第24話 要石

「そうだな。よろしく頼む。……しかしもう少しまともな説得は無かったのか? ほぼ脅迫ではないか」

「まぁ脅迫だしな」


 カミトの作戦とも言えない脅迫行為が成功し、ホッとため息を吐いた途端──

「お兄さん! やりましたね!」


 部屋のドアが勢いよく開き、フローナがカミトに飛びついてきた。


「ちょ、フローナ落ち着けって。盗み聞きしてたのか?」

「……すみません。気になっちゃって」

「まぁいいけどさ……それじゃあもう一度スカイタワーへ向かおう」


 カミトがそう言った直後、シェラが真剣な面持ちをしてカミトの肩を叩く。


「カミト、一つだけ頼みがある」

「ん? なんだよ?」

「その要石の売り先は私が選んで良いだろうか? 異世界の遺跡をこの世界に留め続ける程に強力な物をよく分からない奴に売りたくはない」


 考えてみれば当然の話だ。

 スカイタワーをこの世界に留めている要石。そんなモノが特別な力を持っていない訳がない。要石が強大な力を持っているのは確定的に明らかだ。悪用されない人に売るのは正しい。


「分かった。ただし安値で買い取られない場所にしてくれよ?」

「安心しろ。間違いなくユリエ・ランドールを買い取るだけの金は貰えるだろう」

 シェラはそう言うと、スカイタワーへと繋がる下水道施設への入り口へ向かった。


 一時間後。

 カミト達三人はスカイタワーの根本にたどり着いていた。


「なぁ? それで要石ってのは何処にあるんだ?」


 隣にいる少女の横顔を、見つめてカミトは訊いた。フローナはスカイタワーから視線を外し、カミトを見つめると、


「最下層から続く隠し通路の奥です。場所までは分かりません。ごめんなさい」

「いや、大丈夫だ。とりあえず行こうか」


 申し訳なさそうに頭を下げるフローナを励ますように言うと、スカイタワーへ入る。

 カミトの隣でフローナが格納式降魔神弓(アルストロメリア)を起動させる音がする。


「大丈夫か? フローナ。初戦闘だろ?」

「だ、大丈夫です。私は後方から弓を撃つだけなので……お兄さんとシェラさんの援護をします」

「よろしくな」


 カミトの言葉にフローナは嬉しそうに微笑むが──カミト達の後ろに立っていたシェラは彼女が持つ六花弓を興味深そうに見つめていた。


「魔導兵器……じゃなさそうだな」

「は、はい。教会の方々の話だと、これはシェルノ様の神力を感知すると起動する神器らしいです。私はシェルノ様の巫女なので起動しました」

「へー。俺が触っても起動したけど、本当に大丈夫なのか? 意外と誰でも使えたりするんじゃないか?」


 シェラ達の会話に口を挟んだカミトにフローナは困った顔を向けると、

「お兄さんはシェルノ様とお話したんですよね。僅かに神力が残っていてもおかしくない……と思います」

「あぁ。そう言えばキスされたけど、あれってもしかして……」


 シェルノ神のプレゼントの正体について考察していたカミトの隣で、格納式降魔神弓アルストロメリアが音を立てて地面に落下する音がする。


「キス⁉ ま、待ってください。シェルノ様が宿っていたのは私で……私の体に宿っていたシェルノ様がお兄さんにキスをしたってことはぁぁぁぁぁあ」


 奇声のような声をあげ、フローナは顔を赤くする。

 フローナの白く透き通るような肌はゆでダコのように真っ赤染まっていく。そんな彼女の恥ずかしがっている姿を見るだけでカミトにまで羞恥心が伝播してきた。


「お、落ち着けっ! まだ致命傷にはなってないはずだ。口と口のキスじゃない!」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ。お前のファーストキスはまだ失われていない。だから安心してくれ」

「……それはそれで──」


 顔を真っ赤にしたフローナがゴニョゴニョと何かを言うがカミトの耳には届かない。


「ん? なんて言った?」

「な、何でも無いです。早く進んでください。お兄さん」


 フローナは照れながらちょうど見つけた階段の方へカミトを押す。背中を押されたカミトはバランスを崩し、フラっと階段へ一歩踏み出した。

 スカイタワーの内部は電気のつかない為、全体的に暗い空間となっている。さらにこれから向かう先は地中奥深くだ。階段から先は夜の闇に包まれたように真っ暗。

 しかしカミトが踏み出した階段の奥には二つの光る物体があった。


「カミトっ! 下がれ。何かいるぞ」


 何かに気が付いたシェラが即座にカミトの前に飛び出し、細剣を突き出す。


「燃やし尽くせ! 不死鳥の息吹フェニックスブレス


 シェラの前に描かれた魔法陣から紅々と燃え上がる不死鳥が生まれ階段の奥を照らす。

 不死鳥によって照らされた階段の先には全身が骨だけの化け物が立っていた。

 スケルトン。

 人間であれば骨と骨は筋肉等によって繋ぎ止められバラバラになることはない。

 しかしスケルトンは骨と骨の間を魔力によって繋ぎ止めており、簡単にはバラバラにならない。死者が魔物として蘇った姿だ。


「どうやら、この先はアンデットが蔓延っているようだな」


 シェラは細剣を指揮棒のように振り下ろす。直後、カミト達に向かって剣を振ってきたスケルトンに火の鳥が勢いよく衝突した。

 ズドンッ。という音と共にスケルトンがいた場所が爆発し、振動でホコリが舞い天井から砂埃が落ちる。

 戦闘が終わり、薄いため息をつくシェラの横顔を見つめカミトは問う。


「倒したのか? シェラ」

「あぁ。一応聖水を掛けておこう」


 聖水は様々な呪いを消し去る清められた液体。神々の祝福を捨て呪われた命を持つアンデット達には一撃必殺の毒薬になりうる。

 シェラはどこからか香水瓶のような小瓶を取り出すと、階段の隅に残ったスケルトンの骨に液体を振りかける。


「そこまでする必要あるのか?」

「当たり前だ。しばらくしたら復活するぞ? それとも死者の骨を骨粉にするまで剣で叩くか? お前がやるなら私は構わんが」


(流石……魔界化した世界……。一回倒したら復活しないなんて事は無いんだな)


「いや、やってくれると助かる」

「ふん。始めからそう言っておけ。行くぞ二人共、私についてこい」


 カミトの言葉に満足気に頷いたシェラは立ち上がると意思のこもった強い口調で告げた。そして、再び魔力によって不死鳥を作り出すと松明代わりに側を羽ばたかせる。

 そんなシェラの魔法にカミトが感心していると、フローナがこっそり耳打ちをする。


「お兄さん。私の六花弓って魔力や能力を無効化するんですよね。だったら魔力で動くアンデットって……」

「シェラが危なくなるまで黙っていよう。なんとなくだけどシェラ……ノリ気みたいに見えるからさ」

「分かりました。一応準備だけしておきますね」


 フローナはカミトの気遣いに可愛らしく微笑むと、六花弓を握りしめた。彼女が持つ六花弓も聖水同様アンデッドに対して強力な一手となる。

 魔力によって動いているスケルトン。彼らの体を繋ぎ止める魔力を無効化すれば、そこにあるのはただの骨。たとえ、呪われた命を持っていたとしても動けなければ意味はない。

 延々と続く階段を下りながらカミトはふと思う。


「ところでなんでこんな所にアンデッドがいるんだろうな? 昔ここで何かあったのか? アンデット以外にも幽霊がいたりして……」


 ピタリ。カミト達の前を歩いていたシェラと、カミトの隣を歩いていたフローナが足を止めた。同時にカミトの隣を歩いていたフローナがカミトの腕に抱きつく。


「お、お兄さん! へ、変なこと言わないでください。幽霊なんていません。いませんよ?」「でもアンデッドがいるなら幽霊がいてもおかしくないだろ? というかアンデッドと幽霊って何か違いってあるのか?」

「お兄さん! そ、それ以上言ったら私、怒っちゃいますよ」


 腕に抱きつくフローナを見ると、彼女はプルプルと生まれたての子鹿のように震えながらカミトを睨みつけている。


「もしかして怖いのか?」

「怖いですよ! お兄さんの馬鹿っ。しばらくこうさせていただきます」


 怒った素振りを見せるフローナはカミトの腕にギュッと力を加える。彼女の柔らかい胸がカミトに当たるが、それを堪能するよりも早くカミトの指先の感覚が無くなっていく。


(ど、どれだけ力入れてるんだ……右手の感覚が)


「フローナ。大丈夫だからもう少し、力を抜かないか? 腕から感覚が……」

「ご、ごめんなさい」


 フローナの抱きつく力が緩まり、止まった血流が元に戻る。そして彼女の胸が心地よくカミトの腕に当たる。

 一方立ち尽くしたまま微動に動かないシェラにカミトは首を傾げた。


「どうした? シェラ。怖いのか?」

「ば、馬鹿を言え。怖いわけがなかろう。さ、さぁ行くぞ。この階段を降りれば最下層まで一直線のはずだ」


 強気に言ったシェラの握る細剣の先は小刻みに震えている。それを見たカミトはわずかに口角を上げ、


「あ、後ろに幽霊……」

「「きゃあああああああっっ!」」


 カミトの雑な脅しの言葉に騙され二つの悲鳴が響く。

 何故カミトの隣にいるフローナまで悲鳴をあげているのか分からないが、彼女たちの声に釣られ、人の足音とは違う硬質感のある足音が複数近づいてきた。


「二人共っ! スケルトンが来るぞ!」

「お、お前のせいだからな! カミトっ。後で覚悟しておけっ」

「そうですっ! お兄さん。今日も一緒に寝てください。そしたら許します」

「分かったから武器を構えろっ!」


 カミトは腰に差した剣を引き抜き、迫りくる足音に警戒をする。

 カミトの隣で気合を入れたフローナも弓を構えた。


「六花弓!」


 フローナが叫んだ途端、彼女の右手に光の弓矢が生み出される。

 彼女は特に弓の打ち方を学んでいる訳でも無いのに、六花弓に光の弓矢をつがえると、綺麗なフォームで弓を引いた。

 そしてスケルトンの集団が暗がりから飛び出すのと同時に、フローナが放った弓矢が光の軌跡を作り、地面に着弾する。地面に幾何学模様の魔法陣が生まれ、そこを通ったスケルトン達はただの骨の塊へと還っていく。


「は?」


 魔法を放とうと構えていたシェラは呆然と骨に還るスケルトン達を見つめ、行き場の失った闘志をフローナへ向けた。


「な、何をしたんだ? その弓は一体?」

「え、えーと……格納式降魔神弓アルストロメリア……です。魔力と能力を無効化するみたいです」

「なに? 格納式降魔神弓アルストロメリアだと……聞いていないんだが」


 シェラはフローナからカミトへ視線を移すと、不満の混じった視線でじっと睨みつけてきた。


「そう言えば詳細は話してなかったな。その弓は──」

「知っている。シェルノ教会が作り出した秘奥兵器だろう? 制作の話は聞いていたが、まさか完成していたとな」


 カミトが説明するより早くシェラが言ったのを聞いてカミトは少し驚いた。


「知ってたのか……意外だ」

「意外とはなんだ。私はこれでも王女だぞ。ある程度の情報は入手している。まぁその武器があるなら話は早い。フローナ。私達が通った道に結界を張っておけ。背後からアンデットが来ないように対策をするんだ」


 シェラはつい先程フローナが張った幾何学模様の魔法陣へ指を指しそう言った。


「分かりました。シェラさん」


 フローナがカミト達の通った階段へ魔法陣を張っている間、シェラが突然怒り顔でカミトへ詰め寄る。


「それで? 何故あんな悪質な嘘をついたんだ?」

「う、嘘ってなんだ?」


 眼前数センチににじり寄ったシェラにカミトは困惑しつつ訊いた。


「幽霊がどうとかそういう話だ。アンデット達が来る前言っていただろう?」

「いや……怖くないって言ってたから試しに……悪い」

「ふん。私は怖がっていない。ただフローナが怖がっていた。お前は彼女を守るようにシェルノ様に言われているのだろう? 怯えさせてどうする」

「……以後気をつけます。すみません」


 カミトが言いづらそうに頭を下げる姿を見て、シェラは満足そうに頷いた。

「次からは気をつけろよ」

「お兄さん。私も怒ってますよ」


 結界を張り終えたフローナがむっつりと怒ったように言った。


「悪いな、フローナ。お詫びはちゃんとするから」

「本当ですか? やった!」


 怒り顔から一転、満面の笑みを浮かべるフローナを見てシェラは不満そうな顔をする。


「カミト……フローナと私の対応が違うのだが」

「そりゃあ可愛さの違いだ。お前ももう少し可愛らしく話してくれれば俺の態度だって変わる」

「それはすまないな。可愛らしくなくて」


 不機嫌そうにそっぽを向いたシェラは黙々と階段を降り始めた。

 そんなシェラを見てフローナがこっそりと耳打ちをする。


「お兄さん。悪いですよ。せっかくここまで付いてきてくれたのにそんな意地悪言って」

「……確かに」

「ちゃんと謝ってくださいね」

「……分かった」


 カミトは不機嫌そうに先行するシェラの肩を叩く。

「なんだ?」

「いや……ちょっと言い過ぎたなって」

「ふん。構わん。お前にデリカシーが無いのは知っている。もう諦めた」


 そう言ってシェラはぷいと顔を背け早足気味に階段を降りていく。

 そして残されたカミトはナンパに失敗した人のような虚無顔でフローナの方へ戻る。


「諦められたんだけど……」

「だ、大丈夫です。お兄さんの気持ちは伝わりました。……多分ですけど」

「なら良いけどさ……」

 ガクリと肩を落としたカミトをフローナが慰めていると、先行して歩いていたシェラがカミト達を見た。

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