第18話 異世界の塔
「カミトっ。落ち着け」
「落ち着く⁉ 落ち着けるか! 奴ら絶対に許さん。こっちだって金に困ってるんだぞ。今日の朝食二〇〇〇食分だ! 一年と九ヶ月、二八日分だぞ? 絶対に許さん!」
「よ、よく計算したな。この短時間で……素直に感心するぞ」
呆れたような感心したような微妙な面持ちで、怒り顔に染まったカミトの顔を見つめるシェラ。
「というかお前は悔しくないのか? 一万ソルだろ?」
「悔しい。しかし……もう手遅れだぞ。ほら」
立ち止まったシェラは目の前にある下水施設への入り口へ指をさした。
マンホールのような形状をしている穴は蓋が開けられたまま放置されており、入り口には数枚の羽が落ちている。
「ちっ。逃げられたか……」
カミトは数枚の羽を丁寧に拾い上げるとポケットに入れる。
更に下水施設への入り口に蓋をしたカミトは《紅炉の星剣》に魔力を流し、溶接を始めた。
「何をしているんだ?」
「あいつら大量に金が手に入っただろ。あの金で人生をやり直すなら街の外に出る必要は無い。二度と街の外に出れないようにしてやる」
「まぁその入口は塞いでもらった方が助かるし止めはしないが……。魔導施設に繋がる道になっているしな」
シェラは青筋を立て続けるカミトに向かってため息を吐くと、静かに周囲から魔物が攻めてこない様に警戒を始めた。
カミトが一部の隙間もなく完璧に溶接を終えた頃にはシェラによって作り出された魔物たちの死骸が小山のようになっていた。
その中にはゴブリンも数体混じっていた。
「ふぅ! やっと終わった」
清々しい気持ちで顔を上げたカミトは目の前に積まれた大量の魔物の死骸を見て目を丸くする。
「な、なんだ? これ」
「ようやく終わったか。随分熱心に溶接していたみたいだが……気は済んだか?」
「あ、あぁ。というか……何体魔物を倒したんだ?」
「一五体程度だが……」
「一人で?」
「いや、流石に支援はあったぞ? もう日が沈みかけているからな。夜は魔物の時間だ。外壁の上に配備された騎士達も増員される」
そう言ってシェラが街を取り囲む外壁の上を指差す。
彼女の指先を辿ると、その先には十数人の騎士達が弓や大砲を構えて街の外を注意深く監視していた。
「え? もしかして大砲とか撃ってたのか?」
「気が付かなかったのか?」
「あ、あぁ。一万ソルのダメージがでかすぎて溶接することしか考えてなかった。悪い……迷惑かけたな」
「いいや構わない。それよりこの魔物の死骸を運ぶのを手伝え、五千ソルにはなる」
「ま、まじかっ!」
カミトは嬉しそうに顔を上げると魔物の死骸へ走る。死骸の側には荷車が置かれていた。
「それじゃあカミト。そこの荷台に魔物を載せろ」
「分かった。ところでこの荷車いつから?」
「さっき騎士が持ってきた。王家の紋章を見せたら一発だったな」
「そんな所に王家の紋章使うなよ……」
カミトはため息を吐きながら、赤焼け空に沈む太陽を見上げる。
その瞬間カミトは衝撃的な光景を目にした。
一つは高層ビルのような建物が崩壊した跡。
もう一つは──。
「と、東京スカイタワー……なんで、どうして……」
カミトが知っているはずの世界に立っていた電波塔。それに酷似した塔が建っていた。
違う部分といえば、塔の真ん中から上は刃物で切断したかのように綺麗に中折しているところだった。
「どういう事だよ! この世界は剣と魔術で発展した世界。そして魔王に滅ぼされた世界なんだろ? どうして電波塔が建ってるんだ!」
「あ、あれは神話の時代の遺跡だ。旧時代、神々同士の戦争によって呼び出された異世界の遺物……との話だ。ちなみに今のは王族にしか知らされていない」
(はぁ? ……それなら地球にあったスカイタワーはどうなった? クソッ何も分からない)
カミトは頭を押さえブンブンと頭を振る。
「だ、大丈夫か? カミト」
「大丈夫に見えるか?」
「いや……見えないな。あの遺物についてなにか知っているのか?」
シェラの問いにカミトはスカイタワーを指差した。
「あれは俺が元々いた世界の電波塔なんだよ。でも俺がここに来る前にはちゃんと存在していた。どういう事だ?」
「わ、私に聞かれても分からん」
シェラも困惑した面持ちでカミトの顔を見つめる。彼女の表情は驚愕のあまり、瞳孔が開きっぱなしになっていた。
(本当に何も知らないみたいだな)
しかし、もう一つ分からないものがある。
スカイタワーより若干ではあるが新しく見える高層建築物。そんな建築物は地球でも見たことがなかった。
「それじゃあスカイタワーの隣にある建物は何だ?」
「あれは魔界化以前の我が国が建築した魔力制御装置だ。国全域の魔力を制御し膨大なエネルギーを国家運営に利用していたらしい。我が国は数百年前までかなり発展した世界一の魔導都市だったのだ。ちなみにその技術の一部は今も利用されている」
「それじゃあ下水施設とか、魔導シールド発生装置とかは……」
「数百年前に使われていた施設の応用だ。あれがあったから人類は滅びなかったとも言える。そもそも今の技術では街全域を囲む外壁なんて用意出来る訳ないだろう? あれも魔界化以前の技術を使って作られた外壁だ」
確かに疑問だった話ではある。
町並みの発展具合と各所に設置された魔導装置の技術レベルは明らかに乖離しており、アンバランスであるとカミトも感じていた。
そもそも魔物が襲撃してくる危険な世界で何故巨大な外壁が用意出来たのか。
不思議に思わなかったかと言われれば嘘になる。
「……一つ謎が解けると別の謎が出てくる。謎は深まるばかりって事か。はぁ……ところで明日スカイタワーに行っていいか?」
「スカイタワーとは……あの神話の時代の遺物の事か?」
「そうだ」
「……分かった。明日までに騎士を一〇部隊分用意させておく。あの周辺は魔物のレベル高くこの辺りとは比較にならないからな」
「き、騎士……」
カミトの脳裏にはユリエを売りさばいた極悪人であるエドガーの存在が過ぎっていた。
エドガーは死んだとはいえ、彼が所属していた組織である騎士団に頼りたくないとカミトが思ってしまうのは仕方がない事だった。
「なんとか二人で行けないか?」
「お前……死ぬ気か?」
「死ぬ気はない。ユリエを助けるまではな。だがそれとこれは話が別だ。騎士には頼りたくない」
「わがままだな……仕方がない。分かった。なんとかしてみよう」
シェラは小さくため息をつくと、そのまま外壁に向かって歩き始めた。
魔物を荷台に詰め終わったカミトも慌ててシェラについて走る。
「この魔物ってどうするんだ?」
「冒険者ギルドに引き渡しておいてくれ。報酬は山分け、それでいいか?」
「いいのか? ほとんどお前が倒しただろ?」
「構わん。宿代と食事代以外は渡してもいいんだがな……まぁ貯金しておこう。三ヶ月後お金が足りなかった時には貸してやる」
(貸してくれるだけか……)
カミトはがっくりと肩を落とし、街の中へ戻った。
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