石が神の血という事は、これだけで神の存在が完全に証明されることになる。

 それは人々の信仰を集める教会にとって凄まじいアドバンテージだ。

 実在が証明された神と神話にしか登場しない神どちらを信仰するか、と言われれば間違いなく前者を信仰するだろう。


 不確かなモノより確実性のあるものを信じたい。それは人間の性だ。

 よって神の存在を証明する神の血は全世界の様々な教会によって奪い合いが起きる。

 一つは隠蔽工作のため、一つは崇める神の血を信仰の対象にするため。

 神の血の為に血みどろの争いが起きるのは確実だ。


「……どうする? 持ち帰るか? 置いていくか?」

「ここに放置はできん。存在を知ってしまった以上無視も出来ない。持ち帰る……そして父に預ける事にする」

「大丈夫なのか?」


「あぁ。安心しろ我が国で厳重に管理する」

 シェラは緊張した面持ちで赤い宝石を手に取ろうと手を伸ばす。

 その瞬間女性像がニンマリと口角をあげたようにカミトには見えた。すぐに隣に立つフローナにこっそりと耳打ちをする。

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