第22話 神なる弓
宿に戻るとカミトはすぐにシャワーを浴びる。
その後シャワールームから出ると、カミトの部屋のベッドにはお風呂上がりのフローナが静かに腰をおろして鼻歌を歌っていた。
彼女は風呂場から出てきたカミトを見ると、パッと表情を明るくしてカミトの方に純粋な笑顔を向ける。
「お兄さん。今日はここで寝ていいですか? シェラさんちょっと怖くて」
「……いや。マズイだろ。流石にそれは──」
困惑した表情のカミトへ向けてフローナは目を潤ませながら近づく。
「駄目……ですか?」
彼女の捨てられた犬のような眼差しがカミトの心に突き刺さった。
「うっ……。分かった。別に女の子と同じベッドで寝るのは始めてじゃないしな」
「えぇ! お兄さん彼女さんがいるんですか⁉」
「いや、違うけど……」
瞳をキラキラと輝かせ、言葉をまくし立てるフローナに若干困惑しつつ、カミトは顔を横にふる。
やはり女の子というだけあって恋話が好きなのだろう。フローナは話をしてくれと言わんばかりにカミトににじり寄っていた。
「フ、フローナ?」
「なんでしょう? お兄さん」
「何故にじり寄ってくる?」
「もしかしたら、お兄さんの恋話を聞くと記憶を思い出すかも」
「無いよ! なんで関係ない俺の話を聞いてフローナが記憶を思い出すんだよ。嘘をつくならもっと考えてから嘘をつけっ!」
カミトが叫ぶとフローナはテレテレとしながら頬を掻いた。
「えへへ。バレちゃいました?」
「バレバレだ」
カミトは小さくため息を吐きベッドに腰を下ろす。
その隣にフローナも腰を下ろす。ベッドが沈み込み、石鹸のいい香りがカミトの鼻腔を満たす。
「……それでなんでシェラから逃げてきたんだ? 向こうで寝るって話だっただろ?」
「それなんですけど……。私がいたあの場所について根掘り葉掘り聞かれて……覚えてないので言葉に詰まってたら、怒られてしまったんです」
「なるほど。まぁ思い込みが強いところはあるからな」
「はい。それに……お兄さんの側にいると安心するので」
ホッと安心しきったフローナの表情に警戒の色はなく、緩みきった面持ちをしている。
(こういうのってひな鳥の刷り込みっていうんじゃないのか?)
カミトはドキドキと高鳴る鼓動を押さえつつそんな風に思っていると、部屋の扉がノックされた。
「シェラか?」
カミトはベッドから立ち上がると警戒もなくドアノブに手を掛けドアを開いた。
その瞬間白いローブを被った複数人の人間がカミトの前に跪く。
何も発する事なく跪く彼らに困惑しながらカミトは彼らを見下ろす。
よく見れば彼ら彼女らの胸には、魔法陣のような紋様が描かれたロザリオが掛けられている。その魔法陣の形は何処かで見たことがあった。
(たしか……スカイタワーの展望デッキで見た神の瞳に写っていた魔法陣と同じ……)
彼らの首にかけられたロザリオを見た途端、カミトは彼らの存在に興味を抱いた。
「あんた達は?」
「我らはシェルノ教会の者です。我らの巫女フローナ様がここにいらっしゃると聞いてお迎えに参りました」
「……なんでお前達がフローナの存在を知っている。怪しいんだが……」
「神託です。フローナ様は我々でお守り致します。そこを退いて頂けますでしょうか?」
聖職者達は、扉の前に塞がりフローナを守るようにしているカミトを睨みつける。
しかしカミトは動かなかった。
「悪いがフローナを守るのは俺だ。お前らの信仰する神様とやらに頼まれてるんだよ。だからさっさと帰れ。フローナが怖がっている」
カミトが言った瞬間、カミトから一番近い場所に跪いていた男がカミトへ掴みかかった。
左右の瞳の色が蒼と黄に別れたオッドアイの彼の表情は怒りに染まっており、今にもカミトに噛みつきそうだ。
「貴様! 我らが神シェルノ様を愚弄するか! シェルノ様がお前の前に降臨なさる訳がない!」
「そうは言われてもな……事実だから仕方がない。な? フローナ?」
「はい。お兄さんの言う通りです。私は覚えていないんですけど、私がお兄さんにあったのは神域です。だから間違いないと思います」
「くっ……」
オッドアイの男が言葉に詰まっているのを横目にカミトは彼から離れると、小さくため息をついた。そのままフローナの方へ歩き、こっそり耳打ちする。
「なぁ? 神域って何?」
「私とお兄さんがあった場所です」
そこまでフローナが言うと、カミト達の話を聞いていた女性の聖職者の一人が口を挟んできた。
「神域とは文字通り神の領地です。神域はその神域の主である神の影響が強いため、神域の主の影響が色濃く出ると言います。神域に入ったのであれば心当たりがあるのでは?」
「ほら。時間の流れが違ったやつです。お兄さん」
フローナがそう言ったことでカミトはようやく理解した。
「あぁ。なるほど。……まぁいいや。という訳でフローナは俺が守る事になってるから帰ってくれるか?」
カミトがそう言うと、先程神域についての説明をした女性聖職者がカミトにうやうやしく頭を下げた。
「では貴方様が神託にあった救世の騎士様ですね。そういう事であれば、巫女様はお預け致します。こちらをどうぞ」
(救世の騎士……。正直、騎士扱いされるのは好きじゃないけど……否定しても面倒くさいな)
カミトはフローナをチラリと見た後、女性聖職者へ向かって首を縦に振る。
「分かりました。では……あれを持ってきてください」
女性聖職者がそう言ったのと同時に、予め用意していたかの様にタイミングよく別の聖職者がカミトの部屋の前に駆けつけてきた。
カミトの目の前に駆け寄ってきた聖職者の一人がカミトへ鉄のケースを突き出す。
「こちらを巫女様へ。騎士様」
「これは?」
「格納式降魔神弓〝アルストロメリア〟あらゆる能力、魔力を断ち切る破魔の弓。銘は
カミトは鉄のケースを受け取ると、聖職者をチラリと見た後、慎重に開けてみた。
中に入っているのは白い輝きを放つ鉄で作られた弓のようなモノ。
だが、中に入っているのは弓のグリップ部分だけ。弦もリム(強いしなりによって弓矢を飛ばす部分)も付属されてない。
どこからどう見ても部品の足りない未完成品だった。
「おい。これ……完成してないじゃん」
「貴様! 我らが聖具を愚弄するかっ!」
先程からカミトに突っかかってくるオッドアイの男がカミトに飛びかかろうとしてくる。
しかし女性教会員がオッドアイの男を押さえ、取り繕った笑顔を浮かべる。
「大丈夫です。これは完成しています。フローナ様が手に取れば真の姿を現すでしょう。これは格納式降魔神弓〝アルストロメリア〟の発動体なのです」
「ふーん」
カミトは弓のグリップもとい弓の発動体を手にとった。
その瞬間発動体は淡く光り、発動体から半透明の部品が伸びる。更にピンと張った半透明の弦が生み出された。──おぼろげであるが弓が具現化したのだ。
「ん? 起動したぞ?」
「さ、流石救世の騎士様……完全では無いと言え、六花弓を起動させるとは」
「よ、よく分からんけどフローナ。これ大切にしろよ」
カミトはフローナに六花弓を突き出す。
「はい。これがあればお兄さんの役に立てます……か?」
フローナはカミトの突き出した六花弓におずおずと手を伸ばしつつ、彼を上目遣いで見つめる。
彼女の視線は不安と期待の混じったキラキラした視線だった。
「別に戦闘の役に立たなくても……」
ポツリとカミトは呟く。
カミトとしてはフローナに戦って欲しいとは思っていない。強引に押し付けられた事とはいえ、一度守ると決めたからには最後まで守りたい。
この世界はかなり危険だ。戦う仲間が増えた所でその事実は変わらない。
今後もお金を稼ぐ為に街の外に出る以上、フローナは安全な宿で大人しくしておくべきだとカミトは思っていた。
しかしカミトの独り言を聞いたフローナは頬を膨らませ若干涙目になりつつ、カミトを睨みつける。
「あ、あれ? フローナ? 怒ってる?」
「別に怒ってません!」
不貞腐れた様にフローナはカミトから六花弓を奪うとプイと顔を逸した。
その瞬間、六花弓は白銀の光を放ち完全に具現化する。名前からして発動体以外の部品は別次元にでも格納されているのだろう。
カミトではそれを中途半端にしか引き出せなかったが、フローナには完全に引き出す事ができた。
それを見たフローナは強い意思の籠もった瞳でカミトを見る。
「私、これでお兄さんを守ります! 私を守ってくれるお兄さんを私が守ります!」
それは以前カミトがユリエに向けて言った言葉とほとんど同じ言葉だった。その言葉にカミトは上手く反応できず、頬を掻く。
「そ、そうか。ありがとう」
「いえ、私がやりたいことなので」
にこやかにフローナは微笑むと六花弓を抱きしめた。
しばらくしてシェルノ教会の聖職者達が帰った。
そしてカミトはベッドで考える。
今日起きた出来事についてだ。
(シェルノ神が何を考えていたか分からないけど……やっぱりこのままじゃ駄目だよな。それにこの世界の実状を知れって……)
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