第19話 神話の時代の遺跡
「結局下水施設を通るのかよ……くせぇ」
「う、うるさいぞ。お前が騎士に頼りたくないとワガママを言うからだ! それにここにだって小型の魔物は入り込むことがあるんだ。注意はしっかりしろ!」
シェラは鼻を押さえ、変な顔をするカミトの後頭部に平手を叩き込む。
「痛って。危ないだろ。ここでバランスを崩したら一瞬で汚物まみれだ」
「そう思うなら口を閉じておけ。私もあまり話したくない。口から変な匂いが入り込んで吐きそうだ」
カミトとシェラはスカイタワーの残骸。神話の時代の遺物を見に行く為に下水施設を通り、安全に遠征を行っていた。
「なぁ? これ街に戻った時、宿の人に不快な顔されそうだよな?」
「そうだろうな。まぁ私には関係ないが」
「はぁ? なんで」
「私は防臭のブレスレットを装備している。犯罪級の汚臭を漂わせて嫌がられるのはお前だけだ」
シェラは手首に装備した銀色のブレスレットをカミトへ見せつけながらそう言った。
すぐにカミトはシェラの腕を掴む。
「ずるいぞ。俺にもくれよ」
「そんな物はない。というより一つしか売ってなかった。だから一応消臭剤は買ってきた。街に入る前に頭から被れば問題無いと思うが……」
「そのブレスレットの恩恵って俺も受けられないのか? 手を繋ぐとか」
「な、何を言っているっ! 国の姫である私と手を繋ぎたいとか恥を知れ!」
「今更何言ってんだよ。一番最初にお前の下着姿見てるし、昨日だって風呂上がりの扇情的なお前の姿見てるし、気にしたってしょうがないだろ」
「……」
カミトの愚痴にシェラは言葉を返さない。代わりにカミトの首筋に細剣が突きつけられた。
突然のシェラの行動にカミトは背筋を凍らせる。
「お、落ち着けっ。急に何だよ!」
「そう言えば、その仕返しをまだしてなかったな。私の下着姿を見ておいて、生きていられると思うな!」
シェラはカミトへ細剣を振るいカミトを刺し殺そうとする。
「ちょ、マジやめろっ。死ぬからっ!」
「殺すために襲ってるんだ。素直に当たれ!」
「嫌だっ!」
カミトは匂いの事など忘れひたすらに走った。
下水施設を通り始めて数時間。
カミトとシェラの鼻が麻痺して下水の異臭が分からなくなった頃合い。
「そろそろ地上に出るぞ。武器を構えておけ」
シェラは設置されたはしごに足を掛けると、そのままはしごを登った。
カミトも続けてはしごに足をかけた──途端、シェラが悲鳴のような声を上げる。
「お、お前……上は絶対に見るなよ」
「え? あ、ごめん」
カミトの瞳には以前とは違い黒の布切れが映っていた。
「見るなと言っている!」
はしごに掛けられた足が浮いたかと思うと、カミトの顔面に振り下ろされた。
「ぐはっ……!」
ハエ叩きに叩き潰されたハエのようにコロリとはしごから落ちたカミトは下水道の通路に腰を打ち付けた。
「痛ぇ……なんか内なる暴力性が開放されつつあるんじゃないか? お前暴力姫とか言われていたんじゃないか? それとも怪力姫か? ゴリラ姫でもいいな」
「な、何故私のあだ名を……」
地上に上がったシェラが赤面した顔をマンホールの出口から覗かせる。
彼女の赤面した顔を見てカミトは苦笑した。
「やっぱり言われてたのか。どれだ? 暴力姫? 怪力姫? それともゴリラ姫か?」
「ぼ、暴力姫の方だ。だが、それにも理由があるんだ! 聞いてくれっ」
「いや、それは後で聞くからとりあえず上に上がりたいんだけど……」
「そ、そうだったな」
シェラが上から手を伸ばす。
カミトは彼女の手を掴むと一気に外まで登った。
「おぉ……」
下水施設から出ると、目の前にはスカイタワーがそびえ立っていた。
しかし真ん中で切断されたスカイタワーの展望デッキは崩れ落ち、地面に転がっている。
「ここは本来立ち入り禁止なんだ。此処から先は私も知らない。お前の世界にあったという事は、構造を知っているのだろう?」
「あぁ。一、二回行ったことがある。とりあえず転がっている展望デッキは後で見よう。先に安全そうな方に入ろうぜ」
「分かった。従おう。だが気をつけろよ。ここら辺の魔物は魔力を無効化する能力を持った魔物がいる。その場合は剣だけで戦うしか無い」
「分かった。気をつける。それじゃあついてきてくれ」
スカイタワーは電波塔である当側面以外にもう一つの顔がある。
それがタワー内に内蔵された地下三階から地上十階までの大規模ショッピングセンターという側面。
しかしスカイタワーに近づく内にカミトは違和感を抱いた。
(このタワー。根本が地面に沈み込んでないか?)
スカイタワーの一階から三階までは完全に地面に潜り込んでおり、地上から頭を出しているのは四階以降の上層階だけだった。
あまりにも綺麗に沈み込んでいる為気がつくのに遅れてしまったのだ。
「まぁ……ガラスは割れているし、何処からでも侵入できそうだな」
「ほう。元々はガラスが張ってあったのか。見る影もないな。それに電波塔とはなんだ?」
「うーん。電波っていう……魔力みたいなものを遠くまで発信する場所みたいな?」
科学技術が進歩していない以上、この説明は難題であった。語彙力の少ないカミトにしてはこれでも頑張った方だろう。
カミトとシェラは建物の内部を散策しながら雑談を続ける。
建物内にあったはずの店の商品はほとんど空だった。
「この場所は何だ? 何故棚が大量に設置されている?」
「ここは店だったんだよ──多分な。売ってた商品はどこに行った? って……はるか昔からここにあるなら残ってる訳ないか。まぁサクサク確認するぞ」
「あ、あぁ。ところでここに何をしに来たんだ? 来たいと言ったから来たが、何をするか聞いていない」
困り眉でシェラはカミトに問う。
しかしカミトも目を丸くして固まっていた。
「……悪い。何も考えずに来た」
「はぁ?」
「仕方がないだろ。もといた世界と同じ建物があったら気になるに決まってるだろ。元の世界へ戻れるかもしれないし、そうじゃなくても神話の時代の遺物ってことは何か高値で売れるかも知れない」
「……確かに。何か高値で売れる物が転がっている可能性はあるな。そういう事なら来た意味もあるかもしれん」
シェラは廃墟と化したスカイタワーの店の跡地を興味深く探し始めた。
しかし、落ちている物も劣化はすすみ、ほとんど形を為していなかった。
そんな様子にシェラはガクリと肩を落とす。
「なんだ? ガラクタしか落ちていないではないか。神具の一つや二つ落ちているかと」
「落ちてる訳ないだろ。ただの年季の入った電波塔なのに。価値のある物なんて無いだろ」
「お、お前っ。今高値で売れるものがあるかもと言ったではないかっ!」
「それはこの世界の住人にとって価値があるものがあるかも、って事だ。俺には馴染みのある物しか落ちてないし、そもそもここは探索され尽くしてるんじゃないのか?」
「そんなはずはない。少なくとも我が国が建国されてからは重要機密で立入禁止になっている」
シェラの言う通り、床には深いホコリが積もっている。人が侵入した痕跡は一切存在していない。
誰もスカイタワーに入っていなかったのは事実だろう。
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